81-(6) 綴られしもの
ダン達南回りチームが封印区画の最奥に辿り着いてから、一週間が経とうとしていた。
門外漢な仲間達に代わり、この書斎に眠る文献の解読に挑んでいたリュカ(とクロム)の
奮闘も、大よそ消化され一定の成果を出そうとしている。
結論から言えば、ここにあるのは全て“賢者”リュノーの手記だった。そしてこれらを読
み解く中で、いくつか明らかになったことがある。
『──私のような異界からの迷い人を、この世界の住人達は“異界人”と呼ぶらしい。彼ら
が私の正体に勘付いた時、敵意よりも驚きや歓待の素振りすらみせたこと、ある程度の規模
の都市へ行けば専用の支援制度が設けられていることなどを総合して考える限り、どうやら
私達のような存在は、この世界においては必ずしも珍しくはないようだ』
一つは、リュノーが実は“異界人”の一人であったということ。
人々の常識を越えた数々の奇策で解放軍を勝利に導いた彼については、古くよりその正体
をこの世界外の存在に求める仮説が、巷には広く散在していた。そもそも住んでいた世界が
違っていたからこそ、予想斜め上の発想ができたのだと云うのである。
奇しくもそんな人々の予想は、今回の解読によってまさに本人が認めた形となるだろう。
そして記述によれば、元いた世界から迷い込み、当てもなく放浪の旅を続けていた最中に
当時小さな傭兵団を率いていた若き日のヨーハンと出会い、後にゴルカニア戦役に加わる事
となったのだそうだ。
『──結局、ユヴァン殿の遺体は見つからなかった。あれほど激しい、王宮が崩壊するほど
の力同士がぶつかり合ったのだから仕方ないと言う者達も多かったが……私個人はもっと別
の意見を持っていた』
『──さりとて彼の死を曖昧にする訳にはいかない。私は皆と相談し、表向きは同じく行方
の知れぬオディウスと相討ちになったと偽ることにした。彼の死も、かの皇帝の死も、私達
は入念に影武者を用いて宣伝する。……許せ、友よ』
『──はたして人々にこの真実を知らせて、誰が得をするのだろう? これまで夥しい数の
犠牲を払ってきたこの戦いの終着が黒幕の不在とは。そんな幕引きでは、間違いなく人々は
納得しない。下手すれば彼らの不満の矛先が今度は私達に向く恐れすらある。何より、この
戦争の大義が、繰り広げられた意味が失われてしまう……』
加えて解読する中で、目を見張る記述が多数見つかった。何とかの“精霊王”ユヴァンは
最後の戦いで行方知れずになりながら、最後までのリュノーら仲間達によってその死を確認
されなかったというのだ。
リュカとクロム、その時場に居合わせていた仲間達は思わず顔を見合わせたものだ。
……ユヴァンが、死んでいない?
その時間違いなく皆の脳裏に過ぎったのは、大都消失事件の際に現れたというフードの男
であろう。もし彼の名乗っていた「ユヴァン・オースティン」の名が、紛れもない本人その
ものだとしたら……。
更に古の賢者の覚え書きは、過去遥か昔の、この世界の歴史にも及ぶ。
『──聖浄器。今からおよそ七千年前、魔導を広く人々に使えるようにする魔導開放運動が
その実現に現実味を帯びてきた際、将来増加するであろう瘴気──魔獣の脅威に備える為に
造られた、いわば開放が認められる交換条件として誕生した切り札だ』
『──だが、現代の人々は忘れ去ってしまったのか、或いは故意に封印されたのか。これほ
どの強い力を持つ武具を生み出す為には、相応の対価が必要だった。結論から言うなら、こ
れらの核に用いられたのは、強い魔質を備える“人間の魂”だ』
またしてもガタンと、思わず立ち上がってしまったリュカ達。
そう、これこそがパズルのピースだったのだ。
何故“結社”達が聖浄器を執拗に狙うのか? 何故、ヨーハンが自分達に知らなければな
らないと示唆したのか? その答えがこの記述に凝縮されていたのだ。
……即ち、生贄。
リュカ達はその真実を得て、合点がいった。これまで不自然に空いていた数多の謎に、次々
