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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-81.賢者の遺したもの(後編)
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81-(2) アトモスファイ一族

 アトス連邦朝王都クリスヴェイル。

 ジーク達北回りチームは、ハウゼン王の要請もあり、式典が始まるまでの間、同王宮内に

滞在することになった。つい先日まで教団とのギスギスした争いの中にあった一行にとって

は、束の間の休息が与えられたとも言える。

(……落ち着かねえ)

 尤も、根っからの貴族育ちではないジークにとっては、この整い過ぎた環境は中々慣れな

いようではあったが。

 とはいえ、これが旅の小休止であることには変わりない。中庭に面したテラスで、ジーク

は白い椅子に腰掛けて両手を後ろに組み、ぼうっと背もたれに体重を預けている。

 この数日でハウゼンから許可も貰い、敷地内の一角に陣も設けた。それが兵の詰め所近く

であったことで反発もあったが、いざという時は自分達が駆けつけられるとの名目で諭し、

何とか納得して貰えた。

「ここをこうして……こう。はい、出来上がり」

「わあ。上手だね、クレアちゃん」

「ふふん♪ まぁね~? ほい。オズちゃんにあげる」

「……? ハイ、アリガトウゴザイマス」

 少し遠巻きでは、中庭の緑に座り込んでクレアとレナ、そしてオズが何やら遊んでいる。

どうやら花の冠を作ったようだ。一応客として来た自分達が他人の家の草木を毟っていいの

かと自問すると風情がないが、彼女達は意味がよく分かっていないままのオズの頭にこれを

乗せてやっていた。

 ぱちくり。一旦低くした姿勢を持ち上げ、茜色のランプ眼が瞬かれる。

 流石は天上層うえの大自然育ちといった所か。クレアはきゃっきゃと無邪気に笑い、レナも上

品に口元を押さえて微笑んでいる。一方で対するオズは、やはり装飾品という概念にまだ馴

染みがなかったが、それでも二人が楽しそうにしていることだけは解った。

「……」

 そんな三人の姿に、遠巻きに眺めていたジークも思わず頬を緩める。

 自分はともかく、皆にはいい休息になっているようだ。“結社”との交戦は勿論、この先

何かと厄介事にぶつかるであろうことを考えれば、少しでも心身共に回復しておいて欲しい

と思う──。

(うん?)

 ちょうど、そんな時だった。ふとジークは視線を感じ、背後を仰ぎ見た。

 ミルヒ王女だった。彼女が城内の上階からこちらを見つめ、じっと唇を結んでいる姿が垣

間見えたのだ。ジークもそれとなく視線を合わせ、この妙に不機嫌そうな面構えを観る。

(そういや、此処の聖浄器を渡すことにも反対してたっけ。まぁ王器だしなあ。歓迎されな

いのはもう慣れたが……)

