45話 魔王失格
焔vs神月たちの戦いを忘れた、という方は42話へ!!
「《鬼哭絶響》!!!」
天原神月の精神世界に取り込まれ、窮地に陥った“鬼人・焔”が禁忌魔術を発動させたのだ。一同は驚きつつも変化していく彼の姿を冷静に観察していく。
風船のように小柄な焔の肉体が膨れ上がり、原型を留めていない。腐臭が周囲に散漫して、有崎が思わず手で鼻を覆う。文字通り、自爆同然の切り札。
「鬼人特有の……禁忌魔術、ねぇ?」
迫力に気圧され冷や汗を掻きながらも、尚楽しそうに口角を上げた天原がそう呟くと同時に魔法を展開。
虚空に無数の魔法の剣が天原を中心に形成され、奔流となって焔に殺到した。
「ガアアアアアアアアッッッッ!!!!!」
咆哮を上げる焔。着弾する───と思われたその剣は不可視の障壁に阻まれて弾ける。
「ここここ、これ、魔法を通さないんですかぁっ!?」
「ニワトリの鳴き真似してる暇があるなら手伝え馬鹿。有崎、石塚、まだ、動けるな?」
「おうよ!! 何でも言ってくれ神月!!」
「わっ、たしも、頑張ります……」
天原は二人の合意に、満足気に頷く。
が、話し合いなどさせないとばかりに、焔の巨大な腕が降る。
「グォオオオオオオオオオッ!!!!」
「うるせぇよ、こっちくんなクソ巨人」
両腕を前に突き出すだけでシールドを展開する天原だが、無情にも振り下ろされた焔の腕によって破壊される。
「神月!! 危ねえ!!」
間一髪で石塚が天原と共に回避。
「チッ。魔力も吸収するのか……面倒くさいな」
禁忌魔術を使用した焔の猛攻は留まることなく、天原の精神世界は地平線まで赤く染まり、炎に呑まれて黒く焦げていく。炎系魔法を使う焔にとって、この草原というステージはとても有利な場所だった。
「……オレは魔力量が多いわけじゃあない。だから、この空間はもうすぐ壊れるし、これ以上大掛かりな魔法はもう使えない」
「え、ええっ、じゃ、じゃあどうするんですか!?」
「……出番だよ、代償者。お前があの歩く肉団子をぶっ飛ばせ」
「歩く肉団子は流石に可哀想……って俺ぇ!?」
石塚は代償者と呼ばれる特殊体質。
個人魔法を持たない代わりに、高い身体能力を持つ。
「ああ、石塚智也。お前の馬鹿力が必要だ」
天原は挑発するように煽るような笑みを石塚に向けると、彼は大きくストレッチをしてその筋肉を軋ませると、体を前傾させた。
「はいよ。そういうことなら……俺に任せときな」
「オオオオオオオオオオオオオオォォオ!!!!!」
号砲のように力強く轟く、焔の咆哮。
地面を擦るように、戦車となって火の粉の舞う無限の世界を、ひたすら縦横無尽にに駆ける。
背の暑さと強い向かい風の快感に浸りながら、石塚は天原の言葉を反芻する。
『とはいえ、真っ向勝負であれだけデカいバケモンと戦ったところで勝機は薄い。オレと有崎がサポートする。お前は───────ただ前向いて突っ走れ』
その声が、まるで体に火を灯すように響く。
石塚の足元で、炎と土煙が渦を巻き、無限の草原が疾走の軌跡で赤く染まっていく。
「個人魔法《空想者》、《臘月》!!!」
「つっ、土魔法《樹縛》!!!」
そう唱え、片腕をゆらりと上げる天原と、焔に向かって杖を突きだす有崎。
天原を中心に地面から強風が吹き荒れ、彼の蓬髪を激しくはためかせる。巻き起こった旋風で炎は消し去られ、視界を遮る灰白色の濃霧が全てを覆い隠した。
有崎の土魔法が焔の体に虚空から現れた樹木が巻きつき、その場に固定。
それは石塚の駆ける、一直線上だった。
「ぶん殴れ、石塚ぁああ!!」
「やや、やっちゃってくださいぃいいいい!!!!」
ひどい耳鳴りで、足は痺れてもう感覚がない。自身の出す速度に体が追い付いていないのだ。しかしその電流のような痛みさえも、彼は人の役に立つ興奮へと塗り替えていける。
前へ、一歩。
その踏み出された足は大地を砕く。
衝撃音と共に跳躍し、強く歯を食いしばる石塚。上半身を90度捻りながら大きく拳を振りかぶった。樹木に縛られた焔は、炎で絡め取った木々を焼き尽くそうともがく。
だが、それは石塚の拳が迫るまでの、ほんの一瞬の抵抗にすぎなかった。
「ぶっっっ、とべ!!!!」
拳が焔の頬を直撃すると同時に、どっ、と花火が打ちあがるような音が、空気中に響き渡る。
その後、音が消え、色が消え、世界が引き裂かれた。
