33話 決別、少女の名は
「うわっ…やっぱ着いてくるか…」
千草が呟く。
アオ、千草、植田の1年B組は障害物をものともせずに突き進んでいくが、4クラスの中で、唯一着いてくるのが1年A組。
天原のいる、特課クラスだ。
「寒河江と星野と天原、か。まぁ妥当な面子だろうな……あれ? 石塚は?」
「あっ、彼は補欠代表らしいよ」
千草と植田が話すと、それまで首を傾げていた様子のアオの表情がぱっと明るくなる。
「星野って……あの“言霊“の!! 合同授業の時にいた子か!!」
「それは覚えててあげて?」
今思い出したアオに植田は苦笑する。A組と並走し障害物を掻い潜る。
「界」
「どうした?? アオ」
「とばすよ、ちゃんと玲を守ってて」
察した植田が制止をかけるよりも早く、アオは地面を強く蹴る。空気を切り、風のよりも速く駆け抜ける。
A組の天原は対抗するかのように命じた。
「お前ら……追うよ」
「「了解」」
天原の呟きに星野、寒河江が答える。
2人は天原を良く思っているわけではないが、仲間内で言い争い時間を無駄にするより天原の的確な指示を聞く方が勝機がある、と判断していた。
よって迅速な連携が可能となる。
「大いなる神よ、汝の願いを聞き入れたまえ……《奉仕》」
「言霊……《早くなれ》!!」
「《身体強化》」
それぞれ魔法を発動する。それに感化されたのかC組、D組の代表も同じように魔法を発動し始めた。
魔法を使いながら行動するのは高等技術。互いにもつれ合い転び、彼らは感じる。
1年A組、B組は────格が違うのだと。
結果は同着。
アオと天原は他のクラスをものともせずに、同時に、テープに触れてゴールした。
魔高オリンピアでは、試合が終了するごとに全体の個人成績と団体成績が発表される。
「私が1位でしょ」
「いや、オレに決まってる」
「ねぇ一応俺もいるんだけど」
アオ、天原、千草の3人は他の出場者など眼中にない様子で言い合いを始め、人混みであふれた成績表の前で立ち止まる。結果に衝撃を受けたのだ。
特にアオは目を見開き、それから軽く笑う。
「この私が、ね……面白くなってきた」
「……これって」「碧が2位…!?」
5位までの順位は────、
1位 4年C組 兼得凪
2位 1年B組 霧山碧
3位 2年A組 鈴能史織
4位 1年A組 天原神月
5位 1年B組 千草界
「兼得凪と鈴能史織、か……先輩も侮れねぇわけだ」
「呑気だなオイ、受賞…つまり最終的に3位以内に入らないと俺ら正式な隊員になれないんだけど?」
楽しそうな天原に対して千草が呆れる。
千草がその場を離れようとすると、アオが1つの名前を見たところで固まっているのに気づき、不思議そうに彼女を小突いた。
「大丈夫か?」
「……兼、得?」
「あぁ1位の?? もしかして、知り合いなのか?」
意識を戻したアオは、はっと千草に向き直る。
「うん。兼得は……私と一緒に国防軍の試験を受けたんだ。純粋で良いやつで気弱で頼りなくて……でも、強さは本物だった。あの頃でも個人魔法の扱い方なら並の魔法師じゃ及ばないだろうね……まさか魔高の先輩だったとは」
──確かに強かった、けど1位になるなんて。3年前の性格からは想像できない。
「碧がそこまで言う相手かよ……次のトーナメントで当たれば良いけど」
「普通は当たらなければいいけど、じゃねえの??」
天原は静かに口角をあげる。
先程のクラス対抗の競技が終わると、トーナメント式の個人戦となる。
1学年の代表者12人、全体で48人が対決。
