80-(7) 双子の守護者(ガーディアン)
「ッ!?」
「デカい……!」
散りゆく暗闇に代わって現れたのは、二体の巨大な山羊頭の魔獣だった。
向かって左が金、右が銀。金の山羊は分厚い斧を、銀の山羊は鎖が巻かれた長杖を握って
いる。
ダン達はその見上げんばかりの巨体と殺気に身構えていた。フーッ、フーッと息を荒げて
睥睨してくる姿もそうだが、これだけの大型魔獣が同じ空間にいたのに、直前まで気付けな
かっだというのもおかしい。
「……守護者か」
「あわわわ……!」
「で、でも、私達にはアルノーさんがいるんだし……」
クロムが冷静にこれを見上げていた。一方でマルタとステラは恐れから緊張し、ならばと
近くに立っていたアルノーを盾にするかのように背中を押してみる。だがそんな彼女達に、
山羊頭の魔獣達は威嚇するように咆哮を上げた。
「ひゃう!?」
「な、何でー!? アルノーさんは襲わないんじゃなかったのー!?」
「例外、なんだろうな。ここに入ってきた奴は一人残らず始末しろ──大方そんな命令でも
受けてるんじゃねえか?」
そんなあ……。涙目になるマルタと、ぐぬぬと唇を結ぶステラ。
仕方ない。ダン達は一斉に戦闘態勢に入った。戦斧、幅広剣、槍に拳。そんな一行の構え
に呼応してか、山羊頭のガーディアン達も動き出す。横列に並んでいた二体は、金山羊を前
衛にして縦に並び直した。
「先生さん、ステラ、マルタ! 援護を頼む! 若さんを守ってくれ!」
「ええ!」「は、はい!」
「オッケー。……やってやろうじゃない!」
対するダン達は、前衛にダンとグノーシュ、ミア、サフレ、クロム。後衛に残るリュカと
ステラ、マルタを宛て、戦う術を持たないアルノーを守る布陣を取った。
金山羊が動く。その巨大な斧を振り上げ、駆け出すダン達に向かって叩き付ける。
轟と地面が揺れた。土埃が舞い上がり、ダン達はめいめいに大きく迂回し、駆け抜けてこ
れを避ける。
「散開しろ! 纏まってたら格好の的だ! 小回りで狙いを散らせ!」
叫び、ダンが全身にオーラを練る。他の仲間達も同様だ。ぐるりとこの金山羊を取り囲む
ように円形を描き、駆け抜ける。ミアも拳に《盾》のオーラ球を纏わせた。おおおおおッ!
左右からこの親子が、大振りで隙をみせた金山羊の土手っ腹に向かって一撃を打ち込む。
『……』
ニタリ。だがこの巨体のガーディアンは、二人の攻撃を全くものともしていないようだっ
た。見下ろす瞳は光り、牙が覗く口元に弧を浮かべ、もう片方の手で二人を薙ぎ払おうと持
ち上げる。
「ダンさん、ミア!」
「っ……! ジヴォルフ!」
巨大な影が迫る。しかし間一髪で、ダンとミアは難を逃れた。咄嗟にサフレが鞭の要領で
伸ばした一繋ぎの槍と、ジヴォルフ──雷獣型のグノーシュの持ち霊達が駆け抜け、絡み取
り、二人を救助したからだ。
「大丈夫か?」
「ああ。悪ぃ。助かった……」
金山羊が空振りした攻撃に眉を顰め、そしてワンアクション挟んでからこちらをギロリと
睨んでくる。ダンは親友の言葉に平気と返していたが、その実、余波が掠めただけで胴に巻
いた防具には圧迫された凹みが出来ている。
(……図体がただデカいだけじゃねぇな。攻撃自体もかなり鋭い。まともに受けてたらこっ
ちが長くもたねぇ)
しかし攻勢はこれだけではなかったのだ。直後、後方のステラ達が叫んでいた。ハッと我
に返って見てみれば、ちょうど金山羊の後ろに隠れるようにして、銀山羊が呪文の詠唱を始
めている。
「皆、避けて!」
「赤──攻撃魔導が来るわ!」
慌てて回避行動を取るには少し遅かった。銀山羊は詠唱を完成させ、ダン達の足元に赤い
