表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-80.賢者の遺したもの(前編)
90/436

80-(5) 不甲斐なさ、吐露

 時を前後して、梟響の街アウルベルツ

 学院の食堂で、アルスはいつものメンバー達と昼食を摂っていた。

 親友のフィデロとルイス、シンシアとそのお付きコンビ。或いは相棒エトナと、護衛を務める

リンファ。

「……」

 だが当のアルスは、遅々として箸が進んでいなかった。時折その手は止まり、じっと険し

い面持ちで何かを考えている。その様子はあまりにも恐ろしく、思い詰めたかのようだ。

(まただ。どうしちまったんだ、あいつ?)

(何かありましたの? 随分と深刻そうですけど)

(うーん……。多分あのことだとは思うんけど、本人が中々喋ってくれないから……)

 しかしそんな彼の異変に、仲間達が気付かない訳がない。ひそひそと、各々のトレイに盛

った料理に手をつけながらフィデロやシンシアは問い、エトナも宙に浮かんだまま歯切れの

悪い返事を繰り返している。

(ともかく、訊いてみない事には始まらないよ。僕が、声を掛けてみる)

 大方、余計な心配を掛けまいと自分一人で背負い込んでいるのだろう。だがこうやって表

面に隠し切れないほど漏れ出してしまっては、気にするなという方が無理だ。

 リンファがじっと眉根を寄せたままこちらを窺っている。心配する皆を代表して、ルイス

がそのとば口を作ることにした。

「アルス」

「……」

「アルス」

「っ!? な、何?」

「何、じゃないよ。随分と難しい顔をしているじゃないか。悩み事でもあるのかい? 僕達

でよければ相談に乗るよ?」

「そうだぜ。俺達、ダチだろ?」

「本当。そんな怖い顔をしていたら、誰だって妙だと思いますわよ」

「だ、そうだ。苦しいんなら吐き出しちまえよ」

「うむ。心配は要らぬ。今更遠慮する仲でもあるまい」

「……」

 繰り返すルイスからの呼びかけに、アルスはやっと我に返ったようだった。フィデロから

シンシア、ゲドとキースへ。皆が彼に続いてそう促した。それでもたっぷりと数拍、アルス

はぐっと堪えるように逡巡している。

「アルス……」

「アルス様。僭越ながら、私も同感です。ここにいる皆なら、信頼できます」

「……。うん……」

 結局エトナと、リンファにも背中を押される形で、アルスは折れた。彼を心配する気持ち

は皆一緒だったのだ。

 一人で背負い込み易い性格は、本当ははおや譲りだな……。

 内心リンファはそう心苦しく思って、敢えて自分の意見も織り交ぜる。

「その……。このことはできる限り内密にね? この前の、聖都クロスティアであった騒動のことなんだ

けど……」

 大きく深呼吸をして、一応予め釘を刺しておいて。

 アルスは訥々と話し始めた。先日の聖都での擾乱において、兄・ジークがとある旅の学者

を助けたことを。短い間ながら共に市中を逃げ延び、教団本部突入の際にはその作戦立案に

も関わる協力者になってくれたことを。

「でも、結果からすればそれは全て罠だったんだ。騙されていたんだよ。彼女は“結社”の

一員だったんだ。そうとは知らずに兄さん達は、エルヴィレーナの祀られている祭壇の前で

襲われて……」

 ふるふるとアルスは頭を振る。打ち明けられた事件の内幕に、フィデロ達は思わず唖然と

していた。目を瞬き、息を呑み、ちらと互いの顔を見遣り合う。

「……そんなことがあったのか」

「知りませんでしたわ。メディアでは全く報じられていない内容ですもの」

「シゼル……。女の、学者……?」

「うん。多分今、ルイス君が考えていることは当たってるよ。少なくとも本人はそう名乗っ

てたって聞いてる。信じられないかもしれないけど」

 ぽつぽつと漏れる言葉。そしてそんな中でルイスが引っ掛かった疑問に、アルスは目敏く

