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灼熱のヴァンパイア  作者: お茶もどき氏
7/13

――数時間前。


俺はネオの喫茶店から出た途端とてつもない疲労が押し寄せた。

ヴァンパイア、ハンター、ネオ、特殊体質。

今日聞いたあらゆる話は空想的で漠然としていたが、この身に起こったことを考慮するとあまりに現実味があり判然としていて、一言でいえばカオスの様相を呈している。

そんな混沌とした一貫しない心持ちで帰路に着く。

辺りのアスファルトは濡れていて、俺が寝ている間に雨が降っていたようだった。水たまりをよけながら駅に到着すると、もう何百回とやった慣れた動作で改札口を通り抜けた。ホームで電車を待っている間もネオとの話が頭の中で繰り返し再生された。

ハッキリとしない意識のまま帰宅する途中、水たまりを踏み抜き意識が現実へと帰ってくる。

気が付けば自宅へと到着していた。

玄関のドアをくぐると緊張が解けたのか、疲労感は強烈な睡魔へと変わり、俺の意識を奈落の底へ引きずり込もうとする。鍵をかけ、覚束ない足取りでリビングへ到着すると、俺はソファーに腰かけそのまま泥のように眠った。


俺は夢を見た。俺は焚火の前に座り込んでいた。

周りには何も見えない暗闇が広がっていて、それでいて安心するような気分。

目前にあるこの小さい焚火は、何か燃える物をくべなければ燃え尽きてしまうような、そんなか細い火だ。

この火の意味は知っている。この焚火は俺の"熱"なのだ。

この火は俺の夢に度々現れる。初めてこの火を夢に見たのはいつだったかはわからないが、その時はもっと大きな火だったことを覚えている。小学生の頃、野球のチームでレギュラーになった時火は大きくなり、地区大会を優勝した時は炎となって燃え盛った。そして中学生で全国大会への出場が決まった時をピークに、炎は徐々に小さくなっていった。

また、俺はこの火の事もこの夢が終われば忘れてしまうことも俺は知っていた。

だからか俺はこの薄暗い灯火を座ったままじっと見つめ続けた。


チャイムの音がした気がした。

俺の意識は浮き上がり現実へと引き戻される。

もう一度今度ははっきりとチャイムの音がした。ここで俺の意識ははっきりと現実に戻ってきた。

遠目でインターホンを見やると見知った宅急便のトリコロールカラーが見えた。

時は夕刻を回っているようで赤い夕陽が部屋の中を照らしていた。

薄暗い部屋を身体を持ち上げ立ち上がる。のそのそ歩きながらインターホンの通話ボタンを押す。


「はい。」


覇気のない声で応答する。


『白山急便です。お荷物をお届けに参りました。』


トリコロールの男はテンプレの言葉を告げた。


「今行きます。」


そう告げて通話を切る。姉さんが何か買ったんだろう。印鑑はどこだったか。電話機の近くにある引き出しを開けると黒い印鑑があり、手に取って玄関へ歩き出した。

時計を見ると針は6時を指していて、2時間以上眠っていたようだ。

なんか今日は眠る回数が多い。1日が何分割もされているようで損した気分だなと覚め切っていない頭で思った。


鍵を開けて外に出ると見慣れた服装の配達員が伝票を手に持ち待っていた。

小太りのおっちゃんは激務なのか最近は暑い日が続くからか、半袖の制服は少し汗ばんでいた。苦労しているんだろう。ネット通販の発達で運送業は激務と聞く。


「どうもお世話様です。こちらにサインか印鑑をお願いします。」


「はい。」


品名には「テーブル」と記載されていた。伝票に判を押すとおっちゃんは控えを渡してきた。

それを受け取ってポケットにねじ込むと固いプラスチックの何かがあった。

そういえばネオに貰った食器をポケットに入れたままだった。傍から見れば物騒極まりない。この後玄関に飾ろうか。


しかし何か違和感がある。肝心の荷物はどこにもないのだ。

そもそも配達のトラックはどこだ?


「あの、荷物は?」


男は伝票を懐にしまいながら言った。


「ああ!失礼。ここの道少し狭いでしょう?乗ってきたトラックで路駐すると迷惑掛かるかもしれなかったのであちらに止めてるんですよ。」


おっちゃんは左後ろ方向を指さしながら言った。

その方向には大型トラックが停車しているのが少しだけ見えた。なんだそういう事か。

うちの前は確かに細い道で、大きいトラックともなればすれ違うのもギリギリだろう。


「それなら手伝います。」


汗だくで働くおっちゃんに同情したのか俺は手伝いを申し出ていた。おっちゃんは少し驚いたような眼をして俺を見た。


「いやいや!お兄ちゃんはお客様なんですから。私一人で運んでこれますよ。」


「でも、うちが注文したテーブルでしょう?なら俺が手伝っても何も問題は無いでしょう。」


「う~ん。じゃあお言葉に甘えましょう。ついてきてください。」


おっちゃんは笑顔で歩き出した。

しかし姉さん、そんな大きいテーブルなんか買ってどこに置く気だろう。

俺は歩きながらそんなことを考えていたが


"そもそもそんな大きい物を運ぶのに一人で配達に来るだろうか。"


その考えが脳裏によぎった途端、寝ぼけていた意識は急速に覚醒し、先ほど感じた違和感は疑念となって俺の脳内を駆け巡った。

一人で運べるサイズのテーブルならそれもあり得る。だが大型のトラックで配送されるならば二人体制で運ぶの大きさじゃないのか?

