表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強少女の魔法奇譚  作者: 浪崎ユウ
第一章 国防軍入隊編
16/49

15話 南本誠治郎という男

 

 他人事のように目の前の光景を眺めながら、南本は過去の記憶に身を馳せる。




 ☆☆☆☆☆




 15年前。


 まだ国防軍ができる前。自衛隊として魔物と戦う日々を送っていた鬼谷と南本は、時間が空いた日にはよく2人で将来について話し合っていた。


「南本くん、俺ぁな。

 みんなが幸せで暮らせる世界を作りたいんや」


 突然切り出すその話も、もう慣れた。


「そればかりだな……。そんなもの、理想論に決まっているだろう」


 呆れて興味すらなさげな南本。鬼谷は、悔しそうに口を噤んだ。その様子を見て、察した南本は険しい表情をする。



「それ本気で言っているのか?」



「本気に決まってるやろ。もちろん簡単なことやないとは思っとる……」



「せやから、じゃじゃーん!!」



 鬼谷の背後から出てきたのは警戒している様子の少年。明るい茶髪が、その暗い瞳にかかる。服はぼろぼろに破れ、傷だらけだ。



「どこから出した……。

 その子が、どうかしたのか?」


「親を魔物に殺されたそうでな……。襲われているところを助けたんや。子供っちゅうのは 未来を創る。俺たちは子供を守らなあかんのや」


「まあ、そうとも言えるな」


「それで急なんやけど、預かってくれへん?」


「……何を言っているんだ?

 お前は…いつも脈略がないな……」


 急な展開にため息をつく。



 長い説得の上、いつも通り南本が折れた。


「……名前は?」


 その少年は坂秀成(さかひでなり)と名乗り、南本が自衛隊と知ると戦い方を教えてほしい、と懇願した。



 気は、進まなかった。


 しかしいつか南本が世話をしなくてもやっていけるように。そう願って、戦い方を教えた。




 その5年後。




 坂は既に世界防衛共同戦線の創立メンバーとして幹部になり、活躍していた。



 一方、南本は孤児の世話を頼まれるようになった。



 実のところ、南本は坂を国防軍に入れてしまったことを深く後悔していた。危険な目に合わせないために保護しているのに、前線に立たせてしまうのは、意味がないからだ。



 国防軍の隊員であることを隠すようになった。




 街の不良たちの纏め役と偽り、「家」と呼ばれる施設を作り、孤児や居場所がない子供を保護し続けてきた。




 大切な仲間と、家族を守るために。






 ☆☆☆☆☆





(せめて、本当の事を話したかった…。

 もし俺が死んだら、あの子達はどうなるのだろう。秀成が引き継いでくれるだろうか。

 いや、さすがに忙しいだろうな。


 ならばもう1人の愛弟子に…)




 南本は視線をアオに向けた。

 その顔は歪み、切羽詰まっている。



(普段は無表情のくせに……何だ、その顔は)



(叫ばないでくれ。俺はもう死ぬ……だから…)




 アオは彼の表情に目を見開く。




 南本は、優しげで、満足したような顔をしていた。








「碧、後は頼んだ」







 何かが砕けたような音が響き、

 その後、静寂が訪れた。



 アオの心にモヤモヤとした何がが渦巻く。

 記憶喪失になってから感じたことのない感情。




──南本は弱かったわけじゃない。でも相手が異常だった。だから負けた。



 ぐるぐると渦を巻く。

 頭に混濁が訪れる。



──仕方ない。いつも思っていること。仕方ないこと。鬼人は強くて、南本は弱かった。



──いや弱くはなかった、私が……認めた…。




 視界がチカチカする。

 意識が闇に沈んでいくのを感じた。



「ちょっと何してるの、修羅!?」

「何のこと……って、はあ……!?」


 女性の鬼人に叫ばれ、男の鬼人──、修羅が声をあげる。アオを拘束していたはずの魔法が壊れていた。急激に彼女の魔力が増幅していく。




「なになになに、あの魔力量………!?」




 少年の鬼人、焔が目を輝かせた。





 沈黙の後、アオは腕を垂らしゆらりと傾く。



 彼女の魔力は訓練場を包み、魔人に届く。

 修羅は自分の手が震えていることに気がついた。






 起こしてはならない何かを起こしてしまった。

 全員がそれを悟った。





「その気なら……本気でいくよ!!!!」

「よせ、燈蘭!!!」



 女性の魔人──、燈蘭がアオに走る。



(いける!! 魔力はハッタリね!!)



