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青春の二ページ目:友だちとお出かけ

「上江、あそぼ!」

「史郎、あーそーぼ」

 右にアホの子。正面にイケメン。

 放課後を迎えた教室で史郎はなぜか小学生のように遊びに誘われていた。いや、暇さえあれば絵を描いていた史郎は、小学校のころでさえこんなに積極的に遊びに誘われた記憶はない。

「王子、いつも遊んでるひとたちがあそこで集まってるけど……」

「ん? いーのいーの。今日は俺、史郎と遊びたい気分だから。また月曜日な~」

 軽く言って友人の群れに手を振る王子に、当の友人たち(もれなく明るい笑顔を浮かべている)もまた「おう、またな!」と返して教室を出て行く。

(なぜだ。いつも同じ人員がそろって集団行動するのが陽キャじゃないのか! それともメンバーは重要じゃなくて、人数が足りていればいいのか。パーティメンバーの入れ替えは常時オーケーなシステムか)

「あたしも、あたしも上江と遊びたい!」

 史郎の机に両手をついてぴょんぴょん跳ねる落ち着きの無い猿渡の後ろにユーリの姿はない。

(ギャル委員長がいたらこのアホの子を連れて帰ってくれたかもしれないのに)

 そう願ったところでユーリはすでにいなくなっている。部活に行ったのか、あるいは別の用事かわからないが猿渡が気にしていないことから一時的に席を外しているわけではないようだ。

 史郎がぼんやりと猿渡と王子のやり取りを見ている間に、クラスメイトたちはすっかり帰るなり部活に向かうなりしたらしい。教室には史郎と猿渡と王子三人だけになっていた。

「さて。史郎はどっちと遊ぶ?」

「え」

 ぼんやりしていた史郎は、不意に王子に問いかけられて戸惑う。

(俺が選ぶのか? というか王子、本気で俺と遊ぼうと思っていたのか。てっきりいつもの連中とつるむ気分じゃないから俺と遊ぶという口実が欲しかっただけだと思ったのに)

「あ、その顔は俺がじょーだんで言ってると思ってるでしょ。俺はこんなに本気なのにぃ」

「いや、だって王子の行くようなところに俺は行かないし、王子だって俺の行くようなとこに興味ないだろうし」

 考えていたことを見透かされてどきりとした。口を尖らせた王子に慌てて言えば、王子は史郎の椅子にぐい、と尻を乗せながら「あは」と笑う。押し出された史郎の尻が座面から落ちそうだ。

「俺がよく行くとこ、史郎知ってる? 俺は史郎が行くとこ知らないよ。知らないから知りたいんじゃん?」

「……そういうもの?」

「そうそう! ね、楓花ちゃん?」

「え! うん! うん、知りたい!!」

 史郎との会話のキャッチボールかと思いきや、突然の猿渡へのパス。一対一で会話するのも苦手な史郎にはできない芸当だ。

 猿渡は猿渡で、驚いた顔をしながらもぱっと表情を明るくして受け止められるのがすごい、と史郎は素直に尊敬する。

「じゃ、三人で遊びに行こ!」

「え」

 ふたりそろってにこにこ笑顔で見つめられて、史郎は咄嗟に何も返せない。脳の処理能力が追いついていない。

(仕事依頼のメールへのレスポンスの速さはまあまあ悪くないほうなんだが、三次元ではスペックが格段に落ちる。みんなどこかで脳みそを積み替えてるんだろうか。そうならば俺にも教えてほしい。あと、心を強くするセキュリティソフトも入れておきたい)

 史郎が逃避気味に考えて黙り込んでいるのを、断りたがっていると受け取ったのか。王子が気を利かせて声をかける。

「あ、史郎なんか用事あった? なんならまた今度にするよ」

「いや……」

(納品は昨夜、ひとつ終わらせた。昨日受けた依頼はラフ提出してるから、依頼主からの返信待ち。あえて用事と言えば帰って絵の練習するくらいだけど)

 急いで帰る必要はない。そして、今なら猿渡とふたりきりではなく王子も加えた三人で出かけられるというのがポイントとなった。

「いや、急ぎの用はないけど」

「やったー!」

「いぇーい!」

 猿渡と王子が互いにハイタッチして喜ぶ。

(このふたり、教室では格別仲良くしてなかったよな……? 順応性の高さが怖い)