この大会の醍醐味と言っても過言ではない。
試合が始まるまでの休憩時間────。
アオたちがたくさんの屋台を周っていると、国防軍の2人の隊長が並んで歩いているのが見えた。
伊津と漆原だ。
「碧だぁ、試合すごかったよー」
「漆原隊長はずっと寝てませんでした?」
「ばれたぁ?」
「碧!! 見ないうちに動きが良くなっていたよ。そっちの2人はたしか、第零部隊の訓練生だったよね? さすが市川に鍛えられているだけある」
「はは……ありがとうございます……」
「まさか国防軍でいま最も有名な方に褒められるとは。光栄だな」
天原と千草は苦笑しつつも相手が国防軍最強と名高い伊津だからか、ほんの少しの緊張が見えた。
対するアオが呑気に口をもぐもぐさせているを無視していたが、我慢できなくなった千草が思わず口を抑える。
「ところでそれ何!? 服毒訓練!?」
カラフルなチップと明るく派手な色のクリームで作られたソフトクリーム。
黙々と食べ口の周りを彩りながら、アオがぼそりと呟いた。
「特大ウルトラソフトクリームだけど」
「顔を覆うほどのソフトクリームなんて聞いたことねぇよ、しかもネーミングセンス小2じゃねえか!! ……個人戦前になんてもん食ってんだよ」
「すごぃ色と大きさだぁ……体に悪そぅだね」
「相っ変わらず見てるだけで吐き気がしそうなもの食べてるな……いやまぁ全く緊張してなさそうで良かったけどさ」
伊津はアオの胸元で輝く、自分が彼女にあげたネックレスを軽く見てから微笑んだ。
「3人とも……期待してる」
「俺もぉ〜」
一同は気の抜けた漆原の声に笑顔を浮かべ、束の間の休憩を楽しんでいた。
*****
「碧さんが2位…!! やっぱり碧さんはすごいや、強くなってる!!」
「兼得、意気込むのはいいけど、お前が1位だろ? なんでそんなに緊張してんだ?」
「僕、トーナメントで碧さんと当たるんです!! 僕は、碧さんに憧れて国防軍を目指しました」
「へえ……そんな人が」
「はい。でも、ずっと……ただ憧れるだけじゃだめだと思ったんです。次は背中を追うんじゃなくて、並びたい。絶対、勝って、証明するんです」
「もう、泣き虫でチビの僕じゃない、って」
兼得は、強い決意と共にステージへと踏み出した。
*****
トーナメント。
アオ、千草、植田、天原、星野、寒河江の6人は順調に勝ち進んでいく。
1年A組とB組。2つのクラスは観客の注目の的となり、さらに凄まじい快進撃をみせたように見えた──。
が、その時、変化はあった。
植田が鈴能史織と当たる。ステージ上で相手と直面し、彼は肌が震え全身の毛が逆立つのを感じた。
(最初から全力で行かないと、勝てない。いや、それでも勝てるのかどうか…)
『試合開始!!!!』
アナウンスと同時に植田は魔法陣を展開。
「大いなる神よ、汝の願いを聞き入れたまえ……個人魔法《規則》!!!」
植田の個人魔法《規則》は、3分間、自分に条件を課す代わりに相手の行動を制限する魔法。
彼は自身の魔法の効果時間を5分の1まで短縮し、鈴能の魔力出力を5分の1に下げた。
(これで魔力は殆ど封じられる。後は今のうちに攻撃すれば……)
植田は天原や碧を強者の基準とした。
圧倒的な力と思考力で相手を倒す彼らを。
だからこそ────、読みが外れる。
「個人魔法、《解析》」
呟かれた言葉に、植田は即座にシールドを張った。
「雷魔法《雷剣》!!」
(雷剣の威力じゃ、あのシールドは貫けないはず……!!)
