20話 世界の始まり
「さっきから無視しないでよね。てかさ、国防軍なんてハッタリ、通用すると思わないで!!
もし本当だとしてもどうせ、訓練生程度でしょ」
「あーあ、物分かりの悪い子供は嫌いだよ」
「はぁ?」
黒滝が怪訝そうな表情をすると同時に、周囲から十数人の隊員が現れる。
「なっ!?」
(こんなに大勢……気が付かなかった……!!)
目を見開く江山と黒滝と同時に、千草が衝撃を受ける。2人は悔しそうな顔を浮かべ、じり、と後退りをした。
「えーと、17時ジャスト。いじめの現行犯として江山蜜世、黒滝真維、吉川哀羅を任意同行とします。なにか異論があるなら言っていいよ?
私が認めるかは別だけど」
軽く腕時計を見ながらそう言い放つアオ。
「い、嫌よ!! 同行なんてしない!! そ、そうだ!!! お父さんに言いつけて、貴族のおじ様に伝えてもらうわよ!!! そしたらアンタたちなんてすぐに解雇に」
江山は悪寒がして、言い終えることができなかった。黒滝も体が微かに震えている。空気の振動がアオの部下にも伝わっていく。
アオが愉快そうに笑みを浮かべた。
風が吹き荒れ、電線が揺れる。
千草が、彼の魔力を解放したのだ。
「お前ら、やっぱほんとに屑なんだな。
なめやがって……てめぇらごときに、俺が屈したと思うと、とことん嫌になる。
その貴族のおじ様とやらに伝えとけ……」
江山の鼻先にびしっ、と強く指差すと、睨みつけながら低く、冷たい声を出す。
「今度俺の周りに手ぇ出してみろ、貴族狩りの千草がタダじゃおかないってな」
言い終えると、彼は魔力を抑えた。江山は体の力が抜けたのか地面に座り込み、せめてもの抵抗で呟く。
「ば、ばけものね……!!」
「ばけもの上等……いまの、正当防衛で成立するはずだ。もちろん家族の保護もしてもらわないと困る……お前は、俺を信じるんだろ?? 霧山さん」
彼は笑いながら振り返って、アオを見た。
(誰かに信じてもらえるなんて、思ってすらいなかった。久しぶりに誰かを信じてみようと思うことができた)
空気が澄み、一気に彼の視界が明るく輝く。
その様子にアオも楽しそうに微笑んだ。
「はは……いいね、やっぱり面白い。碧でいいよ、千草。これからよろしくね」
(止まっていた世界が、今始まった)
「俺も界でいい。よろしく」
*****
「んで、善は急げとノックもなしに入ってきたっちゅうわけか」
「忘れてました、すみません」
「いや碧ちゃんだから別にええけど……」
千草を虐めていた3人を、国防軍へほぼ強制の任意同行をさせた後、アオと千草は鬼谷の執務室へ突撃した。
「あの、もしかして、鬼谷総隊長サン、っすか……?」
「ん? 俺のこと知っとるんか、話が早いな」
「知ってるというか、南本サンから聞いたことがあって……」
南本とアオが目を見開く。
アオの表情が消えた。
「碧ちゃん……」
「な、んで、君がその名前を??」
「碧も南本サンのこと、知ってるのか!??」
「知ってるも何も……!!」
被せるように叫ぶ。
「南本は、私の師匠だ……!! 鬼人の基地侵入事件の時に……、私が未熟だったせいで!!
