プロローグ Part3
時間と場所はPart1の最後に戻る。
二人の出会いは大いなる予兆とはこの時は誰も知らなかった。
男は承の元で安否確認をする。
「噛まれた痕跡は・・・無さそうだな。脈と呼吸も正常だ。」
少年の命に別状は無いと判断した男はやれやれといった風に頭を掻いた。
腕の無い瀕死の女性を目の当たりにしておきながらこの男はあまりにも冷静だ。
まるで何度も似た光景を見てきたのだろう。
「女の悲鳴が聞こえたと思って急いで来てみればいきなり当たりとはな。あの女は・・・無理そうだ、可哀想だが、俺には救えない命だ。」
自分に救える命とそうでない命は見るだけで判別できるほど、この男の目は無数の惨憺たる景色を映してきた。感情が無いわけではない。仕方ないと割り切っている。そういう目だ。
踵を返すと自分が頭を貫いた大男に向かって問いかける。
「おい、その程度で死ぬ訳無いよな。とっとと仕留めてやるから立ち上がれ。」
傍から見れば奇妙な言動だ。
銃弾で頭を貫かれたのだ。普通なら即死。「死ぬ訳無い」だとか「立ち上がる」なんてことは万に一つもない。
しかしそれは人間ならの話だ。
ただの肉の塊となっていた大男の死体はスクリと起き上がる。
いや、死体ではない。そもそも死んですらいないのだ。
頭部にあったはずの弾痕は既に消えている。
奇怪な笑みを浮かべながら口を開く。
「へへェッ!少し痛かったぜェ。しかしなんだァ、今日はやけに獲物が増えるナァおい?お前も眷属になりたいッてかァ?」
頭をポリポリ掻きながら下品に笑い、自分を撃った男に目線を飛ばす。
ヴァンパイアという存在は銃弾程度では死なない。
両者ともそれを理解しているからこそ奇妙だとは思わない。そして相手には自分を殺す手段があることを理解しているから挨拶といわんばかりに言葉を交わす。
「生憎だがお前のような品のない男の眷属になる気は微塵も無い。お前が取るべき行動はただ一つ。」
男は旧式ながら物言わぬ力を感じさせるダブルライフルを構える。
「俺に狩られること。それだけだ。」
「えらく自信家だなァ?そう簡単に俺を殺せるかナァ?ハハッハ!」
「冥土の土産に教えてやるよヴァンパイア。俺の名は"ネオ"。お前たちヴァンパイアの間じゃあ【死神】って呼ばれている男だ。」
「死神…だとォ??」
そう返答した途端にヴァンパイアは笑い出した。
「そうか!お前が死神かァ!アハハハハッハ!!そりャアいいナァ!!お前を眷属にすりゃァ"死神を従えた男"って箔がつくってもんだぜェ!!ギャハハハハ!!俄然殺る気が湧いてきたァ!」
ネオと名乗った男はニヒルな笑みを浮かべながら
「笑い方まで品が無いな。不快だ、さっさとくたばれ。」
言うが早いか彼の持つライフルから銃弾が発射された。
一発の重い銃声。ヴァンパイアに向かって放たれた弾丸は的確に急所へ向けて一直線に飛んだ。
狙い澄ました一撃。人間相手なら即死。
だが
「ヒヒィッ!!」
相手は人間ではないのだ。
このヴァンパイアは銃弾を発射されたことを認識した直後に回避行動をとった。
人間と比べ驚異的な能力を持つヴァンパイアという種は、身体能力の基本スペックにおいて遥かに優位に立つ。この僅か3mの距離で発射された銃弾を容易に回避している。
こんなものは"獲物"の抵抗に過ぎない。今までも何人と葬ってきた。
「俺にとっちゃ銃弾なんぞ躱すのは簡単なん・・・」
しかし回避行動をとった先にはネオの投げたナイフが飛翔してきていた。
ネオはライフルを発射するのとほぼ同時にナイフを投擲していた。
「こんなもんッッ!!」
飛んできたナイフを腕で上方向に弾いたヴァンパイアは正面の獲物に目線を向ける。
向けたはずだった。
「グフォッ!?」
瞬間ネオの右足は獲物の左頬を抉るように蹴り飛ばした直後であり、反動で強烈に吹き飛んだヴァンパイアは地面へ倒れた。
僅か5秒にも満たない一瞬の出来事だった。
ネオはひれ伏したヴァンパイアに歩み寄りながら弾薬を装填している。
それが終わると獲物の頭部に向け銃口を向ける。
「答え合わせをしようか。最初の銃弾はブラフだ。ヴァンパイアの身体能力じゃそんなもんは簡単に躱される。だから躱す先を予測して投げナイフを仕込んだ。ここは右か左か、はたまた上か。博打ではあったが見事俺が予測した先に避けたお前は・・・」
ネオはヴァンパイアの頭を踏みつけながら言う。
「ナイフを弾くと予想した。掴んで投げ返してくるかと思ったが。その時はその時だ。一発くらい食らってもいいと思ったからな。だがまんまとお前はあろうことか上方向にナイフを弾いた。そしたらもうチェックメイトって訳だ。まんまと俺の予想通り動いてくれたな。以上。何か言い残すことは?」
「ア・・・・アァァァアア!!!!!」
頭を踏みつけるこの輩を殺してやる。
単純にして強烈な殺意がヴァンパイアに灯る。
ネオを払いのけながら近距離戦に持ち込む。
「このガキがァァ!!!」
破壊と殺戮が籠った大振りの拳。
ヴァンパイアの拳はネオの顔面を捉えたかに見えた。
「な・・・にィ・・・!?」
その瞬間にヴァンパイアの右腕は手首から先が切断された。
