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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔下〕  作者: 長岡壱月
Tale-80.賢者の遺したもの(前編)
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80-(2) マルセイユ邸の謎

「いやあ、すみません。迎えを出すのが遅れてしまいまして……。ええと、初めまして。私

の名はアルノー・マルセイユ、この町で領主をやらせて貰っている者です。こちらは妻のル

ーシェ、そして子供達です」

 迎えの馬車に乗って執政館に着き、応接室に通されたダン達の前に現れたのは一人のまだ

歳若い人族ヒューネスの男性だった。

 ざっと三十代半ばといった所か。体格はやや細身で背は高め、薄眼鏡をかけた表情は緊張

が混ざっているのが何処かぎこちなく、なよっとしている。

 現マルセイユ家当主・アルノーだった。傍らには対照的に落ち着いた様子の妻と、十歳ほ

どと思われる双子の男の子と女の子が座っていた。名をマオとミオという。最初は物珍しげ

にダン達一行を観ていたが、マルタやリュカが優しく微笑を向けてやるとにぱっと、花が咲

くような笑顔を返してくれる。

「遠路遥々ようこそお越しくださいました。何もない町ですが、ゆっくりしていってくださ

いね?」

「大よその話は既に大統領府から連絡を受けています。何でも、ヨーハン様から直々に私達

を指名されたとか」

「ああ」

 歓迎の挨拶もそこそこに、話は早速本題へと入ろうとしていた。

 随分と若い領主さんだな……まぁ梟響の街うちも似たようなモンだが……。ダンは正直このまだ

歳若く、如何せん頼りなさそうな彼を眺めながら答えていた。一行を代表して、特務軍と

しての聖浄器回収の任と、その一環で訪ねたディノグラード邸での一部始終を彼らに話して

聞かせる。


『君達はもっと、世界を知る必要がある』

『書庫を見せて貰え。あやつがその生涯をかけて集めた様々な書物がある。きっとお主らの

役に立つじゃろうて』


「そうですか。ヨーハン様が……」

 ダン達からこちらに託された言葉を咀嚼し直すように、アルノーは暫くじっと唇に指先を

当てて考え込んでいた。

 いや……。というよりは、向けられた期待にプレッシャーを感じているようにも見える。

第一印象からそうだったが、もし出会った場が調度品が整えられた応接室ではなく、身を包

むその格好が正装でなければ、自分達は彼を貴族として認識していなかったかもしれない。

「確かに、ご先祖様──“賢者”リュノーはヨーハン様とは一番の友人であったと聞いてい

ます。解放軍の勝利を支えた偉大な頭脳だったと」

 だがその理由を、ダン達はふいっと気付くことになる。次の瞬間、アルノーの苦笑する横

顔に、一朝一夕のそれではない影が差していた。

「ですが私は、ご先祖様のように優れた頭脳を持っている訳でもない。ただ末裔だから、こ

の地を任されているに過ぎません。勿論皆さんに協力は惜しみませんが、はたしてどれだけ

ご期待に添えるのやら……」

『……』

 謙遜を、通り越した卑下。

 なるほど。頼りなさの正体はこれか。ダンやグノーシュは思った。尤も、元々気弱な性格

があって、先祖のネームバリューに押し潰されてきた経緯といった所なのだろうが。

 そんな夫の性格をよく分かっているのだろう。ルーシェはむすっと小さく膨れっ面になっ

て彼の手の甲をつねっていた。痛でで……! 沈んだ表情かおが揺らぐ。そしてはたと目が合っ

た妻の眼──激励を見て、心配そうな我が子達の顔を見て、その苦笑は少しだけ先程よりも

違った意味合いを持ち始める。

「期待に添うも何も、俺達だって具体的に何があるのかまでは知らねえからなあ」

「とにかく、案内していただけますか? それとリュノーゆかりの聖浄器についても、知っ

ていることがあれば教えてください」

「ええ……。というより、ご先祖様の聖浄器もその大書庫の中にあるのです。名を『天瞳珠

ゼクスフィア』──ご先祖様が遺された数多くの文献と共に、大書庫の奥深くに封印されて

いると聞いています」

「マジか。なら一石二鳥じゃねえか。その大書庫ってのは、何処に?」

「この屋敷の地下に。下手をすると……いえ、間違いなくこの屋敷の倍以上の面積はあるで

しょうね」

「倍って……。案内されて来た時も見てたけど、このお屋敷だって結構大きくないですか」

「余所の規模は知りませんが、そうですね……。本当かは知りませんが、寧ろご先祖様の書

物を保管する為にここが造られた、という話もあるくらいですから……」

「……。屋敷はカモフラージュか」

「ど、どれだけ広いんですか~、その地下……?」

 ダン達は、思わず足元を見る。

 アルノー曰く、その膨大な地下空間には大量の書物が眠っているのだそうだ。

 始祖である“賢者”リュノーが遺した、数多の資料。

 それだけでも歴史的な価値は相当なものだが、何よりそこに聖浄器までもが封印されてい

ると聞けば、立ち向かわない訳にはいかない。

 ダンが嗤い、ステラが面を食らう。アルノーの笑えない噂話に、サフレやマルタが言葉少

なげに戦慄している。

「十中八九、ディノグラード卿の言っていた場所のようだな」

「ええ。あの、マルセイユ卿。それでその封印はどうやって解くのでしょう? やはり志士

の鍵を使わないといけないのでしょうか?」

「……シシの鍵?」

 だが、リュカが改めて次の質問をぶつけた時、状況は少し変わり始めた。当然知っている

ものとばかり思っていたそのワードに、アルノーが頭に疑問符を浮かべたからだ。

「何ですか? それは」

「へっ?」

「知らねえのか? こう、掌くらいの小さな琥珀色の珠で、あんたら十二聖ゆかりの封印を

解くのに必要だっていう……」

「……いえ。初めて聞きました。それは、ヨーハン様から?」

「あ、ああ」

「すみませんが、そのようなものがあるとは聞いたことがありません。確かにあそこの扉を

どうやって開けるのかはずっと前から疑問でしたが、そんな物が必要だったとは……」

 にわかにアルノーの表情が険しくなった。初耳の情報であることと、片やヨーハンだけが

知っていたことに動揺したのだろう。

 聞き覚え、あるかい? 念の為、彼はルーシェにも訊いてみていた。

 いいえ、私も……。お義父さんは?

