29話 国防軍最強の再会
「どうしたのですか? 震えていますよ?」
「……っ!!」
市川が無表情のままにそう問いかけると、木月は唇を噛み締めた。黙っていた宋隆が口を開く。
「この天原家が、何か企んでいるとでも?」
「いえ、そのようなことは。しかし……」
「まあ、俺たちのような組織に商談を持ちかけるような方々ですから、ね?? 秘密の百や千、あってもおかしくないでしょうし―――」
「かかれぃ!!!!!!」
宋隆が叫ぶや否や、突如、魔力の弾丸が市川を襲った。
そのひとつひとつが凝縮されていて、彼でもシールドを張るだけで精一杯になるほどに、強力。それは部屋の天井ごと突き破り、轟音をたてながら畳に穴を開けていく。焦げた鉄のような匂いが部屋に充満する。
市川のよく知る魔力。
「これは、アオさん……!?」
(……違う。彼女よりも更に理知的で、威力の割に荒々しさのない、丁寧な魔力操作……)
天井に大きく空いた穴から、宙に浮き、片手をポケットに入れた少年が覗き見える。彼の髪が夜風に揺られて逆立つ。市川はシールドを固定したまま目を細め、小さく舌打ちをする。
「……アオさんが信用しているので放っておきましたが……お前が関わっているとは……。俺は彼女さんほど容赦はしませんよ」
その少年は、にやりと笑った。
「おぉ怖……お前が来てんのかよ…霧山碧の魔力弾のストック、残しといてよかった~」
「神月……早くその男を始末しなさい!!」
冷や汗を掻きながら木月が叫ぶが、少年―――、天原神月が彼女に人睨みする。神月は視線だけで木月を封じた。静かで、それでいて殺意に満ちた、底冷えするような威圧。
「母上……いや、お前に従うつもりはねぇ…。だけど、約束のためだ。気は進まないが今回だけは協力してやる」
彼は市川に向き直った。
市川は長い足をしならせるように大きく後ろへ引いた。シールドが音もなく消え、黒く染まった瞳が敵を射抜く。
「そうですか……邪魔をされるなら、残念です」
破れて原型の留まらない障子の影から、大勢の人の気配。着物を着た使用人が、いつのまにか市川とその部下の四方を囲んでいた。
全員が白刃の日本刀を持って向き合う。
「お前たち、雑魚を片づけなさい。尋問にかけるのであの天原夫妻は殺してはなりません。
負けたら……分かっていますね? ………では横浜マフィア総出、行きますよ」
「「「はっ!!」」」
市川の合図と共に、部下は拳銃とマシンガンをスーツの裏から取り出し駆け出した。
「もういいか? 市川、さん?」
「いまは霖……と呼んでもらえると助かるのですが」
「そうか……それは悪かったね……!! 最初から強めで行くぜ……《多重結界》、《魔力増幅》、《身体強化》、そんで……炎魔法《燃槍》!!!」
神月は手首をくるりと返し、高密度の炎魔法を創り出した。
*****
市川もスーツの中から拳銃を取り出して、神月の魔法を撃ち落とす。
「チッ……弾丸に魔力が込められてるのか……面倒くさ……」
「アオさんの魔力のストックは、なくなったのですか?? 随分と準備が甘い」
市川が屋根を駆け上がり空に浮かぶ神月の目の前まで跳躍する。そのまま性格に彼の腹を蹴り、下へと落とした。神月の体が、宙を舞った。
市川はスーツをはためかせ、共に落下しながらも神月の頭を拳銃で狙う。
「嘘…だろ!? クソ……《緩衝》!!」
畳に打ち付けられる直前、魔法で衝撃を和らげ、寸前で体を傾けて弾を回避した。
近くのマンションの屋上に落下した神月を市川が上から銃を乱射する。銃弾が神月の頬を掠めて、一筋の血が流れた。
「素手相手に銃かよ、ずりーなおい。《多重障壁》!!」
神月は後退しながら複数同時にシールドを展開する。しかし、体格は市川が有利。すぐに追いつくのは目に見えていた。
「防戦一方ですね。期待はずれではありますが……今、楽にしてさしあげましょう」
「ぐあっ……!?」
市川は体術で神月を投げ飛ばす。屋敷の庭の中心で地面が割れ、クレーターができる。彼が起き上がるよりも先に、その鳩尾を足で踏み、頭に銃口を付きつけた。神月が、咳き込みながらも拳銃を持つ市川の手を、強く握った。
決着。確信した市川は神月のその表情に目を見開く。
「お前……なぜ……笑っている……!?」
「オレが誘ったんだよ……馬鹿」
顔は土煙で汚れ、息を切らしながら、楽しそうに呟いた。
市川には違和感があった。
戦闘中、神月は複数の魔法を使い続けた。
通常は複数の魔法を同時に使用するというのはとても高度な魔法技術であり、比例して魔力消費は膨大だ。合同授業時にアオの魔力を溜め込んでいたと推測したとはいえ、それを放出するにも追加の魔力が必要となる、市川はそう考えていた。
神月の動きを封じた事で、少しばかり彼自身も僅かに乱れていた冷静さを取り戻し、気がつく。
天原神月の魔力量は―――、
全く消費されていなかった。
「魔力の、半永久循環……!?」
「大正解……!!」
市川の手首を掴んだ神月の手のひらに、強力な魔力が集中していく。
「どうやって……いやそれよりも!!」
(……回避は、不可能!!)