「随分と頭に血が上っているな。冷静さを欠いて俺に勝てると思うな。」
その刹那、左腕も肘から先が消滅した。
「なんだこりャァ!?俺の腕がァァァァッ!?」
ネオの腕にはヴァンパイアの血が付いたサバイバルナイフが握られていた。
殴られる直前に見えないほどのスピードでヴァンパイアの腕を切断したのだ。
「しかもガキは余計だろう。これでもそれなりに歳を取ってきたつもりだが。」
「そうそう。このナイフは特別製でね。腕の再生はすぐにはできやしない。しばらくそのままでいてくれ。」
飄々とした表情で血に塗れたナイフを獲物に向ける。
その修羅の如き目は重圧となってヴァンパイアに覆いかぶさる。
まるで自分が小さくなったかのように、さも相手が巨大に見えるほどに。
一瞬の出来事だ。
ヴァンパイアは驚異的な速度で逃走し始めた。
全力で逃走するヴァンパイア。自らの結界の中なのだ。自らが絶対的優位に立っていたはずだ。あんなハンター程度いつもなら瞬殺だ。どうしてこうなった。どうしてこうなった。こんなはずじゃあなかった。俺は"狩られる側"じゃなくて"狩る側"だったはずだ。そういう風に世界はできていたはずだ。
死の恐怖を明確に感じ取った。奴には敵わない。本能がそう告げていた。
小さき獲物は逃走することに全神経を集中させる。
「クソッ!クソォッ!死神を見くびりすぎていた!まずは奴から逃げ切る、そしてそれから・・・」
「次なんて無いから安心しろ。」
後ろからその声が聞こえた途端ヴァンパイアの両脚は弾丸に貫かれていた。
「ガァァッ!?」
先に述べた通りヴァンパイアの身体能力は人間と比較して圧倒的優位だ。そのヴァンパイアが全力で逃走したならば普通の人間は追っては来れない。
しかしこのネオという男も普通ではなかった。常軌を逸したスピードで獲物を目掛け追走していた。
うつ伏せに倒れこんだヴァンパイアは両脚を再生させようとする。頭を貫かれても物の数秒で再生することができるほどの生命力を彼らは持っている。
しかし
「この程度ォ・・・なんっ・・・なんだよォッ・・・!?」
しかし、いくら力んだところで足の筋肉は再生しない。そこだけ岩にでも変わってしまったかのように脚が動かないのだ。
「無駄だ、この弾丸は教会お手製だからな。お前じゃ脚を動かすことすらできないさ。」
硝煙を漂わせながらネオはヴァンパイアに歩み寄る。
ゆっくり。一歩一歩近づく足音は"獲物"にとって死へのカウントダウンであった。
「お前を仕留めるだけなら最初からこの弾丸を使えばいい。頭部に撃ち込めばヴァンパイアでも瀕死は免れない。だがそうしなかった。何故か分かるか?」
ポケットから銀色の弾丸を取り出し眺めながら問いかける。
ヴァンパイアは震えが止まらず声を上げることすらできない。
あれほどの巨躯が今では小さく見えるほどだ。
獲物は何も答えない。
静寂は否定を意味していた。
「お前ほどの大所帯だ。聞きたいことがあってな。」
声色が変わる。激しい憎悪が込められた問い。
「"金色のヴァンパイア"を知っているか。俺はそいつを探している。」
ライフルを構えながら"獲物"に問う。
銃口は頭部を捉えている。
その雰囲気と声の重圧に屈服した獲物は震える声で叫ぶ。
「しっ、知らねェッ!!知らねェ、知らねェよォッッ!!!」
真っ青になった顔で必死に叫ぶ。目を覆いたくなるようなあまりにも惨めな光景。
因果応報というのだろう。数多くの女性を手籠めにした卑劣な男の最期。
「そうか、ではさようなら。」
死を覚悟したヴァンパイアは最後の抵抗と言わんばかりに飛んだ。
ネオが引き金に指をかけた瞬間ヴァンパイアは決死の覚悟で身体全体の筋肉を利用し後方へ跳躍した。
決死というだけあり、その跳躍は裕に数十メートルへ届きそうな力があった。
しかしその僅かな抵抗も自分の死期を遅らせることは叶わず、ネオの放った銃弾が心臓を貫いた。
勢いを失った身体は地面へと降下し力なく転がった。
死を迎えたヴァンパイアは次第に体が白くなっていき、やがて灰となった。
その光景を見届けるとネオは携帯で電話をかける。
『もしもし』
「俺だ、ポイントL-21でターゲットを始末した。近くに負傷者が二名。内一人は瀕死の重傷。すぐに救護班を手配してくれ。」
『承知した。すぐに送る。負傷内容は?』
「一人は捕食された後だ。片腕と胴が泣き別れてる有様だ。教会ならまだ助けられるかもしれない。もう一人は襲われる直前だった。気を失っているが命に別状は無いだろう。」
『わかった。ご苦労だったネオ。上にはいい報告をしておこう。』
「感謝は札束の厚さで示せと言っておけ。それと軽傷の一人は意識がない。俺の方で一度預かっていいか?」
『構わない。君がわざわざ保護するということは、例の?』
「ああそうだ。落ち着いたらまた連絡する。」
通話を終えると負傷した少年を見やる。
彼には完全に見られてしまった。意識を失っているとはいえネオの事もヴァンパイアの事も知ってしまっただろう。
彼には自分の運命を選んでもらう必要がある。
ネオは意識を失った少年を背負うと帰路に着いた。




