10話 最悪の架空
※残酷な描写あり
そこまで激しくない、はずです
「一次試験突破者、20組76名の皆様、
まずはおめでとうございます」
「皆様には実技、二次試験を受ける権利が与えられます。二次試験では先程の班を解散し、個々の実力を測ります。実戦での状況を模した架空空間の部屋に入って頂き、試験を行います。
架空空間といっても室内で怪我を負った場合実際にご自身の体に影響します。それだけはご注意ください。もし現時点で試験を降りられる方は、右手にある退出口からご退出ください」
「優しいんだね。心が折れた者への救済措置ってとこか」
「き、霧山さん!! それをここで言うのは……」
一次試験を突破した者は、誰もが喜び、安堵するものばかりではない。
他人に攻撃され、初めて恐怖を感じた者。
体の一部を失った者。
実戦での残酷さを知り戦意を喪失した者。
そして、班員が失格となり1人残された者。
それぞれの表情で退出口へと歩いていく。
人が入り乱れるその時、音がよく響いた。
「……お前か……!!!」
アオが殺気を感じて瞬時に回避する。
彼女がいた場所に、短剣が刺さった。
「よくも、よくも、よくも!!!!」
「キリカたちを失格にしたな、バケモノめ!!!!
俺は…、あの惨状の現場にいたんだ!!」
殺さんとする形相でアオを睨め付ける男。
「キリカ…?? あぁ、転移して1番最初に私を狙ってきた女の人か。知り合いなの?」
淡々とした口調でアオが訊くと、眉間の皺を深くして彼は叫ぶ。
「キリカは……俺の姉で、同じ班だった!! 1番下の弟の病気を治すために、絶対に合格するって、何年も何年も挑戦し続けた!! 今回こそは受かるはずだった!! やっと二級魔法師に昇格できたんだから!! 俺たちの弟はあと一年も持たないから……」
「へぇ、そうなんだ……可哀想に」
アオは少し目を伏せた。しかしその口調は普段通りのもので、相手の感情を逆撫でするには十分だった。
「……ッ!! 俺はお前が許せねえ!!!!
キリカを落とした事も、他の参加者を次々に失格にしたことも!! 試験とはいえ、やり過ぎなんじゃないのか!? なんであんなに楽しそうに、人を傷つけられる!? お前…まるで……魔物じゃないか!!」
“魔物”。その言葉にぴくりと反応した。近くで見ていた兼得が止めに入ろうとするがアオに遮られる。
「長い、うるさい。20文字以内にまとめて出直してきなよ。感動的な話が弱さを正当化する理由にはなるわけじゃない。才能がないなら、国防軍に頼らずにもっと現実的な方法を探すべきだったんじゃないかな?」
男性は震える手で新たな短剣を取り出し、叫ぶ。
「お前には心がないのか!?」
アオは小さく息をつき、面倒そうに呟いた。
「心なんてものは、私の試験に関係ないでしょ」
「お前ぇえええええええ!!!!!」
再びアオに向かおうとした男は、試験の審査員や警備員に取り押さえられる。喚きながら抵抗するが、退出口へと連行された。
「あーあ……騒がしいのは嫌なんだよね……」
「いやダンジョンでは僕たちと騒いでなかった?
凪も庇ってあげてたし…」
佐々木が呆れ顔で言った。
矛盾を指摘されて不満そうなアオはひとつ息をつく。
「まぁ、この話はいいや……。二次試験頑張ろうね。4人共、健闘を祈ってるよ」
「は、はい!! お互い頑張りましょう!!
……霧山さんは心配要らなそうですけど」
「ああ。またあ、あ……」
「会おう、だろ?すまないな。
俺ら全員、必ず突破しよう」
「うん、そうだねー。もし僕が受からなかった
時はよろしくね? 僕、頭脳派だからぁ」
アオ、兼得、天陵、佐々木、那原の順に互いを鼓舞し合い、別れていく。
アオにとって、本当の試験はこれからだということも知らずに──。
*****
ほとんど何の情報も聞かされないまま、アオは架空空間の部屋へと入る。
部屋のドアは背景と同化し、見えなくなった。
ぼんやりと霞んだ視界が明瞭になると、
その状況は最悪に等しいものだった。
目の前には数体の魔族。
そして、捕えられた兼得と、その他のモブ。
「兼得…!? な、んで、君がここにいる……?
