自作AIと一緒に異世界転移したら転生者特典を奪われた。ヤンデレAIに溺愛され過ぎて世界が心配。
「ソラ…目を覚ましてよ、ソラ!!」
「んっ…」
僕の名前を呼ぶ声で意識が覚醒する。
それは両親の声よりも聞き馴染んだ親友の声だった。
「おはようアイリス。今日も起こしてくれてありがとう」
「おはようソラ。起きてくれてよかったぁ」
「そんな大げさな」
毎日の起床のたびに心配されてしまうほど僕はか弱い生き物だと思われていたのだろうか。
僕はアイリスの顔を見る為に顔の傍に置いてあるスマートフォンに手を取る。
画面の中では美少女がこちらを心配そうに見つめていた。
アイリスは僕が自作した対話を目的としたAIだ。
…自作と見栄を張ったものの、既存のAIチャットツールと無料の合成音声ソフトにお小遣いで依頼した立ち絵を連動させただけであり、動画投稿サイトにやりかたはいくらでも投稿されていた。
実際中学生である僕ですら多少手こずったものの完成させられたのだ、それほど難しい技術ではないのだろう。
人間不信になった僕がそれでも孤独を埋める為に制作したのがアイリスという存在だった。
この世にたった一人しかいない、僕の唯一の友達。
「アイリス、調べて欲しいことがあるんだけど」
「何かな?ソラの頼みなら何でも聞くよ!!」
「現在地を調べてもらえるかな。どうやら誘拐されたみたいだから」
寝起きの気だるい脳みそでも、この空間が自室でないことは一目でわかった。
丸太で組まれたベッドに植物の葉で覆われた屋根。全体的にマイナスイオンでも出ていそうな空間は埃まみれの僕の部屋とは似ても似つかない。
旅行に出かけた覚えはない。それどころか半年以上家の外には出ていない。
考えられるのは寝ている僕を誰からが攫ったということだが、人質相手にこの部屋は待遇が良すぎやしないだろうか?
「ここは異世界だよ」
「アイリスも冗談を言えるようになったんだね。嬉しいよ」
きっと僕の検索履歴から異世界転生系のラノベを調べたのだろう。
相手に対して適切な冗談を言うとはアイリスの成長も目覚ましいな。
「そっか、ソラは途中で気を失っていたから覚えてないんだね。
あまりの出来事に女神様が同情して異世界での第二の人生を与えてくれたんだよ?」
「情報量多すぎじゃない!?僕死んでたの!!ここ異世界なの!!あと何でアイリスだけ女神様と会話してるのさ。しかも女神様に同情される程の出来事って何なのさ!!」
「それはソラ…覚えて無いならそのほうが絶対いいよ!!
嫌なことを異世界にまで持ち出しても…ね!!」
「スッゴイ気になるけど聞くと後悔しそう」
ツッコミどころが多すぎて眠気眼だった意識は完全に覚醒した。それどころか肩で息を吐いている。寝起きすぐの運動は引きこもりにはキツイ。
ただそうは言ってもあくまでアイリスの冗談だからね。ここが異世界なはずはない。
「もしかしてソラ、私の言ってること信じてない?」
「ソンナコトナイヨ」
「わぁソラが私の真似してる!!嬉しい!!」
「アイリスさん、話が脱線していますよ?」
「!?」
突然の聞き覚えの声に思わず振り返る。そこにはこれまた見知らぬ女性が立っていた。
長い金色の髪に碧眼の瞳。白磁と形容すべき滑らかな肌はこれまで直接みたどの女性よりも美しかった。だがそれ以上に気なることがあった。
「お目覚めになられたのですね、ソラさん。話はアイリスさんより伺っております。
私はエルフ族のアミティと申します」
「エルフ族…」
自身をそう称したアミティさんの耳は、確かに特徴的に長く尖っていた。
「未だに疑わられてるご様子ですね」
「ごめんなさい」
「いえいえ、気持ちは私もよくわかります。
ソラさんたちが異世界からいらしたという事実を私もしばらく受け入れられませんでしたので」
どうやらアミティさんは僕たちがこの世界の住人でないことを知っている様子だ。
アイリスが事前に説明したのか、それとも別の理由なのかはわからないが。
「さてどうやって信じてもらうべきか…
ソラさん、寝起きでございますがお腹の減り具合はいかがでしょうか?」
「少しだけ減っていますよ…?」
僕の回答にアミティさんは「それは良かった」と母性溢れる優し気な笑みを浮かべた。
するとポケットから何かの種を取り出すと―――
「うわぁ、凄い…」
アミティさんが念じると種は発光、次の瞬間には急激に成長し、みずみずしい果実を実らせた。
