婚約破棄で処刑? いいけど、死ぬのは其方です
今でも夢に見る幸せな光景がある。
場所は屋敷の広い庭、あるいは遠くの領地にある広い草原だ。
そこを私と幼馴染の男の子が歓声をあげて無邪気に駆け回って遊んでいる光景である。
勿論、私達の傍には両家の家族が勢ぞろいしている。誰も亡くなってはいない。
私は当時、両親とそのお供達の温かい目にいつまでもずっと見守られていると思っていた。
しかし、今は誰も居ない。
仲の良い幼馴染もどこか遠い存在になってしまった。
それが辛い現実だ。
「あら、今日も居るのね。あの呪われ女」
「何であんな方が王太子の婚約者なのかしら」
「何か王家の弱みでも握っているんじゃないのか?」
「おかしいわよね。あんな方よりよほどふさわしい方はいくらでもいるわ」
「あんな方が婚約者だというなら私達だって……ねえ?」
王立学園の廊下を歩いていると堂々と陰口が聞こえて来た。
わざと私に聞こえる様に噂している。
そんな性格の悪さだから相手にされないんだとなぜ気づかないのだろうか。
私としては殿下などよりこの娘達の頭の中身に興味がある。
侯爵令嬢という高貴な肩書と地位を持つものの、私が学園でその扱いを同級生から受けた記憶は無い。
あったとしても表面上のものだ。
なぜなのかは理解している。
私が王太子殿下の婚約者だという事実を認めない者が多数存在するからだ。
王家が決めた婚約であるのになぜその様な状況が発生するのか?
一言で言うと王太子殿下ご自身がその状況に納得していない事が大きい。
その証拠に殿下は明らかに耳に入っている私への中傷を止めようとはしない。
先に述べた同級生達が私を軽んじる事はその事が遠因となっている。
確かに王太子の側から私に文句を言いたいことはあるだろう。
王家直系の代々品種改良されてきた美しい容貌。
そして文武両道の見事な才能は万人の認める所である。
翻って、卑下するつもりは無いが私の容姿は貴族令嬢としては至って凡庸である。
少なくとも王太子と釣り合う器量とまでは言えない。
更に私自身に他者との協調性が欠けている事も原因なのだろう。
尤も、意見を言わせてもらえばこれは後天的なモノだ。
貴族間で我が侯爵家を忌避する傾向があるからである。
この事に関しては何も言えない。
実際、お爺様の代に我が家で凄惨な猟奇殺人事件があったからだ。
殺人者はお父様の実家である当時の侯爵家嫡男。
そして被害者はお母様の実家である伯爵家の令嬢。
つまり現侯爵家は外部から貴族の配偶者を娶る事が難しくなった両家が結びついた結果という訳だ。
殺人者と被害者が同じ家族になる異様さは当時大分話題になったらしい。
恐らく貴族にとどまらず平民達の間でも呪われた家として騒がれた我が家を知らぬ者はいないだろう。
かくして私は生まれた時から『呪われ令嬢』の異名を世間から賜った訳である。
だが幼少期にはつらい思いをする事も無かった。
当時の侯爵家・伯爵家の交友関係で付き合いを切らす事が無いごく少数の家もあった。
私の幸せな記憶は大部分がそういう方達の間で育まれたものだ。
その時の記憶があるから私は絶望せずにいられるのである。
廊下の先から人の形を纏った今の現実が歩いてきた。
学園でも特に親しくしていない私の婚約者である。
恭しく後ろに付いてくる未来の側近達の中に、私の幼馴染が居た。
そして私の立場ととってかわる気満々のアルタウス伯爵令嬢も。
その指には学生に似つかわしくない家紋をあしらった豪華な指環が嵌っている。
「やあ、ごきげんようカミラ。今日も研究室かい?」
「はい、殿下。失礼いたします」
特に親しげに言葉交わす事も無く五秒ほどで会話は終わる。
いつもの光景だ。
周囲の生徒達もその親も著しく勘違いしているが、別に私に殿下への愛情がある訳では無い。
あるのは愛情でなくとある義務である。
私は立ち去る王太子殿下の華やかな空気を背に研究室へ向かった。
専用の研究室に着くと私は肩の力を抜いた。
王立学園の中になぜ生徒の研究室があるのかというと私が望んだからだ。
国王陛下は私の願いをかなえてくれた。お心の内までは分からないが。
義務を果たす為に必要だと云われたら断りようもないのだろう。
私は誰も寄り付かない旧校舎の一室に閉じこもっていつもの研究を始めた。
一応建前上、既定の授業は受けなければならない。
将来の国母としてはそれにふさわしい成績を目に見える様に周囲へ示す事も義務だからだ。
それ以外は極力、私はここに引き籠って研究を続ける。
母の実家から代々伝わる秘術を。
よくよく考えれば全ての不幸も今の環境も全てはここから発しているのだ。
しかし、研究をやめる訳にはいかない。
実質的に使う事が出来ても様々な面でまだまだ不完全だからだ。
母が早世したのもそのせいであり、遺言通りより完全なものに進化させなければならない。
それが私自身の為にもなる。
そのままいつも通り私は研究に没頭した。
既に入室してから軽く二時間は経った頃、紅茶を淹れて一息つく。
研究が当初の目的から形を変えて報われそうな事から根を詰めすぎた。
