百年を眠った蛙の手
オチャコとトシヨンが、明智家の主屋で、昼食をご馳走になっている。お土産になった横浜名物の焼売も、あまり時間が過ぎてしまうのもよくないと考え、明智くん一家、オチャコ、トシヨンの五人で食べることにした。
それから午後二時過ぎに、九兵衛さんの知り合いだという、土岐さんが駆けつけてきたので、祠堂の前を掘り始める。
穴掘り機を使うけれど、大切なお宝を壊してはいけないので慎重に作業を進め、夕方近くになって、一メートルくらいの深さに、真鍮かなにかで作られた平たい箱が見つかった。
その中には、一枚の絵画が収められている。
「おおっ!」
「おいおい!」
「これは!」
「凄い!」
「わあ!」
九兵衛さんと土岐さん、そして明智くん、オチャコ、トシヨンが、五人で同時に感嘆の声を発した。なぜなら、それは歌舞伎役者が両手を前に出して、指を大きく広げている姿を描いた有名な浮世絵、東洲斎写楽の作品「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」にそっくりだったから。
しかしながら、その左手が、握った拳で親指を一本だけ上に突き立てた、いわゆる「グッド!」のジェスチャーそのものになっているのだった。しかも絵の中に、茶楽ではなく、写楽の名が、しっかりと記されている。
「これが本物なら、ど偉いことだぞ。もしかすると、百億円を超える値打ち物かもしれない!」
「ええっ、それってホントですかあ!!」
大声を出して、問い掛けるオチャコである。
「これをどうするかは、見事に謎解きを果たし、ここを掘ろうと決心したオチャコちゃん、キミの自由だよ。さあ、どうする?」
「え、あたし、こんな凄い絵画、美術館に寄贈するのが、いいと思います!」
「おう、よくぞ言った! さすがは俺の息子が選んだお嬢さんだ! うっくぅ、泣かせるなあ~」
九兵衛さんは、涙を流して大喜びするのだった。
その一方で、オチャコは、ふと思った疑問を口にする。
「ねえ光男さん、これって江戸時代の絵なのでしょ?」
「本物ならね」
「でもその頃、グッドのジェスチャーって、もう知られていたの?」
「そのことだけど、たぶん《虫拳》ではないかと思う。古くからあるジャンケンに似た遊びでね、蛇、蛙、蛞蝓のうち、これは蛙を表わした手ということ。平安時代には、日本にも伝わっていたらしいよ」
「へえ~、蛙の手なのね。やっぱり光男さんは、物知りだわ!」
この百年、眠り続けた絵画は、専門家に鑑定して貰うことになる。本当に東洲斎写楽の作なら美術館に寄贈するのだけれど、もしもそうなれば、オチャコは発見者の一人として、後世に名を残すことになるだろう。
どちらにしても、オチャコにとって、今日の「お寺ミステリー探索」が、とても有意義な体験になったことは、砂粒の大きさすらも疑いようのない事実である。