首肯をみせた。まさか……。そう、彼やシンシア達が驚きのあまり目を丸くしている。尤も

フィデロだけはまだ、何を指しているのか気付けなかったようだが。

「シゼル・ライルフェルド──七十三号論文で亡くなった筈の彼女は、今も生きていて、僕

達の前に敵として現れた。ただ魔人メアという訳でもなかったらしいし、一体どういうカラクリ

で今まで生き延びていたのかは謎のままなんだけど」

 でも……。ただでさえ打ち明けられた話に驚愕し、にわかに信じられなかったルイス達を

余所に、アルスは呟いていた。その俯き加減の表情かおには激しい後悔と──怒りが浮かび、普

段温厚な彼の姿を一変させる。

「……僕は、自分が許せない。本部に突入する前の晩、僕は兄さんからシゼルについて導話

で話を聞いていたんだ。まさかって思ったよ。でも普通に考えてもう本人が生きている筈は

ないし、何より協力してくれる人が現れて嬉しそうだった兄さんの気持ちに、水を差すこと

を躊躇ってしまったんだ」

「アルス……」

「でも、それは甘い考えだった。もしあの時、僕がきちんと脳裏に過ぎった可能性を話して

いたら、使徒という前例がある以上、本人かもしれないという思考を棄てていなかったら、

地下霊廟での戦いは防げたんだ。奴の介入を阻止することができた。教団や聖都の人達を、

不必要に傷付けなくて済んだんだ!」

 ギチギチッ……。手の中のフォークが、普段なら考えられないほどの力で握られる。つい

強く漏れた言葉の端は、ちらほらと食堂内の他の生徒達が怪訝に振り向き始めるには十分だ

った。

「……考え過ぎですわよ。まさかそんなことになるなんて、本気で信じられたとは思えませ

んもの」

「そ、そうだぜ。お前がそこまで気に病む話じゃねえだろ。そもそも聖都だの何だのを滅茶

苦茶にしようとしてたのは結社れんちゅうの方だろう? 何もお前一人でその責任を背負い込むことな

んてねぇんだって」

「フィデロの言う通りだ。もしこうだったら、という話はいくらしても何にもならないよ。

実際そんなピンチになっても、ジークさん達はエルヴィレーナを守り抜いたんだろう?」

「うん……。でもそれは結果論だよ。奪われて、失って、そういう結末もあり得たんだ」

「だからそれは、仕方ないんじゃ──」

「でもっ! ……怖いんだよ。兄さん達は必死に戦っているのに、僕だけはずっと学生をや

っている。皆が夢を応援してくれることは嬉しいけど、それが叶った時に皆がいなくなって

いたら意味がないんだ。それに、今回は運が良かっただけなんじゃないかって。もしまた同

じようなことがあったら、今度こそ“取り返しのつかない”ことになるかもしれない……」

 がっくりと俯き、項垂れた頭を抱えながら、アルスは荒く息を吐き出していた。皆に吐露

することを許されたのが却ってタガを外し、その精神を不安定にさせてしまった感がある。

 ルイス達は暫く押し黙っていた。安易な励ましでは意味がないと悟っていたからだ。

 しばしば、アルスは自分だけがぬくぬくと学院生活を送っていることに後ろめたさを感じ

ていた。強く仲間を想うからこそ、守られるのではなく共に守りたいと。──それが、ひい

ては彼の魔導師としての夢であり、唯一無二の未来像でもあった。

 そういった思いを、断片的ながらに知っているからこそ、中々二の句を継ぐことはできな

かった。お前(君は)そこまで……。思い詰めた彼の心の軋みに、ルイス達、エトナやリン

ファは我が事のように胸が張り裂けそうになる。

「……アルス様。やはり、だからこの前」

「はい。ずっと考えていたんですけど、中々言い出せなくて……」

 たっぷりの間。直後、リンファは瞬いた目をはたと丸くして呟いていた。ちらとアルスが

横目を遣り、申し訳なさそうに応えながら皆にその重い相談を始めるくちをひらく

「住所を──移そうと思うんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