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最強少女の魔法奇譚  作者: 浪崎ユウ
第二章 東京都立魔法高等学園編
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27話 裏の世界

 


 夏休みになった。



 この灼熱の光は日に日に強くなり、湿った空気が体中を覆う。息が詰まる。足元が地面に吸い込まれるような錯覚さえあった。騒がしいセミの声が耳をかき乱す。

 広夜麻の誘いを全て断りきったアオは汗で焦れるブラウスから腕を解放し、国防軍基地の裏口に仁王立ちしていた。


 目の前には国防軍第零部隊。

 そしてこの部隊へ配属予定の訓練生が5人。



「こんな天気でよく集まってくれた。

 私だったら召集されても来ないよ、えらいね。

 てことで、早く車乗るよ。お仕事見学だ」



 アオはわかりやすく面倒くさそうに早口で促す。そして誰よりも早く車に乗った。

 その様子を見た天原は、肩をすくめて苦笑する。



「ええ、何あれ。あれで隊長大丈夫そう?」

「まぁ、碧さんは、毎年あんなもんです」


 眉ひとつ動かさず真顔でそう返した市川は、訓練生たちに向き直ると、元々切れ長で美しい目をさらに細めた。



「さ、置いていかれたくなければ皆さんも行きますよ」




 *****




「へぇ、ここが……」



 到着したのは、東京の中でも都心部。

 ガラス張りの高層ビルが立ち並ぶオフィス街。


 昔からの土地の名が引き継がれて付いたそのエリアの名前は、“東京都A1地区、恵比寿センター街”。


「あの……」


 勇気ある訓練生の1人がおずおずと手を挙げる。



「僕たち、仕事の見学をしにきたんですよね……? 一体、ここには何が……?」


「君は鉢中…だっけ? 市川ぁ、説明」



 暑さに眉を顰めたアオは強い魔力を纏った。キラキラとした結晶が彼女の周囲に現れる。水魔法の応用で空気を冷却させたのだ。



「わざわざそこまでするか? あほじゃねえの」



 思わずツッコんだ天原の口を千草が勢いよく塞いだ。チラリと市川を見る。



「神月さんは……俺の隣で見学しましょうか。

 この部隊で隊長を侮辱する行為は……あまりおすすめできませんよ」

「怖いって」


「さて。恵比寿センター街は現在最も栄える場所であると同時に…裏社会の本拠地ともいえるのです。といっても、別に繁華街のように治安が悪いといった意味ではありませんが」



「裏社会の……!?」



 訓練生の1人が驚愕し呟いた。

 そびえ立つ美しいビルを見れば誰も予想がつかないだろう。



「今日見学するのは目の前にある横浜武工オフィス、横浜武器工房の分店です」



 横浜武器工房。

 一見すれば最先端武装開発で国にも技術提供している、“横浜武工”。

 だが、地の底では兵器や違法取引も行なっている横浜マフィア管轄の企業だ。



「アオさん、訓練生の皆さん、今日は俺についてきてください。決して……」



 闇の奥底を覗いたような黒い瞳が渦を巻く。


 ひとりの訓練生が、一歩足を引いた。まるで、その深淵の中に自分の心が引きずり込まれたような――そんな錯覚に囚われたのだ。



「決して、俺のそばを離れないように」



 暗く恐ろしい雰囲気が嫌にしっくりきた。そして感じる。



 この男は、裏の住人なのだ、と。




 *****




 室内に入ると大きなホール。受付のような場所と数機のエレベーターがある。床には塵ひとつない。

 浅い緑色の隊服と、アオの目立つ容姿に警備の黒服の男たちが前にそびえたった。


「関係者以外立ち入り禁止だ。それは国防軍とて同じ。すぐに立ち去れ」


「はぁ?」


 体格の良い男が威圧的にそう言ったのでアオは苛立ちの表情を見せるが、背後の訓練生は蛇に睨まれたように足が竦んでいた。それに市川が男の前に出た。



「通せ」



 時間さえも凍りつく。

 男の心臓の音がやけにうるさく響いている。



「申し訳、ございません………あなたの御一行だとは……」



 先程までの態度が嘘のように、俯いて目を逸らしている。表情は青ざめ呼吸は荒い。市川は、そんな男の耳元に息がかかるほど口を近づけて囁く。声のトーンが2オクターブほど下がった。