研究の完成までもう少し、もう少しだ。
そうすれば私の負担も少しは和らぐだろう。
「ふ、それにしても、私が王太子の婚約者か……」
数多いる令嬢から羨望される立場である筈なのに特に嬉しくもない。
王太子妃になる道を強制されているのは勿論、当事者本人達の希望ではない。
彼方は命令、こちらは義務で繋がっている関係だ。
国王陛下の口ぶりでは正確に理解しているかどうか怪しいけど。
もし、実家がそしられる事が無い状態で生まれ育ったのなら誇らしく思えたのだろうか。
一瞬そう思ったがすぐに否定する。
この年齢に至るまで人から悪意を受けすぎた。
無垢な性格で生れ育った別の人生など想像もつかない。
結局、母の実家から受け継ぐ子の秘術は公に幸せになる為のものではないだろう。
ある人達にとっては福音かもしれないが常に暗いイメージが纏わりつく。
今日の研究に一段落つけてすっかり暗くなった校舎を歩く。
いつもはそのまま帰るのだが、生憎と今日は別の用事があった。
教室に置き忘れた教本があったのだ。
実は本日の授業が終わった後、気づいていた。
取りに戻らなかったのは生徒達の私に対する陰口を聞きたくなかったからだ。
夜に研究室を出てから誰も居ない教室に取りに行く方が精神的に楽だと判断した。
学園で扱う学問で実家の秘術の研究以上に興味が引くモノは無いがしょうがない。
学業の総合成績だけはトップをキープする事がささやかな私の矜持だ。
新校舎の方へ入ると明かりはまだスポット的に何か所か点いていた。
大教室に到着してすぐに私の座っていた場所を探す。
すると机の真下の収納部に置き忘れた教本があった。
「物語の中のイビられ令嬢なら破かれていた所ね」
王太子の婚約者であり上級貴族という立場から具体的にいじめを受ける事は今の所、無い。
ぼそっと独り言をつぶやいて教本を持つ。
すると静寂の中で妙な声を聴いた気がした。
辺りが暗いので人気は無い。生徒達もほぼ帰っている筈だ。
居るのは普通、学園設備の常駐管理人くらいの者だろう。
気になった私は声の方向に向かって歩いていく。
どうやら普段私が行く事のない方角である。
すると私の気配を感じたのか、かすかな声と動く音が一瞬消えた。
見上げた部屋のプレートに『生徒会室』の文字があった。
流石の私も不気味なものを感じて立ち止まった。
そのまましばらく動かない。
普段から殿下初め生徒会執行部役員はこの時間も居るものなのだろうか。
疑問に思っていると、ゆっくり生徒会室の扉が空いた。
「……殿下?」
「! や、やあ……カミラか」
生徒会執行部のお仕事ですか。遅くまでご苦労様です。
当たり障りのない言葉でその場を去ろうと思った私は殿下の陰に見えたモノに気付いた。
誰かの手だ。その指に目立つ指環がある。
しかし、その手は殿下が私が声を出したタイミングですぐ引っ込んでいた。
よくよく考えると空いた生徒会室は人工的な明かりが完全に消えていたはずだ。
初めから。
「偶然ですね。では失礼します」
私は何も問わずにその場を立ち去った。
王太子と伯爵令嬢が遅い時間に王立学園で逢引きとは。
確かに他の王室予定と違って学園の活動ならと多少は言い訳が付きやすいだろう。
警備も万全だ。
それにしても学び舎でする事か、と思う。
あまり意識していなかったが付き人や警備諸々、殿下の事情をわきまえた者達の協力なくしては出来ない事だ。
見えやすい部分が優秀でも人格まで高潔とは限らない。
実にわかりやすい具体例を目の当たりにしてしまった。
(好きにすればいい)
私は心の中でため息をついてから帰途についた。
そして、その翌日から殿下の私に対するアタリが明らかに強くなった。
今までの当たり障りない対応ではない。
むしろ積極的に私を貶める方向に、である。
今までは周りに言わせていた私に対する悪口を積極的に殿下自身が吹聴している。
勿論、周りに諫める者はいない。
講師という立場の教官達も知らんぷりだ。
国王陛下に次ぐ第二権力者がそういう振る舞いをしているのならば下っ端根性と大衆心理に踊らされるのが関わりない者達の行動原理だ。
殿下は恐らくあの時、伯爵令嬢との逢引きに私が気づいた事を察したのだろう。
否定しようのない形でバレてしまったからには開き直るしかない。
寧ろこれをきっかけにどうにかして私を婚約者の座から退かせたいという考えと思われる。
普段から厳しい視線に耐えて成長してきた私は忍耐力が恐らく常人以上である。
どこ吹く風と悪意を受け流し聞こえないふりして日常を送る。
しかし、流石に限界があった。
権力者が積極的に悪意の中心になって襲い掛かってくるのだ。
先日私がぼやいた冗談が本当になった。
教本は気づかない内に破られ、通りすがりにわざと体をぶつけられ、足をかけられる。
貴族だけでなく平民までもがそれに加わる。
ついにはまともに校舎を歩けなくなった私は研究室に籠るようになった。
そして、今まで私の研究室に寄り付かなかった殿下が今日初めてやってきた。
穴熊状態になった私を巣から追い出す魂胆か?