とピースが嵌っていく音が聞こえた気がした。
『──それ故に、聖浄器はそれぞれに意思を持つ。ただ強大な力の一部となってしまった者
もいれば、使命を感じて協力してくれる者、或いは自らが人柱にされたことを恨み、自分達
を手に取った人間に“対価”を要求してくる者もいるだろう』
『──私達がこの事実を知った時、戦争は既に引き返せない所まで来ていた。リスクは低く
ない。だがあの頃の私達には、力が必要だった。しかしと今なら思う。もしこれらの真実を
もっと早く知っていれば、将軍やシキ殿の最期は避けられたのではないか……?』
六華は生きているとジークは言った。
ヨーハンはもうあれは使われるべきではないと呟いた。
そういう事だったのである。だからこそ並の武器とは一線を画すし、それ故に不確定な危
険も伴う。何より込められた核の正体を知れば、人の道に背くことを知っていたからだった
のだ。
『──私は、もう元の世界には戻れそうにない』
結局リュノーは、その半生を迷い込んだこの世界で全うすることになった。
手記の終盤には自らを振り返り、戦役とはまた別の雑感が綴られる頁が増えた。かつての
恩人や故郷のこと、新しく出会った仲間達のこと。しかし彼は、結びに近いとある一節でこん
な呟きを書き留めている。
『──“楽園の眼”は、調べる限り暗黒乱世の頃には既に誕生していたようだ。その目的・
理念は「世界を在るべき姿に戻す」こと。この意味を解き明かすにはまだ私には手持ちの情
報が足りないが、将来的にも彼らがこの世界の不満の受け皿になるであろうことは容易に予
測できる』
『──在るべき姿。明確に繋がりがあるとは言えないが、私にはそのフレーズを繰り返して
いる内に、とある感慨が重なる。……違和感だ。ずっと前から感じていて、しかし私の周囲
の誰一人として気付いていないことからいつの間にか意識の奥に追いやっていたものだが、
今もそれは消えていないのだと確信する』
『──ずっと、誰かに見られているような。やはり確信ではない。だが、私がこの世界に迷
い込んでからというもの(或いは元の世界にも在ったのか?)ずっとこのどうしようもない
気配・眼差しは注がれ続けている。それが特に私に何をするという訳でもないのだが、正直
意識すればするほど、不気味で不気味で仕方がない』
かつて解放軍を勝利に導き、ゴルカニア帝国を崩壊させた英雄が一人。
しかし等身大の彼は、その実内心で常に迷い、悩み続けた人であったらしい。無数の決断
の裏側を誰に見せるとも言わず赤裸々に書き残し、地下深くに封じ、古の賢者は逝った。
『──あの戦いは、本当に正しかったのだろうか?』
『──そもそも私達にはもっと、根源的な誤解があるように思う──』
ルフグラン号から戻って来たイセルナらと合流し、ジーク達北回りチームは王宮関係者と
式典についての打ち合わせに臨んだ。
「ええっ!? 偽物!?」
「しーっ……! あまり大きな声を出さない下さい。極秘なんですから……」
その中で、一同は式典本番で自分達に渡される聖浄器が、本物そっくりのレプリカになる
との報せを受けた。セドが治める打金の街など、国内屈指の職人達による力作になる予定だ
という。警備上の用心の為で領民を騙すつもりはなく、本物はきちんと式典後に内々で委譲
されるとは説明されたが、正直ジーク達の心情は複雑だ。
「つ、ついに、翻訳が終わったんですね」
「ええ……。正直、あまり外部に出すべきではない内容でしたけど……」
翠風の町の執政館・マルセイユ邸に滞在していたダン達南回りチームも、いよいよ解読結
果が出揃い、アルノーら屋敷の面々が顔を揃える中、報告の場に立っていた。しかしその内
容に逸早く触れ、知ってしまったリュカや仲間達の気分は優れない。
『──』
南北、それぞれの旅路。
そんな中、その一方で蠢く多数の影があった。
ギシリ、じろり。
不穏なその軍勢は、人知れず高台から、山間に佇む翠風の町の町並みを無言に見つめてい
たのである。




