見知らぬ部屋
目を覚ますとそこは知らない部屋だった。
寝たまま周囲を見渡すと素朴な雰囲気の家具が並んでおり、机は整頓されている。
ここの部屋主はきれい好きなのだろうか。
いや今考えるべきはそこじゃないだろう。
半ばパニックになりつつも眠る直前の事を思い出す。
学校をさぼって街を徘徊し、裏路地に入ったところで大男に襲われた。
その後銃声のようなものがした気がする。いや本物の銃声を聞いたことはないから多分なのだが。
時計を見ると針は午後2時を指していた。
2時間近く眠っていたことになる。その間に俺の身に何が起こったんだ?
つまりここはあの大男の家なのか?俺は誘拐された?
思考はどんどんマイナス方向へ転がっていく。
そう思案していると部屋の外から物音がした。この部屋に近づく足音。
起き上がろうとした瞬間腹部に痛みを覚えた。
あの男に思い切り腹を蹴られたことを思い出した。
筋肉痛のような痛みを感じる。動きに支障が出るレベルの痛み。
仮にあの襲ってきた男の家なのだとしたら次こそ俺は食われるだろう。
逃げることはできなそうだ。潔く諦めよう。
ドアがゆっくり開き、男が入ってきた。
あの時の男ではないが、鋭い目をしたあの男とは違う怖さがあった。
彼はこちらが起きている事を確認すると近づいてくる。
「気が付いたか。気分はどうだ?どこか痛みは?」
無骨な雰囲気ではあるが心配そうに問いかける。
その表情をみて少し安心した気分になった。
「ええ、その、大丈夫です・・・」
そう返答すると男も安心した顔になった。
「そうか良かった。外傷も呼吸も異常はなかったが、問題はなさそうだな。」
ほっとした様子で口を開く。ピリピリした雰囲気を放っている男だがこちらを心配していたのは確かなようだ。
男はすらっとした体系で外見は二十代くらいに見える。
身長は190センチ近くあるだろうか。
つり目で端正な顔立ちをしている。
俗な言い方をすると「モテそう」な雰囲気がある男だ。
「ここはあなたの部屋ですか?」
「そうだ。あと敬語じゃなくていい。堅苦しいのは苦手でな。楽に話してくれ、俺もそうする。」
「えっ、あっ、うん。」
物言わせぬ雰囲気を感じる。だが悪人ではない。そんな確信めいた何かを感じさせた。
俺は気になっていたことを問いかける。
「あの・・・俺はどうしてここに?」
「そうだな、その質問に答える前に君が見たことを俺に話してくれないか。」
「えっ・・・」
男は机の椅子をこちらのベッド横まで引っ張りながら問いかけた。
見たものを話す?見たもの、俺が眠ってしまう直前の事。
「大男が女の人を食っていて。逃げようとしたら携帯が鳴って気づかれて襲われた。」
なんてありえない。こんな話を聞いて信じる人はいない。
多分この人は俺が路地裏で倒れているのを見て、自分の家で寝かせてくれていたのだろう。
そこまで親切な人にこんな与太話にしか聞こえない事を話すわけにはいかない。
「えっと・・・その・・・」
必死に言い訳を考える。平日の昼間から裏路地で寝ている言い訳なんて簡単に思いつく訳ない。
「何か見たんだろう?例えば」
男の声色が変わった
「人が人を食っていた。とか」
その発言を聞いた途端に全身に鳥肌が立った。
この人は知っている。俺とあの女の人を襲った奴の正体を。
表情で物語っていたのか、目前の男はフッと笑いながら
「君は隠し事が下手だな。まぁ、普通じゃ言えないよなこんなこと。だから必死に言い訳を・・ってところか?」
見抜かれていた。そう思った。
「はい・・・その通りです。男が女の人を食っていて・・・それから・・・」
事の顛末は口からすぐに出てきた。真剣な表情で俺の話をこの男は聞いていた。
「なるほど、じゃあ君がその男に襲われる直前に聞いた銃声は俺だな。」
「えっ、あなたの・・・?」
「順を追って説明する。まず君を襲ってきた男は"ヴァンパイア"だ。」
