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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-80.賢者の遺したもの(前編)
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80-(3) 賢君の玉座

 ジーク達北回りチームは、北方の大都市・クリスヴェイルへと到着していた。

 王都クリスヴェイル。

 北方の盟主ことアトス連邦朝の首都であり、その版図は今日の顕界ミドガルドにおいて最大域の名を

ほしいままにしている。

 成り立ちに至っては更に古い。およそ千年前、ゴルガニア戦役が終結した後、この地方の

出身でもあった十二聖の一人“忠騎士”レイアが、その長年の盟友・アトモスファイ一族と

共に戦火で荒れ果てたこの地の復興に尽力したことに起因する。

 それから千年。この国は北方の──地上層の中核として存在し続けてきた。

 一年を通して冷ための気候の下、石畳とレンガで整えられた古き伝統を誇る都市。

 街の名はかつてこの地の為に奮闘してくれた大恩人・レイアの姓に肖り、今にその功績を

伝える。終ぞ彼女自身、望まれども王になることはなかったが、この国イコール彼女という

認識は今や世界中の人々が共有する所だ。

「よくぞ戻りました。我々は貴方達の帰還と来訪を歓迎します」

「幾度もなく困難にぶつかり、しかしそれらを乗り越えてゆく……。貴方達に、私達は最大

限の賛辞を送りたい」

 クリスヴェイルの城門を潜ると、そこには大勢の人だかりが待っていた。何よりジーク達

一行を迎えたのは、そんな見物人達をしのぐ警備兵らを従え、折り目正しく手を差し伸べて

くる三人の男女。

 アトス連邦朝王女・ミルヒと、その婿ゼノゲイル公ギュンター。

 同じく同朝の王子・ハーケンであった。

「勿体無いお言葉、感謝致します。どうか不肖傭兵の一団が、この伝統ある都を歩くことを

お許しください」

 彼らの第一声・所作に、一行を代表してイセルナが応えた。

 伊達に荒波を潜ってきた面々のリーダーではない。朗々と謙遜の弁を述べながら、負けず

劣らずの優雅さで胸元に手を当て、小さく頭を下げる。

『……』

 出迎えがあるとは聞いていたが、随分とまぁ大所帯な。

 目の前の“外交的”な挨拶は彼女に任せ、ジークや他の仲間達はきゅっと唇を結んで横並

びに立っていた。

 王都中の市民だろうか。いや、時折焚かれるストロボや延長棒でこちらに向けて吊るされ

ている幾つもの写姿器を見る限り、間違いなく記者達もいる。アピールの場として黙認して

いるのだろう。でなければわざわざこんな市中のど真ん中で顔合わせをする必要などない。

(教団とドンパチやってる間は、知らぬ存ぜずで通してたのによ……)

