青春の四ページ目:友だちと力を合わせてピンチを乗り越えましょう
ヒヨとの通話を終えた史郎はイラストコンテストの結果発表サイトを見て、改めてのたうち回った。そこには確かに、自分が描いた絵が表示され『優秀賞』の文字をいただいていた。
ヒヨのことばを信じていなかったわけではないけれど、ひとづてに聞くのと自分の目で実際に見るのとではやはり違う。すこし収まったはずの喜びが再び爆発した興奮で眠気は遠く、SNS越しに送られたたくさんのお祝いの声に答えているうちに夜が更けていた。
両親からのお祝いのメッセージにも返信をした史郎が寝たのは日付が変わったずいぶんあとで、自然と目が覚めるのも遅くなった。
(今日が土曜日で良かった)
幸せの余韻にひたりながら寝起きの身体を伸ばした史郎は、返しきれなかったメッセージに返信をしようとSNSを開く。そして固まった。
『はじめまして。GA文庫の山田と申します。イラストコンテストでシロさんの絵を見て、ぜひイラストの依頼をしたいと思って連絡しました』
そんな文章ではじまるダイレクトメッセージに史郎が気付いたのは、土曜日の昼も近い時間のことだった。
イラストの依頼自体は問題ない。まだ、自分の描いた絵で金銭を受け取ることに申し訳なさのある史郎だが妹に『お金出してでも描いてほしいってひとしか依頼してこないの! お兄ちゃんはうだうだ考えないで描けばいいの。申し訳ないって思うなら、自分の描ける精いっぱいで応えればいいの!』と何度も力説されたおかげで申し訳なさよりも有難さが勝るようになってきた。
「俺なんかに依頼を……ありがとうございます……?」
スマホ画面に向けて頭を下げた史郎はその姿勢のまま固まった。
(え、GA文庫って書いてあった? GAって、あのGA? 本屋の棚に小説が並んでるあのGA? いやいやいやいや、そんなわけ……)
そろりと顔をあげて改めてメッセージの文章に目をやった史郎の全身から汗が噴き出す。
(書いてある! めちゃめちゃしっかりはっきり書いてある! え? なに、どういうこと? あ、詐欺? わかったこれ詐欺だ! 返信したら『それでは採用の前の審査費用として五十万円振り込んでください』とかって言われるやつ!)
自身の推測に確信をもった史郎は、送られてきたメッセージをスパム報告しようとして、手を止めた。
(いやでも、もしも、万が一、奇跡が起きて本物だったら? こんな奇跡、きっと二度とない……)
消したい、消せない。
せめぎあう思いに史郎は頭が沸騰しそうな気持で、布団のうえを転がり回る。
「ううううううう……ひ、ヒヨ!」
自分ひとりでは決められない、と史郎が震える指で頼ったのは妹だった。
(妹に助けを求めるなんて情けないけど、俺が情けないのは今更だ)
開き直った史郎は電話をかける。
『なになにお兄ちゃん、どしたのー』
「ヒヨ、詐欺メールか違うのか、どうやって調べたらいい!?」
電話がつながり気の抜けた妹の声が聞こえた途端、史郎は飛びつくようにたずねた。『うわ、なになに?』と機械ごしにヒヨの驚く声がして、ごそごそと物音が続く。
『なんかあった?』
居住まいをただしたヒヨが声を張りつめさせるのに、史郎はこっくり頷いた。見えないとわかっていたけれど、自身を落ち着かせるために必要な動作だったのだ。
「仕事の依頼メッセージが来たんだけど、差出人が……その、出版社の編集を名乗っていて」
『……ちなみに、どこの?』
ごくり、と唾を飲み込む音とともに尋ねられて史郎も緊張してくる。
「じ、GA文庫って……」
『!?』
息を飲む音に続くことばはなかった。
絵を描くことに時間のほとんどを費やす史郎以上に、ヒヨは漫画や小説に親しんでいる。そんな彼女は史郎以上にメールの主の大きさに慄いていた。