 しかし、物理的に隔たれた見つめ合いはそう長くは続かなかった。ジークがそうしていた

直後、ざくざくとこちらへ近付いてくる足音が聞こえたからだ。

「こちらにおられましたか」

「お久しぶりです。皇子」

「おおっ! ウゲツさんにケヴィンさん、久しぶり。地底武闘会マスコリーダ以来か」

「ええ。お変わりなさそうで、良かったです」

「ふふっ。相変わらず揉め事に巻き込まれておられるようで……。その節はどうも。お互い

大役を仰せつかったものですな」

 女傑族アマゾネスの青年剣士セラ・ウゲツと、猛牛バッファロー系獣人の偉丈夫ケヴィン・イーズナーだった。

かつては『監獄島』の一つ・ギルニロックで正副署長を務めていたが、ジーク達との出会いを

切欠に、現在では正義の盾イージス『四陣』へと抜擢された二人である。

 ウゲツとは天使ユリシズの一件以来、ケヴィンとはギルニロックでの共闘以来。

 そんな懐かしい顔触れに、ジークは思わずぱぁっと表情かおを明るくして叫んだ。庭の方で草

花を編んでいたレナ達も、この来客達に気付いてこちらを見遣る。

「全くな。でも、何でここに? 忙しいんじゃねぇのか?」

「その仕事で、ですよ。統務院から応援として派遣されたんです」

「今回の式典はメディアを通じて世界中に発信されますからな。良く悪くも人々の注目を集

めてしまうのですよ。ですから用心の為、我々が警護に加勢するという訳です」

「……そっか」

 再会は嬉しいし、心強い。だが彼らが動いているということは、正義の盾イージスが動いていると

いうことだ。先日セドにも言われたが、やはり自分達はもう何をするにつけても“政治”に

巻き込まれてしまうのだろうか。正直言って、うんざりする。

 見知った顔がやって来たのを認めて、レナ達がこちらに戻って来ようとしていた。ウゲツ

がそれを見て、笑みを浮かべながら小さく手を振り、オズの肩に乗ったクレアやレナがそれ

ぞれに、元気よく或いは丁寧に挨拶・会釈する。

「……」

「どうかなされましたか?」

「あ、いや。さっきまで王女さんがこっちを見てたんだけども」

 その一方でジークは思い出したように上階の窓に振り返り、そこにいた筈のミルヒの姿を

探していた。

 だが飽きられたのか、ウゲツ達が来たからか、この時には既に彼女は立ち去った後のよう

だった。視線をあさってにした様子にケヴィンが疑問符を浮かべて訊ねてきたが、ジークは

努めて何でもないという風に振る舞う。

「何というか、歓迎されてねぇなあと思って。そりゃあ自分の国の王器を持って行こうって

奴が訪ねて来て、いい気はしねえだろうけどさ」

『……』

 ウゲツとケヴィンは何度か目を瞬き、互いの顔を見合わせていた。何か話題をズラさない

といけないとでも思ったのだろう。苦笑いを作り、ウゲツが補足するように教えてくれる。

「別に、皇子と皆さんが来たからというだけではないと思いますよ? 私も王女とは直接お

会いしたことはありませんが、人伝に少々ナイーブな方だというのは聞いています」

「ナイーブ?」

「ええ。現在アトス王家──アトモスファイ一族は、長く賢君として慕われてきたハウゼン

王を中心として磐石な体制を敷いています。そして王には、長女ミルヒ王女と長男ハーケン

王子、二人のご子女がいる」

「ああ」

「ただ、先ほど磐石な体制と言いましたが……実は危ういバランスの上に立っているとも囁

かれているのですよ。何せハウゼン王は長く周りに望まれたことで、在位が長い。通常二十

年は前に片付いている筈の王位継承問題が、今も水面下で続いているらしいのです。ミルヒ

王女には婿ゼノゲイル卿との間に生まれたセネル王子がいますが、まだ王に据えるには幼い

ですし、かといってハーケン王子は夫人を流産で亡くされている。共に決め手に乏しい状況

なのですよね。それでも直系男子なのは王子であって、現在も政治家としての手腕は派手さ

こそないものの堅実だと概ね好評です。なので、おそらくは彼が跡継ぎに指名されることに

なるとは思うのですが……」

 正義の盾イージスに引き抜かれた事でその方面に詳しくなったのか、ウゲツはジークが知らない王

家の事情まで話してくれた。頭の中でハウゼンとミルヒ、ハーケンとそのまた子という図を

ぽんぽんと描き、バツ印を書き、ジークは「むぅ……」と眉間に皺を寄せて話を聞いている。

「王女は内心面白くないのでしょうね。一説には焦りがあると言われています。もし弟が次

の王になってしまえば、何十年も在位される可能性がある。その頃には再婚して世継ぎが生

まれているかもしれませんし、そうなれば我が子が権力の座につくのはどんどん遠退いてし

まいますからね。実際、王女は中々気難しい性格のようですし」

「ふーん……」

「……ウゲツ。あまり巷の話を鵜呑みにするなよ?」

「あはは。分かってますよ。でも、何もただ皇子だけが邪険にされている訳ではないと申し

上げたくて……」

 それまで傍らで耳を傾けていたケヴィンが、そう彼を窘める。だが一方で本気で止めよう

という訳でもないのだろう。彼もウゲツも、片眉をこそ上げど苦笑すれど、それでピリピリ

とした雰囲気になりはしなかった。あくまで、よく云われている話だというレベルだ。

「でも、別に王女さんでもいいんじゃねえの? 姉ちゃんなんだろ?」

『へっ?』

 だから、次の瞬間ジークが何気なく言ったその一言にウゲツやケヴィン、合流したレナ達

までもが一瞬きょとんとしていた。

 だが落ち着いて考えてみれば当然の反応だ。彼は女傑族アマゾネスなのだから。

「まぁ……そうですね。性別に拘らなければ長子な訳ですし」

「それは、ジークが皇国トナンで王族ってのを見てきたからだよう。大抵の国は男が家督を継ぐも

のだよ?」

「ん? そうなのか?」

「あはは。あそこもあそこで、特殊な国ですからねえ……」

 仲間達は、苦笑わらっていた。ジークが素っ頓狂なことを言ったというよりも、自分達が“常識”

に縛られていたことに気付かされたがために。

 尤も当のジーク本人は、あまりそのことも解っておらず、また興味も薄そうだった。ボリ

ボリと後頭部を掻きながら静かに眉根を寄せ、彼らの様子を見てぼやっとしている。

「……そもそも王様ってのは、本当に要るもんなのかなあ」

「難しい問題、ですね。確かに統治の良し悪しと、王政か否かは必ずしもイコールではあり

ませんが」

 弟と姪の違いはあれ、かつての皇国そこくを思い出していたのだろうか?

 それからは互いにばつが悪く、ガス欠し、暫くジーク達は積もる思い出話へとシフトして

花を咲かせていた。宮殿の庭にひんやりとした風がそっと流れては去ってゆく。そして何度

か笑い声が漏れ、場が温まった頃、ケヴィンがちらりと辺りを見渡しながら訊ねてきた。

「そういえば皇子。イセルナ殿やハロルド殿の姿が見えませんが、どちらに? ここに来る

途中、式典の打ち合わせをしたいと官吏が言っていましたよ?」

「ん? ああ。団長達なら今──うえに行ってる」

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