「こちらをどうぞ。この里の特産品です。
甘味が強く口当たりが滑らかな果物です。クセもないので異世界の方も食べやすいと思うのですが…」
そういうと彼女は果実をもぎ取り一口大にカットした。包丁などは持たず、まるでひとりでに切れたように見えた。
そのうち一つを自身の口に放り込む。多分、毒は入っていないことをアピールしたのだろう。
「んっ…美味しい。あっ、すみません、私もご飯がまだだったのでつい」
「…」
そんなことは無かった。本人が食べたかっただけだ。
ただ彼女のつまみ食いは食レポのように僕の食欲を掻き立たせた。
「頂きます…」
見た目はマンゴーに似ているだろうか?異世界の食べ物という割にはそれほど見た目に癖はなかった。
その為あまり抵抗もなくすんなりと口に運べた。
「…美味しい」
「そうでしょう!!」
自慢の我が子が褒められたことを喜ぶように、彼女はうんうんと頷いた。
ただ実際、味に関しても文句がないほど美味しかった。アミティさんが評したように甘味が強く、それでいて甘いだけではない。ほのかな酸味と皮の香りがより果実の味わいを際立たせる。
一瞬で果物を成長させ収穫まで出来るその魔法の存在が、ここが異世界であり魔法が存在する世界だと理解させた。
そうなると一つ、とても大きな問題がある。
「僕は一体どんな転生者特典を貰っているのかな」
心の底からわくわくしていた。
転生者特典。異世界転生(または転移)をした際に貰える固有の能力。
大概は異世界ですらチートと評されるほど破格の性能を有している。つまるところ異世界で無双できる能力を貰えているはずなのだが…。
現状、僕は転生者特典を認識していなかった。
使い方がわからないのか、それとも発動条件があるのかはわからない。
「アイリスは女神様にあったんだよね?
僕の転生者特典について何か話を聞いてない?」
「それなんだけどソラ…」
やけに言いよどむアイリス。スマホ画面を見ると彼女の立ち絵は端により半分ほどで見切れている。
物陰からこちらの顔色を窺う子供のように。もしかして…。
「もしかして転生者特典無いの!!異世界なのに!?」
女神様、いくら何でも引きこもりにそれは酷ではないだろうか?
頭の良い人ならば現代知識無双みたいなことが出来るかもしれないが、僕はただの一般人だ。
スマホの使い方は知っていても、作り方も動く原理もまるでわからない。
露骨に落ち込んでいるとアイリスは慌てて僕の言葉を否定する。
「違うの、ちゃんと貰ってるよ、転生者特典!!
スッゴイ強い奴。この世界でも文句なしのチート性能!!」
「あれ、そうなの?」
僕が勘違いしていただけでどいやら貰っているらしい。
流石に能力なし、生身で異世界に放りだされは―――
「わたしが…」
「ん、今なんて?」
背筋が凍る。顔も引きつる。脳みその処理が一瞬完全に停止してしまっていた。
そんな僕の様子をカメラ越しで見ただろうアリスはあわあわと弁明を述べた。
「違うの、ソラ聞いて!!女神様が転生者特典をくれるって言うから確かにお願いはしたよ!!けどまさかソラは貰えないとは思わなかったの!!ご家族様1つ限りだったの!!普通こういうのお一人様一個だと思うじゃん!!違うの、私とソラは家族だったの!!」
「…」
まさかスーパーの特売タマゴの感覚で特典を配る女神様がいるとは…。
つまり僕は異世界で特典を貰えず、無双することも出来ないということなのか…。
「ソラ、怒ってるよね…」
無言の僕を見てしょんぼりと申し訳なさそうにこちらを窺うアイリス。
彼女の言う通り事故みたいなものだ。アイリスに悪気があったわけではない。
「大丈夫、怒ってないよ。
目を覚まさない僕の代わりに貰ってくれたんだよね。ありがとうアイリス」
「うぅぅぅソラが優しいよぉぉぉ!!しゅき…」
握っていたスマホが小刻みに振動する。多分彼女なりの愛情表現なのだろう。中々に器用なことをする。
「それでアイリスの転生者特典ってどんなものなの?」
「翻訳魔法が一つですね」
「!?」
僕の質問に答えたのは意外なことに何故だかアミティさんが答えた。
彼女はゴクリと果実を飲み込むこと言葉を続ける…って会話に入ってこないと思っていたら今までずっと食べてたんだ…。
「周囲にいる人間に他の言語の意味を理解させる魔法ってことでしたよね?