そう思ったが違った。
どうやら私の思った以上に殿下は暴走している様だった。
「君と、婚約を破棄する」
その言葉を告げた殿下の顔を私はまじまじと見つめた。
殿下も見つめ返す。
今や殿下の私を見る顔は『汚物』を見るかの様な表情である。
確かに私達は王命で婚約者になった。
しかし、私がここまで嫌われる筋合いはない。
いや、あるとしたら親世代の作った忌まわしい家の評判か。
親の罪は子に及ばず、というごく当たり前の常識はこの国では通用しないらしい。
「君と婚約を破棄する。思えば私達は不幸な婚約者同士だった。
好きでも愛し合っている訳でもない、ただ父の命令に従う為だけの、な」
その点は全く同意だが、どちらかというと破棄で困るのは私ではない。
「今、殿下がおっしゃられた様に、この婚約は王命です。
殿下の意志一つで自由に変えられるとでもお思いですか?」
「思うさ。父上が一体何を考えて君を私の婚約者にしたのかは今もってわからない。
しかし、この不幸な関係を続ける以上の理由があるとも思えない」
「理由があったとしたらどうするのです?」
「どんな理由だ? 王族に必要な儀式の巫女とかいう奴か?
あんな事誰でもできるだろう。そもそも君が巫女などという話も怪しい」
「……」
「ほら、言ってみたまえ。
遠慮する事は無いぞ。取り巻き達は全員外に待たせてあるからな。
ここの部屋の会話は聞こえない」
「……」
「どうした? 言えないのか? ここには私達二人しかいないぞ。
この際だ。言いたいことを言えばいい。
自分の扱いについての不満などもあるのだろう?」
「……何か文句を言えばそれを逆手にとって婚約破棄の理由にするのでしょう?」
「ほう。やはり君はこざかしい知恵が回るな。
それほどまでに私の婚約者で居たいか? 未来の王妃にそうまでしてなりたいのか?」
「……」
「君は確かに勉学では私をしのぎ、学年首位だ。しかし、ただそれだけだ。
人と交わらず協調性もない。王妃教育も受けずに何やら怪しげな研究に没頭しているだけだ。
そんな者に未来の国母が務まるか!」
「……国王陛下にお話しください」
「わかった。同意しないのだな。
せめて二人の意志が統一出来ていれば少しは穏やかな今後も補償出来たものを」
「陛下はお認めにならない筈ですよ」
「ところが、違うんだな。私が意味もなくこんな陰気な場所にわざわざやってきたと思うのか?」
「!」
得意げに殿下が私に見せた証文。
そこには私との婚約破棄を許可する旨の文が書かれていた。
おまけに偽造できない王印まで捺印されている。
アルタウス伯爵令嬢との逢引き。私に対する殿下の増長。婚約破棄の証明書類。
成程、そういう訳か。
つまり、国王陛下は切り捨てる決心をした訳だ。
そう考えると切り捨てられる側はどちらか。王太子殿下か、私だ。
普通に考えればまず切り捨てるのは他人の私の方が確率が高いだろう。
幽閉か、それとも死刑か。
いずれにしろ我が侯爵家との長年の約束を破るからには危機がやってくるのは間違いない。
真実を知らず能天気に目の前で勝ち誇るこの男に対して私はどの様に行動すべきか。
さほど迷わずに結論が出る。
私は殿下に残酷な真実を告げて王宮に多少なりの混乱を起こす方を選んだ。
自分だけ謂れのない罪や秘密を抱えて静かに滅びていく趣味は無い。
この後の国王陛下の判断によってはこの王国の行く末を左右するものになるだろう。
「ふふふ、黙ってどうした。何も言えない様だな」
「……婚約破棄になったとして、貴方はどうなるというのです」
「何をわかりきった事を。決まっている。
愛しい我が恋人。貴様とくらぶべくもない気品あるアルタウス嬢と婚姻を結ぶ。
彼女は私の子を身籠った。輝かしい未来が待っているだろうよ」
やはりそうか。アルタウス伯爵令嬢の妊娠が引き金だ。
するとこの後の展開も先程予想した通りになりそうだ。
「そう簡単にはいかないと思いますよ」
「ふん。ここに至ってまだ負け惜しみか! なぜそう云えるというのだ?」
「なぜなら、殿下。貴方は既に死んでいるからです」
「……何だって?」
理解出来ないのも無理は無い。
誰だってそんな事をいきなり言われたら思考停止するだろう。
優しい私は繰り返し事実を述べてあげる事にする。
「だから、貴方はもう死んでいるんです」
「ははは……っ!」
殿下が腹を抱えて大声で笑いだした。
廊下に控えさせている側近達も驚いて入室してくるのではないか。
だが入室はしてこなかった。
権威を持つボス犬によく躾けられた犬達だ。
「……はぁー……君は冗談の才能があったんだね。
しかもこの上なく飛び切り下品で下種でむかつく才能が」
「お褒めにあずかり恐縮、と言いたいところですが事実です」
「馬鹿馬鹿しい。私のどこが死んでいるんだ!」
「貴方はかつて眠り病に罹っていましたね」
「ふ、それがどうした。今は医者もお墨付きの健康体だ」
「貴方が口にした不定期な神殿での神への祈りの儀式は?