 その油断は命取りだった。

 アオの回転蹴りが鬼人・燈蘭の首に直撃する。



 衝撃が走り、燈蘭の視界が揺れる。

 天地が反転した。




 鮮血がアオの白い髪に飛び散った。






「あははっ……」


「あと……二体……」






 前髪の隙間から彼女の青い目が見える。

 獲物を狩る獣のように爛々と、しかし冷たく輝いていた。



「燈蘭が……やられた?……一瞬で?」



 修羅が一歩後ずさる。

 焔は声も出せずに硬直した笑みを浮かべた。





「焔、修羅……、おいで?」





 アオは口角を上げてそう呟いた。




 *****



 雨が滝のように降り注ぐ中、1人立つ男。

 坂の周囲で魔獣や魔人の死体が地に転がる。



「鬼人は魔物を大量発生させて目的を曖昧にしている……内通者がいる可能性があるなら、軍の情報じゃない……だとすれば以前の襲撃で狙われた………」


「………狙いは、アオか! ……《(シャドウ)


 魔法で基地に入ると新たな魔族が立ち塞がる。



 魔族が5体。

 魔族はその細身の体を見て、明らかに下に見た。



「ハッ、人間だ!! 大人しく殺されろ!!!」


「僕、急いでるからさ。通してもらいたい」



 2本のナイフを構えた坂は、ナイフを遠くの魔族へ投げ、命中させる。


「人間は愚かだな!!

 自分から武器を手放すとは……!!」

「個人魔法、影《肆天解(してんかい)》」



 蛍光灯の影からナイフが飛び出し、魔族の脳天に突き刺さる。



「な、んで……」

「僕、急いでるから」



 坂は魔物を斬りつけながら風のように走る。

 分かれ道で横の通路から気配を感じナイフを向けようとすると、



「うぉっ、危な!!」



 背の高い女性と鉢合わせた。伊津だ。



「秀成!! 帰ってきていたのか!! どうせある程度の情報は把握しているだろうけど、いま、魔物が大量発生しているんだ。敵の目的もまだわからなくて」


「敵の目的は碧だ。理由はわからないけどね。

 碧は訓練場にいるはずだから、いま向かっているんだ」



「碧、だって!? わ、わかった、私も行こう」





 *****





 凝縮された魔力の塊を投げ続けるアオ。

 周囲の床を抉り、地震のように揺らす。


「は、はは……修羅、まだ魔力ある??」


「あるわけないだろ…!!?

 でもアレ一回分なら……」


「いいよいいよ、使っちゃえ!!!

 全滅するよりはマシ!!!」


 修羅はアオの魔力弾の猛攻を防ぎ、相殺しながら逃げていた、その足を止める。


 掌で印を結んだ。


 彼の足元には陣が浮かび上がる。


「地獄に現れし暗闇よ、今こそ我に従い、我に集いたまえ、《鬼術淀入(きじゅつとんにゅう)》!!」




 禁忌魔術。


 自身の体と寿命を引き換えに、

 半径500m以内にいる自分より弱い魔物の

 魔力と肉体を吸収する。




 修羅の体は変形し、魔力はよりどす黒く、肉体はあらゆる箇所から血が噴き出す。

 筋肉が異様に膨れ上がり、皮膚が裂け、そこから新たな黒い腕が生えるように伸びる。

 彼の咆哮は耳をつんざき、空気を震わせ、

 修羅の近くには不気味なナニカが蠢いていた。



 焔は嬉しそうに顔を輝かせる。



 反対に、アオは口を覆いしゃがみ込んだ。



 魔力の読み取りに長けたアオは情報の多さに意識が混濁し、遠い昔の記憶が引き摺り出されるような感覚に陥ったのだ。



 突然、頬を伝う涙を拭うこともせず、彼女の瞳孔は大きく開かれていった。



「っ、、Μυρίζει, είναι χυδαίο, πεθαίνω, είναι αηδιαστικό, τρελαίνομαι, γιατί είμαι εδώ; , που είναι όλοι; Πρέπει να πάω σπίτι σύντομα──」



「ひっ……!?何が!?」


 アオの声は震え、かすれた音で異国の言葉を吐き出す。まるで、彼女の中に別の存在がいるかのように。ブツブツと呟き始めたアオに恐怖する焔。呟きが止まり、暴走していた魔力が霧散した。




 アオが我に返った。




「私は、何を……そうだ、南本は……」




「《刻円(こくえん)燐火(りんか)》!!!!!」

「死ね!!! 《雷剣(ライトソード)》!!!!」



 それを見逃す焔と修羅ではない。

 アオは為す術もなく呆然とする。




 死。




 そう直感するのと、アオの前に誰かが滑り込んだのが同時だった。



「《シールド》!!!!」



 シールドは破られ、アオを抱えて回避しようとしたその人物に直撃する。

 彼はシールドを構築した左手を吹き飛ばされ、

 足は炎に焼かれ、負傷している。


「……よかった、間に合って。

 ここからは僕たちに任せて」




「坂……?」




 声をかけたのは、坂。伊津も同意するかのように鬼人2体に大きな槍を向けている。



「いまさら人間が増えたところで手遅れ!!

