もう一度 この世界で獣医師を目指そう!
異世界で女の子が獣医師を目指したらどうなるんだろう?ということを考えて書いてみました。設定に甘い部分が多々ありますが、大目に見て貰えると嬉しいです。
自分は大動物診療をするために北海道の獣医科の大学を出たての男の新米獣医師だった。過去形なのは、就職したとある地方の診療所からいつものように診療に出かけ、馬を治療中に蹴られて死んだからだ。人の恋路を邪魔したことはないはず。理不尽だ。もちろん、枠場に入れて、後ろに「ません棒」も噛ませていたのだが、それが折れて眉間に蹄鉄を付けた後脚が飛んできたのが見え、意識が飛んだ。
目が覚めると、額に包帯が巻かれ、隣に少女が座っているのが見えた。
「いたた・・。
あれ? 死んでない!?」
そう言うと、隣の少女は「死ぬわけないわよ。木の枝にぶつかっただけだし。」と笑った。
「えっ、馬に蹴られたんだよね」というと、ますます可笑しそうにクスクスと笑った。変だな~?
「でも、無事で良かった。白目むいて泡吹いていたから、皆心配してたのよ」
「おっかしいな~」
で、ここで違和感に気づいた。自分は天蓋付きのふかふかベッドに寝ている。さらに額に手をやると流れるような金髪が目に入った。眼鏡も無いこの姿は夢の中の自分だ。
「あれれっ? これは・・・夢?」
いつの頃からか、夢で度々少女と遊ぶ夢を見ていた。
少女とは物心ついた頃から一緒だった。少女の母親はこちらの世界の自分の母の姉にあたり、侯爵家の娘だったが、縁あって地方の領主に嫁いだ。で、妹の方は父親の親友であった領内の商家の長男に嫁ぎ、同じ年の同じ月に少女と自分が生まれたと記憶している。つまりいとこである。
それらは夢の中でのやや曖昧な出来事だったはずなのに、ベッドで起き上がった時には不思議なほど記憶が鮮明になった気がする。
お互いに10歳の誕生日を迎えた後、彼女はお妃教育のためということで屋敷に閉じ込められるようになったのだが、度々逃げ出しては自分の家に遊びに来ていた。それに手を焼いた彼女の両親は自分も屋敷に連れてきて、彼女と一緒に勉強させることにした。こっちには迷惑な話、と言いたいところだが、自分はその勉強が面白かった。だって、「魔術理論」とか「宮廷マナー」とかあるのだ!そんなの夢の中ならではだよね。
夢の中の自分はなぜか女の子を姿をしていたが、どうせ夢だからとあまり気にしていなかった。少女(名前はミリーゼという)と遊ぶのが楽しかったからもあると思う。前世の妹に似てお転婆な子で、あまり女の子らしい遊びはせず、あちこち駆け回っていたのでなおさらだ。
それにしても、今回は夢にしては今までになく鮮明だし、おまけに額が痛い!よく夢かどうか見分けるために頬をつねる、というのがあるけど、つねる気にならないくらい痛い。となると、これっていったい・・・
混乱しているとお母様が部屋に入ってくるのが見えた。
「あらあらまあまあ、ロルフィ。淑女が顔に傷をつけるものではありませんよ。今日は帰ってゆっくりお休みなさい。」
「おばさまの言うとおりね。今日は午後の勉強はお休みにして帰ったら?」
「あら、あなたの髪の色、そんなに薄い色だったかしら?」
そういうと、母様は俺の髪をそっとさわり、頭をなでてくれる。
なんだか良く分からないけど、家に帰ったら夢から覚めるかもしれない。ベッドを出ると、ちょっとフラフラするけど、お母様に手を引かれて家に帰ることにした。
家はミリーゼの屋敷からそれほど離れていない。境界となっている生け垣を抜けるとすぐである。
何気なく空を見上げると大きくて白い満月が見えた。さっき枝に額をぶつけた時にも見ていたような気がする。
で、家に着くまでに気づいてしまった。
「これって夢じゃ無いかも・・・!」
つまり、歩いている最中の景色には夢の中のような曖昧さが全く無いのだ。音も匂いも風も、なにもかもがはっきりと感じられる。
それに、馬に蹴られた時に「あ、死んだな!」と思った。これって、異世界転生? でもどちらかというと平行宇宙の交わりで、精神があっちの世界から飛ばされてこっちの世界へ来ちゃった感じ?
う~ん、それにしても女の子か~。大動物の診療においては背の低い女の子は直腸検査の時とか大変だったよね。おまけに動物を保定する時には体力というか腕力も必要だし。そういうハンディキャップが今後つきまとうよね。
てか、自分はもう獣医師じゃなくて、ただの女の子?!
ちなみに直腸検査というのは、牛とか馬とかを立たせた状態で肛門から腕を突っ込んで腹の中の臓器を腸管ごしに触ってみるという検査で、卵巣や腎臓、腸などの異常を見つける事が出来る、獣医師にとってはとても重要な技術である。で、成牛とか馬って肛門の位置はかなり高い位置にあり、成人男子の肩くらいの高さがある。従って背の低い獣医師は踏み台を使ったりするのだが、小さい台に乗っての作業は危ないし、結構せつない。台が狭いので危ないと思っても直ぐには逃げられないし、力を入れるために足を後ろに引いて突っ張ることも困難だ。人もそうだが牛馬でも肛門に異物が入ってきたら思いっきり閉める。そこを無理矢理腕を根元まで入れるのだから、とても力がいるのである。
注射や投薬にしても腕力や体力を使う作業にはことかかないのが大動物の獣医師である。女子の獣医師が少ないのも無理はない。
この世界でも将来は獣医師を目指そうと決心はしたものの、あらためて自分がこの世界で獣医師を目指すとなると、かなり大変なのではないだろうか?そんな事をぼんやりと考えていた。
先はまだまだ長そうです。果たして獣医師になるまでたどり着けるのか。今の段階では未定というしかありませんが、生暖かい目で見ていただければと思います。