魔力と魔石と魔獣 1
こちらの世界にようやく慣れてきた頃、弟が熱をだした。お医者さんが呼ばれ、寝ている弟を卵大の透明な板を透して見ている。不思議な光景に見入っていると、やがてお医者さんは「ただの風邪ですね。肺炎などは起こしていないですが、下痢をしていると思うので、無理をせず、消化の良い食事をして寝かせておいてください」と言って解熱剤と整腸剤を置いて帰っていった。ふ~ん、解熱剤とかはあるんだ・・
お父様に聞いてみると、解熱剤や湿布など、薬草を使う薬剤は普通にあるらしいのだが、前世にあった注射薬は注射器を含めて見た事は無いようだった。
「こんな感じで、針を体に刺してお薬を入れるの」と説明すると、
「人の体に針を刺して、というのは痛そうだね。患者さんが走って逃げてしまうよ」と言って笑っていた。むむむ。
じゃあ、大けがをした時とかどうするの?と聞いたら、治癒魔術師に治療を頼むのだそうだ。ただ、魔法属性が特殊で魔力も結構使うので、簡単には呼べないらしい。
私はこちらでも獣医師の仕事が出来ないかと考えていたが、医者の武器は薬である。たとえ病気の原因を探り当てたところで、それに対応する薬がないと手も足も出ない。漢方薬程度の薬と対処療法で見守るだけでは、医者の仕事としていささか残念だ、と言ったら先ほどのお医者さんに失礼かな。
前世では多くの動物実験や治験成績を元に安全性を高め、科学的な構造解析に基づいて合成された純度の高い薬剤を簡単に扱うことができた。獣医師は医師よりも格下に見られていたけど、動物も人も同じような病気になるし、それに対する治療も似たようなものだ。つまり基本となる知識にそれほど違いがある訳ではない。人の医者は専門医に別れていたが、これは動物と違って簡単には治療を諦められないため、より詳細な知識と経験に基づいた医師が必要なためだ。
治療薬にしても、人体薬を流用して動物の体重当たりで換算して投薬していることもあるし、治験を行って動物専用に製造された薬剤も沢山あり、安心して使うことが出来た。それがここでは使えないのだ。残念過ぎる。
先ほどのお医者さんが使っていた透明な板について聞いてみると、あれは体の魔力を見るためのものらしい。あの板で見える光を「オーラ」と呼ぶのだそうだ。それってなんか聞いた事ある。
「あの板、見てみたかった~」と残念がると
「うちにも1つあるよ。見てみるかい?」と父様に言われた。
お父様は輸入商人で様々な物品を扱っているが、珍しい品ということで他の商人から譲られたものを1つ持っていた。
早速探してもらって見せてもらうと、それは周囲に銀色の飾りのついたルーペのような形をしてた。ただ、ルーペとは異なり、大きく見える訳ではない。これを通して手を見てみると、手の輪郭に沿ってぼんやりとした光が見える。
不思議そうな顔をしていると、お父様が、
「緑の光が見えるかい? それがオーラだよ。
怪我をしたり、病気になるとその光が乱れて見えるんだ。
オーラを正常な形に戻すのが医者の腕の見せ所かな」と言った。
人体に限らず、生物はその形を取り巻くようにオーラをまとっているらしい。生物は損傷を受けると、そこを修復しようとする。傷口の細胞を活性化させ、元の形に戻そうとするのだが、普通は無秩序に増殖してそこから変なものが形成されるなどという事は無い。極小の細胞が全体として複雑な構造を持つ皮膚などを完璧に再現する、という事は「この場所はこうあるべき」というオーラによって定められているからだ、と家庭教師の人は言っていた。この辺は学園でも学ぶ内容らしい。
そして、魔力による治癒魔術というのはオーラを操る事であり、そのような技術は特殊な才能と知識が必要で、学園卒業後に専門の施設に通う必要があるようだ。うん、行きたい。前世のような薬が使えない以上、この手しかないんじゃないかな。
お父様から魔力を見る魔術具をもらった私はそれであちこちの動物や植物などを見まくった。オーラの色は対象によって微妙に異なる。基本は緑色だが自分は黄色に近い。何でだ?
葉っぱの先をちぎって机の上に置き、魔術具を通してみるとちぎって欠けた部分にも緑色の輪郭が見える。本来の生命の形が維持されているようだ。
やがて飽きてきて窓際の机の上に放置しておいたのだが、額を木の枝にぶつけて昏倒した日から4カ月程たったある晩に、満月が綺麗だったので明かりを消してボーッとそれを眺めていた。ふと側の魔術具を見ると下には何も無いのにごくわずかに光っている。
首をかしげながら手に取って見ると、自分の指が白金色に光っているのが見えた。
「え、なにこれ。」
体に当ててみるとやはり体全体くまなく光っている。魔術具を通してその光がぼんやり天井や壁に写るくらいには明るい。特に髪の毛の上に載せてみると部屋全体が明るくなるくらいに光る。
部屋には姿見の鏡がある。恐る恐る鏡の前に移動して自分の姿を映し、魔術具を通して見ると・・・
「うひゃっ! 眩し~~!!」
もう何が映っているのか分からないくらい眩しい。慌てて明かりを付けるとそのまぶしさも和らぎ、何が映っているのかが分かった。自分の髪がギラギラと白金のような色に見えている。
「明かりが無い時はこれが使えるってこと?」
と的外れな事を考えながら良く考えてみると、以前にも夜中に手などを見ていたが、その時にはこれほどの光は出ていなかったはず。なぜに今日はこんなに明るいのか?
考えられるのは今日は満月だということだ。この世界には前世と同じく月が1個ある。ただしやや大きい。色も金色で似ているが表面の模様は大分複雑だ。兎さんが餅つきをしているようには見えないので別モノ・・ 当たり前か。
月の光のせいだろうか?でもそれって太陽の光の反射だよね。太陽の下では自分の髪が光っていたとは思えない。そういえば、今は窓際から移動して部屋の隅にいるので月の光なんか当たっていない。それでも魔術具からは相変わらすに光が漏れていた。
訳がわからないよ・・。
前世では月は潮汐力により、潮の満ち引きだけでなく、地球の生物にも何らかの影響を与えていると聞いた。そういえば新月や満月の時に手術をすると出血が多いとか、女性の月のモノが始まることが多いとか・・。
そんな事を考えていたらどうやら自分も始まってしまったようだ。残念ながらこの世界にはお赤飯をたいてくれる習慣はなかった。