11話 晴れて入隊
試験を受け終わった者たちが全員集合する。
合否の発表を待っているのだ。
アオたちのいたA室だけでなく、他の試験室BからE室の突破者も一堂に介している。
集まっているのは、ざっと90人ほど。
A室の後半組の実技突破者は12人なので、
前半も合わせ、全ての部屋で同じぐらいの人数が始めの試験を突破したのだろう。
「合否判定が完了しました。
自身の受験番号が映し出された場合が合格となります。合格された方には、隊員カードをお渡ししますので、その場でしばらくお待ちください。
では、前方のスクリーンをご覧ください」
自然と全員の視線が前へと向く。
そこに書かれているのは、9名の番号。
それと、所属予定部隊である。
「0844…、おおっ、あった!!
第四部隊って……後衛の作戦立案の隊だね」
お疲れ様でした、おめでとうございます、と隊員からカードを受け取った那原。
アオはまだ自分の番号を見つけられずにいた。目が、スクリーンの数字を滑る。
「碧はどうだったー?」
「……ない」
「えっ?」
那原の笑顔が崩れる。
「何が、ないって?」
「私の、受験番号、1001…」
「不合格なわけがない。僕も探すの手伝うからさ。もう一回見てみようよ」
何度見返しても、その番号は見当たらない。
「もしかすると、これは……」
那原が思い当たったように呟く。
そんな時、試験会場の出入口の方が騒めき始める。アオと那原が何事かと見てみると、誰かが入ってきたようだった。
そこには2人の人物が立っていた。
一人は長身の男。まるでこの場が自分のものだと言わんばかりの余裕をまとい、ゆっくりと歩を進める。もう一人は、隣で無言を貫きながらも、鋭い目つきで辺りを見渡している。
「市川……!! と……、坂」
ざわめきが大きくなる。
「あの坂秀成!? 碧、知り合い!?」
那原の驚いた声が、沈黙を破った。
疑問が確信へと変わり、試験の合否など頭から消えたかのように、会場内は坂への黄色い歓声や、興奮で包まれる。
それに笑顔で応える坂に何となく苛立ちを覚えたアオは人を掻き分け、坂の前まで歩み出た。その後ろを着いてきた那原の表情に、緊張が滲む。
「市川、坂は来れないんじゃなかったの?
なんで、来たの?」
「私、落ちたんだけど」
睨みながらそう言い放つアオ。
「申し訳ありません、碧さん。こうなるから連れてきたくなかったのですが……」
「君を無理やり参加者に捻じ込んだ試験に、僕が来ないのはどうかと思ってね。どうしてもと言ったら市川が快く車に乗せてくれたんだ」
だよね? と坂が市川に問いかける。
「……あれは、脅されているのだと受け取りましたが」
「それは心外だなぁ。
とにかく、君は落ちてないよ、安心して」
「えっ……?」
アオは思わず眉をひそめた。
「ここでは言いにくいんだ。この話は奥の部屋で説明しよう……。そういや、後ろの君は?」
「えっ!?あぁ、僕は」
突然話の矛先を向けられて、慌てて焦りを隠す那原の言葉をアオが継ぐ。
「この人は那原田貫。実技の一次試験で班に分かれたの時に、協力してくれた人だよ。
あと結構頭が切れる」
「アオが褒めるなんて、相当だね……」
「それ、このお二人の前で言わないで?」
「あぁ、あと、準一級魔法師らしいよ」
それを伝えた瞬間、周囲と、坂、市川が那原を見る目が明らかに変わった。
「準一級だって……?」「ウソだろ……?」「逆になんで今まで国防軍に入ってなかったんだ」と視線が坂から那原へと集まる。
「それはすごい。本当かい?」
「え、ええ。そうです、本当です。
現在は国家資料室に勤務しています」
「市川」
坂が呼びかけると、
「はい。試験結果によれば、実技試験では特に目立つわけではありませんが、筆記試験では、魔法理論学、魔法科学史、理工学で満点。戦術学においては記述問題で加点され、120点を叩き出し、計510点で見事合格しています」
「なるほどね。筆記で満点以上、しかも準一級魔法師か……。それなら、君も来るといい。碧と同じ内容で話したいことがあるんだ」
*****
アオは気に入ったのかソファに座り、市川の入れた紅茶を優雅に飲む。その姿は様になっており、美しさをも感じさせる。
「で、本題なんだけど」
「いきなりだね」
アオが紅茶を飲み始めると、突然坂が話を切り出し、それにアオが呟く。
「……本題なんだけど、碧の番号が映し出されなかった理由、那原くん、なんだと思う?」
「本当にあるのかは、よく存じ上げませんが、国防軍の中にも特殊部隊のような部隊があると聞いたことがあります。恐らくは碧、さんはその部隊のスカウトを受けるため、国家機密情報保護のためにスクリーンには映し出されなかったのだ、と僕は思います」
「通常、部隊と番号が表示されるのに1人だけ部隊が書かれていないのは不自然ですしね。
まぁ、全て僕の憶測ですが」
ようやく自分のペースを取り戻してきた那原が考えを述べた。
「ははっ、大正解、さすがだね。
改めまして。僕は第零部隊隊長、坂秀成」
「隊長補佐の、市川燐矢です」
「僕たちは、2人を第零部隊にスカウトしにきたんだ。ただ、危険度は他の部隊との比にもならない。だから断ってもいいさ。
那原くんはそのまま第四部隊に入隊できるし、碧は……あっ」
「いま気づいたみたいな顔やめて?
