表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強少女の魔法奇譚  作者: 浪崎ユウ
第二章 東京都立魔法高等学園編
19/49

18話 千草界

 


 アオを見た瞬間、江山の顔に花が咲いたような笑みが浮かぶ。



「霧山さんじゃん、どうしたの〜??」


「知り合い?蜜世」



 アオの知らない女子生徒が、彼女に訊いた。



「哀羅、さっき話してた編入生だよ。

 そんでたぶんめっちゃくちゃ強いの」


「へぇ、蜜世がそこまで言うなんてね、」



 哀羅と呼ばれた生徒は物珍しそうにアオを見る。



「もう一回聞く」



 アオの声色が変わった。


 彼女から異常な威圧感が溢れ出し、辺りの空気を凍てつかせる。暗く濁った青い瞳が、鋭く3人をまっすぐ見据えた。



「何、してるの?」



 その一言で、彼らは体を強張らせた。

 さっきまでの軽い表情が一瞬で引き攣る。


 ただ1人、千草はアオを睨み返す。



「お前には関係ないっつったろ……帰れ」



「み、見ての通り、遊んでるんだよ!!

 霧山さんも一緒に遊ぶ??」



 江山が無理に笑みを作る。焦りが滲む声で言った。



「そうね、そうしましょう」


「はじめまして。私は吉川哀羅(よしかわあいら)!! よろしく」


「黒滝、江山、それと吉川。傷だらけの少年に水をかけることが遊びとは到底思えないけど?」



 黙り込んだ3人に追い打ちをかけるように、アオは静かに言い放つ。


「いじめって犯罪なんだよ?」


「大人しく千草を渡して。じゃないと…」


「い、嫌に決まってんでしょ!!

 何よヒーローぶって。アンタだって、飛行訓練で千草を蹴り落とそうとしたくせに!」



 アオは開き直った江山に冷笑を浮かべる、



「ああ、あれは……気に入らなかったんだ。

 明らかにいじめに遭ってるのに……千草、君なら学生程度蹴散らせるはずなのに、弱いふりしててさ」


「気に入らない? それならアンタがやってることも同じじゃん。私たちも千草が気に入らないのよ。偉そうな口聞くくせに負け犬だし」

「そうそう、だから──」


 黒滝が笑う。



「妹たちも守れなかったんだっけ?」



 その黒滝の一言で、千草の表情が凍りついた。

 彼は人をも殺す視線を突き刺す。


 閉じ込めていた記憶の扉をこじ開ける。



 一瞬で脳裏に蘇った、あの日の記憶。





 時は、千草が10歳の頃まで遡る。





 ☆☆☆☆☆




 静かな住宅街に、1つの目立たない家があった。そこには、2人の幼い少女と病気の母、

 そして、1人の少年が住んでいた。


 学校では成績トップで注目の的。

 交友関係は幅広く、誰とでも話せる優等生。




 それこそが、千草界だった。




 良い噂の裏にはいつでも、嫉妬が付き纏う。

 事が起きたのは、テスト返却の日の放課後。

 教室での出来事だった。



「すごいな。全テストで学年1位なんてさ」



 1人の貴族の少年が、胡散臭い笑顔で彼に声をかける。



「家庭教師もいない貧乏人が一位なんて、不正でもしたのかと思ったよ」


「はぁ?」


「まあ、可哀想だから見逃してやるけどね?」


「何言って……」


「母君が病気なんだっけ?そんな女のせいで苦労していると思うと同情するよ」



 千草の胸の奥で、モヤモヤとしたものが騒めく。



「そうだ、僕に仕えてくれるなら、家に住まわせてやろう!!そうすれば汚らしい家も出られるし、厄介な女を気にする必要も……」



「俺の母さんを、侮辱するな!!!」



 気がつくと、千草の拳は少年の眼前に迫っていた。


 少年は、にやりと笑う。


 彼は()()教室の壁まで吹っ飛んでいった。

 壁に衝突した振動が床に響く。



 腕を突き出した状態で固まった。

 拳に、衝撃はない。



(まだ、何もしていないのに)