 それが大人だ。政治というものだ。

 解ってはいる。だが常々真っ直ぐ過ぎるジークには、やはりこの手の表裏なセカイとは性

が合いそうにはない。


「よく戻って来てくれた。そしてすまかった。大切な時に力になれず」

 それでも迎えの鋼車がやって来、王子・王女らと共に王宮内に入った後は、まだ自分自身

でいられる気がした。

 迎え入れられ、案内されたのは王宮の中枢、玉座の間。

 臣下達が左右に分かれて臨席する中、ジーク達はハウゼン王に謁見していた。事実上の面

会である。当初の予定通り、一連の聖都での擾乱とエルヴィレーナの入手を報告する為だ。

「いえ……そんな事は。表に見えずとも、各国の反応を随時伝えていただいたことは私ども

としても大いに役立ちました」

「せめてもの助力だよ。お主らの内情は聞き及んでおったからな。それに我々は、二年前の

大都バベルロートにおいて、この命を救われた恩がある」

 イセルナを筆頭に、ジーク達ははっと更に頭を下げた。

 王としての圧倒的な経験値と貫禄。だがその言葉には欺瞞という要素は薄い。そうである

のなら、いっそ語らぬというほどの峻別さえ彼にはある。

 これまで一対一で、膝を突き合わせて話をしたことがある訳ではなかったが、ジークは正

直この老齢の王は嫌いではなかった。先刻の市中の騒々しさ、他人びとの眼よりも、ここは

まだずっとクローズドである点も大きいのだろう。

 予め書面での報告は行ってあったが、ジーク達は改めて一連の仔細を直接彼へと伝えた。

 二年間の修行でレナが発現させた《慈》の色装。それがかの“聖女”と全く同じ波長さえ

持っており、即ち生まれ変わりであったこと。養父ハロルドが実はずっと以前からこれを知っていた

こと。そのことですれ違いから兄弟は私闘し、教団に見つかり、今回の騒動を生んでしまっ

たこと。それを自分達は大切な“仲間”の為の闘いとして臨んでいたこと。

 特に、始祖霊廟での顛末──聖教典エルヴィレーナを巡る交戦については詳しく訊ねられた。何分限りな

く密室の環境であったことと、教団などが公にしている情報では客観的な事実のみを探り当

てるのが難しいからだ。

 ジーク達は語った。厳重に守られた封印と、それらを解く志士の血と鍵。そこに現れた旅

の女学士ことシゼルの裏切り。

 “学聖”と彼女は自らを名乗っていた。その口振りからして“結社”の上位存在とみて先

ず間違いはないだろう。

 しかし彼女は魔人メアではなかった。にも拘らず、不死身の性質を備えていた。

 何とか聖教典エルヴィレーナ自体はレナの覚醒も相まって死守することはできたが、結局また謎が一つ増

えてしまったような気がする。

「当初首領と目されていた“教主”に、正義の盾イージスの将校達を圧倒したフードの男、そして今

回の彼女か……。どうやら“結社”にはまだまだ我々の知らぬ者達が存在しているらしいな」

 報告の一言一句に耳を傾け、そして戦慄する臣下達とは対照的に、ハウゼンは至極冷静に

情報を整理していた。一国の──ひいては統務院の実質的長として、多くのそれをかねてよ

り把握していることも影響しているのかもしれない。

 その左右傍らには、ハーケン王子とミルヒ王女が座っていた。因みに娘婿のギュンターは

あくまで臣下の列の中である。冷静沈着として余裕のある王子と、何処か難しそうな表情を

拭えない王女。姉弟とはいえ、その姿は傍目に見れば対照的だ。

「しかし、今すぐにどうこうするという事もできまい。我々は我々の、できることをする。

引き続きお主らには特務軍の一員として聖浄器回収の任に当たって貰いたい。私も各国の王

や議員達に働きかけよう。今後、もっとお主らが動き易くなる為にな」

「ど、どうも……」

「はい。有難うございます」

 気にするな。つまり、これもまた二年前の恩返しのつもりなのだろう。

 皇子ジークは恐縮し、イセルナもまた皆を代表して頭を垂れていた。

「……それで? これからのお主らはどう動く? 南方を経由しておるダン・マーフィ達の

件もある。教えておいてはくれぬか」

「はい、それは勿論」

「天上層に向かおうと思います。その前に先ず、この国の聖浄器を預かって」

 さて。報告の次はもう一つの本題だ。さもハウゼンもそれが分かっていて問い、イセルナ

やハロルドは澱みなく答えた。

 臣下達がざわつく。無理もなかろう。それは即ち、アトス連邦朝の王器が一介の冒険者達

の手に渡ることでもあるのだから。

「やはり、そうなるのだろうな。もう知っておるかもしれんが、我が国の王器は“忠騎士”

