偶然か必然か
この小さな時計屋でわたしは夢を追い続けている――〝空白の時間の穴埋め〟という、叶いそうにもない夢を、過去に向かって走り続けている。
と、扉が開くとともにベルの音が聞こえた。
どうやらこの古びた店は今日で二人目の珍客を招いたようだ。どこに魅力を感じてこの店に入るのか分からないというのがわたしの感想だ。
「いらっしゃいませ」
この義務的な言葉を使うのが世の中をうまく生きる方法。愛想というものは相手を引き留める為の技、何事も技無しには人間やってられない。
入店してきたのは男だった。
「この店は時計も直してくれるんだね……有限も無限も直すとは驚いた」と男は言う。
「あ、はい」なんか最後に変なこと言った気がするけど、まぁいいか「時計の修理でしょうか……もしよかったらお客様がお持ちの時計を見ますよ、見るだけならタダですので」
「いやいや、ぼくはお客じゃなくてね。お客様は神様、つまりぼくはお客様じゃないんだ」
「なるほど」
うわぁ、変な人きた。こんな超ド田舎で初めての変な客は神様か。そりゃあお客様はみんな神様な訳だけど、自分から神様とか言うヒトいるんだ。精神的に危ないヒトかな? でも普通そうだし、結構良い顔と言えない珍しいくらい見たことない良い顔だから比較できないし、紳士的だし、滅茶苦茶お金持ってそう。あ、そうか、このヒト神様のお客様か。
「それにしてもこの町には若い人が少ないよね」
なになに、今度はお話したい感じ? ここは時計屋でしてそういうお店じゃないのですけど、もしかしてお話しするお相手が見つからなかったのでしょうか。そりゃあ見つからないでしょ、二十代でこんなド田舎にいるのはわたしくらいですよ。ほら、わたし二十二歳で若いから。
「そうでしょうか? 一日中歩けば三人くらいいると思いますけど」
「あははは、都会ではそっちのほうが難しいよ」
「すいません、わたしはこの町から出たことがないので都会はわかりません」
わたしに嫌がらせばかりしてきた同級生どもも都会の方に行ってくれたし、いまは清々している。ほんとよかったよかった、成長できなかったところは大都会で成長するのだろう。わたしも大都会で成長したかったなぁ、いいや、同級生に嫉妬している暇はないぞカレン。
「そっか、この町には大きな古時計が多いのか…………しかし古いと言っても、創世代の時計をこんな場所で見つけられるとは思わなかったよ」
と男は、テーブルに肘を置いてきた。馴れ馴れしい男だ、いや神様か。うん? どこかで会ったような気のする男ですね。
それより創世代って、まさかこのヒト歴史が好きなのかな。
「あの、なにか?」
「ここにある時計は全て素晴らしいです。年代物の時計ばかりだけど、みんな埃を被らず綺麗に着飾ってある。飾ってあるだけで動いていないのが残念なところだけど、それもまた良い」
「あ、いえ、どうも……ありがとうございます」
そんなこと突然言われても何と返せばいいのか分からないよ。というか何このヒト、今の時代でクラシックの中のクラシックな時計が好きなの? そりゃあわたしも好きだけど、年齢的にも顔的にも古い時計が似合わないよ。あ、それはお互い様か。
「あの、珍しい言葉を知っておられるのですね。今の時代で創世代なんて言葉を使うヒトはわたしとわたしの母の他にお客さんだけですよ」
「おやおや、それは偶然か必然か」
創世代は冥王紀から始まると言われているけど、わたしの母は『冥王紀より前に歴史はあるの、語りをするほかに語る方法がない空白の年代記がね』と話していた。もしかして、このヒトも空白の時代を追っているのかな。