第4話 鍵を開けた先に待つものは
母様の部屋を後にし、俺は父ダリウスから許可を得た図書室の奥にある
『禁書録』を確認しに行くことにした。
今日だけで、あまりにも色んなことが起こりすぎた。
エクリプスというこの世のものとは思えない化け物。
ヴァンガルドが300年に渡って戦い続けているという現実。
今日はもう考えたくもない。
全部忘れて寝てしまいたいが....
サラリーマンだった時もそうだったが。俺は目の前のタスクは即やってしまいたい派なんだ。
全てを知っておいたほうがいい。
鉄は暑いうちに打てって言うだろ??
中途半端に情報を持っているより、最悪を想定しておいたほうが、心の準備ができるってもんなのさ。
それに、母様の治癒魔法のおかげか、さっきまでの疲れが嘘みたいに軽くなっている。
明日からもまたあのバカみたいな訓練が始まるんだ。
いや……もしかしたら、今日エクリプスを知ってしまった以上、訓練の強度はさらに上がる可能性もある。
そもそも毎日血まみれになってんのにその上ってなんだよ。
難易度調整すでにルナティックなんよ。
……嫌気がさすな。
そんなことを考えながら、図書室へと向かった。
◆
ヴァンガルド家の図書室は、いつ来てもまるで古代の遺跡のように静かな空間だ。天井まで届きそうなほどの書棚が並び、歴史書や記録文書が整然と収められている。
そして、その最奥。
一際厳重な造りをした、鍵のかかった扉があった。
「さて此処の奥が、禁書録が納められた場所なんだけれど」
重厚な扉の前で、俺は立ち止まる。
目の前の鉄扉は魔法で補強されており、並の手段では開かないのがわかる。
……というか、俺は知っている。
昔、鍵開けの魔法でこじ開けようとして、地獄を見たからだ。
当時、俺は「鍵開けくらい余裕だろ」と舐めてかかっていた。
結果、魔法を唱えた瞬間、けたたましい警報音が鳴り響き、屋敷中に響き渡った。
その数秒後――
鬼の形相のガーランド執事長が爆速でエントリー。
「小僧ォ!!!」
とんでもなく説教をされ、その後の訓練で物理的にボッコボコにされた。どんな教育だよ。
そもそも主家に対して小僧とはなんだ。クソジジイが。
児童虐待だこのやろー!!
あの時のトラウマを思い出し
思わず足がすくむ。
クソがよ。
……っていうか、よく考えたら。
鍵、もらってなくね?
「いや、どうせぇと?」
まさか勢いで来たのはいいものの、入る手段がないとは……。
こういうのは普通、最初に鍵を渡してから行けって言うもんじゃないのか?
まぁ.....仕方がないな
あれから数年、俺の今の魔法技術なら、こんなカビ臭い扉のセキュリティなんてゴミみたいなもんだ。
やってやるよ!!!
ガーランドおぉぉぉ!!!!
内心で大騒ぎしながら、鍵開けの魔法を唱えようとした――。
その時だった。
「ヴィー。やっぱりここにいた。」
突然、背後から穏やかな声がかかる。振り返ると、兄レイヴァンが微笑みながら立っていた。
「そういえば、父様が鍵を渡していないことに気づいてね。」
そう言いながら、レイヴァンは俺に銀色に輝く鍵を手渡してきた。
握った瞬間、ほんのりとした魔力の感触が伝わってくる。
「これはね、ヴァンガルド家の血筋しか使えない特別な鍵なんだ。
警報を超えて、無理に開けると頭が弾け飛ぶ呪いが降りかかるようになってる。」
「……は?」
あぶねぇぇぇぇ!!!
ありがとうガーランド!!!
そしてすまねぇガーランド!!!
お前は世界一の執事だよ!!!
◆
鍵を受け取った俺を、レイヴァンはじっと見つめた後、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。
「ヴィー。今から君が目にするのはね――僕らヴァンガルドの
“歴史”そのものだよ。」
「僕も、これを初めて読んだ時は……立ち直るまで少し、いやかなり時間がかかった。」
「でも、大丈夫。ヴィー、僕は何があっても君を守る。この家も、この領地も、全部……全部だよ。
だから、どうか心を強く持ってほしい。」
俺とのあまりの温度差に風邪を引きそうだ。
……レイヴァンの言葉には、不思議なほどの力が込められていた。
英雄というものがいるのであれば、レイヴァンのような人間がそうなのだろう。
自然とそう信じさせるものがあった。レイヴァンなら、何とかしてくれる。
そんな気がする。
……でも。
“ただ本を読むだけ”で、こんなにも心の準備をしろと言われるものなのか?
エクリプスを見た時の衝撃はもう身体が覚えている。
それを記録した歴史を読むだけで、こんなにも兄は俺を気遣ってくるのか?
だんだんと、不安が湧いてきた。
「……本を見るだけだよ。
大袈裟だよ、兄様。」
強がりではなく、本気でそう思っていた。間近でエクリプスを見るわけでもあるまいし。
ただの記録で動じることはない。
レイヴァンは俺の言葉を聞いて、微笑みながら小さく首を振る。
「……そうか。じゃあ、ヴィーなら大丈夫かもしれないね。」
そう言うと、手を軽く振り、図書室の入り口へと向かっていった。
最後に一度だけ振り返ると、俺の目をじっと見つめ、優しく言った。
「……ヴィー。じゃあまた明日ね」
◆
兄が図書室から出ていくのを見送った後、俺はしばらく静かな空気の中に立ち尽くしていた。
手の中の鍵を見つめる。
冷たい金属の感触が、妙に現実感を持って指先に馴染んでいる。
カチリ――
鍵穴に差し込み、ゆっくりと回すと、鈍い音を立てながら錠が外れた。
まるで長年閉ざされていたものが解放されるかのように、
重々しい扉が静かに開いていく。
そこに広がっていたのは――
古の記録たちの眠る場所。
薄暗い室内には、無数の本や記録が並べられていた。
埃を被った巻物、古びた羊皮紙、色あせた本……
どれもが、長い時を経てここに封じられたものだ。
空気がひどく重い。
歴代の当主たちがこの場でどんな思いで筆を執ったのか、想像するだけで背筋が冷える。
「……どれを読めばいいんだ?」
部屋の奥を見渡すと、中央の棚の下に、父ダリウスが執務室で使用するような豪華な机があることに気づいた。
その机の上には、異様な存在感を放つ一冊の分厚い本が鎮座している。
「……これか。」
机の上の本に手を伸ばし、表紙に刻まれた文字を読んだ。
『歴代ヴァンガルド辺境伯の手記』
ページをめくると、歴代当主たちが書き記した名と日付が整然と並んでいた。
「アドリアナ歴735年――フィンマックルーの手記」
最初の一文を目で追っていく。
その瞬間、ひどく冷たいものが背筋を駆け抜けた。
歴代当主たちの、筆に込められた重みが、ページの向こうから押し寄せてくるような。
彼らが何を見、何を思い、何を残そうとしたのか――
そのすべてが、これから俺の目に晒されようとしていた。
そして、読み進めるにつれ、俺は理解することになる。
“逃げられない現実”を。
――そうだ、父ダリウスは言っていた。
"この地から、産まれたものは決してこの生存戦争から逃げることはできない"
その言葉の意味が、骨の髄まで突き刺さる。
あぁ___
これは間違いなく、地獄だ___
ヴァンガルド家は
この領地に生まれた者は....
決して逃げられない宿命をその身に宿している――。
基本的にカクヨムの方が更新されておりますので
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ブックマーク数も300に感無量です。
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