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最強少女の魔法奇譚  作者: 浪崎ユウ
第二章 東京都立魔法高等学園編
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第二章26話 訓練生

 


 研究室は、薬品の刺激臭と、どこか生臭い金属の匂いが鼻をついた。無秩序に広げられた書類やメモ用紙が嫌でも目につく。



「早く入りなよー、この俺の研究室だからきんちょーしてんの?」



「ああ、入らせてもらう」


「時薪!? おい、この…汚部屋に入るのか…!?」


 森壁が目を剥き、部屋の前で立ちすくむ。表情には露骨な嫌悪感。時薪と森壁が研究室の前で騒いでるなか、アオたちが到着した。


「汚部屋じゃない…研究室だよ」


「ぁー、ちゃんと贈り物届いたぁー?」


 ふいに声のトーンが変わった。漆原はアオの方を見て、何気ない調子で問いかける。

 怪しげな試験管を持ったまま長い腕を大きく振り、アオを呼んだ。


「届きました、ありがとうございます」


「昔みたいにさ。もっと気軽に話していぃのに。ほら碧も来たことだし、中に入りなよ」


「おいてめぇ、」


 森壁は青筋を立てながらアオを睨んだ。


「誰だ?そいつらは」


 森壁が眉を顰める。警戒心というよりも不快感が見える。


「新入り。私が勧誘した者です」


 微笑を浮かべ、森壁の敵意を流した、アオ。そんな様子が不快だったのか、森壁は鼻で笑う。


「ハハッ、いつもへらっへらしているところも、自分勝手なところも、坂そっくりだなぁ?…気にくわねぇ」


「そういって毎回難癖つける君も、私は気に食わないけどね…」


 アオの返しは柔らかく、それでいて鋭い。毒を包んだような声色だった。


「喧嘩、売ってんのか?てめぇ…」


「ねぇ、用ないなら俺、研究に戻りたいんだけど」


 一触即発の雰囲気を、苛ついた声で遮る。空気を読む気など最初からない、漆原らしい拒絶だ。


「すまない、漆原。……碧、その2人も、関係してるのか?」


「はい、時薪隊長。関係者と…んー、魔力関係の分析が得意な子、みたいな…?」


「説明雑すぎな」


 天原がぼそっと突っ込む。だが、こちらは空気を読んでいるのか、表情はいつも通りだ。


 千草は若干こわばった顔をしていたが、天原はまるで他人事のような表情。その2人の後ろに続く市川は、気配を薄くして佇んでいる。


「つっても部外者には違いねぇ。

 聞かせていいのか?」



「いいよ」



 アオは自信たっぷりに即答した。




 *****




「んで?攫われた魔人の話、だよねぇ…あの魔人、勿体無いぐらい良い素材だったんだよ」


 漆原の声が弾んでいる。だが、その無邪気な口調に反して、隊長たちの表情はどこか緊張に包まれていた。


「それで、攫われた瞬間を見たのか?」


 時薪は真剣な声色で話を進めるように訊く。

 場の空気が引き締まる。


「ぃーや、ちょうど那原っていうやつに頼み事をして研究室を離れたんだけどさー、そしたら悲鳴が聞こえてきたんだぁ。で、戻ってみたら研究は荒らされてるし、捕虜は消えてるしで…」


 漆原の言葉に、微かな悔しさがにじんでいた。


「ちなみに、何の薬を荒らされてた?」


 鬼人がいたのであろう牢の中を観察しながら、天原が訊くと漆原が怪しげな笑みで身を乗り出す。


「ぉー、新人くん、きょーみあるの!?」


「やめといた方がいい。聞いても意味がない」


「私も聞きた」


「てめぇは黙っとけ!!」


 面白がって悪ノリしたアオに、森壁の怒声が響く。視線には、確かな“殺意”が宿っていた。彼女は視線を落とし、いまだ牢の中にいる天原の横に立った。


「どう思う?天原」


 す、と天原が口元に手を当てた。


「魔力の流れが歪だ…。その捕虜だっつう魔人を攫ったのは、人間…違うな、限りなく人間に近い魔人、だろうな。それと、最低でも一級程度の力をもった魔人が侵入してる。

 今のところは憶測だが、この国防軍には…」


「人間に扮した内通者がいる。

 オレが今わかるのは、そんぐらいだな」


「内通者、だと!!!???

