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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-70.人身御供、蒼染の鳥(ブルートバード)
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70-(1) 映し身のマクスウェル

「でも一番の先約は俺達だ。……知ってるだろ?」

 冒険者クラン・ブルートバードの本拠ホーム

 だが今ここには当の団員達をそっちのけで、三つの勢力が静かに火花を散らしている。

 一つは現七星が一人“青龍公”セイオン。

 一つはクリシェンヌ教団直属『史の騎士団』団長、リザ・マクスウェルとその部下達。

 一つは“正義の剣カリバー”司令官、ヒュウガ・サーディスとその部下達。

 団員達は、ハロルドやリカルドはじっと息を呑んで立ち尽くしていた。この酒場の中で彼

ら三者が睨み合っている。それも我らが仲間を──レナを狙って。

 店の出入口に陣取ったヒュウガが、例の如く飄々とした口調で言った。しかしその纏う雰

囲気はやはり尋常ではなく、残り二者を抜かせないのに充分だった。

「……“結社”ですか」

「ああ。彼らには大切な仕事をやって貰わなくてはならない。あんた達の所為で彼らが掻き

乱されてしまうのは、こっちにとっても不利益でね」

 彼がやや芝居かかって肩を竦める。

 リザは静かに目を細めていた。背後の部下達はいつでも排除に出られるよう構えているよ

うだった。彼女は暫し、この三兄妹じゃまもの達を見ていた。

(さて、どうしましょうか。七星の一人と正義の剣カリバー。一度に相手にするには流石に骨が折れ

ますが……)

 今この状況が何を意味するか、分からない彼女ではない。

 それでも彼女はややあって細めていた目を気持ち開き、部下の隊長格の内、男性二人へと

指示を出す。

「ヴェスタ隊長、ダーレン隊長。もうすぐ傍まで来ている筈です。先に彼女を“お迎え”に

上がってくれますか?」

「ええ」「承知」

 そしてこの二人──ヴェスタと呼ばれた優男と、ダーレンと呼ばれた大柄な男がそれぞれ

短く哂い、首肯すると部下達を連れて店から出て行く。ヒュウガは横を通り過ぎていく彼ら

を、自身レナ自体が目的ではない故にそのままにさせたが、すぐに妹達が傍らからひそりと

声を掛けてくる。

「ヒュウ兄」

「ああ。こっちは任せておけ。俺が許す」

「……了解」

 ちらとライナが横目に見、にやっとグレンが犬歯を見せて笑い、彼らの後を追って駆け出

していった。残った部下達はヒュウガの左右から、リザを取り囲もうとする。

 そこでようやく、団員達やリカルド隊の面々はハッと我に返ったようだ。

 もしかしなくてもレナちゃんが危ない? ハロルドさん(隊長)がこいつらに……?