「オレの勝ち。個人魔法《空想家》……《虚構終界》!!!」
*****
半壊した屋敷の中では、赤黒い跡が染み付いた畳には、鼻につく鉄の匂いが充満する。黒服の男は、返り血に塗れた顔を手袋で拭いながら、倒れた着物の使用人を見下ろす。
神月が庭へ吹き飛んできて、繊細でいて大胆な魔力が圧縮、凝縮されていく。
「霖さん……!!」
誰かが呟いた声は、白と黒の目が眩むほどの閃光と、魔力の放出された空気の破裂したような爆音にかき消される。
神月が《虚構終界》を発動したのだ。
途端。
五感は機能しなくなり、神月と市川の周囲で爆煙が立ち込め、庭の草木や地が破壊されていく。衝撃で突風が巻き起こり、また一段と視界が曇った。
市川は、ゆっくりと細めていた目を開けていく。
(腕の感覚はない、が、生きている。体も、ある。あれを避けられなかったのに、なぜ……)
多量の血を流して片膝をつき、既に満身創痍の市川の視界の前には。男が片腕を広げて彼を守る動作をする。影が這い出して神月の魔法と衝突。互いに吸収し合い、やがて双方ともに消滅した。
地面に、松葉杖が落ちる。
その男は、眼前を警戒しながらも、市川に目線を送った。
「君がこんなに負傷しているとは……かなり厄介な相手ってことかな」
「……ここからは僕に任せ」
「市川ぁあああああああ!!!!!!!」
夜の街に大きく響き渡る少女の叫び声が、言葉を遮る。月明りに白が反射し、幻想的に彼女の髪が乱れる。
「アオ………さん!?」
「アオ!?」
「市川!!! 大丈、う……ぶ……」
振り向いた2人を見て、その少女、アオは苦悶のような、今にも泣き出しそうな表情。急ブレーキをかけたように硬直する。
「…………坂…ほんとに坂、なの!?」
市川を庇うように立つ男は。
「うん。正真正銘の坂秀成だよ……久しぶり、アオ」
そう言って坂は優しく笑った。
「ぅ……」
声が出てこなかった。一気に心が和らぐ。
3年前、坂の立場を継いでからずっと、彼のように振る舞おうと努力してきた。自分のせいで坂を負傷させてしまった罪悪感を振り払うかのように。
アオの堪えてきた感情が溢れ出す。思わず彼女の目から涙が流れ、顔を歪めた。
「よ、かった……生きていて……行方を眩ましたなんて……もう、会えないのかと……」
「はは、アオは大袈裟だなぁ…」
「ねぇ、オレがいるの忘れてない??」
空気を切るように、呆れた顔の神月が口を開くと、皆の視線は彼に向かう。坂も同じく神月を見据える。
「君が天原神月、かな……初めまして。あぁ、心配しないで……僕は君を誘拐犯側のスパイだと疑うわけじゃない。君は魔高に入学してからこの家には帰ってない。既にその事は調べたから問題ないよ。君の目的は……この天原家とは別の所にあると思うんだけど……違うかい?」
「っ………」
笑顔を浮かべたまま静かに訊いた。神月が黙り込むと宋隆がわなわなと体を震わせた。
「神月!! な、何をしている!!? 早くその死にかけの長髪男を始末しろ!! 約束の情報が欲しくないのか!?」
神月に叫ぶ。しかし彼は眉を寄せて鋭く目を細めたまま動く気配がない。
「聞いているのか、このボンクラがぁ!!!」
「大声出さなくても聞こえてるよ……うるせえな……その通りだよ、坂秀成さん。オレの、目的は…」
「言うな!! それ以上言えば情報は渡さな……何をするッ……んん……!?」
そう神月を怒鳴りつけた天原宋隆は、市川の部下に押さえつけられ、威圧された。隣に立つ木月は腰を抜かして床に座り込む。
神月は真剣な顔で坂を向いて目を合わせた。
「オレは、今日の夜この屋敷に来る人物を蹴散らせば……オレの兄さん、今年の3月に行方不明になった天原輝夜の情報を教えてやる、とそこのクソ野郎に言われてここへ来た」
「やはり……ですか」
市川はよろけながら立ち上がり小さく呟く。
微かに俯き、神月が続ける。
「オレは初めて基地に行ったあの日、市川さんに輝夜兄さんの事を聞かされるまで、兄さんがどこで何をやってるか、なんて見当もついてやいなかった。あの輝夜兄さんが魔人と手を組んで誘拐、なんてこと信じられなくて、信じたくなくて………調べて居場所を突き止めようと思ったんだ」
満ちた月は明るく辺りを照らした。
一旦話を切った彼は、乾いた笑いを溢す。
「すまねえな、大した情報がなくて。まぁオレが軍に逆らったことには変わりない。そこの2人を尋問にかけでもすれば、色々出てくるだろ……逮捕でも、なんでも勝手にしてくれ」
覚悟を決めたように目を閉じた。そこに足を引き摺り、腕を垂らしたままの市川が近づく。