 可能性はあるかもしれないけど。でもそんな大事なことなら、僕に家督を譲る時に話して

ると思うんだよなあ。

 彼らは夫婦同士でそうひそひそと話し合い、当然ながら事情を飲み込めていない子供達は

更に、笑顔のまま頭に疑問符を浮かべている。

「おいおい……。開けらんなきゃ意味ねえだろ……」

「かもな。だがそもそも、鍵が全員分あったのか分からんぞ? 結局あっちでも、聖浄器は

預けて貰えなかったしな」

「どうしよう……。一旦船に戻って、レナ達に借りてくる?」

「そうだなあ。場合によっては頼まなきゃいけないかもしれんが、向こうだって同じように

回収任務をやってる訳だろう? 今頃は、ハウゼンの爺さんと会ってる筈だし……」

 そしてダン達も、この状況に正直戸惑っていた。

 もしかしたら“鍵”自体が希少なのかもしれない。運が良かっただけなのかもしれない。

 だが北回りチームむこうの都合もある。そうなるとその分、回収任務の方は足止めを食らうこと

になってしまうが……。

「……」

 だがそんな仲間達の中で、リュカは一人じっと思案していた。口元に手を当て、じっと静

かに目を細めている。

「マルセイユ卿。他に、何か代々伝わっているものはありませんか? 何も形あるものだけ

に限りません。例えば……まじないの類などでも」

「そう、言われましても……」

 すがるような新たな質問。アルノーは困っていた。

 しかし根は真面目なのだろう。問われるがまま、必死に頭の中の引き出しを開けて回って

いるさまが窺えた。視線が何処か上を向き、過去の様々な記憶を引っ張り出す。

「あ、そういえば。祖父辺りから聞いた事がありますね。“庭を枯らすな。池を絶やすな。

戦でないのに、見張り台には登るな”と」

「庭?」

「ええ。そこの窓からも見えると思いますが、屋敷の奥に向けて庭があるんですよ。祖父の

その言葉があったから、でもないのですけど、今も定期的に庭師が手入れをしています」

 アルノーに指差されて、ダン達は室内の一角にある窓へと目を遣った。それまでずっと控

えてくれていた使用人達が気を利かせて、これを開けて庭を見せてくれる。

 確かにそこには等間隔に楕円を描くように植えられた木々と、中央に広がる石積みのため

池が広がっていた。少し離れて奥には、話通り見張り台らしき塔も見える。

「……なるほど。そういうことね」

 皆、だからどうしたと目を瞬かせていた。

 ただ一人、目を光らせて何かに気付いたリュカを除いては。


「──先生さーん! 一体何がどうしたんですー?」

 何を思ったのか、その後すぐにリュカはこの庭を案内して欲しいと言い出した。アルノー

は特に断る理由もなく怪訝ながらも承諾したが、彼女は着くや否や、突然一人で空中浮遊の

魔導──風紡の靴ウィンドウォーカーで見張り台の天辺に上がってしまったのである。

 ダン以下仲間達も、彼女の急な行動に戸惑い、慌てていた。どうやら何か閃いたらしい事

は分かったが、肝心の中身に追いつけない。

「あ、危ないですよー! その見張り台、長い間まともに使っていないので、近々取り壊す

予定だったんですからー!」

 見張り台を見上げてダンが、アルノーが叫ぶ。だがリュカはそんな注意にも耳を貸さず、

何やらキョロキョロと周囲一帯の地上を見渡していた。

「いきなりどうしたんだろ? リュカさん」

「さあ。分からない。何の考えもなしに飛び出すような人ではないんだが……」