どう説明します?」
先程までの殿下の笑い顔が変わった。
真顔とまではいかないが怪訝な表情に変わる。
「三日に一度、王族の義務といって巫女の私が貴方に行っているアレですよ」
「あの事がなんだというんだ」
「先程殿下がおっしゃられた通り、私は巫女などではありません。
あれは貴方に対する、一種のポーズ。らしく見せる為の方便です」
「方便だと……」
「そうです。考えた事は無いですか?
王族の義務という割には貴方以外の方は誰一人行っていないという事を」
「……世継ぎの王子のみが受ける事を聞いている」
「あの時、私は貴方の死んだ体を維持する為の施術をしていたのですよ。
さり気なく、ね」
「……」
「私の母の家系はかつて魔女の家系と呼ばれた事があったそうです。
何故かお分かりですか?」
「……」
「死者を呼び返す禁忌の魔術、死霊魔術の使い手だからです」
♦
『侯爵家の惨劇』
世間で言われている事件は私が生まれる一年前に起こった。
名門侯爵家の跡取り息子が婚約者の妹と浮気した挙句、猟奇的に殺害した事件。
世間ではそう認識されているが真実は違う。
祖父の頼みにより亡きお婆様より秘術を継いでいたお母様は死んだ妹を蘇らせた。
だが真実を告げられる事無く増長した妹は姉の婚約者を寝取ってしまった。
その結果姉の怒りを買い、施術されないまま姉の婚約者の褥で再び亡くなった。
ぐちゃぐちゃにとろけて腐りきった死体となって。
これが真実である。
死霊魔術の存在を公に出来ない関係で単なる猟奇殺人事件として片付けられたのだ。
そして同年、偶然にもある不幸が起こった。
当時二歳になる王太子がおそらく病気で亡くなったのである。
当時の噂からすると国王は若い時から女性関係が派手だった。
しかし、様々な女性に手をつける割には子供は作らない。
「女遊びはこうして綺麗にするものだ」
そんな最低な事を嘯いていたとの噂もある。
しかし王位を継いでいざ跡継ぎをとなった途端、逆の立場になった。
子供がなかなか出来ないのだ。
王妃だけでなく散々愛人を抱えては試したものの生まれない。
今考えれば単純に国王側に問題があったのかもしれない。
しかし、散々悩み通し女をとっかえひっかえした努力?の日々は最終的に報われた。
それが王太子である。
だが、その王太子が死んでしまったのだ。
今度は散々嘆き悲しんだ王がした事は乳母の処刑だった。
責任を感じた自殺という事になっているが当時流れた噂ではそうらしい。
完全に濡れ衣ではあるが他に気持ちを処理する方法は無かったと思われる。
絶望に捕らわれたままの王に、寵臣がある情報を王に吹き込んだ。
自分が調査中の事件に解決の糸口があるかもしれない、と。
我が侯爵家の調査を任されていたのがその寵臣だった訳だ。
侯爵家の別邸で亡くなった伯爵家の令嬢。
侯爵家の御曹司は気がふれていたが、周辺の数々の調査でおかしな点が発見された。
それは死体の状態だ。
そもそもどの様に殺せば死体がこのような状況になるのか想像もつかない。
御曹司の褥にあった死体は完全に腐りきっていたのだ。
どう考えても昨日今日に腐ったモノではない。
それなのに伯爵令嬢は前日まで間違いなく生きていたという確実な証言が複数ある。
まるで時間を止めていたモノが、一気に時間が進んで腐った様だ。
調査員からはそう報告が上がっている。
王国の重要な臣である高位貴族の名誉に関わる事件だ。
真実を明らかにした上で取り潰しも検討する必要がある。
寵臣は侯爵家・伯爵家双方に尋問を行った結果、怪しい話が飛び出してきた。
伯爵家に伝わる怪しげな死霊魔術、ネクロマンシーを。
その後様々な経緯があった結果が現在の状態である。
王家は王子を生き返らせたい。侯爵家・伯爵家は取り潰しを免れ存続したい。
両者の思惑は一致して王子は極秘に生き返り、伯爵家は侯爵家に吸収された。
そして、目覚めはさせないものの王子の遺体もとりあえず蘇った。
死んだ肉体を維持させるのが死霊魔術だから難しくは無い。
当時の死霊魔術では蘇り人の時を進める事が出来なかった。
だから王子の体は死霊魔術を使って二歳の幼児のまま腐らず、眠った状態で存在する事となったのだ。
国王は侯爵家に様々な脅迫と援助を与えて研究を進めさせた。
お母様はお家の為研究に忙殺した。
そしてついに確立させたのだ。蘇り人に年を重ねる技術を。
その結果、ついに王子は目覚め、時を刻み始めた。
奇しくも侯爵家令嬢として生を受けた私と同年代として。
♦
「くだらん作り話をっ!」
「ま、そう云うでしょうね」
生きている筈の存在に、自分が死者と認識させた上で生活させる事なんて出来ない。
気が狂うかいずれにしろ真面な精神状態で居られる訳が無い。
亡き母の言葉である。
信頼できる者達が常に傍に寄り添いフォローする事が出来るのなら別だが。
「貴様の云っている事に証拠は無いだろうが!」
「真実を確かめたかったら父王陛下にお聞きすればいいのでは?」
「そんな下らん世迷言など話す価値もない!
