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俺たちの人権

 「大変だみんな!早く来てくれ!!」

 シャングリラに来てから数日、俺はレジスタンスの雑務を任されていた。最初に知り合ったということもあり、ライドやネントとともに活動することが多い。今日も雑務をしていると慌てた声が聞こえた。

 「どうしたんだ一体、騒々しい。」

 皆が集まり騒いでた男に集まる。

 「こ、こんな書き置きがあって、新規の旅行者組の多くが出ていきやがった!」

 男は書き置きを皆に見せる。それはレジスタンスを侮辱する内容と、地上に上がり異世界ライフを堪能するといった主旨だった。

 「あいつら……!隊長、僕に行かせてください!!あんな連中殺してしまえば良い!!」

 ネントはその書き置きを見て怒りを露わにした。タイリはそれを見て悩む。

 「今日は確か……第一特務部隊が周回する日だったな……。」

 タイリの言葉に皆がざわめく。第一特務部隊……その言葉に畏怖しているようだった。

 「あぁタスクは知らないよな、第一特務部隊ってのは要するに国の特殊部隊、その中のエリートだよ。俺たちも奴らとはできるだけ関わりたくない。」

 つまり恐ろしい相手と出くわす恐れがあるので、皆、外に出ていった旅行者を助けに行きたくないということだ。

 「あ、あいつらは勝手に出ていったんだし放っておいてもいいんじゃないか?」

 一人の声が聞こえた。それが発端となって皆が同調する。

 「いやダメだ、拷問されてこの場所を吐く可能性がある。いやむしろこの間の交流会の様子だと、自発的に話す可能性が高いか……。」

 タイリはそう分析した。シャングリラの居場所がばれるのは不味いと。人々はどよめく。行くしかないのかと。

 「ライド、タスク……俺たちで行こう。目的はあくまで旅行者の救出、大人数で動くのはまずい。」

 タイリの言葉にライドは黙って頷く。そして俺の方を見る。

 「え、俺も行くの!?」

 一瞬何事かと思った。俺はろくに戦いのやり方も知らない、この世界に来たばかりの一般人だというのに、そんな危険な任務を任せるというのか。

 「今はお前が一番旅行者について知ってるからな。それに、この世界の恐ろしさも知っている。」

 そんなぁ……嫌がる俺を引っ張り無理やり二人に連行された。

 「しかし旅行者たちはどこに向かったのかわからないんだろ?どうやって探し出すんだ。」

 旅行者たちはこの世界の地理情報が分からない。それは俺自身がわかっていることだ。

 「だからお前を誘ったんだよ、何か行きそうなところにあてはないか?」

 「そういうこと……そうだなぁ……まず自宅……いやあいつらは快適な異世界ライフを送る言ってたから……俺ならスーツの人に会いに行くかも。」

 「スーツの人?」

 「俺に住居やらの手続きをしてくれた人だよ。」

 「そりゃ役人だな。てことは役所か……面倒だな。」

 役所ということは当然、公的な機関というわけで、第一特務部隊に限らず警官等が常駐している可能性だってある。そんなところに向かうのは自殺行為だと、隊長もライドも嘆いていた。

 「いや、まだ希望はある。役所の場所は分からないだろうから、まずそこを確認するはずだ。観光案内所とかを利用すると考えると、その進行ルートに沿って進めば追いつけるかもしれん。どうせ途中で女に見つかったら慰み者にされるんだろうしな。」

 シャングリラから出て十数分が経過したあたりだった。遠くに男たちの人影が見えた。

 「車を止めろ、近くに隠すんだ。よく見ろ、もう接触している。」

 隊長はそういうと望遠鏡を貸してくれた。男たちを再度見る。女性数人と談笑しているのだ。

 「廃墟近くなのが幸いしたな。この辺りにはほとんど人がいない。彼女たちはおそらく廃墟マニアか、あるいはこの辺りに住んでいるホームレスの類いだろう。」

 俺たちは気づかれないようにこっそりと近づいた。隊長から渡されたのはスタンロッドと催涙スプレー。これで相手を無力化して迅速に旅行者たちを救出する作戦だ。瓦礫の影から気づかれないようにこっそりと……。話が聞こえるくらいの距離まで近づいたとき、異変は起きた。

 「本当に面白いね君たち、旅行者ってこんなのばかりなの?みんな欲しがるわけだよ。」

 女の一人が笑いながら答えた。

 「いやいやここの男たちがおかしいんだって、君たちみたいなかわいい女の子になら俺、何をされても嬉しいからね。」

 それに調子よく旅行者たちは答えていた。

 「本当に?じゃあさ……どっちが良い?」

 そう言って、女性はカバンから何かを取り出した。あれは……首輪だ。色違いデザイン違いで何個もある。

 「複数用意してよかったぁ、私昔から男を飼うの憧れてたの。でもペットショップのは高いし、保健所のは去勢されてるから……新鮮なのが手に入って本当に嬉しい。」

 表情を変えず当たり前のことのように喋る女に対して旅行者たちは明らかに戸惑っていた。飼う……?人間を……?

