第5話 箱の最後に「希望」はなく
▪️アドリアナ新王歴 735年
『フィンマックルー・フォン・ヴァンガルドの手記』
・5月10日
2日前の夜中、エリュシュオン教国がある南の方向から突如として閃光と轟音が鳴り響いた。
あまりの衝撃に、我が領地は一時混乱に陥ったが、実際には何も起こっていなかった。
それが逆に不気味でならない。
一体何が起こったのか?
・5月11日
我が家の外交官をエリュシュオン教国へ派遣した。
教国へ到達するには約20日かかる見込みだが、何もなければ良いが……。
・5月16日
「地響きのような音が聞こえた」との報告が相次ぐ。
森の奥から、不気味な振動が響いているらしい。
・6月1日
外交官を派遣してから30日が経過したが、未だに戻らぬ。
通常であれば既に帰還しているはず……おかしい。
・6月15日
ようやく外交官が戻った。
しかし彼らは酷く疲弊し、極度の怯えを見せていた。
曰く「見たこともない魔物が教国内に溢れていた」とのこと。
彼らは撤退を余儀なくされ、逃げるようにして帰ってきたという。
また、轟音と閃光の正体は当初「隕石の落下」だと教国側が説明していたらしい。ただ、それ以降は魔物から逃げるためよくわからないと。
隕石が落ちる事、自体は珍しいことではないが……
なぜか胸騒ぎがする。
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▪️アドリアナ新王歴 736年
・7月18日
「エリュシュオン教国が滅亡の危機に瀕している」
……そんな報告を受けた。
信じられない。
30万人もの民を抱える国が、たった1年足らずで滅びるなど……
そんな馬鹿な話があるか。
我がヴァンガルド家からも騎士団を援軍として派遣していたが
帰ってきたのは一握りだ。
それに、彼らの報告は異常なものばかりだった。
「バケモノが変異していく」
「まともに戦う前に、恐怖で身体が動かなくなる」
「人間の姿をした化け物が、俺たちを食いながら笑っていた」
……妄言か? それとも、現実なのか?
・8月15日
教国からの亡命者が急激に増加している。教国との境界である大森林を越え、我がヴァンガルド領へと押し寄せてきている。
彼らは皆、異常なほどの恐怖に怯えていた。「喰われる」「黒い悪夢」「バケモノが這い寄る」
口々に叫び、正確な情報を得ることすら困難なほど取り乱している。
これはただ事ではない……。
・10月10日
「地獄を見た。」
亡命者たちの証言が真実かどうか確かめるため、我が騎士団の精鋭を率いて、大森林の向こう側へ進軍した。
そこで見たものは――
「異形の怪物」だった。
奴らは、生者を喰らい、肉を溶かし、血を啜る。「人」だったものを取り込み、異様に歪んだ身体へと変質させていく。
まるで……地獄そのもの。
これは魔物などではない。
我々が今まで戦ってきた獣や魔獣などとは、まったくの別種だ。
.....まずい
「大森林から抜ける地点に前線基地を設ける。全総力を上げ急ぎ城と砦を築け!!!」
奴らを我が領地に入れさせてはならない。
__さもなくば、我らが滅びる
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▪️アドリアナ新王歴 740年
・12月5日
アイク……。
私の息子が……。
目の前で、あのバケモノどもに喰い殺された。
私は剣を握っていた。
だが、あの瞬間……アイクの叫び声とともに、俺の腕は凍り付いた。
触手に絡め取られたアイクの身体は、両足から食われ、内臓まで抉り取られていた。それでも、アイクはまだ助けを求めていた。
必死に俺を見つめ、手を伸ばしていた……。
最期に残ったのは、変形したアイクの顔を持つ、異形の化け物だった。
――俺は、間に合わなかった。
後先考えずに俺の全魔力を込めた爆炎魔法で、異形の化け物を焼き尽くした。
だが、それで何が変わる?
俺は、息子を救えなかった。
許さぬ……
決して許さぬ……!!
必ず、貴様らバケモノどもをこの世から根絶してやる!!!