・・・気にし過ぎだろうか。昼間あんなことがあったせいで少し神経質になっているのかもしれない。しかしこの慢性的に感じる違和感は俺を不安にさせるには十分だった。

それに、あまりに静かすぎる。近所の学生はこの時間なら下校時間なのだ。もう少しにぎやかではあったはずだ。

閑静な住宅街ではあるものの、近くに高速道路が通っているためそれなりに交通量はある。

だが車の音は全く聞こえず。深夜のように静かだ。

それに風すら吹いていない。カラスの鳴き声すら聞こえな・・・


「なっ・・・!?」


ふと空を見やるとカラスは翼を広げたまま空中で静止していた。


おかしい。普通じゃない。

世界は静止していた。

ただ二つの例外を除いて。

俺とこのおっちゃんだけは、この静止した世界の中で行動できている。


男は足を止めた俺を見てニィッと気色悪い笑みを浮かべた。

あの顔、昼間のヴァンパイアと同じ顔つきだ。

獲物を見つけ勝ち誇ったような顔。

俺は声を震わせながら問いかけた。


「お前も・・・ヴァンパイアか・・・!?」


男は問いかけに答えず、こちらに歩み寄ってくる。

俺はたまらず後ずさりし、距離を取ろうとする。

が、次の瞬間男は地面を蹴ったかと思うと俺の首を掴み、近くの塀に押し付けた。


「ガハァッ!?」


なんて馬鹿力だ。こいつの腕を引きはがそうと力を入れるが抜け出すことができない。

何とか意識は保っているが時間の問題だ。


「クッソォ・・・!!」


そのうち姿は配達員のおっさんから、大きく尖った耳と大きな口の男へと変わり俺の首を締め上げる。

精いっぱい力を込めるがヴァンパイアの腕はビクともしなかった。


「まったくこのクソガキが。余計な事してくれやがったなァ?」


その声色には俺に対する怒りを感じ取れた。


「なんっ・・・の事だ・・・グアアッ!?」


返答すると俺の首はより強く締め上げられた。


「テメェが昼間狩ったヴァンパイアはなぁ、俺行きつけの店のオーナーなんだよ!汚ねぇ人間のフリして生きてる俺の唯一の楽しみを奪いやがってよォッ!!」


「ぐっ・・・ああ・・・・ああ・・・・・!!」


何か言っているが理解するほどの体力は残されていなかった。

だんだんと息ができなくなっていき、視界が揺らぎ始めた。

徐々に意識が遠のいていく。迫りくる死の実感を感じるのは今日二度目だ。

昼間死にかけたのを助けられて、俺また死にかけているのか。

全く笑えない。


諦めて意識を手放そうとした瞬間、俺の両眼にはそれぞれ違う景色が映った。

片方には俺の首を締めあげるヴァンパイアの腕と顔。もうぼやけてうまく映らない。

もう片方には焚火が見えた。夢に見る焚火と同じものだと瞬時に理解できた。

今にも消えかかっているか細い火を見て、再び死の間際であることを理解する。


『お前はいいのか?』


突如頭の内から声が響いた。

聞いたことのある声だ。毎日聞いているこの声。

これは、俺の声だ。


『これが俺の、そしてお前の運命だって受け入れるのか?』


だってどうしようもない。

逆に言えば一日に二度も死にかけるなんて滅多にないな体験じゃないか。これ以上はない。

後悔が無いといえば嘘になる。すぐに思いつきはしないがやりたいことはきっとたくさんあるはずだ。

でも、もういい。俺にそんな力はない。特殊体質だとかなんだとか言われたけど、俺の力なんてこんなもんなんだ。俺には何も変えられない。


『怒れ。』


何に?


『己が非力を怒れ。己が絶望に怒れ。己が運命に怒れ。』


怒る。そうだな、これが最後ならそれもアリかもしれない。


『お前が怒るならば手を貸そう。お前が生きたいのなら道を開こう。お前が進むのなら手を取ろう。さぁ、どうする。』


ああ、そりゃあいい。

(おまえ)がいるなら退屈しなそうだ。

そう念じた、瞬間。片眼に映る焚火は激しく燃え盛る業火へと変わっていた。

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