 「あ、あはは……SM趣味ってやつ?ちょっと俺にはその気はないかなぁ、おっさんどう?」

 「ふざけるな!女のくせに生意気だぞ!」

 中年男性は激情して女性を張り倒した。

 「ちょ、ちょっとおっさん何してんの!暴力は駄目でしょ。」

 「ふん、聞いた話のとおりなんだな、私に首輪をつけるなんて……付けるのはむしろお前だろ。」

 中年男性は首輪を一つ取って、張り倒した女の首に無理やり首輪を取り付けた。

 「あーらら……ごめんね?俺はあんなおっさんみたいなことしないからさ、どう?二人でどこか行かない?」

 ホスト風の男はもう一人の女性の肩に手を回して口説きに入った。女性はわなわなと震えている。そして次の瞬間、ホスト風の男が突然悲鳴をあげて腰を抜かす。

 「あらあら、旅行者は常識知らずだとは聞いてたけど、ここまで酷いなんて。ほら立ってよ晴子、あんた熟男趣味はないでしょ?」

 その手にはスタンガンがあった。それも物凄い放電だ。衣服の上からだろうとあれを当てられたらたまったものではない。

 「ほほぉ〜それがあいつらが言ってた武器ねぇ?」

 中年男性は上段蹴りをした。それはあまりにも鮮やかで堂に入っている。スタンガンを的確に蹴飛ばし、宙へと舞った。そして女性のみぞおちに正拳突き。もろに食らった女性は崩れ息を荒くする。

 「若造よぉ、言ったろ?女ってのはまず分からせてやらねぇと駄目なんだよ。ほら立ちな。」

 スタンガンのダメージが深刻なのか息を荒くしてホストは立ち上がった。だがその表情は明らかに怒りを露わにしている。

 「こんのクソアマぁ!下手に出たら調子こきやがって!財布の分際で俺にこんなことしやがってよぉ!」

 お腹を抑え苦しんでいる女性に蹴りを何度も入れた。

 「おうおう、怖い怖い、若いのはすぐ激情的になるからねぇ、大丈夫だよお嬢ちゃん、俺はあいつと違って適度に優しくしてやるから。」

 舌なめずりをして、首輪をつけさせた女性に手を伸ばす。女性は二人の獣に怯えた表情を浮かべていた。

 「何なんだあいつら、頭おかしいのか?」

 ライドはその一部始終を見て心底疑問めいた言葉を口にする。

 「あれも旅行者だ。稀にああいう戦闘力が高いタイプも来るんだが……あぁクソっ、あいつら目立ちすぎだ。もう来やがった。隠れろ。」

 ヘリの音がした。上空を見るとヘリコプターがいて、ロープが出てきて、それを使って次々と女性たちが降りてくる。あれが第一特務部隊だろうか。旅行者たちも何事かと、降りてくる女性たちを見ていた。

 「お前たち旅行者だな?大人しくすれば手荒な真似は……。」

 先頭に立っていた軍服の女性が二人の女性に気がつく。

 「これはお前たちがやったのか?」

 「いやいや、そんなわけないじゃないですか。なぁそうだよなぁ?」

 中年男性は倒れている女性を睨めつける。だが……。

 「そうです、こいつらです。私たちが見つけたんですが、襲ってきたんです。」

 あっさりと中年男性の思惑は外れた。軍服を着た女性の冷たい目が刺さる。

 「ちょ、ちょっと待って下さいよ!そいつが嘘をついてるかもしれない!弁護士を出せ!法廷で争ってやる!いいか!?それまで私に手を出すなよ?こう見えて法律はかじっているんだ、少しでも手を出したら」

 「貴様に弁護を受ける権利はない。男の分際で、権利を主張するなどおこがましい。そこの二人は暴行罪及び女性に対する侮辱罪を適用し、この場で現行犯逮捕とする。余罪は他にも出るだろうがな。」

 手錠をちらつかせ、中年男性に近寄るが中年男性はそれを払った。手錠は地面に落ちる。

 「何のつもりだ?」

 「ふ、ふざけるな!何が権利がないだ!女の分際で、どうせ公権力を盾にしなくちゃ何もできないんだろう!?へへ……顔は覚えたぞ、お前みたいな、仕事のことしか頭になさそうな女、今まで何人も潰してきたんだからな。」

 後ろの女性隊員たちが騒ぎ出す。隊長を侮辱する気かと、怒声が聞こえるが中年男性には届かない。

 「よい、旅行者には教育が必要なのは常識だからだな。」

 そして隊長と呼ばれた女性は上着と装備を脱ぎ捨てた。

 「こい、私は丸腰だ。お前の言う弱い女性だ。私を組み伏せたら、見逃してもいいぞ?」

 中年男性は驚いた顔をしたが、それも一瞬、下卑た笑いを浮かべ構える。あれは空手の型。すり足で近づき……緊張が走る。中年男性は叫び声を発した。正拳突き。それは基本にして最終の型。一瞬で間合いを詰め飛ぶ拳の挙動は見えなかった。その隊長と呼ばれた女性を除いて。