 みてみなよ周りを!!! 君たちが邪魔するせいでこんなに多くの人間が死んだ!!!

 君たちも大人しく逝きなよ!!!」


 負傷した男と、女性。

 そして暴走して疲弊したアオ。相手は人間。


 余裕の出てきた焔が笑うが、

 それを一笑に伏す坂。



「気がつかなかったのかな。彼は禁忌魔術で強くなった気でいるかもしれないけどね。

 外の魔物はほとんど僕たちが倒したよ。

 あの数が禁忌魔術で吸収されてたら歯が立たなかったけど、君たち程度なら問題ないな」



 坂が冷たい笑顔で言い放つ。


 坂と伊津が同時に魔法を発動した。



「個人魔法、影《光なき世界》」

「個人魔法、武器《散弾雨(さんだんう)》」



 訓練場内が影に包まれ、暗転する。

 その中で伊津が銃弾の雨を降らせると、

 水に落ちるように地面の影に吸い込まれる。



「逃げ場が、ない……!?」



 命中するまでの無限ループ。



 伊津は坂の影魔法で修羅の目の前に転移し、

 そのまま槍を心臓付近に突き刺した。



「うあ"あ"あ"あ"あ"っ!!!!!」



 絶叫し、やがて魔術が剥がれ落ち、

 元の姿が露わになる。その場に崩れ落ちた。



「しゅ、修羅まで……」


 焔は、絶望した表情で床に腰をつく。

 魔法を解除し、焔の首元に槍を突きつける伊津に、焔は慌てた。



「ちょっと待って!! だから待って!?なんなんだよ!!! 何が起こってる!? とても、人間とは思えない!!!! ま、まさか……ありえない。

 君は出張だ、って……!」


「僕は坂秀成。

 それ、詳しく聞かせてもらおうか?」


「……もも、もちろんだよ!!

 言ったら、殺さないでくれるよね!?」


 その言葉に先に反応したのは、アオだ。


「これだけ殺しておいて、甘えてるの?」


「……は」


「南本を殺したくせに、許されると思っているのかって聞いてるんだよ、下衆が!!!」


「えっ」


「南本さんが、殺された……?

 碧、それって……」


 信じられない坂がアオに詰め寄るが、

 アオは静かに南本の死体がある方向を向く。


「南、本、さん……」


 南本に近づき床に膝をついて、静かに涙を流す。

 その様子を横目で見た伊津は焔に向き直った。


「とにかく、アンタは生け捕りにしよう。せいぜい漆原に殺されないことを祈っておくんだな」





 *****





 翌日、街の人々が新年を祝う中、

 基地の中で犠牲となった隊員を弔った。

 国防軍の隊員は半数以下となり、

 戦力が大幅に減少した。



 中でも痛手だったのが南本の死亡、

 そして──、坂の引退である。



 坂は、その機動力と二刀流でナイフを使う戦闘スタイル、万能な個人魔法で、特級魔法師にまで登り詰めた。


 しかし足を焼かれ、歩くのでさえ精一杯なほどの運動能力が低下し、片腕も失った。

 戦闘などもってのほかである。


 そんな状態にしてしまった罪悪感だろう。


 アオはずっと部屋に引き篭もったまま、

 一日中出てくることはなかった。




「アオさん」




 次の日の朝、市川がドア越しに呼びかけると、ドアは開いた。


「あ、市川!! 昨日はごめんね!! 何か用??」



 突然のテンションの高さに、市川は戸惑う。



(……何だこれは)



 まるで別人のような明るさ。昨日まで閉じこもっていた人間とは思えないほど、弾んだ声だった。


「本日の幹部会で、坂隊員の後任が決定しました」


 意を決するように彼女を向いた。


「第零部隊隊長は……あなたです、アオさん」


「ええっ?」


「鬼人、燈蘭を討伐したのが評価されたそうです。マフィアに所属している俺はもちろん、第零部隊は元々訳アリの人材のかき集め。本来なら南本隊員が後任と言われていたのですが……。こんな状況なので、他の隊長たちが反論するまもなく決定してしまい……」


「それで私!? 雑だねー、上も」

「よ、よろしいのですか……??」


「決まったんでしょ?……大丈夫さ。

 私強いし、なんとかなるから」


 その笑顔はあまりに不自然だった。

 普段のアオは、こんな笑い方はしない。


 気づけば、市川の手がぎゅっと握り締められていた。


「……今日から、隊長補佐としてあなたにお仕えします。隊長」


「じゃあこれからもよろしくね」


 アオはそう言って部屋のドアを閉める。

 廊下に1人取り残された市川は険しい表情をしていた。


 こうして、アオは坂の跡を継ぐ道を選んだ。





 ──それから3年の月日が流れた。






第一章が完結しました!!

次回からはすぐ第二章に入ります。



中間試験前なので投稿頻度が減る可能性があります。

ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