 周囲で様子を見ていた生徒が息を呑む。



「な、何事だ!?」



 教室に入ってきた教師は、顔を青ざめさせ、

 千草に叫んだ。



「貴族様の子を殴るなんて、許されざる行為だぞ、千草!!!!」


「ち、違います、今のは、、!」


「言い訳など聞きたくない!!お前はもっと賢い生徒だと思っていたのに……」



 その一言は、千草の心を深くえぐった。

 結局、千草は白警、いわゆる警察に突き出された。



「貴族様のご子息に手をあげるとは、万死に値するぞ!千草界!!」


「違う!! あいつが勝手に!!! 俺は殴ってなんか……!」


「黙れ!! 貴様のような下賤の者の言い訳など、聞くに値せん!!」



 “暴力沙汰“として処理された。



 白警の男の鞄には、札束がぎっしり詰め込まれていた。彼が貴族に頭を下げる姿が、千草の目に焼き付いた。



 翌朝。



 千草はコンビニの前で、バイト先の上司に叱責されていた。


「何度言ったらわかるんだよ、にぃちゃん。

 クビだよ、クビ。俺も話を聞いた時は驚いたって。暴力を振るうような子だとは思わなかったし」


「誤解っす! あいつは勝手に吹っ飛んだんだ。

 俺は殴ってなんか……」


「にぃちゃん。もしそれが事実を言ってるんだとしても、俺は貴族や白警の言うことを信じるしかねぇんだ。お前のことは、」


(そうか、俺はもう…)



「信用できないんだよ」



(誰からも信用されないんだ)




 千草は、その日を境に七つのバイトを全て失い、家では近所の子どもたちに石を投げられ、学校では貴族たちに陰で嘲笑された。



(次のバイトを探さないと…いや…もう俺のことなんて…)




 何日も飲まず食わずでふらふらと町を歩いていた時、国防軍の隊員たちが楽しそうに買い物をしているのが見えた。


 その1人は、白警署の刑事の後ろに見かけた体格の良い男だった。



(クズの仲間のくせに……金だけは大量に持ってやがる…)


 千草の視線は彼の財布に向いた。


(こっちはお前らのせいで金がないんだ…。

 仕方、ねぇ、よな…)



 千草は静かに尾行を開始する。

 男はポケットに財布をしまい、仲間と別れて歩き始める。


 千草は、男の横を走り、通り過ぎる瞬間に呟いた。



「……《転移(ポート)》」



 路地裏まで走り去る。

 緊張が解けると同時に満面の笑みが溢れる。



「やっ、た……!!」


「……奪ってやった!!!」



 彼の手には、先程まで男のポケットにあったはずの、財布が握られていた。



「ははは!! やっぱり溜め込んでる!! 5万、いやそれ以上!! うわ、ブラックカードって!

 これだけありゃあしばらくの家賃も支払えるな!! 家族のみんなも養えるし──」



「何をしている?」


「ひっ……!?」



 背後からの低い声に、千草は跳ねるように後退した。



「む……すまない。

 そう驚かせる気はなかったんだが」


「お前、さっきの!!」


「財布を返してくれないか?」


「そう言われて返すわけないだろ!?」


「そうか」



 あまりにも淡白な返答に、千草は思わず呆れる。



「天然かよ…?」


「俺は南本誠治郎。天然ではない。

 お前の名は? なぜ財布を盗んだんだ?」


(なんなんだこの男は…相手に財布を盗まれてるってのになんでこんな堂々としてんだよ…

 無理やり取り返そうとする気配もないし…)



「…俺は千草界。信じちゃくれないだろうが、俺は冤罪で白警に捕まった人間だよ」


「千草……あぁ、よく覚えている」



(どうせ…お前も)



「この間は庇ってやれなくてすまなかった。

 俺は、お前を信じている」



 その言葉で、千草の瞳に光が宿った。



「…はぁっ?……そんな言葉……、

 いまさら信じられるわけないだろ!!!」


「白警に潜入捜査をしていてな。あの刑事が悪徳貴族の連んでいるという情報を掴んでいたから、洗い出しを行っていたんだ。本当にすまなかった。盗みを働いたのも事件が原因なのだろう?」



(信じる…?何年も続けたバイトのおっさんも、教師も、誰も信じてくれなかったのに…)



「服の破れ具合と汚れ方から見るに、家に帰れていない、いや帰れないんだろ?俺は孤児や居場所の無い子供達を保護しているんだ。

 代わりといってはなんだが……、俺たちの"家"に来ないか?」


「“家”だと? いやでも家族が……」


「そこはできる限りの支援をしよう。

 俺に、ついてきてくれないか?」



 強引。

 でも彼は真っ直ぐで嘘のない目をしていた。


(この人は、クズじゃない。俺の言葉を信じてくれる)


 溢れそうになる涙を堪え、同じように真っ直ぐ南本を見た。



「わかった……いえ、家族をお願いします。

 ……南本サン」



 彼は、胸の奥でそっと思った。



(もう一度だけ、信じてみてもいい)



 悲劇は重なり、繰り返されるとも知らずに。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