……非常に興味深く不愉快な話だった。
ありがたく思え。私の名誉にも関わるこのくだらん与太話はかつての婚約者への情けとして不敬罪に問わないでおこう」
「大変ありがたく存じます。王太子殿下」
「その澄ました面がどう変化するのか見ものだな。
婚約者の実家として王家に庇護されてきたお前の家は終わりだ、呪われ令嬢め。
屋敷に届く正式な通知を見て震えるがいい」
紳士の皮を派手に破り去った殿下は荒々しく扉を開閉して去って行った。
私は最近癖になっている溜息をまたついてポツリと一言漏らした。
「……誰の為にやっていたと思っている」
事が動いた以上グズグズしては居られない。すぐ今後の為の準備をしなければ。
研究室の中を手早く見回して持ち出すものを選別する。
すると、閉まった扉が再び開いて見知った人物がそっと入ってきた。
私の幼馴染であり優秀な故に王子の付き人に選抜されたオリバーである。
「……大丈夫か? 何を言われたんだ?」
「こうして話すのは久しぶりね。婚約破棄したいそうよ」
「はぁ!?」
ほんの一瞬呆然とした後、オリバーが舌打ちして苦々しく吐き出す。
「何も知らんあの馬鹿が……」
私以上に憎々しい感じだ。
その様子を見て私の気が少し晴れる。
「で、どうするんだい?」
「どうもしようもないわ。成るがまま耐えるだけ。知っているでしょ?
むざむざ滅ぶつもりもないけど」
「……そうか」
「それより、大丈夫なの? ここに来て」
「平気だ。少し小用に行くと行って抜けて来た。
私は殿下の側近と云っても所詮は最後尾だしな。
極端な話、あいつにはアルタウス伯爵令嬢が傍に居ればいいのさ」
憎々しげに吐き捨てたオリバーを見て私のもやもやも多少収まる。
「私に何かできる事は無いかな?」
「何も。今まで通りでいいわ。変に私を助ける様子は見せないでね。
貴族としての貴方の立場があるし。情報をもらえるだけで私には充分」
「……済まない、役に立てないで」
済まなそうな表情を見せたオリバーにかえって済まない気がしてくる。
「ありがとう、オリバー」
「?」
「貴方が居るから自分が一人じゃないってまだ思える。
でも、貴方までいつまでも過去に縛られる事はないのよ」
「君は賢い筈だが、時々人の気持ちをわかってないな」
「え?」
「私は私の意志で動いている。私自身がそうしたいだけだ」
オリバーはそう言うと軽く手を上げて殿下と正反対に静かに扉を開閉して出ていった。
♦
選別した機密書類を持って研究室を早足で出る。
両手一杯溢れんばかりの荷物を抱えて急ぐ私は傍から見るとさぞかし滑稽だろう。
放課後になってさほど時間が経っていない。
ちらほら廊下に立っている生徒の間を縫って私は校門へ向かう。
今日はいつもの時間に屋敷からやってくる馬車を待っている時間は無い。
「あぁら、呪われ令嬢がまた何を慌てているのかしら」
「先程、憤慨したご様子の殿下と取り巻きの方が出てこられたわよ」
「人を不快にするのが得意な方だから気に障る事でもおっしゃったのでしょうよ」
聞きなれた罵倒も嘲笑も今まで以上にどうでもいい。
何も知らないという事はある意味幸福だ。
まさかあの令嬢もこの令嬢も、実は今まで死人に憧れていたと知ったら卒倒するかもしれない。
(貴方達の最愛の王子様は、実は死人だったのですよ?)
その私の心のつぶやきは永久に誰にも聞かれる事はない。
急いで屋敷に向かう。自分の身を守る必要があったからだ。
私なりに国王陛下の思考を読んだ結果である。
まず、殿下が願った私との婚約解消を国王陛下が許可した理由だ。
国王陛下は殿下の子が出来たとわかった時点で殿下の役目は終わったと判断した。
死んだ体だが普通に活動する分には生きた存在と変わらず、精はある。
伯爵令嬢と成した直系の子供が居れば万が一殿下が亡くなっても大丈夫。
そういう思考があったのではないか。
かといって、むざむざもう一度死なせる事も無い。
私が居れば私の命続く限り殿下もまた生き続ける事が出来るからだ。
その後に取る方法は二つある。
①殿下を完全に見限り、事情を知る私を処分した後で殿下に不慮の死が訪れる。
②正妃は伯爵令嬢に。殿下を生かし続ける為、婚約破棄させた上で私を幽閉する。
恐らく②だと信じたい。
だが、どの道私にとって楽しい未来ではない。
今後の国王陛下の思考もある程度は読める。
そもそも、どんな奇跡も毎日見ていればそれはやがて日常になる。
生き返らせた王太子が普通に存在する事もやがて当然になる訳だ。
王子が生き返ってから早十五年超。
国王自身の衝撃的な当時の記憶も多少は薄れる頃だ。
どう見ても元気溌剌、ぴんぴんしている王太子が死人などとは思えない。
おまけに本人は事実を知らないで楽しく普通に日常生活を送っている。
そんな光景を毎日見ていると別の考えも湧いてくるだろう。
お母様が王室に呼ばれたのは乳母が殺されて間もなくだ。
それこそ殿下が死んだ次の日である。
実は、そもそも王太子は初めから死んではいなかったのではないか?
一時的に死んだような仮死状態とかになっていただけだったのではないか?
