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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-81.賢者の遺したもの(後編)
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81-(0) 脆き座

※旧版(現〔上〕巻)の初回掲載日=2017.1/9

 時を前後して、西の大国・ヴァルドー王国の王都グランヴァール。

 その中枢たる王宮内玉座の間では、ファルケンが勢揃いした臣下達を眼下に、次から次へ

奏上あげられる案件を捌いていた。

藍寥の街ラヴィリズの北……? まだ黙らせてなかったのか」

「も、申し訳ございません。どうやら夜闇に紛れて友軍と合流していたらしく、現地の兵力

では対処し切れないと……」

「しゃーねぇな。なら周りの手の空いてる部隊を投入しろ。急いで一箇所に集まらなくても

いい、それぞれの方向から退路を塞いで食い潰せ。くれぐれも短期決戦でな。連中が自棄に

なる前に片をつけろ。いいな?」

「はっ!」

 特に気を揉まざるを得なかったのは、この二年で急増した反分子の動向である。“結社”

と直接繋がりを持つような大型の組織は、特務軍という枠の中で各国と連携し、潰してきた

ものの、一度点いた暴力という名の火は今も各地で燃え続けている。

 寧ろ、初期の戦いの方がまだやり易かった。

 国境を跨いで現れる“共通の敵”を前に、自分達は危機感を共有することができた。だが

それが次第に縮小し、散発的になればなるほど、足並みは揃わなくなる。……どんな王でも

一番に優先するのは自国だ。戦いで消耗し、燻る国内の反発に、各国はめいめいに対応せざ

るを得ない。それは此処ヴァルドーでも──いや、四大盟主このくにだからこそ、変わらない。

 戦いは第二・第三フェイズに入っている。聖浄器を持つ内その所在が明らかになっている

国は大方“結社”の軍勢に攻められたし、中にはそのまま陥落してしまった国もある。

 そんな初期の攻勢を凌いだ残る国々は、今度はじわじわと領内からのゲリラ戦法に苦しめ

られていた。断続的に戦わせることで国力を疲弊させ、付け入る隙を作り出そうという魂胆

なのだろう。

 この日も臣下の一人から、西部内陸戦線への増派を要請された。まるで付け火だ。奴らは

何処からともなく現れては、闘争を掻き立てる。

(小回りじゃあ圧倒的に不利──いや、組織力が尋常じゃねぇんだよなあ。流石は何百年も

暗躍してきた連中だ。困ったもんだぜ……)

