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「ひかりさんは褒め上手じゃの」

「ええっ。そうですか?!」

「さぞかしモテるじゃろうのう」


 私は慌てて片手を左右に振った。


「まさか! 自慢じゃないですが、彼氏いない歴25年です!」

「へえ。最近の若い男は情けないのう」


 いや、多分、その理由は私にある。


「私、空気が読めないんです。だから悪気なく人を傷つけて……落ち込ませてしまう事が多いんです」


 モテる以前の問題なのだ、と私はタツキさんに力説した。


「何を言っとる。ひかりさんは気持ちのいい人柄じゃ。まるで清涼飲料水のような爽やかさ。えてして気遣いのできる者ほど、自分はそうじゃないと思い込むものじゃ。逆に無神経な者ほど、自分は空気を読めると過信しておる」

「タツキさんこそ褒め上手ですね。ありがとうございます!」


 私は感動しながらもこう続けた。


「でも、本当に、私ってダメなんです。さっきも会社説明会でやらかして……社長さんを思いっきり傷つけてしまいました」


 聞き上手なタツキさんに、私は先ほどの事件を簡単に説明した。

 烏丸さんにはもう二度と会えないだろうし、償うチャンスは0である。

 だけど……せめて誰かに叱られて、気休めとはいえ、罪を償いたいと思ったのだ。

 自己満足でしかない行為だが、藁にもすがる気持ちだった。

 ところが……。


「その社長は大馬鹿もんじゃな!」


 予想に反して、タツキさんはプンプン怒り始めた。


「ピアノが無駄でひかりさんが馬鹿じゃと?! 呆れ果てるわ」


 思惑は大外れ。

 私は慌てて弁解する。


「あ、いえ、ミーハー気分で参加した私が悪いんです」

「好奇心を持つのは素晴らしいことじゃぞ」

「でも……みんな、真面目に会社を知ろうとしてるのに……私は違ったから……やっぱり無駄なことしてますよ」


 自嘲気味に私はつづけた。


「生の声が聞きたかったんです。ナメクジみたいにうねうねしていたネガティブな私の心を一瞬で引き上げてくれた声だから……ライブ観戦感覚ですよね。ビジネスに全然関係ない……それだけなら良かったのに、無駄に人を傷つけて……私って本当に無駄人間。無駄のテンプレートは正しいです」


 タツキさんはため息混じりにこう続けた。


「人生には無駄こそが必要なんじゃよ。無駄を積み重ねてこそ、人生は輝く。わしは現役中、こう思っておった。引退したらあれをしよう、これをしよう、と。実際その通りに生きてはおるがその上で思う。もっと若い頃から遊んでおくべきじゃった。生産性に会社の利益。血肉になるもの。おのずとそういうものにばかり目を向けて、ワクワクすること、楽しむことは後回しじゃった。ひかりさんの過ごしたピアノ講師としての五年間、わしは無駄とは思えんな。好きな仕事でお金を稼げたんじゃから。ほら、今、あんたと過ごしとるこの時間も何かを生み出しとるわけではないが豊かじゃろ? 人生には無駄の積み重ねが必要なのじゃ」


 正直なところピンとこないところも多々あった。だけどタツキさんが私のためにコンコンと言って聞かせてくれているその気持ちが嬉しくて、気分が上向きになってくる。


「ありがとうございます。ですよね。大切なのは今ここからです」


 そう。いくらやらかしてしまったからと言って、烏丸さんから学んだそのポリシーを忘れてはいけない。

 タツキさんはキッパリ言い切る。


「しっかし、その社長、顔を見てみたいもんじゃのう。きっとアホづらをしておるのじゃろう」

「それがむしろ輝くほどの美しさでして」


 一瞬推し活気分になってしまい、サイトの顔写真を見せたくなったがグッと堪える。

 ネガティブな印象を抱いているタツキさんに会社名を教えるのは炎上リスク的にも良くないことだ。

 私は落ちていた枝を拾って地面に烏丸さんの似顔絵を描いた。


「こ、こ、これは、ハンディ扇風機に似た宇宙人……?」


 タツキさんが硬直する。


「すみません。絵心なくて……」


 フォローも入れられないほど下手だったらしい。

 烏丸さんのオーラも美も何一つ伝えることはできなかった。

 こほん、と咳払いをしてタツキさんは言った。


「一言で言うと、どんなタイプじゃ?」

「魔王です」


 即答した。


「魔王?」

「ええ」


 私は、眼尻を両手で釣り上げ、きりっとした表情を作った。


「声も顔も立ち振る舞いも全てにおいて怖いです。遠くで見るにはよいのですが!」

「はははは。ひかりさんは面白いのう」


 タツキさんは笑った。


「よかったら連絡先を交換せんかの。せっかくの縁じゃけん」


 そう言ってスマホを探してか、サバイバルリュックをあさりはじめた。リュックの中がチラッと見え、中にある大きなペットボトル3本に、私は両目を丸くした。


(こんな重いものを持って歩いていたの?)


 と、タツキさんの動きが止まった。

 リュックに視線を向けたまま、不自然なほど動かない。


「タツキさん?」

 名前を呼ぶと同時にゴッという鈍い音がして、タツキさんがリュックに突っ伏した。


(えっ?)


 立ち上がってタツキさんの前にしゃがみ込めば、紙のように白い顔が目に入った。


「タツキさん!! しっかり!」


 焦りながらも小柄な体を起こす。

 タツキさんは荒い息を吐いていた。


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