プロローグ Part2
時間は少し巻き戻る。
ここは喫茶店「lapin de la lune」
そこのマスターである「ネオ」と呼ばれる男が電話を取ることで物語は動き始める。
電話が鳴っている。
今は午前9時。開店の11時に向けて彼は店内の清掃をしている最中だ。
常連なら店の営業時間を知っているだろう。
とすると、初見か、取材のアポか、いたずら電話か。
そんな事を考えながら作業を続ける男。
いつも通り放って置くが今回はやけにコールが長い。一分以上コールしているのではないか。
もうしばらくして、煩く鳴り続けた電話は止んだ。
店内は数分ぶりの静寂を取り戻した。
と思った矢先今度はポケットのスマートフォンが振動しはじめた。
画面を見ると彼にとってはもう見慣れた名前が表示されていた。
「今日は休業かもな。」
呟きながら椅子に腰かけ応答ボタンをタップした。
「もしもし」
『おはよう。店に電話をかけたが応答が無くてな。今日は休業日かね。』
聞き慣れた初老の男の声だ。気品に満ちた厳格な雰囲気を漂わせるが、彼らは旧来の友人のように言葉を交わす。
「丁度あんたからの電話でそれを検討している所だ。それに"仕事"の話ならこの携帯にかけるよう前も伝えたはずだがな。」
『おや、失礼した。詫びに後日デリバリーをお願いするよ。』
「生憎ウチは店内食の喫茶店でね。面を見せない奴には食わせないことにしてる。」
『ふむ、君のオムライスは絶品と聞く。一度は味わいたいものだが・・・』
世間話もほどほどに話を切り出す。
「そんな話をいい。用件を話せ。」
『そうだな。では概要を説明する。』
電話口の男の声は、先ほどまでと雰囲気を一変させ、鋭く重たい真剣な口調となった。
『昨日の夜12時頃、駅周辺の路地で仕事帰りの女性1名がヴァンパイアに襲われた。たまたま通りかかった別の女性が通報し、駆け付けた男性警官2名は重傷。通報した女性は教会に運び込まれたが吸血された痕跡が見られた。現在処置を行なっている。』
「ほう・・・」
ネオは胸ポケットから手帳とペンを取り出しメモをしていく。
『直後。近くに居たハンター2名が交戦するが・・・共に重傷。取り逃すこととなった。』
「そっち所属のハンターは三流ばかりだな。2人がかりで捕縛すらできんとは。」
『耳の痛い話だ。一流ハンターの言葉を肝に銘じておくとしよう。』
「そりゃどうも。」
『続けるぞ。今朝の話だ。複数の家から〔昨日の夜を最後に娘や妻と連絡が取れない〕という通報が相次いだ。警察は昨夜の件と含めてヴァンパイアの犯行と推定し教会との共同捜査となった。ここまでで何かあるか?』
「若い女性のみを狙って眷属にするヴァンパイア・・・確か・・・」
引き出しからファイルを取り出し、パラパラとページを捲っていく。
全て手書きの記事で、所狭しとマーカーや色のついた線が引かれている。
その中から目的の記事を見つけると
「これか、約半年前に違法な風俗店が検挙された事件。ホステスは全員行方不明になっていた若い女性。しかも全員がヴァンパイアの眷属だった。」
『察しがいいな。その通りだ。あの時は店に乗り込んだ武装警官が全員重傷。制圧には成功したが親玉は逃走。ハンターの同行むなしく甚大な被害となった。』
「初めて聞く情報だなそれは。」
慣れた手付きで付箋に電話口の男が告げた内容を記載し、記事の上へ貼り付ける。
『我々はその特性と、交戦したハンターの証言から《淫虐のヴァンパイア》の犯行と断定した。』
「へぇ・・・《淫虐》ねぇ・・・」
『あぁ。《淫虐》は年若い女性や家出した女性を狙って眷属化し姦淫する。飽きれば風俗店で働かせ収入を得る。過去の事件記録から少なく見積もっても眷属は50名以上。その大半は捜索願が出されている女性だそうだ。』
「とんでもない大物だな。」
『ああ、最低最悪のヴァンパイアだ。巧妙かつ狡猾でなかなか尻尾を出さなかったが、今回の件で今は君の近隣地域に潜んでいることが分かった。』
「そんなことがうちの常連に知れたら店の売り上げにも影響してきそうだ。」
やれやれといった風で椅子の背もたれに背中を預ける。
『それは気の毒に。何はともあれ、上としても名付を放置する訳にはいかない。そこで君にご指名の討伐依頼が来たわけだ。しかもこの件に追加の討伐報酬を出すそうだ。』
「へぇ・・・」
『悪い話ではないだろう。どうだね。』
名付認定されたヴァンパイアは甚大な被害を及ぼしかねないため早急に討伐する必要がある。しかもそこまで大所帯の親玉となれば他のヴァンパイアとも繋がっているかもしれない。
「わかった。引き受けよう。すぐ捜索を開始する。」
『では頼んだ。くれぐれも気を抜くな。』
ああ。と短く返事をして電話を切る。
外出用のジャケットを羽織り、"仕事道具"が入ったアタッシュケース持って外に出る。
入口のパネルを【本日休業】に裏返し、道路に出ると思案を巡らせる。
「(まずは一通り歩き回る。その後裏の路地を中心に再捜索。その後は・・・)」
頭の中で巡回ルートを描きシミュレートしていく。
ふと頭上を見ると鉛色の空模様が見えた。
「一雨来るかもな。」
そんなことを呟きながら彼が心配したのはこれから出くわすであろうヴァンパイアではなく、今日の休業をどう埋め合わせるかと、雨が降るまでに帰れるかどうかだった。