 ふざけんなてめぇ、そんなわけが!!」


 森壁が椅子を蹴り飛ばすようにして前に出た。床が鈍く響き、天原の襟を掴んだ。天原は彼を見下すような目をして腕を振り払う。


「お前ぐらいの魔法師ならわかるだろ?それとも、隊長さんともあろう人がこの程度の魔力も読めないってのか?」


「あ"?てめぇ、いい加減にしないと」


 天原は、天原の口元に薄い笑みが浮かぶ。その目にはどこか冷たさがある。


「あぁ、そっか…、そりゃ怒るわけだ。仲間を信じる気持ちは尊いけどさぁ……現実は、残酷だよな」


「やめろ、2人とも」


 時薪が割って入り、森壁が振りかぶった拳を無理やり止める。そして天原を静かに見た。


「坂隊長の言っていた事と同じ、か。

 さすが碧の推薦なだけはあるな。

 だけど、言い過ぎだ。立場を弁えてくれ」


「あー、それもそうか?

 そんなことより問題は、魔人だけじゃなく、生徒も連れ去られたのか、だろ」


 天原が指摘すると、市川が前に進み出る。


「それについては俺から。俺の部下に調べさせたところ、連れ去られた3人、江山、黒滝、吉川は、ある、きな臭い貴族と関係があることが判明しまして……」


「ある貴族って?」


 市川は複雑そうな表情をするが、アオが先を促す。彼が言い淀んでいると、アオは急かすような視線を送った。


「いいから早く言って、市川」


「……承知しました」


 彼は表情を消して、ひとつ息を吐いた。




「天原家…そこの天原神月さんの家系です」




 水を打ったように静まり返る。



「は…?」


 天原の呟きが現実に引き戻す。


「お前、まさか…オレの家族を疑ってると?」


「はい、失礼ながら。では千草界さん、天原輝夜という名前に聞き覚えは?」




 市川が千草を向いて訊く。

 千草は苦虫を潰したような表情で声を低くした。



「そいつは…俺を白警に突き出して、江山や黒滝に俺の妹を襲うよう指示した、貴族のガキ…俺の中学の頃の同級生です」



「輝夜兄さん…が…?」



 天原は唖然とし、少し顔を顰めていた。




 *****




「何はともあれ。君は無事に訓練生になったってわけだね」



 楽しそうに話すアオ。

 アオ、千草、天原の3人は鬼谷の執務室へ向かい、天原には千草と同様ら入隊の条件を課せられた。家族の事は今は情報不足なので、一旦置いておくことになったそうだ。



 3学期に行われる魔高オリンピア。

 そこで優勝すること。



 そのために今はーー、




 第零部隊の任務に参加している。




「オレ、なんでここにいんの?」



 天原がドン引きした表情で立ちすくむ。

 目の前では、第零部隊としての町の魔物の討伐、という名の蹂躙が繰り広げられている。


「鬼谷総隊長は隊員不足とか言ってたけど…過剰戦力だよな?」


「つーか霧山碧がいる時点で過剰だろ」


「たしかに」


 見学の訓練生、千草と天原が話している。

 千草は彼の隣に佇む背の高い男に声をかける。


「あれ、市川さんは戦わないんですか」


「俺は碧さんの監視と補佐、あなた方の護衛が任務ですので」


「隊長を監視する必要が?」


「放っておくと何をしでかすかわかりませんから……あのガキは」


「ぷっ…おい、いまガキって」


 天原が笑いを堪えるように口を抑える、が、市川の冷え切った目で黙殺される。


「何のことでしょうか。それ以上言うなら………殴りますよ」


「え"っ…」


 訓練生となり、魔高の授業と並行して国防軍で特訓を受けている彼らはその発言に恐怖を覚える。市川は訓練生にも容赦がない事をよく理解していた。


 第零部隊の隊員たちが戦う轟音が聞こえる。

 それとアオの指揮を取る声。思い通りにならないのか少し苛ついた声色が混じる。


 慣れたように無視をして市川が千草と天原を見た。


「そういえば、2学期の期末試験も終わりましたし、もうすぐ夏休みでしょうか?」


「まぁ。それがどうかしたんですか?」



 千草が問う。



「いえ……、アオさん」


「そこ、連携!!!……ん?どした、市川」


「もうすぐ夏休み、ですよね?俺の仕事、見学に来ませんか?訓練生も一緒に」


「仕事…?」


「ーーー」


 市川はアオの耳元に屈み込み、呟いた。


「よっしゃ行くよ、訓練生のみんな!!」


「は?仕事って、これ以外何が・・・」


 天原は眉を寄せジト目をする。


「それはぁ〜……」


「それは?」


 千草が促した。


「夏休みになってのお楽しみだよ」


「は?」


 天原は何か含んだ様子のアオの笑顔に呆れる。


 アオは先ほどとは打って変わって上機嫌になり、部下の元へと戻っていった。



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