 「ぐっ……ぐっ……。」

 中年男性は掴まれた拳を放そうとしているが動かない。とてつもない握力で掴まれているのだ。

 「非力だな、"弱い男性"はいつもこうだ。口だけは達者で、その中身はまるでない。」

 その言葉に中年男性は激昂し、もう片方の手で殴りかかる。だが、片手を封じられ、ろくな姿勢で打てない拳は当然外れ、掴まれた拳を軸に体勢を崩される。そこに背中へ叩きつけるように隊長と呼ばれた女性の一撃が入った。中年男性はうめき声をあげる。

 「そのくせ短気で、直情的、同じ人間として劣っているお前たち男に、なぜ同一の権利を与えられると思っているんだ。」

 そしてそこへ容赦のない蹴り。蹴り。中年男性はもう丸くうずくまることしかできなかった。この暴力が収まるまで。

 「さて。」

 隊長と呼ばれた女性はホストの方を見る。ホストは「ひぃ!」と情けない叫びをあげた。

 「連れて行け、あれはこれと違って戦意はない。」

 ホストを他の女性部隊が取り囲む。その表情からは後悔の念が感じられた。

 「タスク、3秒後に目と耳を瞑れ。」

 ライドが小声でそう言って、きっかり3秒後、強烈な閃光と音が爆裂した。スタングレネード、非殺傷兵器である。突然の事態に女性たちは混乱をしている。それは勿論、旅行者たちもだが。

 「な、なんだ!何する離せ!」

 隊長とライドは旅行者二人を抱えて走る。ようやく意図を把握した俺は二人を追いかけた。だが一人、追いかけてくるものがいた。先程隊長と呼ばれた女性だ。

 「隊長!一人追いかけてきてる!サレンだ!!」

 サレンと呼ばれた女性、それは隊長と呼ばれた女性だった。スタングレネードの衝撃をものともせず、こちらへランニングフォームで追いかけてきている。

 「やっぱりあいつは来るよなぁ!おいタスク!こいつ担げるか!」

 中年男性を俺に渡す。重い!

 「あぁ貸せ!ったく男だから仕方ねぇけどこの世界に来たら少しは鍛えないと駄目だぞ!」

 ライドは中年男性も抱えて走る。二人の成人男性を軽々と抱えて走るその姿は頼もしく思えた。

 「元気がいいなぁ、サレン!だが丸腰はちょっと舐め過ぎじゃないかぁ?」

 隊長はサレンを迎え撃つつもりだ。銃を取り出し構える。そして躊躇なく発砲した。だがその銃弾は全て躱される。

 「哀れな、そんな直線的な軌道で動く武器なんて、目が見えずとも、耳が聞こえずとも、感覚だけで避けられる。」

 そして上段蹴り。的確に隊長の持つ銃を狙った。

 「おいおいマジかよ!何も見えてないんじゃねぇの!?」

 上段蹴りを躱し、銃を捨てて、裏拳。目標はサレンの顔面。だがそれをしゃがみ下段回し蹴り。もろに当たり苦悶の表情を浮かべた。

 「この感覚、お前タイリだな?害虫の王とこんなところで出会うとは運が良い。」

 そのままの勢いで腹部に掌打。鈍い音がして、隊長のうめき声が聞こえた。だがサレンは気づく。ただ受けただけではない。手を掴まれている。

 「だから丸腰なのは、舐め過ぎじゃないッ!?」

 小手返し、合気の一つである。テコの原理を利用したこの技は相手との筋力差をある程度カバーできる。抵抗すれば手首が折られる。故にサレンは力に身を任せ……そのまま回転した。そしてその勢いを攻撃に転じる。胴回し回転蹴りである。

 「嘘だろお前!?」

 頭部をガードしつつ、隊長は後ろへステップして躱した。

 「ったく化け物がよぉ、お前みたいなのが他にもいると思うと血の気が引くわ。」

 「心配するな、お前たち男が生物的に劣っているだけで、お前に落ち度はない。」

 間合いへ踏み込む。次は逃さない。その瞬間、横から車がやってきた。サレンは車に跳ね飛ばされ数メートル先に転がる。

 「ざまぁみやがれ!隊長今のうちです!乗って!!」

 それはライドだった。旅行者たちを車に乗せて、隊長を助けに来たのだ。1トン近い重量物が数十キロの速度で衝突、流石のセリアも堪えたのか、頭をさすっている。

 「ナイスだライド!とっとと逃げるぞ!おーこわ、あいつこっち睨んでるぜ。」

 俺たちは車に乗ってその場から全力で逃げ出した。幸いここは廃墟、地の利はこちらにあり、撒くことは容易だった。

 「これが俺たちの世界だ。改めてようこそ、そして覚悟しろ。男である限り、この地に安息はない。戦うか、死ぬか、二つに一つだ。さあ戻るぞ、俺たちのシャングリラへ。」

 廃墟の中、ガタガタの道が車体を揺らす。倒壊したビル、割れたガラス、植物に侵食された建造物群……それは非現実的な光景だったが、確かな現実だった。そして俺たちの居場所は更にこの奥深く地下の根城、そうだ。俺はこの世界で生きなくてはならない。男に人権はない、こんな狂った世界で。

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