あの女(お母様)は魔術で生き返らせたふりなどしていて実は我々をだましていたのではないか?
おそらくそんな所だろう。実に分かり易い。
ならば更に陛下が次に考える事はどういうモノか、これも予想が付く。
逆ギレである。
私と王太子殿下は国王陛下の見えない所で完全決裂した。
私が今後王太子の面倒を見る事が無いから彼が墓場へ直行するのは確定事項だ。
彼の『肉体維持作業』をしたのは昨日だから、あと二日後猶予がある。
その間に打てる手を打っておかなければならない。
殿下が死んだ時点で私には何らかの沙汰が下されるだろう。
私は婚約者だったのに王太子の面倒を見る事を放棄した。(と、いうより自分がさせたのだが)
王太子を見殺しにした責を問う。
恐らくそんな身勝手思考だ。
王太子はちゃんと生きていると一方的に錯覚した自分自身。
私を不要の存在と軽んじ嘲り見下した挙句、婚約破棄を望んだ王太子。
そんな過去の自分達の愚かさを振り返るより私に負の感情を押し付けるだろう。
何が何でも兄弟筋に王位を渡したくないと思っている欲深い国王だ。
確かに跡継ぎである唯一の王太子を失う絶望はわかる。
だがそんな身勝手思考にこちらが黙って付き合う義務はない。
辻馬車を拾い、屋敷に飛んで帰った私を執事長であるローレンツが迎える。
代々侯爵家に仕え、私が小さい時から全幅の信頼を置く「爺や」である。
「お嬢様! どうされました!?」
「爺! 例の件、今日になったわ。
この後どうなるかわからないけど、一応身を隠します」
「なんと! ……左様でございますか
最悪の事態も想定しておいた方が宜しいですな」
ローレンツの問いに私は無言で頷く。
「賜りました。至急ご準備を。使用人全員集まれ!」
只ならぬ様子に屋敷の使用人が集まる。なんだかんだで30人以上の大人数だ。
先頭切って駆け付けたのはローレンツの息子、ダグラスである。
「お嬢様! 父さん、どうした!?」
「ダグラス、我等が侯爵家の非常事態だ!
予ての打合せ通り、お前はお嬢様をお守りして侯爵邸の別邸へ移れ。
皆もよろしく頼む」
「了解! お嬢様、しばしお待ちを!」
「私共はお嬢様の出立の準備を!」
「遠乗り馬車の用意を致します! 予備の馬車も!」
「至急、食事のご用意から携行食の準備へ切り替えます!」
突然の準備に飛んで行くダグラスと皆を見ながらローレンツに述懐する。
「さて、いよいよね。まさかこんな日は来てほしくなかったけど……」
「お嬢様は充分に耐えてまいりました。
我々は旦那様やお嬢様にどこまでも従う所存でございます」
「ローレンツ、貴方もこちらに来た方が……」
「お嬢様。書状なり人なり……もしくは兵なり、何が来ても旦那様と屋敷を仕切る執事長が不在では怪しまれましょう。
こちらに残る皆もいます。
どうかお嬢様はこの老骨ではなくご自分のお身を案じられますよう」
「……わかったわ。すまないわね。後の事はお願い」
「かしこまりましてございます」
頷くと私は次にお父様の寝室に足を運んだ。
死霊魔術の代償として命を削った母の跡を追う様に亡くなった父の亡骸があった。
肉体的には生きている様に見える。
小娘一人が侯爵家当主としてやっていける訳もない。
実務はローレンツに分担してもらって表面上は病弱ではあるが生きている形にした結果だ。
「お父様、結局穏便には済ませられませんでした。すみません」
生きている時と何ら変わらない暖かいぬくもり。
恐らく私が王都に戻る頃には処置は不可だろう。
『私達の代の業をお前に背負わせてしまった。すまない』
生前の父の言葉が蘇る。
私は少しの間だけ涙を流して動かぬ父と抱擁した。
全ての準備は整っている。最早後戻りもできないし決心も付いた。
心ならず幼少期から国の暗部にかかわっているのだ。
様々な状況を常々頭に描いて想定している。
以前からの打ち合わせに従って屋敷の人員を決められたメンバーに分けた。
一方は屋敷にこのまま残り、残り半数は私と共に王都を出る。
向かう先は我が侯爵領の飛び地の辺境である。
人口より魔獣がはるかに多い山々に囲まれた辺境の田舎だ。
そして私が屋敷を発った翌々日の午後、王太子が急逝した。
同時に国王から私への捕縛命令が出された。
情報はオリバーが手配した早馬便による緊急通達からだ。
私は深くため息をついた。
どうやら想定しうる中で私にとって最悪の事態になった様だった。
♦
結論から先に言おう。
我が国は生まれ変わった。王族が支配する国から私が実質的に支配する国に。
なぜなら国王一派は私の僕となった「死者」の軍団に駆逐されたからである。
全ては死霊魔術のもたらした結果だ。
我が家に伝わる秘術である死霊魔術は発動者自身の生命力を削る。
それを解消する為の研究に没頭した結果、生命力の消費を抑える事に成功した。
発想を転換させた極めて単純な方法で。
私は、見た目生きている「死者」の僕を造ることが出来る。
そうしたら今度はその僕が自分に従う者を増やせる様にしたのだ。
要するに、たとえが悪いが私はねずみ講の親玉になるという訳である。