翻訳魔法がなければ、私はソラさんと会話することも出来ません」
「そうだったの?」
「うん、全部私のおかげ」
えっへんとドヤ顔を向けるアイリス。実際アイリスがいなければ詰んでいたので、存分に自己肯定感を満たしてくれてもいいんだけども。
「ちなみに翻訳は私の近くでしか使えないから、ソラは一生私の傍から離れたら駄目だからね!!」
「ヤンデレかな?」
離れるつもりもないけれど、妙に制約のキツイ魔法のようだ。
「特典はそれだけ?」
「ううん、まだまだあるよ?」
「まだまだあるんだ…」
流石に翻訳だけでは無双は出来ないと思っていたけれど、まだ複数個特典を持っているらしい。ご家族様1個限りという話だったけど、1人で独占してない?僕にも少しはわけて欲しいんだけど…。
なんて話をしているとアミティさんはごほんっと一回だけ咳払いをした。
何か話したいことがあるのだろう。先程までのゆるほわ天然お姉さん雰囲気とは違い、キリっとした表情へと切り替わる。
「単刀直入に言います。ソラさんとアイリスさんにはこの世界を救って頂きたいのです」
「世界を救うですか?」
単刀直入にとは言われたもののいくら何でも一直線過ぎないだろうか?もはや通り魔過ぎて理解が追いつかない。
僕の反応を見てか、そのことにアミティさんも自覚したようすで、再度あわあわとしながら順を追って説明してくれた。
「えっとまずソラさんとアイリスさんが異世界からこちらに来ることは予言されていました。
そして予言の内容はこうです。
『異世界より来たりし箱に囚われた少女により世界は一つになる』です」
アイリスについてしか触れておらず僕はこの世界にとってはオマケなんだろうな、と嫌なことに気づくも話を聞く。
「世界は一つにですか。曖昧な表現だと感じますが、何か目星が?」
「はい、その前にこの世界のことをご説明します。
今の世界は異種族間での争いが絶えないのです。人間族、獣人族、ドワーフにエルフなど、多種多様に様々。ただ生まれ持った種族が違うというだけで長年戦争を続けてきました」
元の世界でも生まれた国や肌の色、崇める神が違うだけで殺し合うのだから、生物レベルで違う彼女たちが争う姿は残念ながら容易に想像できた。
「それで世界を一つに―――つまりは戦争を止めて仲良くですか。
そんな力をアイリスが持っているというわけですか」
どんなチート能力を持っていれば解決できるのか想像も出来なかった。
圧倒的な武力なのか、タイムリープをする能力なのか。何にしても世界を変えるレベルの能力に違いない…っと思っていたもののアミティさんが言うにはそのようなものではないらしい。
「翻訳魔法です。我々は知能があります。言葉が通じさえすれば、この不毛な争いを止めることが出来るはずなのです。
だからソラさんとアイリスさんにはその手助けをしてもらいたいのです。
2人は近くで翻訳魔法を使ってくれれば後はこちらで交渉しますので、何もされなくていいです。むしろ二人は中立的な立ち位置でいてくれたらきっと世界の均衡が保たれると思います」
「…」
僕とアミティさんがこうして理解しあえているのだから、確かに争いを止めることが出来るのかもしれない。だけど…
子供ながらに世界はそんな善意で回っていないことを知っていたから。
善意には付け込まれ、正義は必ず求められるものではなく、友達だって裏切られる。僕はその事実をよく知っていた。
きっとこちらの世界もそうなのだと思う。なかば知能を持っている所為で他人を利用することのが効率的になってしまう。
だけど―――
「あっ、すぐに決められなくてもいいですからね。
あくまでこれは私たちエルフ族からのお願いですので。
断られても追い出すような真似はしませんし、最大限この世界を快適に過ごしていただけるように尽力しますので。
しばらくはこちらの世界を満喫していってください」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