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▪️アドリアナ新王歴 760年
『ジェイク・フォン・ヴァンガルドの手記』
・4月6日
我が父、フィンマックルーは大森林を超えてエリュシュオン教国へ潜入することに成功した。
だが、そこは地獄だった。
「血と腐った肉片が至るところに散乱し、死臭が漂う屍の国。」
かつての光の国であったエリュシュオン教国は、もはや何の形も留めていなかった。
父はそこで、遠見の魔法を用いることでエリュシュオン教国が御神体として崇めていた『偉大な山』その付近でエクリプスたちの巣と思わしき場所を発見する事ができた。
そこには、黒き岩を守るかのように群がる異形の軍勢があった。
エクリプスの軍勢の数……約20万。
まるで城のような陣形を組み、
その中心には、異様な光を放つ黒き岩が存在していたという。
「……黒き岩を守るエクリプス?
どういうことだ。アレが何かを守るような存在か??
エクリプスの目的はなんだ?黒き岩を守るだと??つまりなんだエクリプスと言うのはそれだけの使い捨ての何かと言うことか?それに.....」
父は、そう推測し
黒き岩を更に考察しようとした時
――父はその言葉を俺に残したが突如として髪が白くなり、皺が増し、一気に衰弱し、急激に息を引き取った。まるで塩の柱のようであった。
あまりにも急な出来事で我々は何もできなかった。
……何が父を殺した???
光を放つ黒き岩とはなんだ?
我々は、いったい何と戦っている――?
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▪️アドリアナ新王歴770年
・10月7日
この戦いに希望が見えた。
神は我々を見捨ててはいなかった!!これは間違いなく祝福だ!!!
それも、かのエリュシュオン教国の主神――神エリュシュオンの加護を我々は得た!!
ヴァンガルド家の神官と我等は神エリュシュオンより同じ内容の啓示を受けたのだ。
『お前たちが戦う敵は、異界より堕ちた神である。我が地に災厄をもたらした堕ちた神の名は
――邪神アビス。
エクリプスとは、その落とし子であり奴の使徒に過ぎない。
ヴァンガルドよ。お前たちには
我が祝福を与える。
しかし、この邪神を滅ぼすまで逃げる事は許さぬ。必ず奴を滅ぼせ。』
我等に神エリュシュオンより啓示があって以降、我が領の民は急激な変化を遂げた。
身体能力の向上、魔法適性の飛躍的向上――明らかに我々は神の加護、祝福をを得たのだ!!
ヴァンガルド家の血を引く者は特にそれが顕著だった。
この力があれば、エクリプスどもを
邪神アビスなんぞ殺してみせる。
まずは今こそ攻勢に出る時だ!!
我が亡き父よ。
ご照覧あれ!!!!!!!!
この戦い、神が味方しているぞ!!
必ず勝てる!!!
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▪️アドリアナ新王歴 780年
『シュタックタルト・フォン・ヴァンガルド 記憶の断章』
・期日不明
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----神よ。何故だ。
何故、我らだけにこのような試練を与えるのだ!?
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最近になって、我が領内で奇怪な噂が広がり始めた。
「ヴァンガルド領を出ると死ぬ」
それを迷信だと笑い飛ばせたのは、最初のうちだけだった。
だが、次第に異変が現れ始めた。
ヴァンガルド領を離れた我が民が、まるで病に蝕まれたかのように苦しみだし――
そして――
身体が腐り、崩れ落ち、死ぬ。
最初に報告を受けたときは、何かの誤報か、あるいは疫病かと思った。
だが、次第にその報告は増え、今ではもう数えきれぬほどにまでなっている。
ある者は隣国の村へ向かう途中、道端で突如として膝をつき、苦しげに呻きながら、自らの腕を見つめ――
「ああ、なんだ……これ……腐って……溶けて……ッ……!!!」
皮膚が剥がれ、肉が崩れ、骨が露出する。
そして絶叫とともに、膿と血の海に沈んでいった。
別の者は、貿易のために他領へ向かったが、その道中で異変を感じ、何かが自分の体を内部から蝕んでいると訴えた。
帰るべきかどうか
迷っているうちに――
彼は、皮膚が泡立ち、膿が噴き出し、四肢が崩れ落ちた。
仲間が助けようと手を伸ばしたその瞬間、彼の顔は無惨に崩れ、溶け、地に散った。
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そして---
「お兄様……ヴァンガルド領は神の祝福に護られているのですよ?」
「お兄様たちは戦っている……そのおかげでエクリプスは食い止められて他の領地には行けないのに!!
……だから、だから……!!!!」
「こんな “呪い” みたいな話、あるはずがないじゃないですか!!!!」
妹エリナは、そう叫んだ。
このような呪いと言って良い状況をエリナは信じたくなかったのだ。
このヴァンガルド領が、“神の庇護”を受けた聖なる地であると
信じていたかったのだ。
しかし、実際に起こっていることは
なんだ――?