─────殺された」
アオの呼吸が荒くなり、痛む頭を抑える。
自分を責めるように息を呑み、思い出すたびに胸が締め付けられる。
それ程に、3年前の事件は深くアオの心に刺さっていた。
「もうええ、碧ちゃん!! 無理せんでええ!! 千草くん、碧ちゃんは……南本くんが戦死した時、唯一その現場にいた生存者なんや」
「そん……な……」
「世間には公表していないが、侵入した鬼人は3体。しかも全てが特級やったんや……特級は特級魔法師以上やないと倒すことはできん。あの場にいた隊員、碧ちゃん、君も含めて太刀打ちできるはずがない。そう重く考えるんやないで」
鬼谷の言葉に千草が眉を動かす。
「隊員が死んだってのに、それを受け入れるのか……?? 国防軍がそんな考えなら、俺は」
「そうは言わん。俺だって南本くんとは長い付き合いやった…、やけど、最期まで戦って死んだのなら誇るべきやと俺は思う」
「「……」」
黙り込んだアオと千草。
「南本くんは、いつまでも過去に縋るのは好きやなかったしな。俺が辛気臭い顔してたら部下がやっていけないやろ?? ……そういう覚悟のあるやつに、俺ぁ国防軍に入ってもらいたい」
暗かった千草の表情に光が差す。
鬼谷は眩しくも、優しい笑顔で問いかける。
「君はどうや?? 千草くん」
「……俺は、覚悟とか、そんな大層なもんは持ってないす。でも、鬼谷総隊長のその考え方なら……、俺はついていきたいと、いま思いました」
改めてそう宣言した千草は、初めて鬼谷の瞳を見据えた。
「どうか俺を、国防軍に入れてください」
鬼谷は満足気に頷く。
「その意気やで!! さすが、碧ちゃんが見込んだ子やな。とはいっても……試験なしでスカウトのみとなると、相当な実力を示す必要がある。だから条件を設けたい」
「条件、ですか……??」
「せや。来学期、つまり3学期に行われる、魔高オリンピア。そこで受賞することや。
そうすることで、階級制度の代わりとして、国防軍でも優遇されやすくなるからな」
「その、魔高オリンピアって、なんです?」
「えっ、知らないのかよ!? 碧!?」
「界……その、嘘だろあり得ないみたいな目で見ないで?? 悲しくなる」
「いや誰でも知ってるだろうが!?
魔高オリンピアといえば、オリンピックに次ぐ世界の大イベント!! 魔高の生徒同士が学年も合同で戦って強さを競い合うんだよ」
「へぇ」
「がちで興味ないじゃん…」
「だって私が参加したら優勝は確実でしょう?」
純粋に本心からそう確信しているアオが2人に言った。千草は冗談だろうと苦笑いするが、彼女の実力を知る鬼谷の表情は引き攣っていた。
「結果が何にせよ、アオには潜入任務を続行してもらうつもりや。千草くんは……もし負けたら機密保護のために忘却魔法でもかけてもらわなあかんな……」
「何それ怖い」
「冗談や。とにかく、千草くんには仮で訓練生用の隊員カードを渡したる。千草くんも潜入任務に参加という形にしておくから、2人とも、これからもよろしく頼むで」
「はい!!」
「承知しました」
1人の頼もしい仲間を確保して、
再び魔高の潜入捜査は続く────。
*****
「おはよ、碧ちゃん!!」
「おはようございます、霧山さ……ってお前なんで霧山さんと!?」
「おはよ、あかりちゃん、遊太」
「お、はよう……」
騒がしい阿流間と広夜麻に挨拶を返す、アオと千草。
(周囲の視線が痛い……俺はただの一般生徒なのに……それに……)
千草が鬼谷と対面した、その翌日。
しれっと挨拶をして高級車から降りるアオの後ろから、千草が降りてきたのだ。
しかし彼の歩き方はどこかぎこちない。
「なになに、知り合いだったの、2人!? そうなら先に言ってよ〜」
「いや、えっ、それよりなぜに一緒に登校してんの……!?」
楽しそうな阿流間と、広夜麻が混乱し喚いている中、背後から植田がやってくる。
「おはよう。それは確かに気になるけど、教室に行こう。ここはちょっと、目立ってる」
周りを見渡すと、人だかりができていた。
皆、美少女の編入生とその執事を見にきたのだ。
ちなみに執事だと思われている部下、市川は毎日の送り迎えを任されている。