そう考えた彼は目を見張ることとなる。
一筋の電流がシールドに刺さったかと思うと、迸る。決して威力の高いものではなかったが、その魔法は植田のシールドと魔法陣を破壊する。
「えっ……?」
信じられない様子で思わず声を溢す。距離を詰めた鈴能は、トン、と植田の肩に剣を置いた。
刺すでも、斬るでもない。
ただ、“終わり”を告げるように。
勝敗は、一目瞭然だった。
「……降参、です」
『勝者、2年A組、鈴能史織!!』
湧き上がる歓声があがる。俯いて硬直したまま動けない植田に優しく手が差し伸べられる。
手を取ると、それは握手に変わった。
「咄嗟に判断して先手を打つのはすごく良かった!! 私、やられたと思ったもん。個人魔法も万能性があって使えそうだし、もっと相手の行動を予測できれば、今よりさらに強くなれると思うよ!!」
「えっ?? その、ありがとうございます??」
負かされた相手に褒められるとは予想してなかった植田は混乱し、とりあえず笑みを浮かべる。
「私、鈴能史織!! 機会があればまたよろしくね!!」
彼女は屈託のない輝かしい笑顔でその場を去っていった。そんな鈴能を観客席で見ていたアオ。顔を歪め、火花が弾けるような痛みに頭を抑えた。
「鈴能って子……私、どこかで……」
「大丈夫か? 次、出番だろ。相手は1位の兼得、だっけか」
隣に座っている千草がアオを覗くが、彼女は避けるように立ち上がった。
「問題ない。ちょっと気分が悪いだけだよ」
ふらついた足で歩くアオに、黒いフードを被った男が口角をあげていた。
「今日こそ……戻ってきてもらいますよ」
*****
兼得凪 対 霧山碧
優勝候補が早くも対戦することとなり、観客席やギャラリーは異常なほど賑わっていた。
推し活のようにうちわやタオルを持った客さえいる。
『4年C組、兼得凪!! 1年B組、霧山碧!! 入場!!!』
観客の心を煽るように鳴り響くドラムの音が兼得の鼓動と重なっていく。周囲から聞こえる黄色い声も彼の耳には届かない。紅潮し緩んだ頬を叩き深呼吸をして集中する。
彼が見据えるのは目の前、海の瞳だけ。
口を開きかけ、きゅっと紡ぐ。
(彼女の心は言葉なんかじゃ、きっと開けない)
「お願い、します」
「久しぶりだね、兼得」
それ以上の言葉を交わさず、兼得は短刀を、アオは長い杖を構えた。
『戦闘……開始!!』
すぐには動かない。お互いの動作を探り合う。
瞬間、甲高い金属音が会場に響いた。
先に動いたのはアオ。
杖の柄とナイフの刃先が掠める。紫電が空間に走ったかと思うと、杖の先端きある透明の魔石が眩く輝いて至近距離で魔力を放出した。
「っ……!? 個人魔法……《時衝静遁》!!」
時間が止まる。兼得の時間停止の個人魔法だ。そうでもしなければ、アオは止められないと判断する。
兼得はそのまま短刀をアオの首元に添えようとするが、時間の進まないその空間ごと──、
硝子のように砕け散った。
(壊された!?? どうやって!?)
混乱が兼得を襲うが、状況は異常である。
普段よりもずっと濃く、あり得ない魔力量。
最先端の研究技術によって魔物の扱う魔力の模範に成功したが、それに耐えうる肉体は限られていた。そう、人間の肉体の耐久力には限界があるのだ。
彼女の魔力は軽々と限度を上回り───
兼得は体制を整えようと足を後ろへ下げた。目線を前へ向けると、彼女の瞳に魅入られる。
兼得がアオに好意を持っているからという理由だけではなく、観客も同じように彼女に釘付けにされていた。
天性の美しさ。
しかし瞳孔が開き爛々としていて、冷静さの欠けた野生の瞳。捕食者が獲物を襲い喰らうような、嫌でも逸らせない碧眼。
突然、視界が赤に染まった。
兼得は異変を感じて視線を降ろす。
「碧……さん……?」
彼の胸部から鮮血が噴出した。
いやそれだけではない。腕、足、腹、あらゆる箇所が大きく、深く、ひどく抉られていた。彼は、血だらけになった手のひらで短刀を握り直す。
「ははっ……おぇっ……は……あはは!!」
返り血に染まったアオは────完全に正気を失っていた。片手で頭を抑えながら涙を流し、笑う。
彼女の足元は不安定でふらついている。
彼女を中心として、黒い魔力が広がる。杖に膨大な魔力を溜まっていた。
