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最強少女の魔法奇譚  作者: 浪崎ユウ
第一章 国防軍入隊編
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4話 国防軍の隊長

 


 悪魔の侵入が去った後、市川が目を伏せた。



「……危険な目に遭わせてしまいました。

 どこもお怪我はありませんか?」



「うん、平気」



 短い返答の後、暫く沈黙が部屋を支配する。

 市川はその沈黙を破るようにアオの持つ剣へ視線を向けた。



「この剣で応戦を?」


「そこに飾ってあったから使っただけ。といっても、再生する相手には何もできなかった」


「仕方ありません。アレは魔人ですから」



 再び会話が途切れる。市川が何か言おうと口を開きかけると、アオが彼を見上げた。


「市川」

「……何でしょうか」


「フォラウスは私を知っていて、崇拝していた様子だった。だから戦いにはならなかった。……でも、もしあいつに敵意があったら……私は殺していたと思う」



 ──ますますわからなくなった。躊躇いなく命を奪えるような私は、一体何者なのか。

 このままで、いいのか。



「本能なんかに振り回されずに戦えるようになりたい。強くなりたい。だからさ、頼らせて」


 静かに語られた決意に、市川は小さく頷いた。


「ええ、お望みならば」



 アオがホッとしたような顔をする。


 市川はわざと坂の口調を真似たかのように、軽い調子を装って話題を切り替える。

 彼の表情は相変わらず無表情だが、その目は微かに柔らかな光が宿っていた。



「俺は坂隊長に報告に行かなければなりませんが……先程の件もありますし、一緒に来て頂けますか?」


「もちろん」



 アオは微笑みながら答え、2人は並んで部屋を後にした。





 *****





 市川が部下に聞くと、坂は他の隊長たちと共に、カフェテリアにいるとのことだった。



 ちなみに、坂の居場所を教えてくれた部下は市川が話しかける度に顔を青ざめさせ、ビクッ、と肩を揺らしていた。


 その部下だけでなく、市川が通路を歩くだけで、皆足早に去っていった。



「市川……何したらこうなるの」



「それが俺にもさっぱりわからないのです」



 困ったように市川が言うが、“何もしていない”上司に対してこの反応は異常だ。



 逆に市川が自覚していない事が恐ろしいのでは、とアオは考え思考を止めた。






 *****






 他の施設とはまた打って変わり、洒落た雰囲気とコーヒーの苦い香りが漂うその場所。

 カフェテリアについたアオは中から聞こえる声に身を固まらせる。



「もう一度聞こう。なぜ君は侵入者をすぐに見つけられなかったのかな? こんな不祥事を起こして国防軍が成り立つとでも?」



 その声は普段の明るく爽やかなトーンとはかけ離れ、息が詰まるような威圧感に満ちていた。



「お許しください、坂隊長!!!!」



 坂は声を震わせ懇願する男を見下ろして一瞥すると、気づいていたように市川を見た。



「市川、よく来たね。そして碧も。碧は……なんでここにいるのかな」


「碧って……」

「あの子が例の…」



 碧という名を聞いて、幹部たちがざわめき始める。



「とにかく報告が先だ」



 坂がそう市川に促そうとすると、男は彼を押さえつける部下の腕を振り払い、坂に訴えながら立ち上がった。



「本当に気がつかなかったんです!! な、なんでもしますから!!! ですから坂隊長、」



 喚き散らす男の顔の横をナイフが掠めた。



 男は悲鳴もあげられず、ただ体を強張らせるだけだ。ナイフが壁に突き刺さる鋭い音が響く。



「もう僕は君の隊長じゃない。今はくだらない話をする君に構う暇はないんだよ」



 男はその冷淡な宣言に、声を失った。



 理想論と冷酷さを両立させることのできる、国防軍で現在最強と呼ばれる者。


 罪人をも部下に収め、悪名さえも統率力へ変える。



 都市伝説と化したその部隊を指揮する隊長。




