犬のジョンは不機嫌
家に帰ってくると、犬のジョンが大喜びで駆け寄ってくる。飛びつくと怒られると分かっているので私の周りをぐるぐる回って尻尾を振っている。私はいつものように頬から顎や耳の付け根をなでてやると、嬉しそうにしていた。
体を寄せてくるので、つい前足や後ろ足の付け根を触って栄養状態を確認し、口を開けて歯の様子を確認したら、何かを察したらしく嫌そうな顔をしてついと離れた。
追いかけて抱こうとしたら「きゃん!」と鳴いて逃げられてしまった。う~ん、なぜだ・・。この世界にはワクチン注射とかもあるのかね?
「遊んでないで、家に入ってお休みなさいね」と言われてしまった。
家は割と裕福な商家なので、本物のメイドさんがいる。私にはエルザさんという40代くらいの(はっきり教えてくれない)おっとりとしたメイドさんが付いているので、お風呂に入れてもらって普段着に着替え、その日はゆっくりすることにした。いろいろな記憶が次から次へと浮かんで、一日ぼ~っとしていたらしい。
次の日の朝、目覚めてもやはり自分は少女のままだった。昨日も「夢では無いのだ」と思いつつ、その一方で、「やっぱり夢だよね」という願望を捨てきれていなかったのだが、どうやらその希望は潰えたらしい。
顔を洗って鏡をみてみる。いつも見ていた顔なのだろうが、改めてまじまじと見てみた。ミリーゼは金髪で、瞳は緑。自分の髪は似たような色だったはずなのに、今は薄めの金色で、瞳は同じ緑である。顔の輪郭はお互いにそっくりだ。まあ、母親同士が姉妹だし、似ていてもおかしくないが、帽子を被ったら母親も見分けが付かなかったくらいだ。そして美少女である。以前、貴族は美男・美女揃いが普通だと聞いたことがある。美女を選んで嫁にするから、と言われれば確かにそうなるわな。ただ、美少女って危険が危なくないだろうか?変な男に狙われたくはない。
今の私は13歳で、ミリーゼとともに来年から王都にある国立のエルム学園に入学する予定だ。男女共学で貴族だけでなく庶民も入れるが、魔術理論があるので魔力持ち限定の学校だ。強い魔力持ちはほぼ貴族であり、庶民はかなり少数派である。私の場合は母が貴族なので自分も魔力を持っている。
この世界には魔力がある。元の世界では「ダークマター・ダークエネルギー」とか言われているものかもしれない。質量を持ち、重力を及ぼすが、確認することが出来ない代物だったはず。これを使う事ができれば当然ながら世界に影響を及ぼす。どうやら生命力というか、魂はその魔力と言われる力と同じもので、この世に干渉し生命という形を与えているらしい。死ぬとわずかな量だが軽くなるというのもこのためのようだ。
そして強い生命とは多くの魔力を扱えるもの、という事である。これらの魔力というもののについてはこちらでの勉強で習う事ができた。
ただ、魔力はどこにでもあるけど、それを使うのは難しい。単純に「炎よ来たれ!」などと叫んでも何も起こらない。世界を表す言葉を知り、それを適切に組み上げて魔力に方向性を与えないと意図する結果にはならないのである。
学園ではこの先について教えてくれることになっている。むやみに使うと危ない代物なので、それを理解出来るようになるまでは理論はともかく実技は教えてくれない。授業では必ず先生が側について、生徒は注意事項を守りながら監視されつつ学ぶことになっている。楽しみだ。
顔を洗って着替えたら日課であったらしいジョンのお散歩である。エルザさんにそう言われてさっさと外に出された・・。
外にでると待ってましたとばかりジョンがやってきた。首輪にラインを付けたらお散歩開始である。いつもなら私を引きずる様に駆け出すのだが、今日はラインをグィッと引っ張って止めた。「あれ?」とばかりこちらを見るが、私は知らんぷりで走り出す。またあさっての方向へ走り出すジョンを止めると、道に沿って走り出す。これを繰り返していると、ジョンはしぶしぶこちらを見ながら横を走り出した。よしよし、意外に賢いぞ。
こちらの言うことを聞くとおやつをあげるようにする。その繰り返しをしながらジョギングをして家まで帰ってきた。なんだかいつもと違うなと思っているようだが、よしよしと撫でてやり、ついでに足の付け根と背骨の上を触る。
「あれ? ちょっと太り気味じゃないのかな。」と言いながら眉をひそめると、ジョンもそれを察したらしく、嫌そうな顔をして小屋に戻っていった。