理想郷
追いかけてくる車やバイクが増えてくる。その数は最早数えきれない。道路を埋め尽くす数。横道からも車バイクが乱入してくるが、ライドは華麗なテクニックでそれを回避する。
「これ終わりがあるのか!?どうすれば逃げきれるんだ!!?」
「もう少し待て、追手は全部一般人だからそう苦労はかけないさ。」
しばらくカーチェイスが続き、いつの間にか周囲は少し古ぼけた……端的に言うとボロい街並みに変わった。道路が狭いのは勿論のことだが、老朽化で建物が崩れガラスは割れており、道路は凸凹で危険さを感じさせる。だがライドはそれを物ともせず、車を加速させ突き進んだ。ところどころ崩れて、その度に車が揺れて不安にさせる。大きな音がした、後ろを見ると地盤が崩れ車両のいくつかは奈落に落ちている。あるいは瓦礫に足をとられて進めなくなるなど。
「このあたりはもう維持管理がされていないんだ、知らないやつ来るとあんな感じで足をとられて事故る。」
事故に事故を重ねて、後続の車両はもう俺たちに追い付くことはなかった。
「ヘリコプターはどうすればいいんだ?」
車はこの悪路でまいたとしても、上空にいるヘリはどうしようもない。
「大丈夫だ、あのヘリは地上の連中に俺たちの位置情報を教えているだけ。地上で追いかけることができないと分かったら撤収するし、見てみろ。」
ライドが指差した先にはアーケード跡地のようなものがある。
「この辺りは上空の遮蔽物がたくさんあるんだ。ヘリなんて問題にならねぇよ。攻撃ヘリは勘弁だがな。」
ライドの言うとおり、しばらくするとヘリの音はしなくなった。
「これからどこに行くんだ?」
「遠回りになるが、俺たちの基地に向かう。とりあえずこの車両はどこか適当なところに隠しておく必要があるな。」
そこは巧妙にカモフラージュされた駐車場だった。植物が老朽化した建物に侵食していて、緑のカーテンのようになっているが、それは偽装で奥に車両一台を止めるスペースが出てきた。
「よし、ここからは歩きだ。注意しろよ。」
廃墟となった街を歩く。たまに崩れる音がして心臓に悪い。頭上は大丈夫だろうか。
「大丈夫じゃないぞ、普通にガラスが落ちてきたりするから気を付けろよ。」
チラチラと上を見てる俺の心を読んだかのようにライドはそう答えた。しばらく歩くとライドはライトを取り出して、マンホールのふたを開ける。
「この下だ、ついてこい。あぁ心配するな虫とかはいねぇよ。」
長いはしごだった。マンホールの下、明かりはライドが足に固定したライトのみ。暗い暗い底へと進み、ようやく目的地に辿り着く。
「まぁ見てのとおり、ここは下水路だ。臭くはないだろ?もう利用者はいないからな。」
ライドに案内され更に奥に進む。すると奥に明かりが見えた。
「そうだ、あれが俺たちのアジト、最後の楽園、シャングリラさ。」
ライドは自慢気にそう答えた。
「ライドさんお疲れ様です、連れてるのが……例の旅行者かい?あんたも災難だったな、なにいずれ分かるさ。この人たちについて良かったって。」
入り口前で守衛をしていた男は無線機で連絡をとった。ライドと旅行者が帰ってきたことを報告しているらしい。
「お疲れさんライド、それに旅行者も。お前が体を張ってくれたおかげで助かったよ。」
タイリ……隊長は頭を下げて俺に礼をした。俺が囮になったおかげで彼らは安全にあそこから脱出できたらしい。
「どうだか、逃げ出したんじゃないですか?隊長、僕はあまりこの人信じられないですよ。」
辛辣な意見を言うのはネント、そのとおりなので反論もできない。改めて見ても背の低くまだ幼さが残る少年だ。彼もレジスタンスに参加しているあたり、この世界の男女問題は根が深そうだ。
「さて旅行者どの、改めて我々レジスタンスにようこそ。色々と話したいことはあるが……その前に名前を聞いても良いかな。」
「俺の名前はタスク、その……旅行者という奴だ。」
そして俺はタイリから説明を受けた。この世界のことについて。まず旅行者というのは定期的に現れるらしく、俺以外にもたくさんいて、何ならこの組織にもいるらしい。そしてこの世界の男の立場は……俺が経験したとおりだ。レジスタンスの目的はそんな男の立場を変えること。差別されている男たちを救うことにあるという。
「しかしそれなら平和的なやり方はないのか。もっと民主的な……。」
「無理だよ。」
そうはっきりと口にしたのはネントだった。
「旅行者のあんたには分からないだろうけど、この国の政治家の何割が女だと思う?大企業の役員はどれだけが女だと?答は九割以上。その数少ない男たちも女に媚びへつらう醜い豚、名誉女性だよ。こんなのでさ、どう平和的に解決するっていうのさ。もうこの国は世界は終わりなんだよ、僕たちが力ずくで変えないと。」
「ネント。」
ヒートアップするネントにタイリは静かに口を挟んだ。それにハッとしたのかネントは黙り込む。
「お前の立場、気持ちは分かる。だがそう辛く当たらないでくれ。旅行者は本当になにも知らない、それどころかまったく別の価値観を持っているんだ。お前だって何人も見てきただろう。タスクとは二人で話をしたいから少し席を外してくれないか。」
ネントは席を外してくれという言葉に一瞬強い拒否感を示したが、やがて項垂れて外へと行った。
「子供の言うことだ、気にしないでくれ。それに彼は……かつて女たちに捕まっていた少年奴隷だったんだ。」
少年奴隷……その響きには強い嫌悪感を抱いた。だって俺がさっき外で受けた仕打ちから察するに、奴隷として飼われていたネントは……。
「おそらく君の想像どおりだよ。ネントはね、地獄を見てきたんだ。だから君のような旅行者……女に対して媚びへつらうものたちを憎悪しているんだ。そしてこの世界にはネントのような奴隷はたくさんいる。少し考えれば分かるだろ、ここに来る途中、少年を見たか。」
来る途中というのはおそらくシャングリラにいた人たちのことだろう。メンバーの多くは成年から中年……少年はネントだけだった。それは……。
「この世界のことについて分かってくれたか。勿論全てを理解してくれとは言わない。特に旅行者は何故か女性を下のものと見て、女性のすることなら大抵許せるし、何とかなるだろうと思っている節がある。でもそれは間違いだと、自覚してほしい。」
俺は外に出た。シャングリラ……改めて見るとそこは成人男性ばかりだ。子供はいない。女性から男性を救うことを目的としているのに。
「おう、そう落ち込むな。ついてこい。これから旅行者たちの交流会をするぞ。」
外で待っていたライドが俺に声をかける。そうだ、俺と同じ境遇の人が他にもいるとタイリは言っていた。ぜひとも会ってみたい。俺はその交流会とやらが開催される場所へと足を進めた。