死者を現世に繋ぎとめる為の魔術が忠実な手下を増やす魔術に変容してしまった。
やむを得ない事だったが、まぁ今回の事を考えれば結果的には良かった。
発想のきっかけはアンデッドモンスターが増殖する方法からだった。
尤も、私の改良型死霊魔術の場合、基本噛みつく必要は無い。
支配する者が対象者を殺して自らの血をその肌にばらまけばいいだけだ。
それだけで見かけは傷ついた?生者と変わらない忠実なアンデッドの完成である。
死霊魔術は魔力の残滓が血液に残る。
それを利用して伝染病の様に感染する様にした訳だ。
人が聞いたらやはり気持ち悪いと思うかもしれない。
だが死霊魔術が大っぴらに公表される事など絶対に無いのでどうでもいい。
『肉体維持』の施術は三日に一度。死者の僕の増殖。
いずれにしろ私の研究成果は今回の降りかかった災厄に対して大いに生かされた。
全ては勝ち誇った顔で別邸に乗り込んで来た国王軍兵士達をダグラスが倒す事から始まった。
私の部下達は別に剣技に優れている訳ではないが何の問題もない。
ここは私の館だ。随伴メンバーは選抜済み。罠に入ったのは向こうである。
ある者は私を庇い、そしてある者は兵士に襲い掛かる。
切られても死なない私の部下達は数で兵士達を圧倒して殺した。
その結果、死んだ兵士達はあっさり私の支配下に入った。
私の僕となったかつての国王軍兵士達は今度は自陣に戻り同僚達を次々と襲った。
自らの身を傷つけて私の魔力残滓が入った血を振りまきながら。
そこから先は倍々ゲームである。
私は不滅の部下達に身を守られつつただ戦況を見ていればいい。
何せこちらは蘇り人の軍隊なのだからこれ以上死なない。そして向こうは死ぬ。
死んだら死んだで私の死霊魔術の支配下に入り今度は私の手下となる。
つまり、戦えば戦うほどこちらの武力はひたすら増える。
最終的に国王側が勝てる筈もないのだ。
おまけに生者からしたらかつての味方が突然豹変して襲ってくる訳である。
狼狽しまくっているから私の軍団は非常に勝ちやすい。
蘇り人の部下達だけ連れて人目の付きにくい田舎に引き籠ったのはそう云う事だ。
別に逃げ出した訳でも世を儚んで隠遁した訳でもない。
開き直った私が逆襲の狼煙を上げるのを人目に付かない様にする為であった。
『この忌々しい魔女がぁっ!』
最終的に王宮へ乗り込んだ私に向かって今わの際に吐いた国王の一言である。
こうなった以上否定はしないが全てはまず自身と息子の愚かさを嘆くべきだろう。
自分の非を認めず責任転嫁する負け犬の遠吠えは私の心には全く響かない。
それに現在、その国王は実質私の僕になった。
自分で言うのもなんだが私は自らの僕には寛大なご主人様である。
私に対するお咎めは悔い改めた国王の布告であっさり無かった事にされた。
こういう時、専制君主の治める王国制は便利だ。
一人の王者によってどの様な出来事も何でも強引に押しとおせるからだ。
そして国王がそう云うのならばどんな感情や疑念を抱こうとも国民は大人しく従うまでである。
そもそも圧倒的多数の平民は貴族間の力事情など別世界の話だ。
せいぜい大いに虚構入り混じる面白おかしい創作劇のネタになるのだろう。
表面上誰も死んでいないから最終的には何事もなく丸く収まるしかない。
王家が極力、死霊魔術の存在を秘匿していた事が逆に私にとっては僥倖だった。
私は新たに部下となった兵士達の致命傷を見かけ上綺麗に治す事に専念した。
普段蘇り人の肉体を維持し続ける私にとっては慣れた作業だ。
その結果、なぜか最終的に死者は出なかった形で大がかりな内乱は終結した。
私が王者の様に兵士に守られて城に乗り込んだのを目撃した者は無論居る。
だが、世間的に話を変に大きくしたくない私がそれを公に認める事はない。
白昼夢でも見たと思ってむりやり自分を納得させて自己完結してもらおう。
ずいぶん騒がしい白昼夢だったけど。
ダグラス曰く、義憤にかられた兵士達が私に寝返って王に陳情を申し出たのではというストーリーをちらほら聞くらしい。
勿論、私と身内の者達は真実を知っている。
血で血を洗う出来事の後、この国は生まれ変わったという事を。
生者の支配する国から多数の死者が支配する国に。
国王も大臣達も見かけ上は生きる者と全く変わらない。
名目上は今まで通り私が王国の臣であるのも変わらない。
生前の個人の人格もそのままだ。
ただし主である私に背く事もそれを考える事も出来ないのを除いてだが。
その部分だけは変更した。
なぜなら自由な人格のまま人を死者の国から呼び戻したらどうなるか。
殿下の例を思い返す事になる。
お母様の施した術のまま人の尊厳を守る為に気を使った事だったが、結果的には自らの危機を招いた。
亡きお母様は妹の事で後悔していたらしい。
自らの命を分けて妹に死霊魔術を使ったが結局誰の為にもならなかったとよく話していた。
今度は間違えない。
とにかく、どうやら私は今やこの国を陰で支配する者になったらしかった。
他国や生者の大多数の国民から見たら全くわからないだろうが。