私、拒否権ないよね?」
「とにかく、良い返事を待っているよ。
これ僕の名刺。決めたらここに連絡して」
坂は、アオ、那原に名刺を渡す。
アオは呆れた目をしていた。
「私はそんな猶予ないでしょ。入るよ、第零部隊。特殊部隊とか、なんか楽しそう」
「……僕も入りますよ。でも前線に出されるのは勘弁してくださいね。僕は頭脳派なんで」
(より自分の価値が上がる方へ、より自分に利益が生まれる方へ。それに、碧がいれば、万が一死ぬ事もないだろうし)
那原の信条は、入隊を肯定した。
彼女に続いて那原がそう宣言する。
いま正式に、碧と那原の入隊が決まった。
*****
「なぜ入隊を許可する?副隊長殿」
時間は遡り、諸橋と東江が話し合い、諸橋が碧を合格と判断した頃だ。
「せやから、何度も言うてるやないですか。
あの子はああ見えて意外と仲間想いだし、良い子で、自分の芯はしっかり持っとるような気がするんです。それがどんなバケモンだとしても……。さっきのは客観的で保守的なお前らの意見を言うてやろと思っただけや…」
「おぉっと、すんません。軍長殿を貶したわけやないですよ?私個人の意見として、一隊員、一試験官の意見としちゃあ、霧山碧は入隊させるべきだと思います」
「……だが部隊の戦力のバランスが」
「どうでもええやないですか、そんなもん。
我々は国防軍っちゅう1つの組織なんやし。
内輪揉めなんか犬も食わへんですわ」
「貴様……。まあ良い。
どこに入れるつもりだ?」
その質問に、諸橋は楽しそうに笑った。
「あんなのを抑えられるのなんか、
第零部隊ぐらいに決まっとるでしょうに」
*****
「広い!!綺麗!!頑丈!!
……防御結界でも張ってあるの?」
「コラ、壁を叩くんやないで」
わざとらしく、新しい部屋にはしゃいでいるアオに注意するのは、鬼谷である。
「にしても久しぶりだね、鬼谷。元気?」
「ここまで俺が案内したのに今更なん!?
いやね、めっちゃくちゃ忙しかってん。
話聞いて?」
「や、また今度で」
「連れないなぁ……あと鬼谷、総隊長、な?」
「部屋まで送ってくれてありがと、鬼谷、坂」
「無視!?」
「仕方ないです、鬼谷さん。
僕も時々無視されるので……」
「坂くんまで!?あぁ、そりゃ俺がでしゃばれないはずやん……ところで、碧ちゃん」
「ん?」
大きくなったベッドに寝転がっていたアオが面倒くさそうに反応する。
「明日、新入隊員歓迎パーティーがあるんやけど、来ぇへんか?」
「なんで?」
「そりゃ、クリスマス、だからさ」
「くりす……?」
記憶喪失のアオは、魔導書を読み込んだおかげで魔法の知識はほぼ頭に入っている。
しかし、日本の行事についての知識はいまだ無に等しいのだった。
「クリスマスっていうのは簡単に言えば世界中を巻き込んだお祭りみたいなもんや!!」
「そ、そんなに壮大な話……!?」
「鬼谷さんは誇張しすぎだけどね。神の子が生まれた日をお祝いした日を、お祝いするんだ」
坂が鬼谷を補足する。
「お祝いした日をさらに祝うの?
それじゃ毎年増えていくんじゃない?」
それからアオはクリスマスについて知りたがった。
鬼谷は仕事があると言って部屋から出たので、坂は質問攻めを受けることとになった。
「神って何?」
「世界を作った全知全能の──」
「サンタクロースって?」
「プレゼントを子供達に配る──」
「プレゼント?? 何それ」
小一時間続いた。さすがに疲弊した坂が額に手を当てながら制する。
「さ、さて、今日は疲れたでしょ。
部屋でゆっくり休んでくれ……頼むから」
「はぁ?」
心底不満そうな表情を顔に出し、続けた。
「まだ聞きたいことがあるんだけど」
坂の地獄は終わりそうになかった。
12話も本日投稿予定です。