「お前、名前は神月………でしたか?」
「あ? 今更、何を……」
怪訝に眉を寄せてから、ヒュ、と息を止めた。思い当たってしまったその考えに、彼は唖然とする。
「もしかしてお前……!?」
「俺は横浜マフィア頭領、霖と申します。別にお前についてそこまでの興味はありませんし、逮捕なんて権限、持っていませんよ??」
「「「はっ」」」
市川がですよね、と周囲の部下に確認を求めると、彼らはそう声を揃えた。
「僕も、軍を引退した通りすがりの一般人だしね」
遅れて坂が続けた。すると、声を出せる程度の勇気が戻ったのか、木月が立ち上がった。
「ふ、ふふふ!! じゃあ、私達も何の罪にも問えないわね……!!」
狂ったように目を開き、笑う。その様子を、市川が圧をかけて睨みを効かせた。
「元からお前たちを国防軍に渡す気などありませんよ……こちらの組織で預かります。よろしいですね?? 国防軍第零部隊、隊長さん?」
「うん、構わないよ」
アオは目を伏せて、すぐに答えた。市川の部下は天原夫婦とその使用人達を連行する。絶望の表情を浮かべながら車に無理やり入れられる様子を黙って見ていた。その後、彼らがどうなるのか、アオらが知る必要はない。
広い屋敷に残った4人の中で、アオが思い出したように市川を訊く。
「……てか、頭領だったの?」
「ええ。今まで話すタイミングを逃していまして……」
「市川。そういう情報交換は早めにすること。昔教えたよね?」
坂が松葉杖を拾いながら市川を見ると、彼は目を逸らして顔を青ざめさせた。相変わらず、坂を怒らせたくはないらしい。なにか嫌な思い出でもあるのだろか。
「申し訳、ありません……」
アオが笑いを堪え、神月は引き気味な視線を坂に送ってから、市川に目を戻す。
「あの市川さんが謝ってる、だと!?」
「黙りなさい犯罪者予備軍」
神月がわざとらしく驚くと間髪入れずに答える市川。体中傷だらけで出血死してもおかしくはないほどの血を流しているが、軽口を流す程度には気力が残っているようだった。
「言い方ひでーな、同じようなものじゃん」
すかさずツッコミを入れた神月と、未だツボにハマっているアオの髪に、坂が微笑みながら順番に手を置いた。
「よかった」
「……へ?」
「君たちみたいに頼りになる子がいるなら安心だよ。他にも新人が増えたみたいだし、国防軍もよくやってくれているようだね。……アオも、大きく、強くなった」
「坂……」
「僕に頼りたいことがあればいつでも家においで。もう心配いらないのかもしれないけど」
言い残すと、市川に目配せをした。彼は丁寧に目を伏せて、お任せください、と言わんばかりに、ほんの少し腰を折った。
「じゃ……いつか会おう。君たち、応援してるよ」
地面から這い出した影が坂を取り巻いて姿を消した。アオは、その背中をしばらく見送り、呟く。
「やっぱり、敵わないな……」
彼女は、作り物じゃない綺麗な笑顔を浮かべた。
*****
数日後の朝。
「キャー!!! こっち向いてください!!」
「サインしてくださーい!!」
赤みがかった短髪を持つその少年のランニングコースには、いつでも生徒たちが群がっている。
彼の謙虚さと強さは学園随一。
更には童顔で純粋な性格が合わさり、男女問わず、芸能人さながらの人気者だ。彼はいつもの道を走っていると、ある場所で立ち止まり、目を開いた。
そこは、瓦礫の散らばる天原家の屋敷。
「この、魔力は……!!」
瞳を輝かせて口元を緩ませる。その子供らしく可愛らしい表情に、周囲が湧き立った。最も近くにいた女子生徒が不思議そうに彼に声をかけた。
「どうかしたんですか? 兼得せんぱい」
少年――兼得は満更でもなさそうな輝かしい笑顔のまま、その生徒に赤髪を揺らして振り返った。
「いえ、なんでもないです。そ、それより、もうすぐ休憩ですよね……そろそろ帰らなくちゃ」
彼らの戦闘に立ち、拳を胸の前で握る。
「も、もうすぐ3学期だし、魔高オリンピアに向けて、みんなで頑張りましょう!」
「「「おー!!」」」
(もうすぐ、会えますよね……きっと……)
明るく掛け声をあげるのを聞きながら、兼得は1人の少女に想いを馳せた。
夏休みは風のように過ぎてゆく。
これからアオたちは、さらに深く複雑な世界の渦へと巻き込まれていく事となる。
待ちに待った大イベント、魔高オリンピアが開催されるその時期―――。
3学期が始まるのだった。
第二章、完結しました。
お読みくださりありがとうございます!!
次回からは第三章 魔高オリンピア編に入ります。
これからも何卒よろしくお願いします…。
今週中には更新します。