表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

クレオンの愛する人

  

「キール! どうしたんだ、そんなボロボロで」

「わ、分かりません。どうしてかずっと転んでしまって……」

「転んで?」


 疑いの目を向けてくるクレオンに呆れた息を吐いたレインリリーはしっかりと反論した。


「まさか、私が転ばしたとでも? 歩く度に勝手に転んだのはその方ですわ」

「そういうわけでは……」

「では、先程の目はなんですか? 明らかに私を疑った目でしたよ。お疑いなら、玄関から此処に来るまでにいた使用人の方々に聞いて回っては? 私がその方を転ばせた所を見たかどうかを」

「……」


 歩く度に転ばせていたら絶対に誰かがクレオンに告げに走りに行く。誰も来ていないのは、キールがどうしてか勝手に転ぶだけ。皆、何故という表情で転び続けるキールを呆然と見ていた。転ばせる呪いを掛けたレインリリーは周囲と同じく呆然とするジル同様キールから距離を取って歩いた。

 全身ボロボロなキールを執事に任せるも、部屋を出て行く時も何度も転ぶキールを見てレインリリーが何もしていないと漸く理解したクレオンは小さな声で謝罪した。肩を竦めたレインリリーは気にせず、遅れた理由を述べた。


「あの方は、馬車は一人席だから私が乗るスペースはないから実家の馬車を使えと行ってしまったので、どうせ遅れるなら寄り道をしても同じだと思いましてね」

「なんだと? キールがそんな事を? 出鱈目を言うな」


 クレオンによると、レインリリーが遅れたのは化粧に時間が掛かるから先に行ってくれとキールに伝えられたと。


「どちらの言い分を信じるかはクレオン様にお任せします。私はどちらでも構いません」

「キールが転んだのは君のせいじゃないと分かった。だが、遅れた理由をキールのせいにするのは如何なものか」

「私を嫌っているから私の言う事を全否定するのは構いませんわ。ただ、これから公爵夫人として暮らすなら最低限の気遣いくらいして頂いてもよろしいのでは?」


 当たり前の要求をしただけでもクレオンは嘲るように鼻で嗤った。カチンとくるものの、心の中で冷静に冷静にと唱え続けた。


「貴女のようなふしだらな女性を本当にノーバート公爵夫人として扱うと? 生活の保障はするが社交に出ず、家で大人しくしていてください」

「公爵夫人の仕事をするなと?」

「ええ。形だけで結構です」


 それだけを言うとクレオンは戻った執事にレインリリーを客室へ案内するよう命じた。公爵夫人として扱う気がないから、部屋も客室を使えということ。後ろでジルが憤慨しているが落ち着きなさいと小声で諭し、案内されるがまま客室に着いた。ジルを従者と説明したので彼の部屋も用意してもらった。粗末な部屋ではないのを祈ろう。

 クリスティ伯爵家の時よりマシな部屋が今日からレインリリーが三年間過ごす予定の部屋。


「三年も名だけの公爵夫人でいるつもりはないわ」


 三年の間に鏡を見つけてさっさと魔女の村へ帰る。


「ジルはどうしようかしら」


 ジルには自分が魔女だと告げても、他人に言い触らさないという信頼がある。魔女は人間の世界に滅多に姿を現さない御伽噺の住民と思われている。人間でも時折魔力持ちが生まれ、彼等は国の重要人物として判定されるとすぐに王家に保護される。そして国の為に魔法使いとして育てられる。

