第5話 風の刃
翌日、俺はラプラス、セシル、そしてクオラの三人と共に、「クウェール原野第1訓練場」へと赴いた。静かな朝の空気を切り裂くように、遠くで鳥が鳴く。この場所は強力な魔物の出現が少なく、訓練には理想的なエリアだと言われていた。現に、周囲には多くの冒険者たちが集まり、にぎやかな雰囲気を醸し出していた。
だが、なぜか冒険者ギルドに着いた途端、クオラという少女との戦闘が決まってしまった。まったく、どうしてこんな事態に陥ったのか、自分でも理解できない。
「逃げなかったんだな………」
クオラは挑発的な口調で言いながら、広大な原野の真ん中で足を止めた。その眼差しには冷ややかな決意が宿っている。
「だって、来なかったら殺すって言われたから……」
「死なね一程度にな。お前、装備それでいい
のかよ」
俺の服装は相変わらず学生服のままだ。装備も何も、これしか持っていない。
「うん、これしかないから.....」
「まあいいさ。改めて聞くが、ワイバーンを一撃で倒したってのは本当なのか?」
「うん……まあ。俺もどうして倒せたのか、よく分からないけど……」
彼女の目が鋭く光る。そして、少し沈んだ声で言った。
「オレはな、ワイバーンに家族を全員殺された………」
その言葉に息を呑んだ。彼女の瞳には一瞬、悲しみが浮かんだ。
「オレの住んでいた村は、ワイバーンに焼き払われたんだ……」
それでも、クオラの目から涙は出なかった。彼女の怒りは、涙で流せるほどのものではないのだろう。
「お前が本当にワイバーン倒したってんなら.....、その力、オレに見せてみろ」
クオラはそう言うと、腰に装備していた二本の鉈を取り出し、戦闘の構えを取った。彼女の姿は獲物を狙う猛識のようで、その決意の強さがひしひしと伝わってきた。
「うっ…………」
こいつ、マジでやるつもりなのか。
「どした?ビビんなよ豚が。ワイバーンを倒したんだろ?あ?」
俺は助けを求めるように、ラプラスとセシルに視線を送った。ラプラスは不気味な笑みを浮かべて楽しそうにしており、セシルはただ、祈るように手を組んでいた。この二人は全く頼れそうにない。
「おい!見ろ見ろ!クオラがまた新人狩りしてるぞ!」
「ホントだ!おーいクオラ!あまりいじめるなよ~!またランクが下がっちまうぞ~」
訓練場にいた冒険者たちが一斉に集まり、俺とクオラを取り囲む。息苦しい程の視線とプレッシャーが、俺をおし潰そうとしていた。
「くっ、やるしかないのか」
昨日のワイバーンとの戦いを思い出し、俺は手を前に出して【メニュー・オープン】と唱えた。すると、RPGとファイターの選択肢が再び浮かび上がる。今回は「ファイター」を選んだ。
何が起こるのか分からないが、とにかく構えを取る。これが戦闘というものなのか。心臓が鳴り響き、手のひらに汗がにじむ。
「やる気になったか」
クオラの声が冷たく響く。周囲の空気が一層張り詰め、緊張感が漂う。
「行くぜ」
その瞬間、彼女は獣のような速さで俺に向かって突進してきた。その速さは人間のそれを超えており、黒い残像のようにしか見えないほどだ。
「うっ!」
俺はとっさに目を閉じ、身を縮めた。だが、耳をつんざくような金属音が響き、俺は何とか目を開ける。そこには、俺が持っているはずのない日本刀が、クオラの攻撃を受け止めていた。
「.....何だ、これ」
俺は驚きのままに刀を見つめた。クオラは一歩引いて再び構え直す。
「やるな.....。つーか、どこにそんな武器隠し持ってやがった?」
俺は改めて自分が握る日本刀を見つめた。どう見ても日本刀だ。どこから出た?何故持っている?これがファイターモードの能力なのか。それに、クオラの攻撃に反応し、咄嗟に防御が取れていた。もしかしたら、これなら勝てるかもしれない。
「うおおおおおお!!」
今度は俺がクオラに向かって斬りかかった。
「あめぇよ」