これまた奇妙なワードが男の口から出てきた。
「ヴァンパイア・・・?あのヴァンパイア?小説とかアニメとかに出てくる。」
「ああ、合っている。人の血を吸う怪物。血を吸われた人間はヴァンパイアとなり、また人の血を吸う。」
「そんな・・・本当に・・・?」
「フィクションと違うのは日に当たっても平気なこと、人の血を吸うが生きるのに必須とされてはいない。そして人を食うこともあることだ。君が見たのは丁度"食事"をしている時だったんだろう。」
なんということだ。日本はいつからそんな漫画やアニメみたいなファンタジー世界になったんだろう。
「まぁ信じられないだろうがほんとの話だ。実際君はヴァンパイアに襲われた訳だしな。で、そこを俺が助けた訳なんだが。」
「貴方は一体・・・」
「そうか、自己紹介がまだだったな。」
改まって男は俺の目を見た。
「俺は"ネオ"。ヴァンパイアハンターをしている。そして君の命の恩人という訳だ。」
「ネオ・・・?ヴァンパイア・・・ハンター・・・?」
一旦整理したい。
いや単語の意味は理解している。だがあまりにも現実離れしたワードが飛び交い過ぎて脳がパンクしそうだ。
「その・・・貴方はヴァンパイアを狩ってる・・・人?」
「脳がショートしたみたいだな。まぁそういう事だ。」
アホな質問をしてしまった。それくらい脳に負荷がかかっているのかもしれない。
「名前も偽名みたいなものでな、ネオと呼んでくれ。」
「なる・・・ほど・・・?」
もはや最初とは違う方向性でパニックだ。
いっそドッキリでした~って言われる方が納得できる。
しかし、この"ネオ"と名乗った男の顔と声は真剣そのもので命の恩人なのだから否定もできない。
第一あのヴァンパイアとされる男の蹴りはとてつもない威力で、現に今も腹部に痛みがある。
本当に信じていいんだろうか。
「貴方は、ネオさんはその・・・」
「ネオでいい。」
「ネオ・・・は、どうして俺を俺をここに?」
ずっと気になっていたことを質問する。
普通、道端で人が倒れていたならば救急車を呼ぶべきだろう。
しかしネオには呼べない事情があった。十中八九ヴァンパイアが原因だろうが確認のため質問しておきたかった。
が。
グゥゥゥゥ~~~・・・・
俺の腹からは間抜けな音が鳴りだした。
そういえば朝食は腹を蹴られた衝撃で吐いてしまった事を思い出した。
その瞬間、疑問より羞恥が勝った。
ネオは少し笑った。
「そういえば俺も昼飯を食っていなかった。飯にしようか。」
「いや。その。帰って食べるから・・・」
「俺はまだ君に聞きたいことがある。そして君も俺に聞きたいことがある。ならここでお開きって訳にもいかないだろう?」
「それは・・・そうだけど。」
「安心しろ。飯のうまさには自信がある。食えないモノとかアレルギーは?」
大人の余裕という奴だろうか。この人の言葉には納得してしまう力がある気がする。
いや流されているだけか?疲れているのかもしれない。
「いや、特には。」
「わかった。この部屋で食ってもいいが、もっとくつろげる場所がある。移動しよう。立てるか?」
ネオは椅子から立ち上がった。
「大丈夫で・・・」
最後まで言う前に腹部が痛んだ。ヴァンパイアに蹴られたところだ。そこまで激しくはないがしばらくは痛むだろう。
「おっと、大丈夫か?・・・そういえば名前を聞いていなかったな。」
ネオは俺に手を差し伸べながら問いかける。
「承って言います。火上承。」
その手を掴んでベッドから立ち上がる。
「よろしく。ショウ。」
握手したネオの手は俺より大きく、ゴツゴツしていて傷後だらけだった。
俺も毎日のようにバットを握っていたし鍛えているつもりだったが彼はそれ以上だった。
もしかしたら毎日ヴァンパイアを狩っているのかもしれない。
「ああ、よろしく。ネオ」
半信半疑ではあるが、少しだけ信用してもいいかもしれない。そう思った。