 その人物こそ()()()()()()、坂秀成である。




「秀成はほんとに変わらないね」




 カフェテリアにいた幹部の1人、親しげな態度の女性が坂に言う。



「そこの男については市川に任せるのはどうだ? 彼ならなんとかしてくれるだろ」



 坂は一瞬考える素振りを見せたが、市川に向き直った。


「そうだね、じゃあ市川。報告を」


「はい」



 坂の厳しい雰囲気に動じることなく、主に仕える執事のように目を伏せて、答える。



「俺は碧さんの監視役として部屋の前で待機していたところ、基地内に気配の乱れを感じて複数の魔物の侵入を認知致しました」


「魔力と気配の調整が極めて巧妙で、どのような魔物か判断できませんでしたが、その場を部下に任せ、魔物の動きを追いました。 しかし、現場にいた隊員たちは既に無力化されており、突破されていまして……。警報が鳴った時点で俺は膨大な魔力を碧さんの部屋から感じたため、急行した次第です。一体も確保することが叶わず面目ありません」


「なるほど。まあ、魔人と相対してこれだけの被害で済んだのなら十分な功績だよ」


「寛容なお言葉に感謝致します…」



「じゃあ、碧からは何か報告はあるかい?」



 アオは突然話を振られ、口を開こうとしたが、躊躇いを見せる。



 ──魔人が私を知っていたこと。それを言うべきか。



 間を置いて、静かに答えた。



「市川が全部報告してくれた。私からは特にない」


「……そう、ならいいさ。 さて、少し話を戻すよ。僕はこの男が1人で基地の防衛システム制御室に入り、許可なく機材を使用していたところを捕縛した。 つまり彼には、魔人と共謀して侵入の手引きを行った疑いがある」


「……僕の部隊からは既に外したから、後は市川、君に任せていいかい?」



 有無を言わせぬ問いに、市川が頷く。



「承知。……ではお前、着いてきなさい。

 ええ、歩いて結構ですよ。それとも…縄で縛り上げ引き摺った方がよろしいでしょうか?」



 絶対零度に冷えきった市川の漆黒の瞳が男を刺す。 男は抵抗する気力さえなくなったのか、虚な目で市川についていった。



「碧さん、彼の処分を決めなければいけなくなったので、また後でお会いしましょう」


「うん、また後で」



 言い残して市川はカフェテリアを出る。

 その後、幹部の視線はアオへと向いた。



「あの市川が秀成以外の人間に自分から話すなんて恐れ入ったよ。秀成が認めてんのも少しは納得できる。アンタが記憶喪失の少女、霧山碧かい?」


 女性はアオに笑いかけ握手を求めた。その姿は様になっていて、勇ましい。



「アタシは伊津明響(いづめいきょう)。第一部隊の隊長さ」


「はぁ……」



 伊津を見つめ続けるアオ。


 握手を拒むと同時に無意識に目を細めた。何かを警戒しているようにも見える。



「他の人たちも、幹部会とやらにいたから私を知ってるってことでいいんだよね?」



 彼女は周りを見渡す。



 集まるのは国防軍長と国防軍総隊長の鬼谷を抜いた、幹部5人。



 背中に長い武器を背負う女性。

 隊服を乱雑に着下す荒々しい男。

 足をテーブルにかけ椅子を揺らす白衣の男。

 眼鏡を整え、黙々と書類を見る男。


 そして最後に、笑顔を絶やさない男、坂。




 それぞれ、部隊の隊長たちである。




「まぁそんな感じだな。記憶喪失っつーから、不安いっぱいで泣いてるお嬢ちゃんかと思ってたが、まさかこんなに冷静だなんて」



 興味深そうに伊津がアオを覗き込むようにして笑った。



「人のことジロジロと……。坂、これどうにかなんないの?」

「それは僕に言われてもねえ…」


「お前、さっきの秀成と男のやりとりは見てたはずだろ。泣くどころか平然としてやがる。ハッ、気味の悪いガキだぜ!!」



 目つきの悪い男が鼻で笑った。



「戸籍の作成は議決されたが、コイツを基地に置いてんのは聞いてねぇぞ、坂!!」


「落ち着きなよ、大我。霧山さんの妹ってことになっちゃったんだから仕方ないじゃないか」


「たしかに坂、てめぇでもあの霧山さんを

 止められるとは思ってねえけどよ…。」



 第二部隊隊長、森壁大我(もりかべたいが)