 メデイアの時に何度か見ているが十分な食事に睡眠、生活環境も良い。というか、レインリリーより余程良い生活を送れている。


「魔法使いを虐げていたら、仕返しをされた時真っ先に殺されるのは自分達だと理解しているからよね」


 遠い昔、ある帝国が魔法使いを虐げ、反逆を受け滅ぼされた過去がある。それを知る王国は決して魔法使いを虐げず、国の力として大事に育てる。

 鞄の中身を出そうとテーブルに置いた時、ノックもなしに女性が入った。


「失礼しまーす」


 ニヤニヤとした顔で入って来た顔にそばかすがある女性の態度に呆れたレインリリー。


「貴女は?」

「執事長に言われ、お客様のお世話をするアリサです」

「そう」


 腕を組み尊大な態度で自己紹介をしたアリサに近寄り後ろを指差した。


「今すぐ部屋から出て行きなさい。お前のような役に立たなさそうな世話係は不要よ」

「なっ!!」

「そうでしょう? 公爵からどう思われようが私は公爵夫人であり、伯爵令嬢でもあった。貴女より身分は上。身分社会で目上の相手に無礼を働けばどうなるか知らないの?」

「っ、旦那様には幼い頃から愛する人がいる、お前みたいな性悪が愛されると思うな!」


 捨て台詞を吐いて出て行った世話係は、どうせレインリリーに難癖を付けられたと上の人間に泣き付く。

 魔法でどうともなるので世話係はあんなのだったら此方から願い下げだ。


「それにしても……」


 クレオンに愛する人がいるのは知っている。初対面の際に言われている。


「子供から大人になるとこうなるのね……」


 クレオンの愛する人とは、幼少期森に迷い混み野獣に襲われ掛けたクレオンを助けた魔女の事。そしてその魔女はレインリリー、否、メデイアだ。


 正確な時期までは覚えていないがメデイアが森で彷徨っていた子供のクレオンを魔獣から助け、ほんの一時世話を見ていた。体中怪我だらけで二日間飲み食いしていない体は弱っており、長年まともに料理をしてこなかったので人間の街へ行って病人が食べる料理を馴染の店の料理人に作ってもらった。心身ともに弱っていたクレオンはメデイアの看病により回復し、森で彷徨っていた理由を話してくれた。


「確か……誘拐されたと言っていたな」


 他家の公爵夫人主催の茶会に母親と出席した際、気分が悪くなって母親や周囲の人間がいない場所で休憩していたのを狙われた。眠らされ、目が覚めると魔獣がうろつく森に捨てられていた。クレオンの記憶を探って犯人が誰か突き止めてやり、後は好きにしろとノーバート公爵家の正門前に置いて帰った。


 クレオンがいきなり戻ってきたと屋敷中大騒ぎとなり、必死になって探し続けた息子の突然の帰還を知った両親は泣きながらクレオンを抱き締めていたのをメデイアは見ていた。戻して良かったとその時はこれで終わりだと思っていたものの。


「まさか、昔助けた子供が夫になるとは……」


 碌に噂の真偽を確かめず、嘗て自分を助けた魔女メデイアに恋をするあまり婚約者に白い結婚を強制する男に育っているとは思わなんだ。

 メデイアだった時と容姿はかなり異なるので当然クレオンはレインリリーがメデイアと知らない。

 メデイアは知らせるつもりはない。このまま、レインリリーとしてお別れをする。


 荷物の整理を始めようと再び鞄に目をやると怒気を露わにしたクレオンが先程の世話係アリサと突撃をかました。アリサに至ってはクレオンの視界に入らないのを良いことにニヤニヤと嗤っている。大方、レインリリーに追い出されたのだと泣き付かれたのだろう。


「聞いたぞ、此方が用意した侍女を君は罵倒し追い出したと」


 追い出したのは事実でも罵倒はしていない。鞄から離れ、溜め息を吐いたレインリリーは追い出した理由を述べた。使用人の躾がまともに出来ていないとは驚きだと嫌味を言えば、瞳に強い怒りが浮かんだ。


「あ、あんまりです! 奥様が不安だろうと……」

「あら、さっきはお客様と言っていなかった? いくらクレオン様に愛する人がいようが私を愛する気がなかろうが私は公爵夫人として此処に嫁いできたというのに、身分が下の者に馬鹿にされました。まともに仕事もしなさそうなので追い出しましたが何か問題でも?」

「ふん、客室を与えられた君をお客様扱いして何が悪い?」

「あらあ、客室を与えたのは何処のどなたかしら」

「っ」

「公爵夫人扱いも客扱いもしたくないなら私を追い出しますか? 嫁いで来た当日に妻を放り出した最低男と噂好きなご夫人方に流してもらうのも良いわねえ」


 人の不幸は蜜の味。特に、暇を持て余した貴族女性は他人の噂に群がる。とんでもない眼光で睨んでおきながら、噂好きの貴族女性に噂を流されたら尾鰭がつき何を言われるか不明。非常に苦々しい顔をしたクレオンは降参した。


「……分かった。世話係を変え、君に誠実に仕えるよう命じる。それで満足か?」

「まあ、最低限の世話さえしてくれれば後は自分でします」

「生家ではとんだ我儘放題で伯爵は君付きの侍女を選ぶ時、かなり難儀していると聞くが?」

「さあ? 恋人と引き裂かれた理由を私の母のせいにして、碌に親子関係を築いてこなかった男の言い分等どうでもいいですわ」

「……」


 母が亡くなってすぐにレインリリーと歳が変わらない娘と後妻を迎え入れた挙句、喪が明ける前に再婚したクリスティ伯爵は暫し社交界では話題の的だった。運命の恋人を引き裂いた本妻を悪女と貶め、その悪女が死ぬと恋人を妻として迎えた。


 ――母の生家が借金を負い、借金を肩代わりする事と引き換えにクリスティ家に嫁いだとは言え、母の生家は母を助けようとしなかった。母自身は生家に未練も思い入れも無かったから、ある意味ではお互い無関心だったわね。