 怯えながらも史郎はふたりが自分にまで手のひらを向けては来なかったことに安堵した。猿渡はやりたそうにちらちら彼を見ていたけど、そっとスルーする。既読スルーは時によっては必要なスキルだと思う派の史郎である。

「それで、どこに行くんだ」

「そーねー」

 問われて、王子が自分の席から椅子を引きずってきて座る。

(背もたれを前にして肘をつく姿勢が異様に似合うな。資料用に写真を撮りたいくらいだ)

 猿渡も隣の席から椅子を持ってきてちょこんと腰かける。そろえた膝に両手をついて前のめりになっているあたり、楽しみにしているのが伝わってきて遠足前日の小学生のようである。史郎には遠足が楽しみだった過去などないので、遠足前日の小学生(概念)でしかないが。

 陰キャ(事実)と小学生(概念)を見回した王子(あだ名)がにこっと笑った。さわやかな、でもどこか黒いものを感じる笑顔でとらえたのは猿渡だ。

「楓花ちゃんはどうしていきなり史郎に絡みはじめたの?」

 さわやかなる直球。

 投げられたのが俺だったらと思うと史郎は挙動不審になってしまうが、気になるところであったので猿渡の返答をじっと待つ。

「え、えと」

 ちらり、と史郎を上目遣いに見て猿渡の顔が赤く染まった。

(なぜそこで赤面?)

 史郎の疑問をよそに、猿渡は自分の膝に視線を落としてもじもじしながらくちを開く。

「ええと、チャンスだと思ったの。上江が絵を描いてるんだって知って、それでチャンスだ、って思って師匠になって、なんて言っちゃって……」

「絵の師匠?」

「うん……」

 王子との会話のなか、猿渡にしては歯切れの悪いことばを拾いながら、史郎はその意味を考える。

(俺が絵を描いてるのを見かけて、チャンスだと思った。なんの? 絵の上達のためか。だから執拗に迫ってきたわけか。でも動画で学ぶのは嫌なんだよな。わけがわからん。というか、王子は俺が絵を描くって聞いても反応が薄いな)

「ひとつ、いいでしょうか」

 発言のために挙手。いきなり喋りはじめて誰かとかぶりでもしたら史郎の心が折れる。史郎は繊細な陰キャなのだ。SNSなら投稿順に表示されるから発言が前後しようと順番に読んで行けばいいだけなのに、まったく三次元は不便なものだと内心でぼやく。

「はい、史郎くん」

 王子が先生のように指名してくれたおかげで、史郎はすんなり話しはじめられることに感謝した。

「あー、楓花さんは」

「あ、あたしの名前覚えてくれてたんだ!」

(なぜそこでうれしそうにするんだ。アホの子って言いかけたことを突っ込まれるのかと思ってドキッとしたわ)

「名前は王子たちが呼んでたから。ええと、名字のほうが良いならそうしますが」

「あ、そっか。ううん。名前でいいよ。猿渡って名字も嫌いじゃないけど、名前で呼んで!」

(いきなりの名前呼びキモッと言われるのかと思った。猿渡か。猿渡楓花な。ここから名字呼びにしたいところけど……)

 下の名前しか知らないために楓花さんと呼びかけた史郎は、できることなら名字で呼びたい派だ。あるいは役職があればそれが良い。けれど今さら名前呼びしたところで不自然に思われるから、心を強く持って名前呼びを続けることにした。

「ええと、楓花さん。ひとつ言っておきたいんだけれど、俺は絵を描いてることをあまり知られたくないです。学校ではとくに」

 机を見つめながらではあるが、できる限りはっきりと告げる。

(俺が絵を描く人種であることはもう否定できない。ならば、せめてクラス中に広めることはやめてほしい)

 昨日の今日で言いふらしていなかったことから猿渡が悪意を持って広めることはないだろうことは史郎にもわかっていた。しかし会話の流れでうっかり言う可能性を大いに感じる。

(なにせアホの子だ。というか、今もさらりと王子にばらしてくれたしな)