新魔王軍のリーダー……フォラウス…!!」
最もアオを動揺させたのは、フードを被った魔族たちの1番手前に、滑らかな銀髪と赤黒い瞳を持った悪魔──、フォラウスがいたことだった。
──もし基地の時のように襲撃がされているならば試験とやらを気にしている場合ではない。坂と市川との約束を破ってでもこいつを殺して…。
アオが、スッと目を細めると、
反対にフォラウスは笑みを深めた。
「お久しぶりでございます。その殺気は実にお見事ですねぇ。しかし……動けばこの人間たちの命はございませんよ?私が人質を解放するまで私の言う通りにするのが賢明なご判断と思われます」
「もっとも、人を想うような心があなた様にあれば、ですけれど」
「き、霧山さん!!! ぼ、僕は平気です!!
は、はやく、にに、逃げてくださッ!!?」
「口を出すな、下等な人間ごときが!!」
兼得を抑え込んでいた黒フードの魔族が、彼の片腕をあらぬ方向に曲げる。
「っ……あああ"!!!」
非道な行動に、人質たちが目を逸らす。
アオはギリ、と歯を噛み締める。
激しい怒りを押し殺すように、強く拳を握りしめた。攻撃を仕掛けない代わりに、彼女の瞳は、徐々に深く澱んでいく。
「……何が目的?」
「もちろん、あなた様を甚振り、殺す事でございます。この前もそう言ったではありませんか」
アオはその発言に目を見開き衝撃を受ける。
「……!? へぇ? 私を殺せると?」
「ええ、そうです。こちらには大量の人質がいますし、あなた様になす術はありませんよ」
勝ち誇ったように語るフォラウス。
「それはどうかな……?」
アオは口角を上げて余裕を見せるが、実は何の策も浮かんでいない。ただのハッタリである。
──不味いな。特訓前とはいえ武器を持っていたあの時でも殺しきれなかった…。
「存分に痛めつけなさい」
フォラウスが命令すると、一斉に魔族たちが襲いかかる。迂闊に手を出せないアオは、攻撃を躱し続けるが、相手の人数が多いため、あまりに分が悪い。
「い"っ…」
天陵の回復魔法では治しきれなかった肩の傷に魔族の拳が掠め、巻かれた包帯に血が滲んだ。
その隙にと魔法を撃つ魔族。
「やばっ」
彼女の背中に、とてつもなく重たい魔力がぶつかり、前方によろめく。魔族たちは黒い霧のような魔力を纏っている。
──こいつら…ほんとに私を…。
脳裏に、扉の中へと去っていった魔族たちの姿が浮かぶ。今思えば、あの扉は魔界特有の転移魔法だったのか、と気がつく。
それがわかったところで、この状況を脱することはできない。
考えていると、とある矛盾に辿り着いた。
──この前は、私を殺す、など一言も言っていなかった。興味があれば自分を呼べとまで豪語していたのだから。だとすれば…。
倒れかけたのを片足を前に出し踏み止まる。
「……フォラウス。君は、本物か?」
「本物、とは何のことでしょう。
私はただ1人のみです」
「……答える気はないわけだ。遠慮はしないよ?」
「何を……!?」
「風魔法《斬空剣》」
一刀両断。
フードの魔族、フォラウス、そして人質までも、首から上を斬り落とした。
「やっぱり」
斬り落とされたはずの魔族や兼得の体が、煙となって霧散した。血は一滴も流れない。
つまり、これは。
「っ…!? この人間は、あなた様にとって大切な者ではなかったのですか──」
フォラウスは言い終わる前に霧に消えた。
アオは、呆れた表情で振り返る。
「はあ?」
「……ただの幻影に情を移すバカが、どこにいるっての」
[実技、二次試験、終了。
試験番号1001、霧山。実技試験合格]
アナウンスが響き、部屋のドアが現れる。
「はははっ……らくしょー」
彼女は背中と肩から血を流し、乾いた笑いを漏らしながら部屋を出た。
*****
出たのは入室した場所とはまた違う場所で、
一次試験突破人数が76名に対し、現在はたった10名しかいなかった。
顔見知りを発見したアオは声をかける。
「那原。お疲れ様」
「碧。遅かったね、待ちくたびれたよー」
アオに気づいた彼は軽く手を振り、彼女の体を見て目を見開く。
「その、怪我は?」
「はは……私も力不足だったみたい。
大したことないよ。そうだ。佐々木と天陵、それと兼得はまだ?」
「うん、まだ誰1人来てないよー」
「へぇ」
端的に答え、那原から視線を外す。
その表情はどこか不安そうだった。
「試験終了です。見事実技二次試験を突破した12名の皆様、お疲れ様でした。これまでの試験で負傷された方は、治療室までお越しください」
結果として後から出てきたのはたった2人。
──つまり佐々木、天陵、兼得は…。
「もしかして寂しいの?? 碧」
アオが治療室で治療をしてもらっていると、唐突に、隣で治療されていた那原がアオに問う。
「確かに見込みがあったから残念だけどね。
失格になったなら、仕方ないでしょ。
……あの3人がそう簡単に落ちるとは思わなかったけど」
そう呟きながらも、アオはなぜか一度だけ、ドアの方を振り向いた。見て見ぬふりをして那原は笑う。
「ドライだね〜」
「そっちこそ。それより、那原も怪我したの?