巨体は固定された樹木を引きちぎり快晴の空へ吹き飛ぶ。透明な膜が阻む。
電撃が伝うようにひび割れる、天原の精神世界。そして、硝子のように飛び散った。
世界を破壊した後も尚、勢いの収まらない石塚は、そのまま鳥居前の水面に激突。
大きな水飛沫が上がると、そこには鈴能、広夜麻、ボロボロになった植田の姿もあった。
「勝ったぜ、俺……」
仰向けに寝転がった石塚は、空へ拳を突き出した。
「みんな……大丈夫!?」
参道をもう1人の肩を担いで歩くのは、阿流間。これで全員合流し終わったようだ。
阿流間が担いでいる吉川を視認した一同は、それぞれ驚きの声を上げる。
1年の1学期で退学となっていたが、彼女は元々1年B組の生徒。気絶している植田、そして広夜麻、有崎とは顔見知りなのだ。
「吉川……!? お前……!?」
「吉川さん!? 何があったんですか!?」
広夜麻と有崎が話しかける。が、それをすぐに天原が遮った。
「そんな話してる場合じゃないだろ。これから鳥居を潜って“狭間“に渡る。その後────」
異変を感じて言葉を切った天原。
「何か、聞こえないか?」
渦を巻くように轟く音。その瞬間、海を割り、塞いでいた水の壁が牙を向いた。津波が崩れ落ち、怒涛のように参道へ迫ってくる。
「やばいやばいやばいやばい!!!」
「何で壊れたのこれぇ!?」
「有崎の魔力切れだ。時間経過で少しずつ魔力を吸われてたからね」
「すすす、すすすいませんんんんんっ!!」
空が落ちてくるかのような水圧。鳥居をも呑み砕く勢いで、黒い波が迫る。
「とにかく走って!! 鳥居を潜るよ!!」
鈴能の声に、負傷者を担ぎながら全速力で逃げる一同。最後尾を走る天原は振り返り、迫る水壁を一瞥した。
「いってきます」
人間界へ挨拶をしてから鳥居の中へ消えると、直後、轟音と共に津波が落ち、嚴島神社の大鳥居を覆い尽くす。
水柱が立ちのぼり、雨のように降り注ぐ飛沫は、やがて豪雨となって海を叩く。
それは荒ぶる災厄であると同時に、神々の祝福のようにも思えるほど、美しい光景だった。
*****
目の前に横たわる、嘗ての友人。
彼は浅い息を繰り返すが、先程の戦闘で負った怪我は既に治りかけているようだ。
天使・Ηρεμία。天使族であり、世界の創造主の眷属として伝説にも登場する高明な天使だ。
兼得凪はその末裔。人間の体でありながら、天使の力を無理矢理引き出されている。彼には相当な負荷がかかっているのだろう、暫く立ち上がれそうにない。
アイオニオスは、月影に溶けるように静かに歩く。
兼得の元まで辿り着くと、無言で刀を生成した。
「────ばいばい、兼得」
刀を一直線に振り下ろす。が、喉元に届く直前、びたりと止まった。視界が滲み、手が震える。
「動け………動け、動け、動け、殺せよ、こんな……」
呟いた彼女の声は、掠れていた。
刀は、兼得の首のすぐ側の地面に深く突き刺さった。
「なんで……こんなのじゃ、魔王失格だ」
呟き、もう一度刀を手に取ったアイオニオスは、何者かの気配を感じて警戒しながら背後を振り返る。
「よぉ、碧。何、泣いてんだ?」
「国防軍に連れ戻しに来ましたよ、アオさん」
彼女は2人の登場に目を見張ると、すぐに死の気配を漂わせるような魔力を練り上げて殺気を送った。
「……オリンピアで別れたはずだけど。なんで来たの」
限界まで圧をかける低い声で話しかける。2人────千草と市川の背筋に冷たいものが走るが、深呼吸をして、できる限りの平静を保っている。
「突然ですがここへ辿り着く途中、ある連絡がありました。第三部隊の漆原隊長からです」
「何が、言いたい?」
「アオさん。あなたの血液鑑定を行ったそうですが、魔物でも人間でもない、との事です」
一度言葉を呑むと、その切れ長の目を細めて、覚悟を決めたような表情。
「一体、あなたは………何者なのですか?」
アイオニオスの瞳は、奈落の底よりも冷たく深く暗い碧。ドロドロと底抜け沼のように渦巻いていた。
「私は、元、神族────堕神だよ」
遂に、彼女の過去が明かされる。
第三章魔高オリンピア編、閉幕!!
魔高オリンピアと言っておきながら少ししか出ませんでしたね、ごめんなさい。
幕間を挟んでから四章に移りたいと思っています。
もしブクマ評価してくださると、とても嬉しいです!!
これからも何卒、応援宜しくお願いします。