身体が腐り落ち死ぬ....これに恐怖を覚えた他の領主どもが交易が止めたせいで民は飢え初めている。
ヴァンガルドは天然の肥沃な土壌であり食料自給率は全ヴァンガルド民が食べるに困らない地域であった。しかし...エクリプスのバケモノ共との戦争が長引き過ぎてる。
特に『祝福』を得てから奴等が攻めてくる数が尋常ではない。
前線の維持をする為に農夫をも総動員する事となっている。
それを解決するにも、兎に角にも人が足りない。
前線の我が騎士たちにも医療物資が足りていない。実際屈強な騎士が戦えぬほどに衰弱していく事もある状況である。
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お兄様も、騎士たちも、何も言わないが……
このままでは、満足に戦う事が出来ずにヴァンガルドは滅びる日が来てしまう。
「だから、私が確かめます!!!」
そう宣言すると、お兄様は顔を青ざめ、激しく反対した。
「待て、エリナ!! それは無謀だ!!!」
「いいえ、お兄様。
私はヴァンガルドの一族です。
ならば、私にできる戦いがあるはずです。“ヴァンガルドの民が生きるための戦い” が!!!」
食糧や物資がなければ戦えない。
交易が止まれば、誰も生きられない。
私は戦士ではない。
お兄様の様に強く無い。
けれど――
ヴァンガルドの未来のために、私にできることはある!!!
「お兄様!!
私はエリナは必ず、戻ってきます。
そしてヴァンガルドの人々のために
アドリアナ王家へ直接交渉を成功させこの状況を打開します!!!!
必ず成功させます!!
私がこの身をもってヴァンガルドは大丈夫なんだと証明してみせます!!!」
そう言い残し、私は旅立った。
お兄様が私を引き止める声を背に受けながら
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俺の反対を押し切ってエリナは旅立った。
殴ってでも止めるべきであった。
誰よりも何よりも大事に大切にしていた俺の唯一の肉親を....
誰よりも何よりも幸せになって欲しいと心より願った。
そんな大切な妹の背中を、俺は見送ってしまった。
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ほんの数日後。
彼女が向かった先から、急報が届いた。
「エリナ様が……お亡くなりになりました!!!」
訳がわからなかった。
急いで報告者に詳細を聞いた。
彼は恐怖に満ちた顔で、震える声で語った。
「エリナ様は、我々騎士と共に3日間も寝ずに止まらず走り続け、ついにアドリアナ王が座す王都へと辿り着きました。
そして、ヴァンガルド家が置かれている過酷な状況を王へ直訴し、現状を打破するための献策を見事に成し遂げたのです!!!その結果、王都からの物資の供給が決定されました!
必ずやヴァンガルド領の窮状は解決へと向かう事でしょう!!」
「.....しかし...その2日後。
突然……皮膚がひび割れ.....血が吹き出し、肉が剥がれ、骨が黒く腐り落ちました……!!」
「医者を呼びました! ですが、誰にも……手の施しようがなかったのです!!!」
「そして、その後たった5日で……エリナ様の身体は完全に溶け、土へと還りました……!!!」
「――いや、還ったのではない。還されたのです!! あれは……神の呪いです!!!」
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......何故だ?
何故、こんな仕打ちを受けなければならないのだ!!!!
我が妹エリナは、何も悪いことをしていない!!
領民たちだって、ただ生きるために他領へ向かっただけだ!!
何故、何故!!! 何故、神はこのような理不尽な呪いを我等に与えた!?
なぜ!何故!!唯一の肉親たる
エリナの死に顔を.....!!
私は見ることすらできなかった!!
神よ!!!
私は.....!!
たった1人の愛する妹の骨すら
この俺には残さないとでも言うつもりかぁぁぁあ!!!!!!
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あの日から、私は毎晩夢にうなされる。
妹が……助けを求めている。
「お兄様……助けて……」
泣きながら、腐り落ちていく。
必死に手を伸ばすが、掴んだ腕がボロリと崩れ、消えていく。
何度目覚めてもこの夢は酷く残る。
彼女の助けを求める声が耳にこびりついて離れない。
彼女の悲鳴が!……あの腐臭が……!!血と膿の生臭さが……!!
____もう耐えられぬ!!
もう耐えられぬのだ!!!
何故この様な理不尽な目を
我等に与えるというのか!!!
