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慣れない視線

 「はい、これで終わり。このハンコは24時間後に消えるからね。」


 病院の女医に色々とカウンセリングを受けた。体調はどうかとかストレスはないかとか。更に重々しい医療機械で精密検査も受けて……結果は健康だという。そして今、俺の頬にハンコが押された。よくわからないが何かの認証に使うのだろうか。世話になった人たちに礼を言って外に出た。それにしても今日も暑い。エアコンの効いてた病院が恋しい。まぁとりあえず家に帰ろう。スマホを取り出して現在位置の確認……駄目だ壊れてる。水没したからな。ただ地図は貰った。徒歩でも行ける距離に駅があるのはありがたい。街中を行く形になるので観光がてら行くのも良いな。

 見慣れぬ景色はとても新鮮で変わった建造物がたくさんだ。だから徒歩で駅まで行くのが苦ではないし、むしろ楽しかった。だというのに何でだろう、どうも通行人がチラチラと俺を見ている。中にはニヤニヤしながらしばらく俺の後ろを歩く者もいた。なんだというのだろうか、度々自分の服装や格好を見直すがおかしくない……はずだ。背中に何かついているのかなと思い背中をはらったり、顔や頭にゴミでもついてるのかなとも思ったがそうでもない。ただ、視線が気味が悪かった。

 駅につくとそこはやはり聞いたことのない駅だった。どこに行けば良いのかわからないが……。とりあえず中央の駅に向かおう。新幹線とかの乗り換えが必要になるのだろう。気づいたらベッドにいて、車で長時間移動し、ヘリで移動……恐らくかなり遠い場所に違いないのだ。電車は相変わらず満員だ。だが今度はあのピンクの女性専用車両には入らない。一般車両にすし詰めのように入る。狭い……。

 最初は失敗したと思った。だって電車の中は女性ばかりで、男はほとんどいない。だが辺りを見ると専用車両の記載はないのだ。男性アイドルコンサートのような女性向けのイベントでも近場であったのだろうか。しかしこれだけ女性が多いと痴漢扱いされても仕方がない。俺は自衛のため両手をあげてつり革を掴んだ。ただ油断は禁物だ、中には身体を押し付けて来たということで痴漢扱いされた事例もあるみたいだからな……。

 電車に揺られること数分、満員電車だということもあってか揺れる度に人、人に押し付けられる。本当につり革を握っていて良かったと確信した。これではその気がないのに不可抗力で触れたことにされて、めでたく犯罪者の仲間入りだ。


 「ん……!?」


 奇妙な感覚に戸惑う。胸と太腿を触られている。自分の胸元を見ると細い女性的な指が見える。指は艶めかしく動き、俺を擦っているようだ。これは痴女というやつか……?初めての遭遇に戸惑いを隠せないが、物珍しさというものもあってか、ご尊顔を拝んでやろうと振り向き、痴女を見た。そこにいたのは普通の女生徒だった。顔は……平均以上ではないか。男としてはむしろご褒美、と言いたいのだが、これ背後にヤクザみたいな彼氏がついているパターンじゃないだろうな?


 「この人、痴女です!私、見ました!!」


 突然女子高生の手が掴まれ、大声で騒がれる。その声に周囲はどよめく。そして人々は波のように、その女生徒を取り押さえた。女生徒は「ごめんなさいごめんなさい」と悲痛な叫びをあげていた。


 「もう大丈夫ですよ、お兄さん。私はああいう痴女は許せないんです、社会のガン、男の敵ですよね!」


 自慢げに、声を上げた女性……見かけからしてOLだろうか?鼻息を荒くして男性について熱く語っていた。だがそれよりも、今も背後で羽交い締めにされている女生徒のほうが気になる。