 森壁は腕を組み、怪訝そうにアオを見下ろす。

 部外者を信用しない彼にとって記憶喪失の少女を重要な基地に置いておくという坂の判断が到底理解できない。



「霧山碧の話はもういぃでしょ……。

 この前の幹部会で、入隊試験を受けて合格すれば正式に隊員にするって決まったんだし。 話を元に戻そぅ。魔人の侵入があったけど、試験まで1週間と少し。どーする? やる?」



 そう言ったのは白衣の男。


 第三部隊隊長、漆原尤司(うるしばらゆうじ)だ。伊津とは正反対でさほどアオに興味がない。

というより殆どの事柄に対し興味がない。



「え、私もう用済み? 戻っていい?」


「だめ」



 話題を切られたアオが言い、坂に断られる。

 そこで眼鏡の男が手を挙げた。



「僕は延期で実施するべきだと思う。このくらいの侵入、国防軍は何も影響がないというのを世間に知らせなければいけないんだし」



 男は、第四部隊隊長、時薪和制(ときまきあいせい)


「アタシも同じ意見だね」

「僕もそれでいいよ」


「じゃぁ、それでいい?森壁」


 漆原が森壁に問う。

 多数決によって答えは決まっているが。


「ああ、それでいいぜ。いつにすんだ?」

「んー……」


 森壁の質問に漆原が考える仕草をする。だが漆原が答える前に坂が短く答えた。



「1ヶ月後」

「あ"? 理由は」

「それまでに碧をもっと強くする。

 基地の復旧もそれで十分できるよね」


「チッ……またそのガキかよ?? 素性も不明なガキを試験に参加させんのは危なくねえか?」


 森壁の意見に、時薪が口を挟んだ。


「元々、通例の試験でも素性はそこまで調べてない。優秀な人材が集まるのなら、その程度の危険は考慮すべきだろ」


「……そうかよ」



「決まりだな。試験は1ヶ月後、12月24日に実施。異議はあるか?」



 時薪がまとめると、幹部の声が揃う。



「「「「異議なし」」」」







「んじゃ次、霧山碧の件ももうちょい

 ハッキリさせとくかあ」


 伊津が空気を切り替えるように声を張る。


 ガタ、と椅子の引く音がした。

 漆原が伸びをしながら、カフェテリアの出口へ向かっていくのが見える。


「俺はパぁス。まだ面白い研究が残ってるんだよねぇ〜。子供に構ってる暇はなーいの」



 彼は、じゃあねー、とだるそうに手を振りカフェテリアを出た。呆れたような諦めたような視線が彼に注がれる。



「自由だなぁー、アイツ」


「伊津隊長、誰よりもあなたに言われたくないと思う」


 ケラケラと笑う伊津に、時薪がツッコんだ。

 ひとしきり笑った後、彼女は真剣な眼差しで坂と森壁、アオを見据える。



「霧山碧は、霧山晴華の妹っつー設定だ。

 そんで基地にいるのは今度の入隊試験の日まで。合格したら部屋を用意して、不合格なら、ここからは追い出して施設に送る。

 そういう認識でいいんだな?」


「追い出されるの私??」


 初耳のアオは目を丸くして、


「知らなかったのか」


 時薪がその様子に驚いてアオを見下ろす。


「うん、そういう認識で大丈夫だよ」

「…決めちまったんだから仕方ねぇな」


 坂と森壁が答える。

 森壁の返答が意外だったのか坂が彼を見た。


「大我……どこか頭打ったのかい?」


「打ってねえよ!!? これが通常だ!! てめえ煽ってんのか!?」

「ははは、煽ってなんかいないさ」


「そうかそうか、話がすっきりした」


 少し険悪になる坂と森壁の会話を強引に切る。

 満足気な伊津がアオに近づいて屈み、耳元で囁いた。


「……頑張れ、少女。期待はしてるからな」



 ──期待。そんなものは初めてだけど、悪い気分ではない。



「どーも」



 アオは感情を隠すように、そう短く返す。

 その返事を聞いた伊津は一瞬だけ微笑み、すぐに表情を引き締める。



 ほかの幹部たちもそれぞれの思惑を秘めた目でアオを見ていた。



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