「今日は国防軍の第零部隊が来ると言っておいたはずです。処罰はしません。アオさんの前ですから。

 でも────、」



「自分が何様なのか理解しておくといい」



「御容赦、感謝します……」



 金縛りにあったかのように動かない男を通り過ぎて、アオに目を向ける。彼女は市川を横目で見て苦笑した。



────市川が、これほどとは思っていなかったな。



「行きましょうか。とりあえずエレベーターで30階まで上がりますよ」


「うん、わかった」



 一同は緊張が漂うなか、ぞろぞろと市川に続く。しかし天原は険しい顔で足元を見る。彼が感じたのは地下からの殺伐とした魔力。そして、その魔力から伝わる恐怖。




 音が、聞こえる。




 耳をすませば、何かを引きずる音にも、人の呻き声にも聞こえた。このエレベーターを呼ぶボタンに下の階はない。市川はふと、気がついたように天原を横目で見る。



「気になりますか? 天原さん」



 静かな問いに、彼は未だ信じられずに市川に恐る恐る訊く。

 知ってはいけない。そんな場所に踏み込んでいる気さえした。



「なぁ、この横浜武器工房って────」


「ここの地下って、一体、何の仕事をしてるんだ………?」




「……そのことは、他言無用です」




 アオが無言で市川に目を向ける。続けて、天原は耐えきれないように呟いた。



「おっ、お前はっ!! 何者なんだよ!?」


「まだ、言えません。あなたが、知るべき立場になるまでば」



 彼は無表情のままに口に人差し指を当てた。静かな口調から、その意味を察する。

 何かが隠されているのは間違いない、が、天原は、それを知る権利を持ち合わせていなかった。



「……そうかい」



 ピーン、と軽い音が重たい空気を切った。一同に疑心を残したまま、彼らは30階に到着する。

 殺伐とした気配とは裏腹に、エレベーターの扉が開いた先には、無機質な照明と、よくあるデスクの並ぶオフィス空間が広がっていた。


 その光景はあまりにも普通すぎて、不気味に思えた。




 *****




「申し訳ありません、ここの書類なのですが……」

「あの、この契約はどうすれば…」

「これは!!」



「すっごい慕われてるね。基地とは大違いだ」



 群がられている市川を見て、アオは呟く。市川の後を追いながら、訓練生は近くの書類をちらりと見た。

 そのタイトルに表情を引き攣らせる。



 “ 横浜マフィアと国防軍間における、相互契約について”



「………これ」



 瞬時に硬い金属製のものがその訓練生に突きつけられる。反応する間もなかった。軽い、カチ、という音が後頭部で響いた。彼女の足は、動かない。


「早紀……!!」


 同期らしき訓練生が、その背後で銃を向けている男を睨みつけた。男は、まるで感情が削ぎ落とされたような冷たい瞳だった。


「知ったからには、死んでもらう」


 男が指先に力を込める。


「止せ!!」


 その時、部下に囲まれていた市川が一喝した。静まり返る。誰もが市川を振り返った。



「勝手に殺すのは許しません。()()は早紀由美。俺の連れですよ」



「しかし情報が……」

「いいからどけろ」


「は」


 男は従順に銃を下ろす。その様子からは、市川の影響力が見てとれた。

 アオはため息をついて口を開く。


「終了、終了。もうこれぐらいにしよう……。早紀、鉢中、怪我はないよね? 一度場所を変えようか。……市川、話ができる場所へ」


「はい。皆さん、こちらへ」







 市川が案内したのは、特に清潔に保たれたひとつの部屋。ガラス張りの大きな窓からは、恵比寿の街が一望できる絶景。



「じゃあ早速。5人とも、こっちの世界を見てみて、どう思った?」



 アオが唐突に訓練生5人に問いかける。皆、それぞれに口を噤む。早紀と呼ばれた訓練生が口を開いた。


「私は……」

「こんなの、国防軍として看過できません……!! あなたのように悪事を知りながら黙認している特級魔法師が国を引っ張っていると考えると、正直、疑心を持たざるを得ないと思います…」