「あれ、それ俺聞いていいやつ? 今からでも耳ふさいどこうか?」

 そう言って耳に手をやる王子に史郎は、やっぱり王子はいいやつだと改めて思う。

「王子ならいい。そういう気遣いしてくれるってわかったから」

 ぱあっと顔を輝かせた王子に、史郎は恥ずかしくなった。

(俺、もしかして恥ずかしいこと言ったか。いや、でも王子はいいやつだし……)

「あたしも、言わないよ!」

 猿渡はとぼけた顔で精いっぱいの真面目な表情をつくり、宣言する。宣言してからちらりと王子を見る様はまるで王子と張り合っているようだ。

「言いふらしたりしないけど、でも、描いたイラスト見たいって言うのは、いい?」

「え、俺なんかの絵でも良ければ……」

 何度も絵を描くことを馬鹿にされ笑われて来たにもかかわらず、描くことをやめなかった史郎だ。いまでは絵でお金をもらうこともありSNSにも上げているため、自身の描いた絵を見せることへの抵抗はいくらか薄れている。

(それに俺本体よりも絵に興味を持ってもらったほうが正直、楽だ。ここが三次元でさえなかったならもっと良かったけど)

「俺も俺も! 見ていいんだったら見せてー」

 がたがたと椅子を寄せてきた王子と、机に乗り出してきた猿渡が期待の眼差しで史郎を見つめる。これは、今ここでスマホを出せということだな、と気づいた史郎らそっと視線を逸らしながら拒否する。

「いや、ここではちょっと」

 ここ、というのが何をさすのか王子はすぐに察したらしい。本当に察しのいい男だ。

「じゃあ、ファミレス行く? それともどっか行きたい店ある?」

 立ち上がるがはやいか、自分のリュックを肩にかけて歩き出す。

「イラストってことは絵を描く道具売ってる店とか見たい感じ? 文房具屋じゃだめだよね。それとも電気屋のほうが良いのかな。俺まったくわかんないんだけど、どうする、師匠~」

「さわ……楓花さんは何で描くひとです?」

 茶化す王子をスルーした史郎は、後ろからついてくる猿渡に質問をパスした。

 親しくない相手を名前で呼ぶのはハードル高いから今からでも名字で呼びたいが、今さら名字呼びして突っ込まれるのも嫌なので、もどかしい。

「何で、って?」

 きょとんとされた。

 思わず史郎もぽかんとして、彼女と見つめ合ってしまう。

 立ち止まった史郎たちに気がついた王子が教室の扉のところで立ち止まった。

「何でって……ええと、俺はスマホに指で描きます。本業の絵師やお金のある社会人絵師は液タブを使うひともいるし、同人誌のひとは板タブで描いてるひともいるらしい。アナログなら水彩で描くひともいるし、色鉛筆のひともいますが」

「スマホ……は描いてるの見たことあるけど。えきたぶ? いたたぶ?」

 絵を描く道具をあれこれ挙げてみるけど猿渡の顔に理解の色は見えず、アホ毛が揺れる頭はだんだん傾いていく。史郎の常識は猿渡にとっては理解不能なものばかり。

(え、伝わってない? これは俺の言い方が悪いのか。なら、ええと、なんて言えば……?)

「んー、つまり、何を使って絵を描いてるのか知りたいの? 史郎は」

「そう。それ」

 王子には伝わっている。なのに猿渡には伝わっていないのはなぜなのか。アホの子だからか。

「えっとね……」

 もじもじしている猿渡の視線はあちらこちらをうろうろ。その仕草で史郎は察した。

(あ。これは俺にでもわかる。アニメでよく見るやつだ)

「トイレに行くなら、はやめに……」

「ちがうからね!?」

「あははははははははは!」

 顔を真っ赤にした猿渡に叫ばれ、王子には笑われた。

(どう見てもトイレを我慢する幼児の仕草だと思ったのだが、違ったのか)

 王子は腹を抱えて笑う姿すらさわやかなのはどういう仕掛けなのか、史郎は不思議でならない。ポージングの問題か、単純に顔の良さか。それとも青春エフェクトでもかかってるのか。史郎はついつい観察してしまう。

「やっぱ俺、史郎のこと好きだわー」

 笑いの合間に王子がうめくように言うけれど、それはわざわざ今言うようなことなのか。史郎が首をかしげる横で猿渡がしゅばっと手をあげた。

「あ、あたしのほうが好きだよ!」

「へ?」

「あは」

 猿渡の叫びに史郎は首をますますかたむけ、王子は目を見開きながら笑いとも驚きともつかない声をもらす。

(……このアホの子は何を言い出したんだ。王子と張り合ってるんだろうが、何に対して張り合ってるんだ。王子は俺のことを好きって言った。猿渡はそれに張り合って自分のほうが好きだと言った。誰を? ……俺?)