 




 レインリリー=クリスティ伯爵令嬢は社交界で『悪女』と嫌われ、嘲笑われる女性だ。後妻と異母妹、気に入らない使用人には平気で暴力と暴言を繰り返し、飽きる事なく豪華な宝石やドレスを買い漁る我儘放題に伯爵が手を焼いていると出回っている。その様な令嬢を夜会等に出せない代わりに後妻と異母妹を積極的に参加させる伯爵は、毎回涙ながらに後妻や異母妹が語るレインリリーの『悪女』の話を全て肯定してきた。祖父の遺言によりレインリリーと婚約した当初は、彼女がそれほどまでに最低な女性だと知らなかったクレオンは祖父を恨んだ。幼い頃誘拐された際、両親と共に必死に探し回りながらも犯人を突き止めた祖父は魔女によって帰されたクレオンを見るなり大泣きした。大切な一人孫が無傷で生還したのが余程嬉しかったのだ。

 犯人はクレオンとの婚約を断られたとある侯爵夫人の仕業。娘がクレオンに一目惚れし、絶対に婚約したいと泣き叫ばれたのにノーバート家からは断られ、娘には暴れられ、病んだ侯爵夫人はクレオンを誘拐し亡き者にしようと企んだ。誘拐犯は侯爵家の使用人。森に捨てたのは命を奪う行為に抵抗があったからで、魔力もない四歳の子供が自力で森から生きて帰られると思わなかったから放置して行ったのだ。偉大な魔女が偶然通り掛らなかったら、彼等の思惑通りクレオンは死んでいた。


 使用人のアリサを世話係にと付けてやったのに、恩を仇で返したレインリリーを叱りに行けば、アリサから聞いていた話と違っていた。アリサからは使用人如きの世話になりたくない、早く出て行けと罵倒されたと聞いていた。クレオンにとって屋敷に仕えてくれる者は皆大事な人達だ。彼等の中には平民出身も何人かいる。大切な彼等を理不尽に傷付けたレインリリーは許せない。すぐに部屋に向かい、どういう事かと詰るとアリサの態度が宜しくなく、当然の態度を取ったまでだとレインリリーは尊大に言い放った。


 お客様扱いをされるのは客室にいるからだと嗤えば、誰が用意したのかと逆に言い返され言葉を詰まらせた。挙句、噂が大好きな貴族女性に余計な蜜を注がれそうになったのを止める為、アリサではない別の世話係を付ける事で終わらせた。


 父親の話を出すと心底どうでも良さそうに「さあ? 恋人と引き裂かれた理由を私の母のせいにして、碌に親子関係を築いてこなかった男の言い分等どうでもいいですわ」と言ってのけたレインリリーの表情はどこまでも無だった。何の感情も無かった。


 客室から出たクレオンはアリサに振り向き、注意をした後、仕事場に戻らせた。


 執務室に戻ってキールを呼ぶも、まだ勝手に転ぶ現象は続いているようでこのままでは業務に支障を来す。


「キール。暫く休暇を与える。その間に転ぶ現象を消すんだ」

「分かりました……申し訳ありません」

「気にするな。怪我はしていないか?」

「怪我については大丈夫です」


 キールも己の謎に転ぶ現象が収まらない限り仕事は出来ないと理解しており、クレオンの休暇命令を素直に聞き入れた。執務室を出て行く時も転ぶキールが心配で前を通り掛った使用人にキールを家まで送るよう命じた。


 一人で帰っている時に転んで大怪我を負っては大変だ。


 執務室に戻り、椅子に腰かけたクレオンは瞳を閉じた。脳裏に浮かぶのは嘗て自分を助けてくれた恩人。偉大な黄金の大魔女メデイア。人間の世界で稀に生まれる魔法使いと違い、魔女は生まれた時から既に魔女としての力を持つ。殆どの魔女は寿命が長く、幼いクレオンを助けたメデイアも千年生きていると聞いた。


 波打つ黄金の髪、長い睫毛に縁取られた黄金の瞳はメデイアという大魔女の美しさを引き立てる装飾品。顔の形、目、鼻、口の位置まで完璧な女性。


「もう一度……貴女に会いたい」


 そして会って求婚したいと考えている。魔女と出会う確率は宝石箱を見つけるより難しいと言われ、また、魔女が住む村があると聞くがそれが何処にあるか人間で知るのは魔女に信頼された極僅か。現在進行形で捜索中だが全く見つからない。

 早くレインリリーという『悪女』との白い結婚を終わらせ、思い人であるメデイアを見つけ愛を捧げたい。


「僕の愛は貴女だけの物だ……」


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