有限と無限
「創世代って空想ですよね? わたしとわたしの母はその空想を信じているわけですけど」
「なるほどね。じゃあ歴史が好きそうな君に一つだけヒントを差し上げよう――時代は植生代新創世紀。古の創世代と今の植生代、この二つに空白あり。謎多き創世代は語り部により語り継がれ、植生代の空白は物語に記す。植生代の空白の物語、それ終世紀と呼ばれる物事の始まりの物語なり」
わからねぇー。このひとわたしの母と同じ種類の人間だ。やべーよ、何をどう返せばいいのかわからねぇー。どうしよう……。
「どう返していいかわからないって反応だね」
その通りです、まったくもってその通り。安心した、このヒト空気は読めるみたい。
「あなたは時計を愛している、そして、あなたは時計たちに愛されている」
「え?」前言撤回します。このヒト空気読めない。
「君のような凄腕の技術師なら大都会じゃ高給取りだと思うよ」
そう褒めてもらえば正直嬉しい、けれどわたしには時計技師の才能は無いに等しいのだ。というか、時計を直しているところを見ないで時計技師の腕前が分かるのだろうか? この男はもしかしてわたしにナンパ仕掛けてきているとか?
「時計に優劣は無い、というのは分かっているつもりで言うけど――君がいま手入れしている懐中時計はこの場にあるどの時計よりも大事にしているようだね」
「あ、この時計は父の形見なんです。もう壊れている……と言うより、わたしはこの時計が動いているところを見たことないんですけど」
「なるほど、それは残念だ。その時計にとって『時』は有限なのに、その『時』を使わずに過ごされるなんて……時計が主人を愛していても時計は泣いているよ」
と偉そうに言葉を並べるお客さん。わたしは馬鹿にされたのか、それとも時計屋としての意地なのか少しムッとしてしまった。
「もちろん直そうと努力してみたんですよ、でもこの時計が普通じゃなくて――歯車がピッタリ噛み合っていて部品も新品同様、おまけにこのシンプルで美しいフォルム、なのにピクリとも動いてくれない。わたしの父もお手上げだったので今のわたしでは直せないんです」
時計オタクと言われても仕方ない熱心さでわたしは語るのだ。ただの自己弁護でしかないのだけれど、(直せるものならお前が直してみろ!)というわたしなりの攻撃も含まれている。
「壊れていないものを直そうとしても直らないか壊れるかだけだよ」と男は、わたしが持っている時計を指差して、「その時計の名を【有限】と伝え、そして離れ離れになったもう一つの時計を【無限】と伝えた」
「ゆうげん、むげん」
「君の名前は……とぼくから訊くのは気持ち悪いでしょう、なのでぼくの方から紹介します。ぼくの名はファウスト――錬金術師だ」