 そんな時だ。ふとリュカが、キラリと池の中に光る何かを見つけたのは。彼女は目を丸く

して確信し、一人頷くと、地上の仲間達に向かって叫ぶ。

「ミアちゃーん! 貴女の《盾》で、ここから池の水を割ってくれないかしらー?」

「……? うん。できるけど」

(できるんだ……)

 主にアルノー達、屋敷の面々が呟いていた。リュカに見張り台から指示され、ちょうどそ

の真下から池を横断する位置に彼女が移動してゆく。

「ステラちゃん、合図をしたら、私と一緒に池の水に凍却法フリーズアウトを使って! 術式、知ってるわ

よね?」

「あっ、はい。使えますけど……」

 ため池の石積みの上に立ち、ミアがゆっくりとオーラを練り始めていた。リュカが再び見

張り台から風紡の靴ウィンドウォーカーで降りて来て、今度はステラにそう指示を飛ばして駆けてゆく。

 練ったオーラを、ミアが右拳に収束させた。色装の能力でエネルギー球となって包まれた

それは、強烈な内包と反発の力を備え、何の変哲もなかった池の水面を割る。

「……ふんっ!」

 それは見事に。大きく振り上げた《盾》の拳が水面に伝わった瞬間、その衝撃でため池の

水はざっくりと左右に引き裂かれた。

 池の中の魚達が流される。長年藻が染み付いた石の底が見える。

 そしてその一角に一同が目撃したみたのは、重石と思われる鎖鉄球に繋がれた状態で鎮座する、

古びた宝箱──。

「今よ、ステラちゃん!」

「はいっ!」

 そこへリュカとステラ、池の両側、ちょうどミアと直角の位置についた二人の魔導が割れ

た池の水に向かって放たれる。掌から展開される青色の魔法陣。コォォォッと、濃縮された

冷気が溢れ出す。

『盟約の下、我に示せ──凍却法フリーズアウト!』

 瞬間冷凍の魔導。大量の水は瞬く間にして凍り付いた。

 即ち、ミアが割った池は、これによって完全に底を晒すことになる。逸早くクロムが地面

を蹴っていた。この突如として現れた宝箱の前に着地し、重石の鉄球ごとこれを持ち上げて

再び仲間達の下へと跳び降りてくる。

「オッケー、思った通りね。二人ともありがとう」

「いえいえ~」「……お安い御用」

「つーか、意外とアクティブなんだなあ。先生さん……」

「そ、それもよりも! 何でしょう、この宝箱? 侯爵さんはご存知だったんですか?」

「いや、全く。……知らなかった。まさか池の中にこんな物が沈んでいたなんて……」

 回収した宝箱を囲み、ダン達一行とアルノーらがめいめいに呟いている。

 アルノーの祖父が彼に伝えたまじないとは、つまりこういう事だったのだ。おそらく祖父

本人は知らずとも、代々そうやって、この宝箱を関係者から遠ざける為の……。

「かなり長い年月放置されてきたようだ。鍵はとっくに錆び付いてしまっている。侯爵殿」

「ええ。私も気になります。やっちゃってください」

 ぬんっ! 一応アルノーの許可を得て、クロムが右手を《鋼》のオーラで覆った。肝心の

中身を壊してしまわぬよう、気持ち手加減をして素早い手刀を叩き込む。

「ッ!? これは……」

 砕かれた古き箱。そこから出てきた代物、ずっと隠されていたものの正体に、一同は思わ

ず息を呑んだ。

 “鍵”だったのである。

 破壊した箱から出てきたのは、保護するよう厚布に包まれた、あの琥珀色に輝く掌サイズ

の宝珠──志士の鍵だったのである。

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