 「あ、あの……俺のことはもういいんで、その人を離してあげませんか?彼女とても苦しそうだ、俺は気にしてないんで。」


 俺の言葉に周りの女性たちはぽかんとした顔だったが、やがて手のひらを返すように、俺に同調してくれて、女生徒は解放された。そのあと鉄道警察が来たが、被害者である俺が告発の意思はないと聞いてすぐに退散した。女生徒は何度も頭を下げてありがとうございますとお礼を言っていた。本当ならこんなかわいい子なんだ、これをきっかけに連絡先でも交換したいところだが、流石に相手の落ち目を利用して付き合うなんてのは良心の呵責を感じるのでやめる。……でも今日の時間は覚えておく。もしかしたら同じ時間帯に乗ったらまた出会えるかも、その時は改めて食事の誘いでも……そんなことを考えていると目的地に辿り着いた。

 俺は早速、新幹線の乗り換え口に向かい、ここからどうやって地元に帰れるか調べた。だが奇妙だ。日本地図に主要駅が書かれている地図があるのだが……なんだこれは。全然知らない地名だ。俺だって東京、名古屋、大阪、京都……大都市の地名は分かる。だが、その地名がまったくないのだ。そして今いる駅は、名前こそは違えど、俺の地元であることを示していた。

 気づくと俺は電話ボックスを探していた。公衆電話……数は少ないがこれだけ大きな駅ならどこかにあるはずだ。スマホが壊れている以上、連絡手段はそれしかない。とはいってもスマホが壊れているので連絡先も見れない。だから俺は唯一の頼り先である、最初の病院に電話をかけたのだ。


 「すいません、俺はどうやら頭がおかしくなったみたいです。自分の家がどこかも分からない!」


 第一声がそれだった。オペレーターの人はそんな俺のちぐはぐな言葉に優しく対応してくれて、しばらくすると俺のいる場所に警官がやってきた。警官の人は物々しい様子だったが、俺を見つけると優しく駅構内警察官詰め所へと案内してくれた。しばらくここで待機をしてほしいということだ。

 ……さていい加減俺も気づいてきた。何かがおかしいことに。何がおかしいって……今まで女性とばかり会ってるのだ。いやそれは嬉しいことだが。最初のレスキュー隊、ヘリのパイロット、病院の医者、看護士、受付、駅員、鉄道警察、警官、電車の中……。勿論男性がいないというわけではない。だが、所謂職業に就いている人たちは全員女性だった。例外はない。こんなことは初めてだ。偶然にしては出来過ぎである。いや、男たちとは最初に出会っていた。レジスタンスと名乗る頭のおかしい連中……。いや……おかしいのは俺……?ガチャリとドアが開いた。また女性だ。スーツ姿でびっしりと決めている。


 「この度は対応が遅れて申し訳ありませんでした。まさか旅行者だったとは。旅行者は貴重な存在です、そのスタンプの扱いは変わりませんが……住居が与えられることが定められています。案内しましょう。」


 その後の流れはスムーズだった。まず車で住居まで案内される。スーツの女性曰く旅行者に用意された住宅らしい。狭い家だったが、一人で暮らすにはまったく問題はない。各種手続きも全てやってくれるそうで、俺は何も考えずに住めばいいそうだ。お金も多少渡された。


 「最後に一応、伝えなくてはならないのでお伝えします。この居住区画Dブロックで旅行者用住宅として整備しているのはこの家だけです。そのことは周辺住民にも周知しています。あなたはそのことを理解した上でここに住まわれますか?」

 意味がわからないが、おそらく避難民仮住宅のようなものなのだろう。特に文句はないので俺は承諾のサインを書いた。

 「おぉ……寝室には備え付けのベッド……しかもでかい。」


 それは俺の前の生活よりも豪勢な環境だった。ベッドにダイブする。ふかふかで気持ちがいい。今日は色々と疲れた。俺はそのままベッドに身を委ねて、睡眠をとることにした。

 ───そして彼は眠る。目覚めた時、スタンプが消えるまで、あと8時間。

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