大きな魔法陣が輝きながら現れる。
噴出する群火の魔導だった。強く発光した魔法陣の円内から次々と高熱の炎弾が噴き出し、
ダン達を襲う。慌てて魔法陣から逃げる──銀山羊と距離を置くしかなかった。リュカや
ステラが障壁で自分達やアルノーを守り、ミアが《盾》でクロムが《鋼》で仲間達に飛んで
くる炎弾を必死になって叩き落す。
更に金山羊が、この混乱を狙って襲い掛かってきた。防戦一方になるダン達を追撃すべく
再び巨大な斧を振るい、その退路を封じようとする。
「ちいッ……!」
「ぬう。山羊の癖に生意気な……。だったら!」
これに、リュカと共にステラが唇を噛んだ。狙いは噴出する群火を発動している後方の銀
山羊。バッと右腕を払って正面にかざし、詠唱を始める。
「盟約の下、我に示せ──終わらせる禍剣ッ!!」
魔獣ながら不敵に嗤い、魔導を維持していた銀山羊。その足元から、今度はステラの魔導
が飛び出した。
描かれたのは紫色の魔法陣。深い闇に溶けるようなその輝きはズルリと内側から一瞬何か
の切っ先を垣間見させ、次の瞬間、巨大な黒塗りの剣がこの魔獣向かって突き刺さる。
「よしッ!」
「やったか!?」
だが直後、銀山羊のみせた反応に、ダン達は驚愕することになる。
『……』
ニタリ。銀山羊は無傷だったのだ。襲い掛かった渾身の魔導の剣はまるで刃こぼれしたか
のように空中で瓦解し、そのまま静かに消え去ってゆく。
「……効いて、ない?」
「嘘でしょ? 上級呪文で傷一つ付かないなんて……」
三度金山羊の一閃がダン達を襲っていた。猛攻に、巨大な刃は擦れ擦れの所を通っていっ
ていたが、辛うじてマルタが掛けてくれた遁走曲で速度が強化されたことでこれを回避する
事に成功する。
「お父さん、これは」
「ああ。どうやらこいつら、やたら物理に強いのと魔導に強いののコンビみたいだな。流石
は賢者様だぜ。番犬の配置もえげつねぇや」
娘も気付き始める。要するに、そういうことだ。ダンは仲間達と迫り来る断撃をかわしな
がら、一旦体勢を立て直すことにした。左右、視界の端で皆の位置を把握し、迂回して駆け
ていた足に急ブレーキを掛けながら叫ぶ。
「気をつけろ! こいつら、どっちも耐性持ちだ! 金色は魔導、銀色は物理で押さなきゃ
ダメージは与えられねぇぞ!」
「なるほど……攻め易く攻められ難い布陣か。それで? ダン、どうする?」
「ふん。分かり切ってるだろーがよ。……敢えて押し通す。より魔導に近い錬氣でな」
グノーシュ、ミア、サフレ、クロム。前衛の皆がダンの下に集まった。彼が看破した敵の
情報を聞き、五人はこの金と銀の巨獣を見上げる。
「俺とグノ、あとサフレで前のデカブツを止める。ミアとクロムはその隙を突いて後ろの奴
を叩いてくれ。サフレ。お前はお前で、変質させた魔導具の使い方、できるんだろ?」
はい。ダンの言わんとすることを程なく理解し、サフレは頷いた。左右へとミアとクロム
が散り、三人は再びオーラを滾らせた。《炎》と《雷》そして炎を纏った機械槍──オーラ
を変質させた属性攻撃。それがこの状況を崩す回答だった。
「マルタ、俺達に戦歌を! 先生さんとステラは、合図と同時に金ピカに魔導を叩き込んで
くれ!」
『了解!』
布陣を取り直し、先ずマルタが戦歌を歌った。ダン達五人は肉体強化の光に包まれ、心配
そうに守られるアルノーやリュカ、ステラ達に見守られながら地面を蹴る。
金山羊も、これに負けじと吼えた。巨大な斧を振り上げ、今度こそ彼らを一撃の下に沈め
ようと試みる。後方の銀山羊も、次の詠唱の準備に入り始めた。
