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決心



『真実水』とやらのせいでクレオンに彼の思い人が毛嫌いするレインリリーだと知られ、出て行こうにも実行したら自死してしまう可能性が出て来た為、相当仕方なく留まる事となった。『真実水』を紹介したという功績で大商人マーサは更なる信頼を勝ち取り、今後とも御贔屓にとほくほく顔で帰って行った。後で盛大な文句を使い魔を飛ばして伝えるが問題は今。

『真実水』はその者の本性を現す。転生したレインリリーの姿から前世メデイアの姿になり、レインリリーの姿に戻ろうにも戻れなくなった。何度か試みても駄目。恐らくレインリリーの姿には二度と戻れない。

 戻るのではなく、レインリリーの姿に変身しようとしても駄目だった。

 頭を抱える主をジルは何を言って慰めればと立ち尽くすが、メデイアは気付き苦笑した。


「申し訳ないわね。こんな面倒事に巻き込んで」

「俺の事はお気になさらず。前の姿は嫌ですか?」

「そういう訳じゃないのよ。ただ、レインリリーの姿の方が便利じゃない。殆どの人間はレインリリーがメデイアという魔女だと知らない。動くならレインリリーが都合が良いのよ」

「そう、ですよね」

「困ったわね……」


 今二人がいるのは上等な客室。クレオンは取り敢えずは留まるとしたメデイアをすぐに客室から公爵夫人の部屋へ案内すると言い出すも断った。

 彼と婚姻関係を続ける気は毛頭ない。クレオンの前では三年で離縁だと言い放ったが今すぐにでも離縁は可能だ。

 というより、である。


「クレオン様にはああ言ったけど、婚姻届に書いた私の文字は何時でも消えるようになっているの」

「え?」

「もしも彼があんな人じゃなかったら、経歴に傷を作っちゃ可哀想だと思って、離縁をしたら婚姻届の私が書いた名前が消えるように細工をしたの」


 婚姻届に自分の名前を書く際、瞬時に呪文を唱え魔法を掛けた。妻の署名がない婚姻届は無効。出て行く際に告げるつもりが、言えなくなった。


「つまり、お嬢様からしても結婚していないという事になりますね」

「そうね」

「良かった……」

「うん?」


 何故ジルが安心するのか。首を傾げて見せると慌てて顔の前で手を振り、何でもないと言われればそれ以上は避けた。


 公爵夫人の部屋が嫌ならせめて部屋を変えさせてほしいと言うので、手配されたのが客室の中で最もランクが高い上等な部屋。

 使用人の態度も明らかに変わった。

 初め、レインリリーに失礼な態度を取ったアリサが恐縮顔で現れるも世話は断った。次に大人し気な世話係。彼女にも悪いが断った。

 料理に細工をし続けた料理人、無礼な態度を取り続けた執事、更にノーバート公爵家へ行く際にレインリリーを置いて行ったキールまでもがご機嫌伺いに来るも全て追い出した。

 やっと落ち着ける頃にはすっかりとメデイアは疲れていた。


「何か、飲み物でも貰って来ましょうか?」

「いえ、いいわ」


 飲み物を運ぶジルと一緒に部屋に入って来そうで遠慮した。

 勝手に出て行こうものならクレオンが何をするか分からない危うさがある。助けた子供に死なれては後味が悪い。かと言って、このまま夫婦になるつもりもない。

 魔法であっという間に片付けても良いが、あまり使い過ぎると今度は国の魔法使いに魔力を感知され、此処に乗り込んでくる。魔法使い達にとっても魔女は御伽噺のような存在。そんな存在を野放しにはしない。


 まずはアーラスに文句の使い魔を送り、状況をどう乗り切るべきか相談すべく、窓に近付き使い魔を放った。


 親友が人間に扮して大商人になっていたのは意外だが、昔からやけに人間の事情に詳しかったのはそういう事だったのかと納得した。


 返事が待つ間は何をしようか、とジルに振り向いた時、扉が叩かれる。返事をすると声の主はクレオンだった。


「部屋の居心地はどうかな?」

「まあ、それなりには」

「そうか。夕食は御馳走を用意させるから、楽しみにしてほしい」


 一人浮かれるクレオンにどう言葉を使って諦めさせるべきか。悶々とするレインリリーと違い、恋焦がれた想い人がいて浮かれ切っているクレオンの目は隅に控えるジルへ向けられた。