たっぷりの沈黙を挟んだあと、何度か深呼吸をくり返したヒヨが震える声で問いかける。
『ち、ちなみに編集さんの名前は……?』
「えっと、山田さんだって」
『やっ……!? お兄ちゃん、今すぐそのメッセージに返事して。ぜひお受けしますって送って!』
再び息を飲んだヒヨが、回復するなり異様な早口で告げた。その変わり様は史郎が戸惑うほどだ。
「え、でもこれ詐欺かもしれなくて……」
『いいの。詐欺だったら実在する出版社の名前を騙ったってことで訴えられるし。しかももしそのメッセージが嘘なら、出版社の名前だけじゃなくて編集さんの名前まで騙ってることになるから、ぜったいお兄ちゃんの不利にはならないから』
厳しい声で言うヒヨに押されながらも、史郎は聞き逃さなかった。
「名前まで、ってことはヒヨ、お前GA文庫の編集の名前まで把握してるのか?」
すごいというか、なんというか。無類の本好きの妹だがそこまでとは思っていなかった史郎は感心混じりに言う。
すると、返って来たのはヒヨのはしゃいだ声だ。
『GA文庫はね! 編集さんがSNSで作品のことつぶやいたり公式ブログを交代で書いてたり、公式ラジオでは編集さんたちが集まって読者の質問に答えたり最近の作品傾向なんかについてお話してたりしてるのよ! 作家さんだけじゃなくて編集さんもいっしょになってそれぞれ真剣に本を作ってるんだ、って感じがしてすごく、なんていうかこう、良いんだよ!』
「あ、うん。じゃあつまり、そのブログとかSNSに山田さんって名前の編集さんもいるんだな!?」
熱のこもった妹の声に、史郎は慌てて話を戻す。よどみなく流れるように語りだしてしまう前に止めなければ、誰にも止められなくなってしまうとよく知っていた。
『ん、そうそう。だから騙されたと思って、一回返信してみなよ。そんな大きいところから話が来るチャンスなんて、なかなかないだろうし!』
さすがは兄妹と言うべきか、似たようなことをくちにするヒヨに史郎は「うん……」とうなずいた。
『じゃあ、また連絡来たら教えてね! あたしそろそろ準備しなきゃ』
「あ、どっか出かけるのか。わかった、ありがとう」
通話を終えたら家事をしながらすこし考えてみよう、と答える史郎にヒヨが釘をさす。
『うん。時間をあけるとお兄ちゃんまーた悩んじゃうんだから、すぐ返信するんだよー!』
「ん……うん。じゃあ、気を付けて」
『んじゃね! 高校生プロ絵師の第一歩おめでと!』
切り際に不意打ちで言われた史郎は、無音になったスマホを耳に当てたままぼうっとしていた。
(プロ絵師……俺が……プロに。プロの絵師になれる……?)
夢を見たことはあった。
絵を描いて、その絵を対価にもらったお金で暮らしていく夢。
何度も打ちのめされ、心を削られ「自分なんかには無理だ」と諦めていた夢。
その夢を史郎は思い出していた。
ヒヨの勧めではじめた有償依頼では、暮らしていくには足りないけれどお金を出しても史郎の絵を欲しがってくれるひとたちに出会えた。
絵をきっかけに話かけてくれた猿渡や王子、そしてユーリは史郎の絵をけなすことなく、むしろ「すごい」と手放しの賛辞をくれた。SNS上でもたくさんのひとが史郎の絵に好感を持って接してくれる。
コンテストで評価され、それを目にした出版社の編集が絵の仕事をしないかと声をかけてくれた。
ずっと諦めなければと胸の底に押さえつけていた夢が、プロの絵師になるという夢がここに来て史郎の胸のなかで息を吹き返す。
(俺なんかでも、なれるんだろうか)
自信を持つことはできなかったけれど、期待と夢を込めて史郎は返信のメッセージを打った。『詳しい話を聞きたいです』そう書いて送る。
「…………よし、家事を済ませよう!」
スマホ画面を見つめていた史郎だが、送信してしまったものはもうどうしようもないと、気合をいれて動き出した。