レイアがかつて使ったという聖浄器──『氷霊剣ハクア』と『風霊槍コウア』の二つだ」

「剣と槍……?」

「ああ。史料によると、彼女は剣と短槍を巧みに使い分けて戦ったらしい」

「いずれこの時が来ることは分かっておった。お主らに託そう。そして天上の国々からも、

“結社”に対抗する術を探して来てくれ」

「ま、待ってください! お父様!」

 特務軍としてジーク達クラン・ブルートバードを指名した時から、自分達の所へと回って

くることは予測していたのだろう。ハウゼンは一行の返答に、そう快諾を示す。

 だがそんな彼にいの一番に反対する者がいた。他ならぬ、ミルヒ王女である。

「事情は分かっております。ですがあの二振りはこの国の象徴なのですよ? もし彼らが旅

先で奪われでもしてしまったら……!」

「可能性は否定できない。ですが、姉上。教団に差し出させておいて、自分達は手放さない

というのは示しがつかないでしょう? 教団にも、他の国々にも」

 しかしそこへ反論を投げかけたのは、彼女の弟・ハーケン王子だった。不安からやや感情

的に父に訴える姉とは違い、彼の指摘はあくまで分析的で、政治的だ。

 それは……。ミルヒは思わず言葉を詰まらせていた。伊達にとうに成人し、有力公爵を夫

に持つ公女ではない。弟と同様、王器をジーク達に託すことの意味くらい理解している。

「解っていますわ。でも、アトスはレイア様がいたからこそのアトスで……」

 それでも感情がまだ追いつかないといった感じなのだろう。彼女は尻切れになる言葉を呑

み込みながら、そっと胸元に手を当てていた。夫のギュンターが、臣下の列の中から心配げ

にその姿を見つめている。

「それは私達とて同じだ。玉座には我々一族が座ることになったが、精神的な開祖は彼女だ

と考える者も少なくはない。だがな、ミルヒ。私はハーケンに賛成だよ。知っての通り、聖

浄器──王器の保全については未だ各国の足並みが揃っていない。“結社”からの襲撃に備

えようとも上手く連携が取れていないのが実態だ。だがここで私達が率先して王器を、それ

も聖浄器を彼らに託せば、その消極姿勢に一石を投じられると思う。何より大国としての責

任は、先ずもって果たされなければならん」

「……」

 暫し父と子、娘の玉座越しのやり取りが続いていた。ジークや臣下達はただこれを固唾を

呑んで見守るしかなかった。

 父と弟、そして自分達を取り巻く現実を改めて諭され、ミルヒは折れたようだった。彼ら

に向かって小さくコクリと頷き、立ち上がりかけていた腰をゆっくりと玉座の上に下ろす。

 すまんな……。

 ハウゼンもまた王として、一人の父として、選ばなければならない。

「そういう訳ですまないが、今回の委嘱は後日、領民達の前で行いたい。普段一般公開する

ことのないハクアとコウアを、この機に開帳する場にもしたいのだ」

「え、ええ。俺達は別に構いませんが……」

式典セレモニー、ということですね。その方が対外的にも効果的でしょう」

 故にハウゼンからそう提案されたジーク達は、特段断る理由もなかった。強いて言えば当

日の警備の心配くらいだろう。

 実際どうなんだ? ちらっとジークはイセルナ達の方を見たが、当の彼女も快諾を示す。

レナやクレア、オズといった面子は大事になったなぁと緊張感が増したようだが、ハロルド

やシフォン、リカルドといった年長組がこれをそれとなく宥めている。彼らもまたイセルナ

と同様に、その言外に含まれた意図に勘付いているようだ。

「そうだな。それに、ただ宝物庫で埃を被っているより、真に人々を守る剣となり盾となっ

た方が武具としても本望だろう。“結社”などさえいなければ、そこまで駆り出すことは避

けたかったがな」

 目を細めてハウゼンは言う。おそらく半分は冗談めかしているのだろうが、平素の厳粛な

姿もあってその一言一言が大きな意味があるように錯覚する。彼は玉座の上から、王として

戦友ともとしてジーク達に請うた。

「では当日まで、この王宮内に滞在するといい。城の者達には、最大限のもてなしをさせる

ことを約束しよう」

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