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「あの、今の会話、変でした?」
「変に決まってるだろう。それとも君の界隈は、あんなにギスギスしてるのか?」
「あ、いいえ。彼女は特別です。でも、烏丸さん、私に怒ってるように見えるから」
「その通りだ」
「えっ」
烏丸さんは怖い顔で迫ってきた。
「あのな、君は婚活に来ているわけじゃない。そもそも無職なわけでもない。何でわざわざ嘘をつく。嘘はな、この世で一番コスパの悪い行為だぞ」
「嘘なんてついてませんよ! 言わなかっただけです」
「その理由は? 隠す必要ないだろう」
なぜか、烏丸さんは怒っている。
私はうなだれた。
「確かに……言っても良かったですね」
「あんなわかりやすいマウントやり返せばいい。君が今、どうなってるかを知れば、負け犬なんて言葉は出ないだろうな」
なるほど。烏丸さんは私がバカにされたと考えていたのだ。
私は苦笑した。
「やり返しても、今度は彼女が嫌な気持ちになりますし、ループでしかないですよ」
「何だその平和主義。嫌な気分にさせてやればいい。目には目を。歯には歯を。同じ分だけ殴り返すのは当たり前の権利だろう。それとも君は彼女をいじめていたのか?」
「え? それはないと思いますけど」
うん。多分、ないと思う。
しかしこういうのは主観だからわからない。
「君と話しているとイライラするな。普通は何か恨みでもなければ、あそこまであからさまに敵対心を向けることはない。だから聞いている」
「心当たりなら……」
「あるのか」
烏丸さんは驚いたような表情を浮かべた。
「はい」
「……言ってみろ」
何か言わないと烏丸さんは許してくれそうにない。
本当は思い出したくもない出来事なのに……。
溜息混じりに私は言った。
「実はある会社でインターンをしてました。私に採用の声がかかって……でも、私は音楽教室の就職が決まったから辞退したんです。就職インターンじゃなかったですし。不義理をしたわけじゃありません」
「その時に彼女から、やめておけと言われたのか?」
私は首を横に振った。
「いいえ……英断だと褒めてくれていました。スキルのある人はいいね、と。ただ、採用話を蹴るなら、自分を推薦して欲しいと頼まれたんです」
「なるほど。断ったので恨まれたのか。ただの学生に、そんな権限ないからな」
「いえ……すぐに推薦しました……そして受理されたんです」
私の推薦なら間違いない、と言われてトントン拍子だった。
「はあ? 話が全然繋がらない。どこをどう聞けば、それで恨みにつながるんだ?」
「私が上から目線だった……みたいで」
烏丸さんの目つきがますます険しいものになる。
「君の話し方は最悪だ。時系列をおって全部話せ。でないと、自分の落ち度をただ報告しているだけになってるぞ。いいか? 起きたことは君と相手しか知らないんだ。味方を失うような説明はするな」
味方……。
私は彼の顔をマジマジと見た。
「烏丸さんは私の味方、なんですか?」
「当たり前だろう。君は俺が価値があると認めた人間だ。他人に下げられるのは許せない。そして自ら価値を下げようとするバカも許せない。放っておけるか」
ごくり、と私は唾を飲み込む。
そんな風に言われた事は初めてで……。
私は他人が「あなたはこういう人だ」と言えば、どれほど体感から離れていてもそうなのかと納得していた。
それが自らの価値を下げようとする行為だったかもなんて……思ったこともなかった。
ドキドキしながら私は過去を思い出し、ゆっくりと彼に伝えていった。
採用が決まった途端彼女はがらりと態度を変えた。
「私はあなたを助けてあげたの。だから、ありがとうなんて絶対に言わない。あなたの穴を埋めてあげたんだから感謝しなさい」
「え……? 私、頼まれたよね?」
「は? 私もあなたと同じインターン生なのよ? 立場は同じ。頼む必要なんてないでしょ。嘘を言わないで」
そう言われると、勘違いだったのかな、と思ってしまうのが私なのだ。
わざわざ「感謝なんてしない」と言われてしまうほど、もの欲しそうにした覚えもないけれど、そう見えたのなら、彼女の中ではそうなのだろう。
「わかった。内定おめでとう」
そう言って話を打ち切ろうとした。すると、
「あなた、私を見下しているでしょ」
彼女はさらにそう言って詰め寄ってきたのだ。
「え……」
「その目がそう語ってるのよ。私だけじゃない。みんな言ってる。あなたはそういう人だ、って」
「……」
「言い返さないってことは自覚があるのね」
自覚はない。ないけれど……。
自分で自分の目は見られないから、よくわからないのだ。
(びっくりするくらい落ち込んだ。みんなって言われたのを真に受けちゃって、卒業してからほとんどの人と疎遠になっちゃったのよね……)
ぽつりぽつりと語るメモリーを、烏丸さんは全部聞き終えると、目を釣り上げた。
「ったく、君は最悪だな」
「やっぱり烏丸さんの目から見ても私、見下すような目をしてるんですね」
「バカか!」
大声を出されてビクッとする。
「……違う。言われっぱなしでやり返さない君にムカついてるんだ。君の目に見下し? はっ? 腹が立ちすぎて頭が痛くなってきた」
おもむろに烏丸さんは私の手首を握る。
「えっ」
「来い」
そして大股で歩き出した。
「俺が戦い方を教えてやる」
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