エピローグ
心地良い天気の日。木漏れ日の下で使い魔の報せを静かに聞き終え、人差し指で頭を優しく空に放ると羽を大きく羽ばたき飛んでいった。見えなくなるまで見届けると遠くからジルの呼ぶ声がした。森から家に戻ったレインリリーを見つけたジルはトレーに載った紅茶セットを持ち上げた。もうお茶の時間なんだと知り、早速庭に設置してある木製の丸テーブルにトレーを置いてもらい二人向かい合うように座った。
「美味しそうね」
「もう少し蒸らすので待っていてくださいね」
「いつでも待つわ」
「森で何をされていたのですか?」
「うん。クリスティ家やクレオン様の状況を使い魔が報告してくれたのよ」
レインリリーがジルを連れて魔女の村に戻り、メデイアだった時の家で生活を始めたのは半年前。約十八年誰も住んでいないにしては部屋のどこも埃はなく、庭も定期的に手入れをされていた。
翌日訪ねたアーラスが週に一度掃除をしに来ていたと教えられ礼を述べた。元は自分の渾身のドッキリのせいでメデイアは転生してレインリリーになってしまったのだからこれくらい安いと笑われた。
「公爵様達はその後どうしたのですか?」
魔女の村での生活は帝都にいた頃と然程変わらず、ジルは庭師の仕事とレインリリーの世話を兼ねている。給金は元から持っている宝石類を売り飛ばせば高額の金を得られるのでそれを渡している。売った宝石を全額渡そうとしたら、仕事に見合う金額で良いと断られた。
家では危険な魔法薬や本が置いてある部屋への入室を禁じる以外は何処に入っても良いと許可している。ジルの部屋を作る為、平屋を三階建てにした。三階にする必要はあったのかと問われるとレインリリーは「私、弱った動物を拾って世話をするのが好きだからそれ用に」とした。現に、ここ半年で五回程弱った動物を拾って世話をし、元気になると森へ返した。
遠出をした時に人間の子供を拾うも、迷子になっていただけだったので親の居場所を特定し、すぐに返した。
また世話をして懐かれてクレオンのような大人に育っても困るからというもの。誰も彼もがクレオンのような大人に育つとは思えないものの、ジルの言葉には説得力があり素直に従った。
帝都の様子を気にするジルに苦笑しつつレインリリーは教えた。
クレオンは初恋の君であるメデイアがレインリリーと判明し、更に従者と共に逃げ出したので急ぎ帝国に報告をした。魔女がクリスティ伯爵家の長女に転生していたと知った魔法使いは隊を結成し、魔女捜索を開始すると同時に悪名の真実を探った。結果、恋人の後妻との仲を引き裂いた前妻を憎むあまり、その娘さえも憎しみの対象にしていた伯爵夫妻と夫妻の娘が故意に流したものであり、事実は全く異なると判明した。更に伯爵家内で繰り返し行われた虐待の数々にクリスティ伯爵家は社交界から糾弾され、爪弾きとなった。誤解だと伯爵家は必死に火消しをするも大商人マーサ扮するアーラスが真実七割と嘘を三割混ぜた話を広めた為、誰も伯爵家が誤解と言う話に耳を傾けなかった。更に使用人までもが前妻の娘を冷遇していたとあり、辞職を願い出ても次は何処も雇ってもらえず、悲惨な目に遭っていると聞いた。
「私が思っていた以上に悲惨ね……」
「アーラス様の影響もあるでしょうが、それ以上に魔法使い達の行動力がすごいですね」
「それと社交界ね。散々私を悪女にして愉しんでいたくせに、別の絶好の餌が出来たらそっちに食い付いたわね」
母の生家も中々に悲惨だ。孫娘がそのような境遇にいるのに何故助けない、手を差し伸べないと非難された。嫁にやった娘の孫に興味がないと先代当主が本音を口にしたせいであの家は血の繋がりがあっても見捨てる冷血な人間しかいないと陰口を叩かれ、母の兄の妻は陰口に耐えられず子供を連れて実家に帰った。母の生家に飛び火するとは意外だった。魔女を逃がした原因のある人間は徹底的に許さないと魔法使いの執念を感じさせた。
「思い入れもないから、御愁傷様って言葉以外出ないけれど、母の事を考えたらちょっとはスッキリした」
「奥様は素晴らしい方でした」
「ありがとうジル。母の生家は母に興味がなかったもの。母も興味が無さそうだったから、こんな状況を聞いても大変ねって終わらせるわ」
大事な母の遺骨は庭に埋め墓も建てた。周りには、生前母が好きだった花を多数咲かせている。
クレオンの方はと言うとレインリリーの噂を信じ込んで酷い態度を取り続けた事、誠心誠意謝罪しやり直しをしたいと声高に宣言しているが婚姻届にレインリリーの名前がないのでそもそも結婚していないと発覚した。そんな筈はないとクレオンは目の前でレインリリーが婚姻届に記入するのを見たと語るが、妻の欄が無名なのは誰の目が見ても明らか。
「魔法使いが私が時が来たら文字が消える細工をしたと気付いてクレオン様が発狂しだしたと聞いたけど……何故かしら?」
「それは……まあ……婚姻関係が続いていたら、仮にお嬢様を見つけてもまた妻として戻せるからでは」
「ノーバート家には何の思い入れもないのに、どうして戻ると思うのかしら」
分からないと息を吐き、そろそろ紅茶を飲みましょうとジルに注いでもらい、ティーカップを受け取った。華やかな花の香りを楽しみつつ、味も楽しんだ。
ノーバート家の使用人達にも調査が入り、公爵夫人となったレインリリーへの仕打ちが明るみとなり、愛を叫ぶクレオンがただ己の罪の発覚を恐れて芝居をしているだけと判断された。ノーバート公爵家に嫁ぎたい令嬢は誰もいなくなった。使用人の未来も暗く、当主は部屋に引きこもってばかりで外に出ない。こんな筈じゃなかった、どうしてこうなったと嘆くばかり。落ちていくのも時間の問題となった。
使い魔からの報告はこれくらいにし、レインリリーはティーカップを置いた。
「ジル」
「はい」
「これからもよろしくお願いね。ジルとの生活が楽しくて毎日楽しいの」
「はい、お嬢様! お任せください!」
ジルは人間。何時かは別れが来る。
それまでジルとの生活を存分に楽しみたい。
「ジルは気になる女の子はいないの?」
「お嬢様一筋なのでいません!」
「あらあら……」
真っ直ぐに向けられる好意や尊敬の眼差しを擽ったく思うも、人間に転生して初めて感じた暖かい気持ちに頬を綻ばせるレインリリー――メデイア――であった。
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