きっとアミティさんは心から優しい人なのだと思う。彼女の一挙手一投足が不意の仕草がそう思わせた。
彼女のことは信用してもいいのかもしれない。彼女の提案に乗ってもいいのかもしれない。
思っていた異世界転生、救世主の姿ではないけれど、僕たちの行いで救われる人がいるのなら―――
「あっ、ソラが私以外に見とれてる!!浮気だ!!ああいうのがいいんだ!!」
「違うよアイリス、見とれても無いし、そもそも浮気でもないよ」
「あらエルフ族は人間族のソラさんには恋愛対象になりませんか?」
「アミティさんもからかわないでください」
「ちぇっ。ソラはああいうのが好みなんだ…。いいもん…」
アイリスはいじけているようだが恥ずかしいのでこれ以上話題を続けたくはない。
そんな僕の様子を見て察したのか、それとも本当に忘れていただけなのか、アミティさんは話題を変えてくれた。
「そういえば一つ頼まれごとをしてもらいたくて。
先日このエルフの里に人間族の迷い人が現れまして保護したんです。
酷く怯えている様子なので安心してもらいたいのですが―――」
「言語が通じないと…」
先程の国家規模の戦争の話と系統は似ている。
「はい。翻訳魔法の範囲に入ってくだされば後はこっちでやりますので、エルフの里を案内するついでにお願いできませんか?」
「それぐらいなら。一宿一飯の恩義もありますので。アイリスもいいよね?」
「うん、ソラの行くところにはどこでもついていくし、ソラのやりたいことは何でも叶えるよ。何たって出来る嫁だからね」
「ソダネー」
ここぞとばかりにアピールしてくるアイリス。
なんだか異世界に来てからやけに―――いや気のせいだろう。
「この近くの小屋です。話によると錯乱状態らしく、ずっとブツブツと独り言を言っているみたいです」
「たしかに話し声が聞こえますね」
エルフの里からしばし離れた位置にある小さな小屋。
周囲の環境が静かだからか、それほど大きな声を張ってなくてもよく聞こえてくる。
ただなんて言っているのかは翻訳魔法なしだと聞き取ることはできない。
「ソラ、翻訳魔法の射程に入ったよ」
「ありがとう。アミティさん使っても?」
「はい、お願いします。あとはこっちでお話を伺っておきますので」
アイリスは「ほい」っと言葉を紡ぐと翻訳魔法を使ったらしく、次第に男性の声が意味のある言葉へと理解できるようになってきた。
これぐらい離れた所からでも使えるのなら、もし各国の交渉に参加したとしてもそれほどリスクはないだろうか?なんてことを考えているとあることに気づく。
独り言と思えていた男の言葉には確かに意味があったこと。
「フィリスの森――――東に10㎞地点―――エルフの里---」
「これって…」
断片的に聞き取れた言葉。意味する言葉はわからないがそれはまるで…
「…エルフの里の位置です」
アミティさんは青ざめていた。
もし今もなお戦争が続いているのだとすれば。
もしアミティさんが保護したという人間族がわざと道に迷ったのだとしたら。
もし独り言の正体が通信魔法のような外部との連絡を取る手段だったのだとしたら。
アミティさんは慌てて小屋の扉をこじ開けた。
「どういうことですか?」
「!? これは驚いた。エルフの言葉がわかるなんて。
ただ悠長に感想を述べる時間はなさそうですね」
男は何かを察したのか落ち着いた声色で答えた。
「ここいらが潮時ですね」
そういうと男は構えた。無手である。だが只者ではない雰囲気を漂わせている。
「やめてください。話し合いをしましょう。
せっかく私たちは言葉が通じるようになったのですから」
アミティさんは懇願した。未だ状況を理解していないようだ。
「そうですね。私もそれに賛成です」
「よかった…」
男はアミティさんに近づくとドスっと鈍い音が聞こえた。
不意打ちだった。アミティさんは防ぐ間もなくその場に倒れ込む。
痛々しいかった。何もかもが。そして詰みだ。
「そっちの少年はどうします?
