表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

recette pour le coeur

作者: 音無悠也

正月の和菓子。


バレンタインのチョコレート。


ホワイトデーのお返し。


誕生日のケーキ。


クリスマスのケーキ。


人はたくさんの場面で思い思いのお菓子と相手に向けた想いを込めて渡していく。


きっと甘い思い出や苦い思い出の1ページとして。


そしてそれは、お菓子を作り人にも…。


…………………………………………………………………………………………………


「次の新作が思いつかない…」


私は何度目かわからない試作のお菓子と、メモ紙を眺めながらため息をつく。


このため息も何度目だろう?


いつも通りのお菓子を作るのは問題なくできている。


けれど、新作を何か作りたいと思ってから、1ヶ月。


色々新しい方向からのアプローチは欠けているけれど、毎回何かが違う。


どうもしっくりこない。


今までの私のパティシエール人生で、もちろん全てが順風満帆だっったわけではないけれど。


ここまで何かを作り出すのに苦労しているのは初めてで、真っ暗な洞窟に放り出された気分。


今日の作業は切り上げて家に帰る。


自宅兼工房だから、帰ると言ってもすぐそばなんだけどね。


家に入ると、母親がリビングでくつろいでいる。


「珍しいね?こんな時間まで工房に篭ってるなんて」

「なぁんか、うまく新しいのが作れないんだよね〜…」

「根詰めすぎなんじゃないの?少し息抜きして、色々してみなさいよ」


母親はあまりお菓子業界には詳しい人間ではないけれど、時折、こうやってアドバイス的なものをくれたりする。


そして、たいていの場合はそのアドバイスが当たっていたりする。


不思議な人だ。


「息抜きかぁ…ちょっと明日は出かけてみるよ」

「ちゃんと歯を磨いてから寝なさ〜い」

「はーい、おやすみー」


少しモヤモヤはするけれど、寝る。


翌朝、決して目覚めがいいとはいえないけれどすんなり起きて、軽く身支度をして、街へ出る。


こうして、なんの目的もなしに出かけるのはいつぶりだろうか?


ショッピングモールや街を当てもなくぶらつく。


それでも、ふと、視界に入ってしまうのはやっぱりお菓子。


ショーケースに並んでいるお菓子たちをみていると、昨日の試作たちが顔を出してくる。


あの子たちも別に悪くはないんだよね。


自分で言うのもアレだけど、美味しい。


けれど美味しいで止まるレベル。


そんなことをぼーっと考えていると、キッチンカーでクッキーとかを売っているのを見かける。


こんなところにキッチンカーで販売している人なんていたんだ。


興味本位で少し覗いてみる。


「いらっしゃいませぇ〜!」


元気な声に軽く会釈をして、メニューを見てみると物自体はそんなに珍しいものではない。


けれど、一つ一つが輝いているように見える。


思わず、1番手頃なクッキーと紅茶のセットを注文してしまう。


なんの変哲もない、クッキーと紅茶。


けど、心があったかくなるような味がする。


自分が久しく忘れていたような感覚だ。


「これだ…」


昨日の試作たちの何かが足りない感じはこの、あったかくなるような感覚。


改めて、辺りを見渡すと、同じようにお菓子を食べながら笑顔で会話しているカップルや夫婦。


それに会社の仲間同士のような人たち。


皆が思い思いの笑顔で会話している。


私は、持ち帰るように、また数個購入して家に急いで帰る。


そして、驚いて声が出ていない母親の横を通り過ぎて工房へ。


「あらら、思ったよりもいい刺激になったのね」


工房に駆け込んだ私は、昨日の夜作っていたお菓子たちのレシピを見て、もう一度作ることに。


今度はしっかりと、隠し味を入れて。


季節は流れ、とあるイベントに出展することになった。


もちろん、そこに持っていくお菓子たちには、秘密の隠し味たちをたくさん。


買っていただいたお客様たちが、聞いてくる。


「これ、何か隠し味使ってますか?」


有名な方もいる中、私は胸を張って答えた。


「それは答えられないんです、でも、私から言えることは、これは…私のrecette pour le coeurなんです。」


私の、お菓子のロゴにも入れてある。


きっとこれがなかったら、あのままでお菓子作りをやめていたかもしれない。


心の中で、あの時、あったかい笑顔で売っていたあの人に最大限の感謝をする。


そして、このお菓子を食べた人たちが、あったかい気持ちで甘い思い出を作ってくれたら嬉しいな。


私のrecette pour le coeur…それが、誰かにとってのrecette pour le coeurになれたら。


それが幸せかもしれない。


今日も、私は誰かを思ってお菓子を作る。


私のブランド名、Témoin de souvenirs


この名に恥じないように、精一杯の私なりの幸せを詰め込んだrecette pour le coeurで…


…………………………………………………………………………………………………


きっとこれは、歴史には残らないお話。


けれど、誰かの心に、思い出にしっかりと刻まれていくお話。


あなたのTémoin de souvenirsになれますように…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