「碧……? オイ、お前……!! 何してんだ!?」
千草の叫び声が人々の心を引き戻す。
観客席から歓声が消えた。誰もが息を呑み、目を疑う。強い魔力に呑まれ錯乱する者も現れ、会場はパニックに陥り始める。
いま、この場で何が起こっているのか。
天原が静かに呟いた。
「屋台だ」
「それって、どういう……」
「屋台の食べ物に、呪いが混じってたんだよ。オレは何も食べてないけど、屋台ならできるだけ大人数に呪いをかけられるってとこだろ。
十中八九、潜り込んでいた魔人の仕業だろうな」
「!? 確かにありえるな……つーかあれどうするよ?? 暴走したアオを止めるなんて芸当、誰ができる……?」
天原と千草は眉を寄せてステージを見る。
いつの間にか兼得は今にも倒れそうな体で、彼女の正面に立ち向かっていた。
静かに、正確に、アオの頭の霧が晴れていく。彼女が虚な瞳で空を見上げると、雲ひとつない青を映す。
──ソフトクリームに呪いが込められていたのか。私の記憶が戻るように。この身体は……成功していたわけだ。
「……なかなか楽しかったよ」
アオは兼得に何度も蹴りを入れ、殴り、投げた。
その度に砂埃が舞い、衝突音が響く。
「……なんで……こんな……!!」
突如、彼女に勝るとも劣らない威圧感が会場を支配した。地震のようにステージが大きく揺れて、2階の観客席から客が雪崩れ落ちてくる。
「うわっ!?」
「ちょっ、これやばいやばい!!!」
「ひゃああああっ!??」
植田と広夜麻がバランスを崩し、他の観客と共に下へ落ちていく。千草は近くの席にいた有崎を人混みから助け出して、空いた場所まで避難した。
(この土魔法は……江山の個人魔法《震土》!!
でもアイツがこんな威力を出せるはずが……)
ステージの中央、アオの近くに煙を巻く扉と、その中から黒ローブを着た数人の魔族、魔人が現れた。
「……碧さん、危ない!!!」
兼得が声を振り絞って叫ぶ。
しかし、予想に反して魔人の1人がフードを降ろし、アオに跪いた。その時には既に、呼吸を整え、理性を取り戻している彼女。
「……アオ? 随分と……懐かしい呼び名だね」
彼女が冷たく微笑むと、兼得が膝から地面に崩れ落ちた。
(指一本動かせない……何をされた…!?)
雰囲気が変わった。
どす黒く冷淡。この世とは思えない。
人間じゃ、ない。
「全員、攻撃準備!!!」
長い槍を構える伊津が声を張り上げると、隊員たちがアオの周りを囲んだ。その中には森壁、漆原、時薪のような隊長格の姿もある。
伊津がアオに敵意を見せ、睨む。
「なんの真似かな、碧。できれば君とは敵対したくないんだ」
「……言ってることとやってることがあってねぇよ、伊津隊長。オレも手伝う。こりゃ、どういう状況?? なあ教えろよ、碧」
天原が手をポケットの中にしまったまま伊津の隣に立つ。2人のやり取りを軽く聞き流したアオは、視線を斜め下に向けた。
「フォラウス、だよね。私の部下になることを許すよ、新魔王軍は私が指揮する」
「ぁあ!!! 光栄でございます!!」
「黙って」
一喝されたアオに跪く魔人・フォラウスが口を閉じた。アオが片手を振るだけで魔人や魔族たちが整列する。
周囲は、その影響力に恐怖が芽生えていく。
「碧……さ……」
扉へ悠然と歩いていく彼女を引き止めるように兼得が声を上げるが、虚しく彼の意識は闇に沈む。
その代わりに伊津が前へ乗り出した。
「君は……何者なんだ……!?」
伊津の叫びに、アオは小さくはっきりと呟く。
「……新魔王、アイオニオス=ラトレイア」
彼女はネックレスを軽く握り、頭だけで振り返った。
「勇者に討伐された、魔王カストルの娘だ」
一同に衝撃が走る。
千草は目を見開き、有崎は言葉を失いかけて口を開けたまま立ち尽くす。唯一、天原だけが何かを察していたかのように、無言でポケットの中の拳を握りしめていた。
伊津が深く息を吐く。
「……そうか」
一挙一動も見逃さないようアオを見据えて、彼女に槍を向けた。
元々日曜更新の予定を延ばしに延ばしました。
学校とか、予定が忙しくて……っ。
ご迷惑をおかけしました。待っていてくださった読者様、本当にありがとうございます。
ついに書きたかった1つ目のシーンに到達。
できるだけ早く更新できるよう努めるつもり…。