「メデイア。貴女には優秀な侍女を付ける。そこの従者殿には別の」

「クレオン様」


 何を言い出すかと大人しく待っていれば、ジルを排除するような言い方。我慢出来る筈がなく待ったを掛けた。


「彼は私がクリスティ家から連れて来た従者です。彼をどうこうする権利は貴方にはありません」

「だが、彼は貴女に馴れ馴れし過ぎるのでは……」

「先代伯爵夫人の代から庭師として仕えてくれているのです。私の子供の頃から先代の庭師と一緒にね。付き合いが長ければ、親しみだって生まれます。彼の雇用については一切の口出しは拒否します」

「っ……分かった」


 口では納得した素振りを見せつつ、外面は全くそうではない。悔し気に、少々悋気の混ざった目でジルを睨み。レインリリーには一変して甘く蕩けるような瞳を。切り替えの早さだけは認めてやる部分なのかもしれない。


 幼いクレオンを助けた過去を後悔しない。弱っている人の子を見捨てる選択肢はメデイアの中にない。元気になると「メデイア!」と懐いた少年が人の悪意に染まり、真実が何かを見ない大人になってしまってもメデイアにとっては助けた人の子である事実は変わらない。

 何故ジルに悋気めいた目を向けるかは不明だが理不尽な対応はさせられない。


 夕食は御馳走だとしても、食べる気は起きない。

 食材に罪はなくても、散々な料理を食べさせられた五日間の記憶は消えない。魔女だった時にもあんな粗末極まる料理は食べた事がないので新しい経験をさせてくれたのだけは良しとする。


 クレオンを部屋から出そうにも頑固として出ないという意思が伝わってくる。魔法で記憶を改竄してとっとと逃げるのもありだが、アーラスからの連絡を待つのを優先する。どうにかクレオンを部屋から追い出す理由はないかと思考を巡らせ始めた時、クレオンが動いた。ジルの前に立ち、何をするでもなく、ただジッとジルを観察しだした。得体の知れない行動に警戒心を強くするジルからレインリリーに視線を変えたクレオンは「貴女は……彼のような男がお好みなのか?」と思いもしない発言をした。


「は?」


 何を言っているのかと言葉の理解が数秒遅れた。解せると深い溜め息を吐いた。人の話を聞いていなかったのかと。


「先程も言ったようにジルは……」

「だが彼は僕より劣るとは言え、整った顔立ちをしている。貴女が好んで側に置いているのはそういう事じゃないのか?」

「だから……」


 彼は話が通じない人間だったのかと幻滅させられる。ノーバート家に嫁いでからクレオンに対しては幻滅と軽蔑しかしていなかったが幻滅が大きく上をいく。

「だとしたらなんですか」

「なっ」

「ジル?」


 黙っていたジルが発言を始めた。


「俺はお嬢様が魔女だと知っても、仕えるべき大事なお嬢様であるのは変わりません。公爵様、貴方は違う。お嬢様が魔女と知ると掌を返した公爵様をお嬢様が信じる筈がないでしょう」

「元庭師の分際でっ!」

「はい。庭師の仕事は俺にとって誇りですから。公爵様は嘗て自分を助けた魔女に幻想を抱いているだけとお見受けします。魔女の姿に戻ったお嬢様は非常に美しい女性です。ですがレインリリー様だったお姿も美しかった」


 黄金の大輪を現した絶世の美女のメデイア。

 清楚で控え目であるが凛とした立ち姿と淑女の微笑みを絶えず見せ続けるレインリリー。


 美しさの表現は違えど、どちらも美しい女性であるのは変わらない。


 母が亡くなり、親しかった使用人達が次々に解雇されていく中残ったジルは歳が近いのもあり、家令とは違った親近感を持っていた。ジルも一人ぼっちのレインリリーにいつも優しくしてくれた。食事を抜きにされた時は料理人が気を遣ってこっそりと作った軽食をジルが誰にもバレないよう運んで来た事もあった。家令や執事だった時、なんなら料理人本人だった時もある。

 公爵であるクレオンは平民の庭師であるジルに反論された怒りから顔が赤く染まり、拳を握る手がぶるぶる震えている。咄嗟にクレオンを睡眠魔法で眠らせたレインリリーは瞬きを繰り返すジルの両頬を引っ張った。


「煽ってどうするの! クレオン様がジルを殴っても、平民だからって無かった事にされるのに!」

「す、すみません」


 ジルの頬を存分に引っ張った後、眠らせてしまったクレオンを見つめた。

 魔法使いに感付かれるのは面倒でも、さっさとジルを連れてノーバート公爵家を出ようと決心がついた。


 自分の目が届かない場所でジルに何かあれば後悔する。



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