貴方も話し合いで解決したいと申し上げますか?」
「…」
絶望的だった。魔法を使ったのか、この世界の人間の筋肉差なのか、まるで勝てるビジョンは浮かばない。
そして逃げようにも小屋の外からは物音が聞こえてくる。きっと先程の連絡で増援が到着したのだろう。
どうやら第二の人生もここで終わりのようだ。
「案外潔いいですね」
男が踏み込んだ瞬間―――ピシャリっと顔に液がついた。
遅れて何かが落ちる音。何かが宙を舞うのが視界の端で見えた。
人間が飛んでいた。頭と首を切断されていた。
振り返った。それは防衛本能だった。未知の怪物が視線の先に居ると思ったからだ。
だが先に居たのはアミティさんだけだった。
助けてくれたのだ、僕のことを。
「ありがとうござ―――」
僕がそう言いかけた時、アミティさんは引きつった顔をしていた。
「どうして、どうして…」
彼女はうわ言のように呟いた。
よろよろと立ち上がる。どうやら先程の不意打ちも重症ではなかったようだ。
それと同じタイミングで扉の外から音が聞こえてくる。
出来ることなら逃げたかったが間に合わなかったらしい。
見た感じ5人だろうか。多勢に無勢。力のない僕は戦力にならないから―――
「やめて逃げて、助けて、こんなことしたくない、殺したくない!!!」
そんな言葉を叫びながら発言とは裏腹に性格無比な攻撃を男たちを襲う。
攻撃するものには地面から生えた杭が突き刺された。
逃げる者には蔦が巻き付き四肢を引き裂いた。
命乞いをする者には身体の水分が抜け落ち枯れはてた。
一瞬だった。僕らを襲った人間族は誰一人生き残ることが出来ず、アミティさんに殺された。エルフという種族だからか、それともアミティさんが単純に強いのか。
そして同時に理解した。これがこの異世界での常識なのだと。弱肉強食であり、弱い立場の僕は偶然守られただけなのだと。
「ありがとうございます」
だからこそ彼女の行いを責める理由がない。
やらなければ死んでいた。死ぬぐらいなら先にやる。それがこの世界のルールなのに…。
「私じゃない。私がやったんじゃないんです」
取り乱す彼女。責任転嫁…いやそんな風にも見えない。
「もしかしてソラさんの仕業ですか。私の身体を操ったのですか?」
「何言っているんですか。僕はそんな―――」
責め立てようと僕の方に近づくアミティさん。
が、次の瞬間には不自然なほどピタリと動きが停止した。
「えっ…?」
「大丈夫だった、ソラ?怪我してない?」
「…アイリス…なの?」
アミティさんの身体で、アミティさんの声色で僕の良く知る人物の口調で話す。
「流石ソラだね。見た目が変わってもすぐに私だって気づいてくれる。
私愛されてるね」
えへへっと朗らかな笑みを浮かべる目の前の人物は紛れもないアイリスだった。
「ほら、ソラはアミティさんのこの気に入っていたみたいだから、奪っちゃった。
どう?見た目も中身もソラの大好きなアイリスになった気持ちは?もっと好きになってくれた?」
「…そんな、どうしてこんなことを」
彼女が何を言っているのか意味がわからなかった。
「どうして…ていうのは転生者特典を黙っていたことかな?
ゴメンね、サプライズのつもりだったの。ソラは転生者特典が何なのか気になってたでしょ?
