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 社長室の窓の外には摩天楼。

 窓側に大きなデスクが、中央に黒革のソファと小さなテーブルが置かれてある。

 震えるほど都会的でオシャレなビジョンだ。

 烏丸さんは窓際に立っていたが、くるりとこちらを振り返った。

 高い鼻、シャープな顎、整い切ったスタイル。

 自信に満ち溢れた立ち姿。

 ハリウッド映画の1シーンを見ているみたい。

 うっとりしている私に投げかけられたのは、


「来たな。無駄のプロフェッショナル」


 ブリザードみたいに冷徹な言葉だった。


 無駄のプロフェッショナル……。 

 ちっとも嬉しくないキャッチフレーズのお出迎えに頭の中がクラクラする。


「しかも水上の引率つきとはな」


 私は必死に言い訳をする。


「ビルの前でうろうろしてたらエスコートしてくれたんです」

「君は小学生か?」


 烏丸さんが呆れ顔で呟く。


「すみません」

「息を吸うように謝らなくてもいい。あいつは俺の幼馴染だ。偶然そこと繋がるのは君が持ってる証拠かもしれんな。それでこそ、俺が拾ったダイヤだ」


 はああ、なんだか買い被られていて、胃のあたりがしくしくする。

 天使だとか宝石だとか。その例えで分かることがある。

 等身大の自分を認められたわけではなく、雰囲気から将来性をかってもらえたのだ。

 ピアノ講師も自分から売り込んだわけではなかったのに就職が決まり、ある意味、今回と同じような流れである。しかしピアノにはそこそこの自信があった。

 今回はその時とは違い、大企業の秘書に自分が相応しいなんて全然思えない。


(きっと、すぐにがっかりされるんだろうな……)


 それでもここにやってきたのは、成長欲のせいだった。

 迷った時私はいつも自分が成長できる道を選ぶ。

  

「お勉強させていただきます」


 私が言うと、


「金をもらって勉強とか言う奴が一番嫌いだ」


 ピシャリと言い捨てられてしまう。

 保険をかけたのがばれたのだろう。とはいえ、今の自分には与えられるものなんて何もない。

 とにかくうんと背伸びをして、なんとか烏丸さんについていかなきゃ。


「しかし、どうも、パッとしないな」


 烏丸さんは腕を組むと高い位置から私をしげしげと見下ろした。


「……髪型を変えたのか?」


 不躾な視線が私の髪に注がれている。

 無駄、というワードを言われたくなくて、つい声が早口になった。


「はい。ストレート風にしてみました。日曜日には短く切ってきます。ショートボブに」


 彼はふん、と鼻を鳴らした。


「さすが無駄のプロフェッショナル。外さないな」


 どうしよう。その通りのワードを使われてしまった。


「え? でも長い髪こそ無駄だって思ってません……?」

「わかってるじゃないか」

「やっぱり!」

「しかし努力の方向が間違ってる。その髪を維持するのに何時間かけた? ストレートパーマをあてる暇はなかったろうから道具の手を借りたんだろう。それに君は俺の隣に並ぶんだぞ? ある程度の華やかさはあった方がいい」

「はい……確かに……」


 私はしょんぼりと肩を落とした。


 「あの、スーツはどうでしょうか。あるものを着てきたのですが」

「くそダサい」

「ですよね……」

「面白味のない紺のスーツ。就活生じゃあるまいし。まだ昨日着ていたほうがTPOにあっている。けどまあ、昨日の今日だし仕方がないだろう」


 ううう、辛辣。だけど、おっしゃる通りなので挫けない。


 烏丸さんは私に視線を向けると、人差し指をくいくい、と曲げた。


「来い」

「あ、はい」


 私はとてとて、と犬なみの素直さで言いつけに従う。


「もっと近くに」

「あ、はいっ!」

「もっとだ」


 私は彼の至近距離に立ち、彼の顔を見上げた。

 烏丸さんは腰を屈め至近距離にまで顔を近づけてくる。


「えっ?」


 吐息がかかるほどの距離に戸惑い、私は後ずさろうとした。


「動くな」


 しかし、制止されてしまう。

 烏丸さんは私の全身を舐めるように見ており、私の心臓は恥ずかしさでバクバクし始めていた。

 赤くなった私を観察者の眼差しで眺めながら、烏丸さんは髪へと手を伸ばす。

 ゴムが取られ、まとめていたウェーブヘアがふわっ、と背中に広がっていく。


「……!」


 手首が握られ、手のひらにゴムが載せられる。

 スキンシップに慣れていない私は、そんな些細なふれあいにすら、卒倒しそうなほど緊張してしまう。


「やっぱりな。こっちの方が断然似合う」


 そしてまた、シンキングタイム。

 誰かの目が私だけに注目しているという、特異な状況だけれど必死に耐えた。

 何もかも知識不足でまっさらな状態だ。私はまず烏丸さんの言いつけに従おう。

 ピアノを習ってた時みたく、素直に身を任せるのだ。そうすると、いつか指が、体が自然にメロディーを奏でだす。

 烏丸さんは顎に手をやりしばらく私を見つめていたが、やがてこう言った。


「君は無駄に美人だな」

「えっ!?」

「ルックスの良さはビジネスではむしろ邪魔になるかもしれない。虫がどうしても寄ってくるからな」

「虫とは……」

「男だよ」


 私は心の底から驚いた。


「もしかしてフォローしてくれてます? 飴とムチのバランス的な? ご配慮はとてもありがたいのですが、私そういうの不要ですから!」

「バカ。誰が君にそこまで気を遣うか。見たまま、事実を言っただけだ。君ってナチュラルに傲慢だよな。他人が自分にそこまで気を使っていると信じられるポジティブさが凄い。前向きフェニックスと名付けよう」

「不死鳥だなんて! 私結構いじいじしますよ」

「俺に会場を追い出された後、老人と公園で草笛とお絵かきで遊ぶ。前向きだろ」

「……言われてみれば」


 そこは納得するしかない。


「でも!」


 私は拳を握りしめた。


「虫のことなら心配無用です。今までモテた試しがありませんから!」


 そう。私は口説かれたことも告白されたことも、誰かと付き合ったことも当然ない。自慢ではないが、余計な心配はしないで欲しいと言いたかった。


「なるほど。せっかくの美点を腐らせていたと言うわけか。それはそれでつまらんな」


 烏丸さんはきっぱりと言った。


「よし。まずは石ころをダイヤに変えるプロジェクトだ。今から君を磨き上げるぞ」


読んでくださりありがとうございます。ポチッとしていただくと嬉しいです!

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