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病院につきそって2時間ほどたった。
不安な気持ちのままロビーの隅で待っていると、医師がやってきて、タツキさんが熱中症になりかけていたと教えてくれた。
「年齢の割に鍛えてらっしゃるようですから、すぐに良くなると思いますよ。とはいえ、処置が遅ければ危なかった。親切な方がそばにいて幸運でした」
(よかったああああああ)
へなへなと体の力が抜けていく。
ほんの数分話をしただけだけれど、私はタツキさんが大好きになっていた。
人を引き付ける魅力のある人って、ああいう人なんだろうな、としみじみ思う。タイプは違うが烏丸さん並みのオーラを感じた。
元気になったら、また草笛や色んなことを教えてもらいたい。
「患者がお礼を言いたいそうです。是非顔を見せてあげてください。508号室です」
「ありがとうございます」
医師が立ち去った後、すぐに病室へ向かおうとしたが、踊り場の鏡に映った自分の姿を見て足が止まる。
顔に血のようなものがこびり付きスーツはよれよれ。
あまりにも悲惨な格好だ。
(とりあえず顔を洗っていこう……)
手洗いを探してロビーの中をぐるぐるしていたら、10メートルほど離れた入り口の自動ドアが開き、すらっとした体躯の背の高い男性が入ってきた。
とても焦っているらしく、カウンターの角に体をぶつけて呻いている。
大丈夫かな? としばらく見ていたら、男性は顔を上げた。
その顔が、烏丸さんそっくりで……。
私は目をパチパチとさせた。
(……疲れてるんだわ……幻覚が)
くるりとその人に背中を向け、私はやっと見つけたお手洗いへと歩き出した。
※
顔を拭き身繕いを済ませて病棟に向かう。
病室のドアをノックすると「どうぞ」というタツキさんの声が聞こえてきた。
「失礼します」
ドアを開けて中に入りカーテンをめくる。
点滴につながれたタツキさんがベッドで半身を起こしていた。
目が合うと嬉しげに微笑みかけてくる。
「おお、ひかりさん」
「タツキさん……」
名前を呼んだ後言葉に詰まり、私は無言で彼の傍に駆け寄った。
タツキさんは背筋を伸ばし目を細める。
「あんたのおかげで助かった。ありがとう。本当にありがとう」
タツキさんの声には、張りがあって、数時間前、苦しげに喘いでいた人とは別人のようだった。 点滴が効いている。良かった。改めてホッとする。
「あんなに重たいリュックで歩いてたなんて……タフですね。タツキさんは。でももう無理はダメですよ」
気が緩んだ私は笑いながら言った。
「そうだ。さっき例の社長に似た人を見かけたんですよ。冷徹魔王と見た目や服はそっくりなんですけど、動き方がギクシャクしてて……あ。どっちかというと、ハンディ扇風機型宇宙人に見えました。多分幻ですね。よっぽどトラウマ刻まれてるみたい。私もデリケートですねー」
けらけらと笑っていたら、カーテンがしゅっと開く気配がした。
「失礼します」
ん?
私は耳と記憶力が非常によい。
唯一の取り柄と言ってもいいほどだ。
そのバリトンには聞き覚えがありすぎた。
まさかと思いつつも振り向いてその人の顔を見た瞬間……私の心臓は跳ね上がる。
涼しげな目、すらりと伸びた長い手足、少し長めの艶のある髪、明らかに全身から漂う眩いオーラと圧倒的な王者感。
それは魔王烏丸その人で。
無機質な病室が、一気に魔の巣窟へ変わり、私は恐怖に震え上がった。