神エリュシュオンよ!!!
これが神の試練だとでも言うつもりか!?!?
我らは邪神アビスやエクリプスの
バケモノ共から逃げてなどいない!!
死に物狂いで戦っているではないか!!!
それなのに.....!
これが....!!
これが!!!
祝福とでもいうのかぁ!!!!
何故我らが、このような試練を背負わねばならぬ!!
民はただ懸命に生きてきただけだ!
誇り高き騎士たちは、この領地のために剣を振るい、血を流し、屍を積み上げてきた!
それを、何故!!
何故、我らをここまで愚弄するのか!!!
“ヴァンガルド領を出れば死ぬ”――そんな理不尽な呪いを、誰が受け入れるというのだ!?
エリナ……私の妹は希望を抱いてこの領を出た‼︎
その希望を....!!!
皮膚が腐り落ち、骨が砕け、内臓が黒く爛れながら果てるという最悪の絶望によって打ち砕かれた!!
泣き叫びながら、己の身体が崩れ落ちる苦しみに悶えながら……!!
この様な仕打ち........
断じて許すわけにはいかぬ!!!
我が家に取り憑く
呪いの神よ!!!!!!!
必ずヴァンガルドはその首元にいつか辿り着き貴様のその存在そのものを殺すぞ!!!
我らにただ死ねと望むか!!
この呪われた地で朽ち果てよというのか!?
貴様ら”神”の気まぐれで……!!
赦さん……断じて赦さんぞッ!!
我がヴァンガルドにこれほどの試練を与え、これを“正しき戦い”と
もし、ほざくのならば、そんな正義に何の意味がある!?
何が祝福だ、何が使命だ!!
貴様ら神よ!呪われよ!!
このヴァンガルドを焼き!!
血に塗れさせ、永劫戦いを強いた罪をもって!!
ヴァンガルドの血脈が続く限りこの恨みを決して忘れはしない!!!
貴様らの祝福に呪いあれ!! その啓示に災いあれ!!
この地で死に果てる者たちの怨嗟の声を、1000年先まで聞き続けるがいい!!!
神に禍あれ!!!!!
この呪われた祝福に呪いあれ!!!
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この『シュタックタルトの記憶の断章』は、もとは歴代ヴァンガルド辺境伯と同様、『手記』として綴られていたはずだった。
だが、今この本を開いたヴィクターの目に映るのは、『手記』ではなく『記憶』という形で刻まれた断章。
紙の上に“記録”として残されたものではなく、まるで時を超えて語り継がれる“体験”そのものが封じ込められているようだった。
――そして、その記憶は、ただ読むだけのものではなかった。
シュタックタルトが感じた怒り、絶望、怨嗟、呪詛。
それらが一瞬にして、ヴィクターの脳に直接流れ込んできた。
まるで、シュタックタルト自身が見た光景を、ヴィクターもまた追走しているかのように――。
喉が焼けるように渇き、胸が詰まり、息が苦しくなる。
耳元では、呻き、悲鳴、絶叫が響き渡る。
眼前には、エリスの溶け落ちる皮膚、剥がれた肉、砕ける骨がみえる。血と膿の臭いが充満した。
ヴィクターの手は震え、思わず本を閉じようとするが――それでも過去の記憶は止まらない。
まるで、この本自体が意思を持ち、読んだ者に“過去”を体験させるかのようだった。
シュタックタルトの怒りが、呪詛が、亡者たちの怨嗟が――
この書物を通じて、今も生き続けている。
これは、単なる歴史の記録ではない。
ヴァンガルド家が背負い続けてきた恨みの『呪い』そのものだ。
ヴィクターは、背筋に冷たいものが駆け抜けるのを感じながら、静かに呟いた。
「これは……記録じゃない……“記憶”だ……。」
この『手記』は、もはや過去の恨みが呪いとなり歴代ヴァンガルド辺境伯に刻まれ続ける“宿命”となっていた。
怒りと絶望、怨嗟と呪詛が紙に染み込み、ただの書物ではなく、“ヴァンガルド家に宿る記憶”として存在している。
――そして、それは“永遠の呪い”となって、決して消えることはない。
基本的にカクヨムの方が更新されておりますので
先が気になる方はURLからどうぞお入りください。
今の所、投稿1ヶ月でpv10000を超えました!
ブックマーク数も300に感無量です。
ファンの皆様に愛される作品を作っていきたいと思います。
https://kakuyomu.jp/works/16818093094880456084