「俺も、です! 軍唯一の先鋭部隊。正義のため、人類のため、悪を滅す!! それが、国防軍の第零部隊じゃないんですか!? 俺の家族は……犯罪者に殺された。裏の組織と取引をしていたなんて……馬鹿げている」


 苦虫を潰したように眉を寄せたのは鉢中。彼の言葉に千草は呆れた表情をした。はは、と掠れた声で笑う。


「おいお前ら、そこまで言うことかぁ?」


「俺もおかしいと思った。逆に訊くけど千草、天原、お前たちは何も感じないのか?」


「……まぁ、俺は特に……気になりはするけど」


 千草が目を顰めて逸らすのに対し、天原は現実的に答える。


「仕方ねえだろ。裏社会だとしても影響力のある組織と提携すれば、より国防軍も管理地域を拡大できるし。表と裏、両方から支配できれば予測不能な犯罪因子が減少して、情報戦にも有利になる。双方に行き来できて信頼できる仲介役がいて、世間にバレさえしないのなら、これ以上ない好条件だ」


 それぞれの返答を訊いてアオが前に出た。



「第零部隊に所属するってのは、こういう世界も見るってことだ。私もこの3年間隊長をやってるけど……もちろん辞めていく奴も多い」


「ここに連れてきたのは、本当にこの部隊に所属するのかどうか、確認するためだよ。君たちは……2人を除いて、6月に試験を受け、入隊してからもう3ヶ月ほど経った。そろそろどこかの部隊に入る頃だ。これは、ただの見学じゃない」



 言葉を切り、アオが真剣な眼差しで彼らを見る。



「本当にこの部隊に身を置く覚悟があるのか、今、決めろ」



 突然の問いかけに圧倒される。

天原はアオが微量の魔力を纏っていることに気がつき、口元を歪める。



「そ、それはさすがに急なんじゃ……!?」



 動揺した訓練生に、市川が冷たく言い放つ。



「碧さんは優柔不断は好まれませんよ。あなた方なら他の隊でもうまくやっていけるでしょう。俺が訓練したのですから」

「そこの扉を出ると、他の社員も知らない裏口からこの建物を出ることができます。気が変わった者はそこから早々に立ち去り、基地へ戻りなさい」




「……こんなの、残るわけ……」

「でも……ここを拒んだら、次にこの裏の世界で動くのは、もっと非道な誰かになるんだよな……」



 どうするべきか、揺れる。迷いが彼らを躊躇させる。しかし、すぐに動きはあった。




「……碧隊長……あなたは正しいと思って信じていたんです。……さようなら」



 一言呟き、早紀が扉を出る。それに続いてひとり、ふたりと退出した。



 静寂に包まれるなか、静かに笑った者がいた。



「は……っ、茶番だな。辞めさせたいなら、最初からそう言ってやればいいのに」



 天原が空気に似合わず明るい声で可笑しそうにそう言い切った。千草は目を丸くするが、アオはその通りだというように目を伏せる。



「そうだね……でもそれだとあの子達は納得しないと思ったんだ。正しいことなのかはわからない。

 けど、誰かがやらなきゃ、回らないだけだ」



「……正義だけではやっていけません。それでも────」



 市川が、ガラスで反射する眩い日光に目を細めながら窓の外を眺める。


 活気に満ち、雑踏の喧騒で溢れるこの街で行き交う人々。

 その中に、走り去っていく小さな隊服を見た。



「最低限、まだ汚さないで済むものがあるならば」



 呟いた彼の瞳は、季節外れに咲いてしまった花のように、微かな暖かさがあった。




27話、お読みくださりありがとうございました。


私のもう一つの連載作「天才×転生 〜コミュ力皆無の不老不死は普通を目指す〜」もオススメです。

ぜひ、覗いてみてください!!


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