 猿渡と史郎の視線がぶつかる。

「あ」

 ちいさくこぼした猿渡の力んで赤らんだ顔が、みるみるうちに真っ赤に染まる。ただでさえ大きな目が丸く見開かれて何度も瞬きをくり返し、つられたように猿渡のくちもぱくぱくと開け閉めされる。

「猿渡さん」

 呼んでから名字をくちにしたと気が付いた史郎だったが、猿渡本人はそこに気づいてはいないようだ。びくりと肩を震わせ、恐る恐るといった様子で上目遣いに史郎を見る。史郎はそっと視線をずらす。

「あー、そういう風におだててもらわなくても俺に教えられることなら教えるので」

 気を遣わなくていい、と伝えると。

「ぴぇ……」

 猿渡のくちからもれたのは珍妙な声。見開いたままの目がじわじわと潤んできた。顔の赤みはずいぶん引いている。

(なんだそれは、どういう意味の返事なんだ。リア充独自の言語体系は俺にはわからんぞ)

 困った史郎が王子をちらりと見れば、気が付いてくれたらしい。扉の枠に片手をついてもたれていた王子は、苦笑しながら身体を起こす。

「んんー、ここじゃなんだし、続きはとりあえず学校出てからにしよっか」


 校舎を出る王子と猿渡に続いて学校の玄関を出ると、にぎやかな声がわっと耳をうつ。

「あ、ユーリちゃんいるよ。ポニテの陸上部女子っていいよねえ」

 のんきな王子の声につられて顔を向けた史郎は、広いグラウンドの一画で風に舞うポニーテールを見つけた。

(ユーリ……ああ、ギャル委員長か)

 猿渡の友人だったな、と何気なく猿渡に目を向けた史郎だったが、彼女はグラウンドを見ていない。むしろ顔をそらして視界に入れないようにしていた。

 史郎から見える猿渡の頬はこわばり、白んでいるようだった。

「……タブレットを見に行っても、いいだろうか」

 どうしてかその顔を見ていたくないと思ったときには、史郎のくちは勝手につぶやいていた。

「タブレット?」

 意外そうな王子の反応はもっともだろう。史郎自身、自分がこういう場で行き先を提案するようなキャラだとは思っていない。それなのに、黙ってはいられなかった。

「タブレットって絵を描くやつだよね。そういうのってふつうの店に売ってる? 秋葉原とか行ったほうが良い?」

 空気を読む男、王子が間を置かず返してくれたことにほっとしながら史郎は猿渡の様子をうかがう。

 猿渡は並んで歩きながらも遠くに聞こえる部活動の声に背を向けるように顔をそらしている。

(どうしたんだ)

 気になるけれど、気安く問いかけられるほど史郎は社交的な性格ではないし、彼女のことを知らない。

 そわそわしながらも、今の史郎にできることは王子の問いに答えて会話を途切れさせないことだけ。

「えっと、大きい家電屋ならあるはず。俺もまだ見に行ったことはないから、場所まではわからないけど……」

「だったら、えっとここ。そんな離れてないとこに電気屋あるけど」

 言いながら王子が差し出したスマホ画面には付近の地図。王子の言うとおり、そう遠くない箇所にピンが立っているのを見て史郎はうなずいた。

「そこに行ってみてもいいですか」

 行こう、とは言えない小心者である。

「行こ行こ。ね、楓花ちゃんもいい?」

 ちらちらと猿渡をうかがう史郎を見かねた王子が声をかけた。なるほどそうやってさりげなく話に引き込めばいいのか、と感心する史郎だが真似してできるとは思えない史郎でもある。

「ん、うん! あたしは上江に着いていくよ。放課後はとくに用事もないし」

 顔をあげた猿渡がにこっと笑って答えたので、三人の行き先は家電量販店に確定した。

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