しかし何かと細かく死霊魔術をつかう必要があった私の命も確実に削られた。
いつの日か私が比較的早めの寿命を迎えた時、現在活動している蘇った者達も共に再び土に還るだろう。
それまでこの国は一見、生者に見える死者が治める国という訳である。
言いがかりをつけられて殺されるくらいなら殺してやろう。
そんな感じで結果的に国王陛下までサクッと処刑してしまった訳だが、しかしまぁ状況は変われば変わるものだ。
「変わらない事もあります」
「え?」
「私達侯爵家使用人一同の忠誠は国ではなく貴方にある事です」
「……ありがとう」
私の味方の死者代表の様にダグラスは言った。
実はこの屋敷の使用人は死んだ筈の者が少なくない。
屋敷の三分の一程がそうだ。私の手厚いアフターケアがあっての事だが。
皆訳アリでどこからかホラ話の様な死霊魔術の噂に頼り、縋ってきた者達の身内である。
国がどんなに口封じしてもなぜかこういう噂は根絶はされない。
そして想像力たくましい平民の間でこそ土着信仰よろしく伝わるものだ。
実のところ死霊魔術を会得する為には実物を使った訓練が数多く必要なのだ。
条件付きで愛する者を一人蘇らせる事で我が家の忠実な使用人は増えた。
無論、誰でもよいわけではない。
口が堅く誠実と見込んだ者の場合だけだ。身分は関係ない。
そして私は実の家族だけは蘇らせない。かえって虚しさを感じるだけだから。
お父様の生前の体だけ維持していたのは必要に迫られていたから例外だ。
父母とはいずれ天上で再会するつもりである。
その日は残念ながら、遠くない。
少しそんな事を考えているとオリバーが口を開いた。
「さて、これで君がこの国の陰の王になったという訳だね」
「王ねぇ……そういう事になるのかしら。死者を従える死人の王だけどね。
婚約破棄された令嬢は自分の敵全て皆殺しにして陰の国王になった、か」
「後悔しているのかい?」
屋敷の居間で紅茶を口にする私は少し考えてオリバーに微笑んだ。
「いいえ、全く。こんな風になるとは思わなかったけどね。
今になって実感するけど……結局私には王妃なんて器はなかったわ。
国の行く末よりも自分の好きな人達を守る事で精一杯だから」
「その中には私も入っているのかな」
「勿論よ。ずっと貴方は私の味方だったから。でも、それが不思議」
「どうして?」
「いくら幼馴染でも世間の評判や噂を聞けば普通なら次第に離れていくものでしょう。
でも貴方は私の事を避けようと思わなかった」
「避ける必要などないだろう」
オリバーはそう言って私を抱きしめた。
「君が私利私欲の為に死霊魔術を扱う者ではないと僕は知っている。
今回の事は国王側が自分の逆恨みで君を追い詰めた結果で君自身の命と名誉を守る為だったと思う。
「そう云われると少しだけ救われる気がするわ」
私を捕らえに来た兵士の大半は巻き込まれた者達かもしれない。
そこはもうひたすら天上で謝りとおすしかない。
許してはもらえないだろうが。
結局、権力者は敵対者と無関係な民の血で染まった玉座に座っているという事だ。
理屈でわかっても自分がそうしたいと思ったことは一度もない。
とばっちりを受けて死んだ者達には申し訳ないが。
「昔、一時でも母を蘇らせてくれた恩は決して忘れない。
今も変わらず感謝している。
私が歪むことなく成長したのは全て君あっての事だと思っているよ」
「大げさね。でも、ありがとう」
「大げさなものか。それに別の気持ちもあったけどね」
「? どんな?」
「三つ子の魂百まで、というだろう。ずっと君は私の心の中に住み続けていたんだ。
愚かな王と王子が少しでも君を大切にしていたらこの思いは叶わなかっただろうが。
まぁ、私にとっては嬉しい誤算というやつだな」
彼の母は幼い時に死んだ。
愛妻の死を嘆いた伯爵が我が家にすがってきた時、私は迷うことがなかった。
つたない死霊魔術では長く生かす事は出来なかったのだが。
死霊魔術が命を削ると知っていた伯爵はその後もずっと約束を守ってくれた。
口外しないという約束を。
「死んでいようが生きていようがこの屋敷の貴方達が私の大切な家族だから。
この小さい世界の平和を守るだけで精一杯」
私個人は特に攻撃魔法に優れている訳ではない。さりとて剣術や格闘に優れている訳でもない。
戦闘力皆無のか弱い存在である。
しかし、この度の事で生と死を司る者が結局最強の存在である事は分かった。
いずれ私も死ぬ前に誰かにこの死霊魔術を授けよう。
それは誰になるのか。
魔術を継ぐものは多分オリバーとの子供の様な気がする。
しかし、人の未来というものは常に不確定だ。
時として誰も想像もつかない状況の変化が起こる事がある。油断はしない事だ。
他ならぬ私自身がそれを証明したのだから間違いない。
命尽きるまでそう自戒して生きていこう。
新年早々物騒な話で恐縮です。急いで書いてみました。
短編なのに連載物登録になっていて訂正できませんでしたので本日投稿した物を再投稿です。
後で細かく修正すると思いますがご容赦ください。