81-(4) いつか去る街
丘を吹き抜けてゆく風は、昼下がりにも拘わらず、妙に冷たさを孕む。
この日午前中に集中していた講義を消化し、アルスは独り梟響の街の外れにある原っぱに
寝転がっていた。ぼうっと、物思いに耽っていた。
「……」
草の柔らかさよりも、枯れ具合が伝わる地面。
両手を頭の後ろに組んで枕にし、仰向けになって眺める空。
アルスの脳裏には、先刻から同じ記憶が再生され続けていた。それは言わずもがな、先日
友人達やリンファにぶちまけてしまった、自身の感情的な言葉である。
『……僕は、自分が許せない』
『戦いは防げたんだ。奴の介入を阻止することができた。教団や聖都の人達を、不必要に傷
付けなくて済んだんだ!』
『でもっ! ……怖いんだよ。兄さん達は必死に戦っているのに、僕だけはずっと学生をや
っている。皆が夢を応援してくれることは嬉しいけど、それが叶った時に皆がいなくなって
いたら意味がないんだ』
『今回は運が良かっただけなんじゃないかって。もしまた同じようなことがあったら、今度
こそ“取り返しのつかない”ことになるかもしれない……』
友だから話せた。信頼している仲間だからこそ話せた。
しかし、はたしてその選択が正しかったのかと自問する度に、アルスはどうしようもなく
後悔する。そしてそんな激情に任せた行動を取ってしまった自分を、改めて許せない。
解っていた筈だ。自分がこの思いを吐き出した所で、皆が困ってしまうことなど始めから
明らかだった筈だ。皆、取るべきものと捨てるものを悩みながら選んで、自分や兄にとって
最善の道を模索してくれている筈なのだ。
だから──これは“我が儘”なのだと思う。
なのに、さも自分の思いだけを立場を利用して通そうとすれば、そんな彼らの努力を踏み
躙ることなる。
「アルス……」
思わずギチッと歯を食い縛る。頭上から漏れ聞こえてきた相棒の声に、アルスはやっと、
自分が半ば無意識に鬼気迫る表情をしていたのだと気付いた。
ふよふよとただ一人、この場に居合わせる彼女が心配そうに中空からこちらを見下ろして
いる。以前は対等だった筈の関係が、今はどうにもぎくしゃくしてしまって苦しい。
(……一体、どうしちゃったんだろう……?)
只々、戸惑いがあった。激情に身を任せてしまった後悔もありながら、その一方でアルス
はこんな言動を自分が取ってしまったこと、それ自体に対し大きく揺らいでもいたのだ。
悔しかった? 兄がシゼルに騙されたこと、そこから端を発した多くの犠牲を防げなかっ
たことがそれほど悔しかったのか?
いや……違う。その言い方は厳密ではない。正直、犠牲云々は付け足しの理由だと認めざ
るを得ない。本当の理由は、何より兄が謀られたことにこそあったのだと思う。
どうにも、感情が突き動かされる瞬間というものが多くなった気がする。
地底武闘会の時もそうだ。兄との決勝で自分は柄もなく戦いに興奮し、力を尽くした。そ
して今回、それは言葉になって出た。促されたこともあるが、それでも本来はぐっと自分の
中に収めておくべきものだった筈……。
(僕は、本当に……?)
戸惑いはやがて恐れへと変わってゆく。御し切れない自分自身など、未知の領域だった。
これまで体力に劣るアルスは、その頭脳でもって生きてきた。それが今、これまで二の次
として封じてきたもの達によって揺るがされようとしている。
「……アルスぅ、元気出しなよ。そう言われても難しいのは分かってるけどさ? アルスは
悪くないよ。フィデロも言ってたけど、元をただせばあのシゼルって女のせいじゃん? 何
も全部一人で背負い込むことなんてないんだって」
「……」
分かっている。相棒からの呼び掛けに、アルスはフッと弱々しい微笑で軽く顔を上げるし
かなかった。……そうなのだ。論理的な解は、何度やってもそこに行き着く。
だが自分は、この揺らぎの止まらない自分は、今回の事もこれまでのことも全て“結社”
のせいだ周りのせいだと断じることを良しとしてくれない。
「ここに居ましたのね」
そんな時だった。ガサッと、次の瞬間エトナではないもう一人の足音と気配がし、何処か
不機嫌そうにこちらを覗き込んで来る。
シンシアだった。だが、いつものお目付役コンビの姿はない。彼女は仰向けなアルスの視
界に、エトナに加えて映り込み、何故かむすっと頬を膨らませつつ妙に赤らめてもいる。
「? どうしたんですか? わざわざこんな──」
「いいから! ……ちょっと、付き合いなさい」




