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21話

烏丸さんは、私の手をとるとエレベーターに乗り込んだ。

長い指が最上階を押す。


(あれ? 下じゃないのかな)


ふと違和感を覚える私。


「ヒーローさん、あの、どこに」


何気ない問いかけ。不安があったわけじゃないのに、


「スイートルーム」


そう言われて仰天した。

空耳かと一瞬思う。が、曇りのない澄んだ目を見てそうじゃないと理解した。


「ここはうちの系列ホテルだ。スタインウェイピアノはそこにある。君が弾きたいと言ったんだろう」


そう言われるとそうだけど。

で、でも。


「す、すみません。わがままを言いまして……また別な機会に」

「却下」

「えっ」

「俺をその気にさせておいて、気が変わるなど許さん」


解釈によっては色っぽいセリフ。

震え上がりながらも体の奥が熱くなる。

エレベーターのドアが開き、烏丸さんが私の背中に手を回した。ドキッとする。

私は男の人との接触に慣れてない。

スイートルームなんて……足を踏み入れた瞬間に気絶しそうだ。


「ったく、絵に描いたような怯えっぷりだな。好事家の餌食になりそうだ」

「こうず……?」

「うん。世の中、色んな性癖があるからな……まあ、俺はそこまで女に困ってないから安心しろ」

「で、でも」

「襲わないと言ってやってるんだ。四の五の言わずにとっとと来い」

「はいっ」


私は背筋を伸ばしてギクシャクと廊下を進んだ。

何ということだろう。知り合って間もないのにもはや、私は烏丸さんの忠犬だ。

しっぽを垂れて命令に応じる振る舞いが板についてしまっている。

懐いているというより、ご主人様には逆らえないからという感じだ。

私の性格がそうなのか、烏丸さんの躾がうますぎるのか。


(できれば後者であって欲しい……)


悶々としながらも歩いていたらあっと言う間に部屋の前へと到達した。

烏丸さんはカードキーを取り出した。

ドアが開き、背中を押されて中へ。

カチャリと鍵の閉まる音がして、私は思わず泣きそうな顔で烏丸さんを見上げた。


「あの……」


言葉を発するより先にあごをつままれる。


「ったく。とっとと襲ってくれと言わんばかりの目だな」


くい、と持ち上げられた。


「リクエストにお応えしようか?」

「うっ」


頬に全身の血が上がっていくのがわかる。

烏丸さんはまじまじと私を見つめ「しかし今の君は10割増しの仕上がりだからな。態度によっては流石の俺もわからんぞ」ととんでもないことを言い始めた。


「おとなしく俺に食べられてみる?」


そんな……。


彼は肉食動物のような鋭い視線を私に向けると、ぺろりと己の唇を舐める。

言葉が出ない。

じっと見つめられると、体が痺れたようになり……つい彼に従ってしまいそうになる。


「目を閉じて」


何故か甘くかすれる声。私は思わず瞼を閉じる。彼の顔が近づいてくる気配がした。熱い吐息が唇に触れる。もう死にそうなほどドキドキする。と、ふっと息が吹きかけられる。「ん?」目を開けると、意地悪な笑みを浮かべた烏丸さんの表情が目に入った。

顎から指が離れる。


「間抜けな顔」


そう言われてハッとした。


「なっ……」

「キスされると思った?」

「……!」

「そうかそうか。してほしかったのか」


ニヤニヤ顔が憎らしい。


「違いますっ!」


ぷいと背ける顔が赤らむのがわかる。


(今、完璧に流されてたよね……)


あのまま唇が重ねられていたら……。

拒んでいたかどうか自信がない。


(私ってダメだ……)


こんなに優柔不断な女だったなんて……。

落ち込んでいる私の頭をポンポンと叩き、烏丸さんは、笑う。


「さあ、来いよ」


人差し指をちょいちょいと曲げて私を招き、烏丸さんは長い足で部屋を横切る。忠犬はもちろん、ついていく。

天井から床まである大きな窓ガラスから、都会のビル群が見える。

奥に、黒く光るグランドピアノが見えた。


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