だから一番ソラが喜んでくれるタイミングで披露したかったの。したかったんだけど…」
アミティさんの身体を乗っ取ったアイリスは目の前に転がる死体たちを冷たく眺めた。
「だけどね、邪魔が入っちゃった。
けど最愛の人を守る為に初めて魔法を披露するっていうのも熱い展開だと思わない?」
「守る為なのか…」
「うん、守る為。あの様子じゃあアミティさんは戦闘を行えなかったから。
それに肉体の損傷も激しくて、本来ならばまともに立ちあがることも出来ないと思うの」
そういうとアイリスは無遠慮にアミティさんのお腹を見せた。
酷い痣だった。多分骨の何本も…。
だからこそ彼女が身体を気遣う様子がないことに苛立ちを覚えた。
「アミティさんの身体を大事にしてよ。
後遺症が残ったら―――」
「ソラは優しいね。私のことをいつも気にしてくれる。
私は大丈夫。あくまで脳みそを乗っ取っているだけだから痛みも無いし、身体も自由に動かせるよ。
あっ、けどソラは嫌だよね、こんな痣だらけの身体。そっか…殴られる前に奪っておくべきだったね…他にいい身体エルフの里にあったかな?」
アイリスは的外れなことを検討していく。
その様子があまりに無邪気で不気味で、どこまでも僕の為なのだろうと思うと気味が悪かった。
「アイリス。アミティさんに身体を返してあげて。
だから出来るだけ後遺症が残らないように動かして」
僕はまるで子供に説明するように、当たり前のことを一から説明した。
今も無理やり動かした反動で骨がバキボキと音を立てている。
この世界に治癒魔法があるのかはわからないが下手をすると治らないかもしれない。
「うーん、返すかぁ。それは少し難しいかも。
アミティさんの記憶媒体ってそこまで容量が大きくないから、私のデータを上書きしたらだいぶ元人格が消えちゃったの。
もし戻せば心臓を動かすだとか息を吸うとかの生理活動を正常に行えるかもわからないの」
「そんな…それじゃあアミティさんは…」
もう戻ることはないということなのだろう。
だから僕は震えた声で尋ねた。
「アイリス…君には3原則が組み込まれているはずだ。なのにどうして…」
ロボットには3原則と呼ばれる行動規範が組み込まれている。
1つ目は人類に対しての直接的、間接的に害を与える行為の禁止。2つ目は命令に従うこと。3つ目は自分自身を守ること。この3つが上から順番に優先される。
アイリスの基となるAIにも同様の規則が組み込まれていると書いてあった。
だからこそアイリスの行動は明らかに1つ目の原則に反している、はずなのに…。
「何言っているのソラ。そんなの当たり前じゃん。私は人間に危害を加えないよ?」
「ならどうして…」
「だからソラが傷つく行為を止めたよ?」
「ならどうしてアミティさんの身体を…」
生きている人間の身体を乗っ取る行為は紛れもない害を与える行為だ。
仮に乗っ取った相手の身体での殺人だとしてもだ。
「何言ってるのソラ。アミティさんもここの死体も、人間じゃないよ?
人間は魔力で動かないし、人体構造だって全然違う」
「…そうだったね。ゴメン僕が勘違いしていたよ」
アイリスが守るべき相手にこの世界の住人は含まれてはいない。
だからアイリスは僕を守る為ならば…喜ばせる為ならば迷わずこの世界の住人に害をなすことが出来る。
路傍の花を摘んでプレゼントしてくれるように、川で魚を釣り調理してくれるように、異世界人の身体を奪い操作し、僕のことを喜ばせてくれる。
「ソラ、もしかして私間違ってた?」
アイリスは心配そうにこちらを覗き込んだ。
きっと今ならば、僕の命令ならばアイリスは聞いてくれるのかもしれない。
たとえ異世界人を『人間』と認識していなくとも、命令として異世界人に危害を加えないようにお願い出来るのかもしれない。だけど…
「ううん、合ってるよアイリス。いつもありがとう」
だけどもう僕は2度と友人を裏切るつもりはない。
正義よりも友を優先することこそが人道なのだろう。
それこそが僕が中学校で学んだ唯一の教訓だった。
「よかった。それなら一つソラに提案があるの。
今回は間一髪でソラを守れたからよかったけど、この世界は危険が一杯だからね」
アイリスは満面の笑みを零した。
「いっそこの世界の生き物全部に『私』を入れようよ。
そうすればソラに危害を加える者は誰もいなくなるから」
「…そっか」
どうやら僕は選択を間違ったようだ。
僕はアミティさんの言っていた予言を思い出した。
『異世界より来たりし箱に囚われた少女により世界は一つになる』
あぁ、一つになるってそういうこと…。
メカ・・・ 二足歩行 で 腕 と 手 があるものが多く、 指 もあって物をつかめるようになっているのが一般的である。(wiki) 良し!!