 どちらに駆け出すかすら迷い、しかしレナに関してはグレンとライナが守ってくれるだろ

うと判断してか、彼らは結局ハロルド・リカルドの救助を優先しようと動く。

「ミュゼ」

 だが、その逡巡がミスだったのだ。

 次の瞬間、リザは残るもう一人の女性隊長格──ミュゼを小さく呼んだ。すると彼女は、

カチャリと左腕の袖から腕輪型の魔導具をずり上げてみせ、これを発動させる。

『くっ──?!』

 刹那、眩しい魔力の奔流が辺りを包む。

 団員やリカルド隊士達、ハロルド、リカルド、セイオンやヒュウガらも大きく仰け反り、

或いは静かに手で庇を作って其処に立っていた。

 ややあって光は止む。そして気付いた時には……辺りは酒場の中ではなく、無機質で何も

ない殺風景な平野ばかりが広がっていたのだった。

「空間結界……」

「閉じ込められた、か」

「くそっ、やられた! おいお前ら、聞こえるか? 無事か? 返事しろ!」

「落ち着きなよ。まぁ予想はできてた。部下をレナ君の下に向かわせた時点で」

「……」

 発動の瞬間、セイオンがハロルドを庇うように前に出、リカルドが焦りで顔を引き攣らせ

ながら、この結界の外に押し出されたであろう部下達に呼び掛けようとしていた。

 それでも一方で、ヒュウガは相変わらず飄々と落ち着き払っている。

 スッ。僅かだが腰の剣に手が伸びていた。それだけ目の前の相手──リザ・マクスウェル

とミュゼの殺気を気取っていたのだろう。

 ……やれやれ。予めこんな手を用意し、打ってきた時点でその心算だったろうに。

 竦めてみせるは同じ。

 そして彼女はさも残念だと言わんばかりに、同じくざらりと剣を抜く。

「一応訊いておきますが、私どもにエルリッシュ父娘ふたりを引き渡させてはくれませんか?」

「……もし、俺達が断ったら?」

「分かっておられるでしょうに」

 互いに剣を手に下げ、轟とオーラを練り上げる。セイオンがハロルドとリカルドを制して

下がりつつ、相手側のミュゼも同じようにリザから距離を取る。空間結界の維持に集中する

為だろう。

「ここで何があっても“誰も見てない”でしょう?」

 戦うのはリスキーだが。

 やや声音を上げて言い、彼女は一旦練り上げたそのオーラを解き放つ。

『──』『──』

 するとどうだろう。このオーラからまるで分裂したように現れたのは、ヒュウガとセイオ

ンに瓜二つの者達だった。

 ただ、その瞳は何処から虚ろげだ。まるで操り人形のような、かんじんのものだけは欠けている

ような。

「……へえ。それが“映し身”か。思っていた以上に似てるなあ。まぁ、形を似せるだけな

らどうとでもなるけど」

 ヒュウガが笑い、轟と周囲の水分を巻き上げて奔流を作った。ヒュウガとセイオンに似た

二体がそれぞれ剣を抜いて身構える。五対五。頭数の上ではこれでイーブンだ。

 現出型《鏡》の色装。相手のオーラを写し取ったコピー人形を作り出す、リザの能力だ。

 それでもヒュウガは軽くしか驚かない。お互い武名が売れ、そっくりそのままでもないと

はいえ、ある程度どんな能力を持っているかを知っているからか。

 “映し身”のマクスウェル。

 確か、この神官騎士団長の異名は、そんなものだった筈。

「……。やりなさい」

「おっと!」

 コピー人形達は、そのままセイオンの後ろに庇われたハロルドとリカルドを狙って襲い掛

かった。しかしそれをヒュウガは割って入って止める。渦巻く弾丸となったオーラを含む水

が二人を追い払うように掃射し、しかしコピーの方のヒュウガもこれを同じようにして水弾

で相殺していく。或いはコピーの方のセイオンがこの弾丸の雨霰を縫い、ヒュウガに斬りか

かる。

「ほう、能力まで真似できるのか……。じゃあこいつらもあんたも、しょうがいって事でいいね?」

「……」

 何処か嬉々として、この二体及びリザに猛攻を加え始めるヒュウガ。

 だがそんな両者の剣戟を、セイオンはまだ手を出さずに静観するように立っていた。背後

にはまだ充分に傷が癒えていないハロルドと、リカルドの兄弟がいる。

「……ほら見ろ。これが教団やつらだ。目的の為なら、奴らは手段を選ばない」

「そ、そんな事言ってる場合か!? ここは何とかして総隊長とミュゼ隊長をだな──」

 その兄弟ふたりは揉めていた。改めてハロルドはかつての組織ふるすが何も変わっていないと静かに不

信感を露わにし、リカルドは現在進行形でそこに所属していることもあって何とか間を取り

持とう、状況を軟化させようと視線を行ったり来たりさせている。

「分からないのか? その総隊長達は、ここで俺達を始末する気だ。或いは戦闘不能にさせ

て、本山まで連れ帰る腹づもりなんだろう」

「ああ。いや、でも……」

 リカルドははっきりとした言葉を返せなかった。兄の峻烈な敵意が酷く苦しい。

 もう同じ筈だ。レナちゃんを守りたい。そして兄貴、あんたの事も助けたい。

 なのにきちんと言葉にならない。そもそもこちらを信用してくれない。何でだ? 何で元

に戻れないんだ? あの頃に戻れないんだ? 誤解なら、もう……。

「……ヒュウガ・サーディスに加勢する。先ずはこの結界を解かせなければ」

「っ、無茶いうな! そんなボロボロの身体でなんて無理だ! 大体今は取り上げられてて

究理偽典セオロノミコンだって無いんだろう!?」

 ハロルドが戦おうとする。当然、リカルドはそんな無茶を許す筈もなかった。

 ちらり。肩越しにセイオンがこちらの様子を見ている。咄嗟に取られた肩越しからこちら

を睨み返して、ハロルドが、しかし言われた万全でない旨には反論できず押し黙っている。

「意地、張らないでくれ。もう兄貴だけに背負わせはしねぇから!」

「……」

 その一方でヒュウガとリザ、及び《鏡》の人形達との交戦は続いていた。オーラを纏った

水が互いに打ち合い、霞むほどの剣閃が飛び交い、両者が激しく鍔迫り合いを続けている。

「血の気が多いという話は聞いていましたが……本当でしたね。解っているのですか? 私

達に刃を向けるということは、我らが教団を敵に回すということなのですよ?」

「ああ。でもその言葉、そっくり返すよ。俺達だって正義の剣カリバーだ」

 打ち合う、打ち合う、弾き返す。

 両者は互いのバックに立つ勢力の名をちらつかせ、脅すが、通用しない。元よりこうして

剣を交えた時点で、そんな段階ステージはとうに越してしまっているのだ。

 距離を取り直してゆらりと剣を構え、ヒュウガは哂う。

「正義に絶対なんてない。いつも自分てまえのつごうを如何押し通すか、だろ?」

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