「遅い!」
しかしもう、肉体強化でより速く、硬くなったダン達にそんな大振りの攻撃は通じない。
振り下ろした自身の斧で死角になるのを利用し、ダンとグノーシュ、サフレはこの懐へと
飛び込んでいた。
燃え盛る炎と化したオーラ。持ち霊達と共に迸る雷光を纏うオーラ。
三つ繋の環に槍と炎の魔導具をセットし、サフレの右腕をすっぽりと覆う大型の機械槍。
「三猫、必殺!」
「圧し折れ! チャリオッツ!」
「一繋ぎの槍──炎改!」
轟轟。巨大な獣型の炎と、雷獣達の引く電撃の戦馬車、そして機械槍から放たれた燃え盛
る錨がほぼ同時、続けざまにこのガーディアンの土手っ腹にねじ込まれていった。
それまで微動だにしなかった金山羊の体勢が大きく崩される。一気に叩き込まれるダメー
ジに、その赤い双眸が大きく白目を剥く。
「今だ、抜けろ!」
更に今度は銀山羊に向かって二人が駆けた。体勢を崩されて揺らぐ金山羊の左右を猛烈な
速さで駆け抜け、ミアが両拳に《盾》を、クロムが左半身を棘だらけに硬化させた上で自身
の《鋼》を加える。
「……双衝!」
「破戒装・躙!」
詠唱までもう少しだった。しかし銀山羊は、両手で二倍の威力となった《盾》の渾身の拳
と、硬化と《鋼》で固めたタックルによって激しくへしゃげさせられた。金山羊と同じく白
目を剥き、組み上げていた詠唱は勿論、途中で霧散する。
「先生さん、ステラ!」
「はいっ!」「オッケー。ルナっち!」
更に更に、リュカとステラの魔導が駄目押しを打った。リュカが詠唱を開始するのと同時
にステラは《月》の色装を発動し、金・銀両山羊の力を奪い取りながら自身もまた呪文を唱
え始めたのである。
「盟約の下、我に示せ──伏さす風威!」
「盟約の下、我に示せ──終わらせる禍剣!」
金山羊の頭上と足元、白と紫の魔法陣が大きく広がり、その身体を巨大な黒塗りの剣が今
度こそ刺し貫いた。続いて駄目押しでこれまた膨大な風圧が叩き付けられ、貫かれた身体を
これでもかと押し抉る。
断末魔の叫び声を放ちながら、金山羊はそのまま力尽き、消滅した。ボロリと身体中が瞬
く間に崩れ去ってゆき、ゆっくりと無に還ってゆく。
『……ッ! ?!』
当然ながら、残るは銀山羊だけになった。
ぬるりと、ミアやクロムに加えてダン達三人が加勢する。自分はとんでもない相手に喧嘩
を売ってしまったのだと銀山羊は理解したが、もう時既に遅しだった。
「さてと……。てめぇも金ピカと同じ目に遭って貰うぜ?」
勿論、その後ダン達によって、この銀色のガーディアンも塵に還されたのは言うまでもない。
「──やれやれ。やっと片付いたか」
「伊達に十二聖ゆかりの使い魔ってことはありましたね。攻め方を見誤っていればどうなっ
ていたことか……」
どうやら広間の向こう側にあった扉は、ガーディアン達を倒すことで初めて開く仕組みに
なっていたらしい。
まぁ普通そういう仕様にするだろうなあ。ダンは仲間達が扉を検めて伝えてきた報告にそ
う苦笑いを零す。いざという時は、上手くあの二体をかわしつつ抜け切ることも考えたが、
やはりかの賢者様はそんな逃げ得を許さないようだ。
「あの魔獣達は、やはりこの奥を守る為に……?」
「そう考えて間違いないだろうな。さて、一体この先に、どれだけ隠しておきたいものが眠
っているのか……」
そうして一行が小さめの石扉をスライドさせ、中へと足を踏み入れた瞬間だった。
『──』
「これは……」
書斎だった。
そこに広がっていたのは、静かに灯りが点し続けられ、やけにこじんまりとして窓一つも
無い、本棚と書き物机だけの小部屋だったのである。