クオラは軽やかに俺の剣撃を交わした。しか
し────、
「そっちがな!」
俺は続けて、クオラに回し蹴りを食らわせた。俺の蹴りがクオラの胃に直撃し、その感触が足にしっかりと伝わった。
「かはっ───」
クオラは勢いよく吹き飛ばされ、原野に生えていた樹木に激突する。樹木はメキメキと音を立てて倒れ、その場に崩れ落ちた。
「クソが......」
クオラは血を吐き捨てながら、よろよろと立ち上がった。俺は自分でも驚いていた。なぜ回し蹴りができたのか分からない。しかし、体が勝手に動いていた。クオラは変わらぬスピードで、再び俺に突進してくる。
「やってやる!【かまいたち】」
クオラの声が響き渡り、その気迫が周囲の空気を一層引き締める。
クオラは直接的な攻撃を止め、恐るべきスピードで俺の周囲を旋回していた。彼女の動きは風のように素早く、目を凝らさなければその姿すら捉えられない。
そのとき、俺の体に微細な異物感を覚えた。
彼女が俺の周囲を旋回する度、空気の刃が肌に触れるような感覚がある。致命的なダメージを受けるわけではないが、確かな圧力を感じた。
クオラが再び猛スピードで俺に突進してきた
が、俺はその攻撃も辛うじて防ぐことができた。
「ん?」
違和感が漂う。クオラには風のようなエネルギーが纏わりついており、彼女自身からも猛烈な風圧が放たれていた。それはまるで、彼女の周囲に目に見えない竜巻が発生しているかのようだ。
「お前、さっきからなんでオレの斬撃耐えてんだよ!」
「ああ、やっぱり何か飛ばしてたんだ」
「『ああ』じゃねーよ!普通、重傷だぞ!」
クオラは憤りを露わにしながら、二本の鉈を高速で振り回し、俺に対して剣撃のラッシュを浴びせてきた。周囲の空気が切り裂かれる音が響き、鉈が空を裂く鋭い音が戦場に響き渡った。俺は持っていた日本刀でその全ての攻撃を弾き返し、刃が空中で火花を散らす。
「す、すげぇー!!」
「なんだコイツ、バケモンじゃねーか!」
「動きが一向に鈍らないぞ、息ひとつ切らさずに!」
観衆の興奮と驚愕が場を支配し、クオラは息を荒げ、額に汗を浮かべながらもその戦闘を続けた。
「はぁ……はぁ……クソが……。なんでかすり傷一つつかねーんだよ!攻撃は当たってるだろ!」
「あ、あのー、もうやめない?」
「いーや!やめない!納得いかない!」
クオラはその後も執拗に俺に攻撃を仕掛け続けたが、俺はその度に反撃を繰り返した。最初は両手で握っていた日本刀を、いつの間にか右手だけで扱い、クオラの攻撃をいなす。
周囲の目が俺の動きに注がれ、戦況の変化に緊張感が高まった。
「はぁ......はぁ......」
「クオラ、もうやめよう」
俺は戦闘の中断を提案した。周囲の冒険者たちも息を呑んで見守っていた。
「ちくしょう、おま、どうなってんだよ.....」
クオラは息を荒げ、苦しそうに胸を押さえながら、その場にしゃがみ込んだ。彼女の呼吸は乱れ、動きが鈍くなり始めていた。
「あ、あのクオラが弱ってる......」
「クオラがここまでやられるのは初めて見た
な」
「いったい何者なんだ?」
「どっか別のギルドから来たSランカーとか?」
観衆は様々な噂話を始め、場の雰囲気は一層
騒然とした。
そのとき、突然、鎧を着た屈強な戦士が急いでこちらに駆け寄ってきた。
「おーい!ラプラス!大変だー!」
「なんだい騒々しい」
ラプラスが不機嫌そうに返事をした。
「ラ、ラプラス!大変だ、ギ、ギルドマスターがお前に会いに来てるぞ!」
その言葉に場にいた全ての冒険者たちが驚愕し、さまざまな驚きの声が飛び交った。
「ギ、ギルドマスター!?」
「どうしてこんな田舎のギルドに.....」
クオラもその言葉に反応し、驚きと疑念が入り混じった表情で顔を上げた。
「ギルド、マスター.....」
このざわつき様。只者で無い事だけは分かる。ギルドマスターとは一体、どのような人物なのだろう。