「アオさん、お気をつけて」
「うん、今日もありがとうね、おつかれ」
「で!! なんで一緒にいるの!?」
教室についた途端、半泣きで広夜麻が叫ぶ。
「色々あって、意気投合してね。
私の家に泊まってもらったんだ」
(こいつ、すらすらと嘘を吐きやがる…)
千草は昨日の出来事を思い返した。
☆☆☆☆☆
「ほら、頑張れ、力こもってないよ〜?」
千草の拳を手をポケットに入れたまま悠々と避け、彼を煽るアオ。
「うる、せーよ!!」
息を切らしながら叫ぶのは、千草。
彼は訓練場でアオと模擬戦をしていた。発端はアオが、いまの千草の力じゃ魔高オリンピアで賞は取れない、と鬼谷に進言したことだった。
それに反発した千草が、アオに模擬戦を挑んだのだ。
既に5時間はこの調子である。
「……体力、ありすぎだろ、てめえ」
「私も鍛えられたからねー……」
アオは遠い目をしながら市川や南本の修行の日々を振り返る。が、すぐに目線を千草に戻した。
「さぁて、そろそろ終わろうか」
「ぅぁっ!?」
千草は、アオに腹に膝蹴りを入れられ、しゃがみこんで呻く。
(容赦ねぇ……)
「はーい、君の負け。魔力操作が雑すぎ」
自信に満ちた表情で宣言したアオに、彼は片膝を立てて向き直った。
「……もう一回!! もう一回やらせろ!」
「いいよ!! 君が勝つまで、朝まででも続けてあげる!!」
「えっ、いいのか!?」
予想外の返答に千草が驚くと、企むような笑顔を浮かべた。その表情に、彼は息を呑んで顔を青ざめさせる。
「もちろん……前言撤回はなしだからね」
アオの言った通り、模擬戦は登校する直前まで続いたのだった。
☆☆☆☆☆
(そのせいでオールだわ、筋肉痛だわ、碌なことがねぇ……)
「だよね?? 界?」
「あ"?」
心の中で愚痴っていた千草は、反射的に睨みを効かせて瞬時に口を噤んだ。
「いや、その……」
今まで江山や黒滝の目を気にして、大人しく人目を避けるように高校生活を送っていた彼は、穏やかな口調で話すのが癖になっていた。
いきなり元に戻すと、不審がられてしまう。
「大丈夫だよ、界、普通に話して。もう君を縛ってたやつらはいないから」
察したアオがそう語りかけると、驚いた表情をする千草。
「え、なに?? なんのこと!?」
「なにその意味深な会話!?」
「まさか……、いつも早くに来ている江山さんと黒滝さんが来ていないのって……」
阿流間、広夜麻、植田が順に反応を示す。そんな彼らの平穏な日常風景が微笑ましいのか、千草は軽く笑って呟く。
「俺、碧のおかげで目ぇ覚めたんだ……。言いなりになってても、あいつらの機嫌を取ってもなんも変わらないってさ……」
「ちなみに、界って元不良らしいから、みんな気をつけてね」
「あっ、それは」
脈略なく素性をバラすアオに千草は目を剥くが、彼女はお構い無しだ。
「不良!?」
「碧お前、何考えて……」
不良なんて単語、一般人から考えて、悪印象でなくとも良くは思われないだろう。
嫌われる、その言葉が千草の脳裏に過ぎる。が、杞憂であった。
「かっけえ!! 今時不良って!!!」
「すっごいね、千草くん!!」
輝いた目で広夜麻、阿流間が騒ぎ立てる。予想外の反応に千草が戸惑った。
「え、いや、お前ら嫌じゃねぇのかよ、こんな……」
「そんなことないよ。実は、いままでずっと挙動も不自然だったし、何かあるなとは思ってたけどね」
植田が苦笑して千草に語った。
「不良って何するの?? やっぱ他の学校とケンカ、みたいな!?」
「いや、まぁやったことあるけど……」
「まじ!?」
「嫌われると思ったのかもしれないけどさ。俺たちそもそもお前のこと知らねーし……ま、これからよろしくな!! 千草!!」
快活に広夜麻が笑顔を見せる。
それは無意識だったのだろうが、いまだ緊張していた千草の心を開かせた。
ここにいてもいいのだ、と認識させた。
「君は、そのままでいいんだよ」
アオが静かにそう言うと同時に、
朝礼のチャイムが鳴る。
「朝礼、始めますよー」
いつもなら無機質で煩いチャイムの音。
ただ朝礼の開始を告げるだけの西乃の声。
それでも、千草の耳には軽快に残っていた。