 かといって、国中の人間を片っ端から身体検査して牢屋にぶち込むといった荒療治は避け

たかった。長い眼で見れば反分子予備軍を摘む以上に、無数の憎悪の芽を育てる結果となる

だろう。何より手段と目的が逆転してしまう。

 すぐ両脇に置いた長机に官吏が座し、こちらが裁定を下す度に王の金印を公書に押す。

 口にこそ出さなかったが、ファルケンは内心この“結社”との全面戦争たたかいを長引かせてはな

らないと、強く考えるようになっていた。

「──申し上げます!」

 ちょうどそんな時だった。玉座の間に将校の一人が現れ、低頭した。

 左右に臨席する臣下達が一斉に彼をちらっと見遣り、互いに正面に向き直る。ファルケン

も頭の隅にあった思考を一旦追い払うと、肘をついていた体勢を正してこれに耳を傾けた。

「クラン・ブルートバードの動向ですが、南北二手に分かれて引き続き聖浄器回収の旅を続

けているようです。イセルナ・カートンとジーク皇子、レナ・エルリッシュらは現在アトス

連邦朝王都クリスヴェイルに、ダン・マーフィと元使徒クロム、フォンテイン公子サフレら

はサムトリア共和国翠風の町セレナスにそれぞれ滞在している模様です」

翠風の町セレナス、というと……」

「確か“賢者”リュノーの末裔が治めている領地ですね。ということは“紅猫”達は、彼の

聖浄器を目標に?」

「だろうな。それに聖都クロスティアでのゴタゴタの前、連中はディグラード公に面会してる。その時に

何か知恵をつけられたのかもしれねえ」

 寄せられたのはこの戦いにおける台風の目──聖浄器回収班ことブルートバードに関する

定期報告だった。彼から発せられたその地名に臣下達が互いに顔を見合わせ、ファルケンも

ふむと口元に手を当てる。

「まぁ、その辺は追々探らせるとして……。ジーク・レノヴィン達はクリスヴェイルか。や

っぱ聖都クロスティアでの顛末を報告ってことなのかねえ?」

「そのようです。先日ハウゼン王やミルヒ王女、ハーケン王子との会談も行われましたし、

こちらはこちらでアトスの聖浄器も視野に入っているのではないかと」

「ああ、その点におきましては私から。これはまだ確認中の情報なのですが、どうやらハウ

ゼン王は近々その聖浄器を彼らに委譲する式典を開くとか。日程調整の為にも、正式な文書

はすぐにでも届くとは思いますが……」

 ほう? ファルケンは小さく片眉を上げた。

 定かではないからとはいえ、臣下がこの重要な情報を自らの時点で握ったままだったこと

に対して──ではない。彼の言葉をそのまま聞いた上で深く興味思ったからである。

 悪戯小僧のような不敵な笑みであった。ニッと漏れる、この破天荒な王の印であった。

「式典、ねえ。なるほど……。相変わらず食えねぇ爺さんだ」

 ははは! ファルケンは上機嫌に笑う。だが臣下達の多くは、まだそんな彼の思考速度に

追いつけてはいない。

 要するに、厄介払いな訳だ。持っていれば“結社”に狙われるだけとなった代物を、さも

合法的に手放すことが出来る絶好のチャンス。更に式典──公開されることで領民にもその

様子・事実は耳にも目にも明らかとなり、国内で燻る不安や不満の回復にも寄与する。まさ

に一石二鳥という奴だ。……尤も、統務院の実質的リーダーである以上、全く“結社”に狙

われなくなるなんてことはないのだろうが。

「陛下……?」

「メリットを考えりゃ解る。あの人は本当、巧いこと立ち回ってるよ。それに何だかんだで

あいつらを信頼してるってことだしな。……俺には、難しい選択だ。ま、俺達は俺達の政治

をするまでさ」

 疑問符を浮かべる臣下達。しかし、こめかみをトントンと叩いてみせるファルケンに、彼

らもその言わんとすることが解り始めてきたようだ。

 そしてフッと過ぎった、一瞬の陰。元に戻った不敵な笑み。

 一体どれだけの臣下達がその変化に気付けただろう。或いは目を向ける心の余裕すら持ち

合わせていなかったのか。

(爺さんが範を示すことで他の国が続いてくれりゃあいいが……。多分無理だろうなあ)

 だからファルケンは笑っていた。覗く犬歯をそのままに、楽観的な影響を描くも自らそれ

をくしゃっと丸めて捨てる。博愛だとか友愛だからじゃない。自分達が、生き残る為だ。

「ありがとよ。また次の定期報告、宜しく」

 はっ──! 王のざっくばらんな言い方にも拘わらず、この将校は結局最後まで片膝をつ

いた低頭を崩さぬまま立ち去った。少しざわついていた場内も、ややあって再び厳粛に静ま

り直す。皆がこちらを見ていた。ファルケンが鷹揚に頷き「続きを」と促す。

「では、次の案件ですが──」

 国王の御前に跪き、臣下達がまた順繰りに奏上を始める。時折手元の資料や領内の地図を

確認しながら、ファルケンは一つまた一つとこの日の政務を執り行っていく。

『……』

 知ってや知らずか。

 そんな中、自らへ向けられる眼差しに、一抹の陰を宿したもの達が混ざっていることを。

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