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 烏丸さんと2人でエレベーターに乗り、烏丸本社ビルの中階に下りる。

 烏丸さんが向かったのは、ハイブランドのブティックだった。

 落ち着いた内装のフロアにはスタイリッシュな夏のスーツやワンピースが整然と並んでいた。


「烏丸様。ご来店誠にありがとうございます」


 黒スーツの店員が頭を下げる。烏丸さんも丁寧に挨拶を返す。

 外部で魔王モードは発動しないらしい。


「も、もしかして私のスーツを……?!」

「当然だろう」


 烏丸さんは頷き、早速吟味のスタイルに移っている。

 こっそり値札を見たが、桁が違いすぎていくらなのかわからない。


「……私、この間まで無職で……! こんな高級ブランド店では買えません……」

「貧乏元ピアノ講師に手が届く金額じゃないことくらい承知してる」

「まさか烏丸さんが? なおさら無理ですよ! 申し訳ないですっ」


 私なんかのために……と思わず言いたくなるが、行き過ぎた自己否定は迷惑になるからぐっとこらえた。



「君に断る権限はない。忘れるな。君はもう、俺の物だ」


 俺の物……!

 一瞬ドキッとしてしまうが、


「道端で拾った石を磨き上げるのは俺の仕事だ。隣にダサい女を置いておくわけにはいかないからな。これはれっきとした投資だよ」


 一気に現実を突きつけられる。

 それでも……。


「烏丸さん」

「なんだ」

「私の気を軽くしてくれようとしてますね」


 お金は大事だ。どんなに烏丸さんが言い訳をしても、一方的に与えられる申し訳なさは消えない。


「ありがとうございます。いつかちゃんと恩返ししますから!!」

「君はなんでも善意に受け取る。一体どういう育てられ方をしたんだ」


 烏丸さんはあきれたようなため息をつく。


「しかし今はそれでもいい。とっとと選べ」

「はいっ。ありがとうございます」


 私は任務を言いつけられたレンジャーの勢いで洋服に向かった。

 と言いつつも……。


(どうしよう。何から手をつければいいかわからない)


 壊滅的にファッションセンスのない私。

 結局烏山さんにいくつかのスーツを見繕ってもらい、フィッティングルームへ。


 1着目を試着してカーテンを開けると、仁王立ちの烏丸さんが、ジャッジする気満々で、でん、と待ち構えていた。

 ものすごいプレッシャーである。


「どう……でしょうか……」


 高級そうなスーツとは思うが、自分ではよくわからない。

 おしゃれセンスを磨くことなく、動きやすいワンピースで過ごしてきたツケがセンスのなさと言う致命的な結果に繋がっている。

 それにしても。


「くそダサい」

「えっ!!!!? 店員さんもいるのに……その言い方……!」


 私は仰天し、小声で烏丸さんのノンデリを嗜める。


「服じゃなくて着こなしだ」


 彼の手が私の肩を挟み込む。

 次の瞬間、私は鏡へと反転させられていた。

 背後から覆いかぶさるようにして、肩口に触れる。

 距離が近い。微かな香水の香りが鼻腔をくすぐる。


「肩のラインがズレてる」


 真剣な眼差しで左右を整え今度は腰へ指を伸ばす。

 彼がほんの数ミリ布地をずらすだけで、明らかな変化が起きるのに私は驚いた。

 うんと洗練されて見えるのだ。


「これでよし。あとは背筋を伸ばせ。自信がない人間に人は魅力を感じないぞ」


 うん、と大きく頷くと、烏丸さんはまた私を反転させた。1メートルほど距離を取り私の全身を舐めるように見る。


「……悪くはないが……ま、次だな。もっと君の魅力を最大限に生かす装いがあるはずだ」


 烏丸さんはこう続ける。


「いいか。服は鎧だ。置かれた舞台で周りの人たちにどう見られたいか。そこから逆算して選べ。君の身につけるものから、人は情報を受け取るんだ。烏丸怜の秘書として、舐められないためにも俺が君を素晴らしい商品へと磨いてやる」


 真剣な眼差しの奥に、プロのこだわりが見えた気がして私はハッとした。

 烏丸さんは今、人としての私じゃなくて「秘書倉田ひかり」という素材を見ている。

 拾った持ち物……ただの石ころ……をダイヤモンドに仕立てる事に集中しているのだ。

 いい加減本気を出さなくちゃ、その意気込みが無駄になってしまう。

 それじゃあダメだ!

 私は鏡の中の自分を凝視した。

 新しいステージで私のブランディングを確立させる。

 自分では自分の良さなんて分からないから烏丸さんの意見を素直に聞こう。

 しゃん、と背筋をのばしフィッティングルームへ。

 それからの私は着せ替え人形と化し、烏丸さんの前で淡々とファッションショーを繰り返した。



 いくつものスーツを取り置きした後、烏丸さんはパーティー用のドレスをチョイスした。


「パーティーには滅多に行かないが……一応着てみるか」


 背中が少しあいた、ふわふわしたシフォンのドレス。

 普通に生きていたら、一生着ることがないようなドレス……。

 でも私には馴染があった。

 だから腕を通した瞬間にこう思う。


(ああ、これよこれ。生き返った気分!)


 さっさと着替えてカーテンを開ける。

 烏丸さんが一瞬、虚を突かれたように口を開けた。


「……驚いた。見違えたな。スーツよりもドレスが似合うとは」


 何故か語尾が掠れる独特な声で烏丸さんは言った。


「ふふっ。ありがとうございます」


 私はフレアの裾をつまんでくるりと回って見せた。


「こういうの、ピアノの発表会で着慣れてるんです。私の戦闘服はこういうのかも」


 家にはまだ数着、ドレスがある。

 この先、二度とピアノ講師にはならないだろうから、全部、箪笥の肥やしになるだろう。

 センチメンタルな気分と嬉しい気分と相反する感情を味わいながら、何度もくるくると回っていたら、鏡に映る烏丸さんが、じっと私を見ていることに気がついた。


「あ、すみません。私ったら……」


 はしゃぎすぎたことを反省し、彼の目と目を合わせた時……。

 その目が、さっきと全然違う輝きを帯びていることに気がつく。

 私の知っている魔王の目ではない。


(なんなの? 烏丸さん、様子が変)

 

 なんというか、いつものからかうような感じが抜け落ちている。


「どうかしました?」


 おずおずと尋ねれば


「いや、一瞬君が妖精に見えた」


 一切の表情を変えずに烏丸さんは言った。

 

「よ、妖精!!!!」


 あまりもの例えように、口をパクパクさせていたら、


「こうして見ると君は本当に綺麗だな。俺の欲目でもなさそうだ」

 

 烏丸さんは追加の褒め殺しを繰り出してくる。


「君のポテンシャルは思った以上に高いな。嬉しい誤算だ。よし」


 烏丸さんは何か思いついたらしい。


「今夜7時から永保カンパニーの新作披露パーティーがある。永保は動画配信サービスの会社だ。聞いたことあるか?」

「もちろんです! サブスクリプションに登録してますよ」

「代理を立てる予定だったが、参加する。君もだ」

「パーティーに……私がですか?」

「ああ」


 烏丸さんはにやりと笑った。


「君の記念すべき初仕事だ。しっかり与えられた役目を果たせよ」


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