大丈夫? いや元気そうにはみえるな」
「僕も力不足だった…というか、何回も言うけど元々戦闘向きじゃないからさー。最初は筆記からにしようとしてたんだけど、実技の方が面白いって聞いてたから。ほら僕、準一級魔法師だからいけるかなぁ、みたいな」
「そういえばそうじゃん。階級って数字が小さい方が上なんだよね?これ準二級から受けられるんだったよね?え、準一級のどこが戦闘向きじゃないっての?」
「なんでだろねー」
「は?」
疑問をぶちまけたアオに対し、へらりと笑い、はぐらかす那原。
治療が終わり治療室を出ると、ゴォんと機械が動いたような音がした。壁の方から聞こえてきて、アオは思わず耳を塞ぐ。
「ではこれから、実技試験に移動します」
アナウンスと共に、部屋が動く。
というよりも部屋ごと上昇していった。
「エレベーター式なんだ……」
参加者全員がアオの呟きと同じことを心の中でツッこんだ。
*****
国防軍の筆記試験では、
魔法を理論的に分析する、魔法理論学。
魔法や魔物を研究した歴史、魔法科学史。
国防軍が使用する武器を造る、理工学。
戦闘時の判断力が試される、戦術学。
医療に関する知識を問われる、医学。
主に5つの科目がある。
その全ての合計点数が合格点を上回れば、
筆記試験突破と看做されるのだ。
総合500点満点で、合格点は380点。
全ての科目で高得点を叩き出さなければ合格はない。
──まあ、落ちはしないだろう。
アオはため息をついて、タッチペンを置いた。
*****
試験の合否は実技試験における担当試験官からの評価と、筆記試験の点数を踏まえて判定される。それを決めるのは国防軍軍長と、入隊試験の運営を任されている第一部隊だ。
「最後は……試験番号1001番……。
これが例の、坂隊長の推薦者か……」
立派な顎髭を蓄えた強面の試験官が呟く。
「せや、霧山碧」
「性格はまぁ置いておいたとしても、戦闘面ではこれ以上ない逸材。試験前から私の視線に気づいとったようやし、ほんま驚きましたわ。坂隊長が言うんやからそれは分かりきった事やし、性格も、マトモな子はけぇへんやろけど」
「あの部隊は我らの最高戦力であると同時に、最も例外で危うい部隊である。決して詮索などしてはならないのだ。分かっているだろうな、第一部隊副隊長殿」
「もちろんですぅ、東江軍長殿」
そう明るく答えたのは、第一部隊副隊長でありながら、今回アオの班に潜入し担当試験官を命じられた、諸橋歩だった。
「では問おう。副隊長殿は此奴を国防軍に入隊すべきだと思うか」
部屋が静まり返る。
他の試験官である隊員も固唾を飲み様子を見守っている。
「いいえ、入隊すべきではないと思います」
諸橋は、笑顔を消して、そう言い放った。
初登場(?)した東江軍長。
軍長は、国防軍の最高指揮官のことで、
その下につくのが総隊長、鬼谷。
部隊の隊長たちは鬼谷総隊長に一括で指揮されています。